ChapterⅡ:奴が静かにやってくる ⑤
身体はもう十分に動く。
火事による怪我が無かったのが幸いしていた。
病室の窓の外は未だ暗く、モルトタウンは闇の中に沈んでいる。
俺は先日、家の焼け跡から見つけ鋼鉄の箱を開く。
そこには一丁の黒光りするシングルアクションのリボルバーが収められていた。
中折式のスコフィールドって言われるリボルバーのレプリカだ。
銃身に刻まれた「L・T」――ライ・ターキー――
親父のイニシャルが俺の記憶を呼び起こす。
少し前の話、俺は自宅でこの銃を見つけた。
御袋に聞いてみるとこれは無法者に殺された親父の形見として、
ずっと大事にしまってあったもので、
いつか俺が立派な男になった時に、
渡すと決めていたものだと言っていた。
――立派な男じゃないかもしれない。でも俺はこの銃を使ってしなければならないことがある。
俺は親父の形見である銃を手に取り、
腰元のホルスターへ差す。
束ねた縄をガンベルトに括りつけ、準備は整った。
仮面の紳士……奴は洞窟の中で【スチルポット】の名を口にしていた。
おそらく、奴はそこに向かっている筈。
俺の家を焼いたのが三日前。
まだ十分に間に合う時間だ。
俺の中には燃え盛る炎のような怒りがあった。
俺の家を焼き、
御袋を殺した仮面の紳士を俺は絶対に許さない。
――仮面の紳士は俺の手で殺す。必ず!
俺は最低限の荷物を詰めた袋を手に、
シンと静まり返っている病院を出た。
「どこ行く?」
病院を出るとすぐに声を掛けられた。
ローゼズだった。
彼女は壁に背を預け、
腕を組みながら俺へ言葉を投げかける。
俺は何も答えず彼女の前を過る。
しかし彼女の気配が遠ざかることは無かった。
「なんで付いて来るんだ?」
振り返るとそこにはローゼズがいた。
彼女は初めて出会った時のような、
鋭利な刃物のような目つきで俺のことを見ている。
でも不思議と、そこから恐怖は感じられなかった。
「わたしも一緒に行く」
「どうしてだ? これは俺の問題だ。お前は関係ない」
「わたしも一緒に行く!」
ローゼズは語気を強めた。
何故、ローゼズが同行を願い出ているのかは分からない。
意図も見えない。
しかし彼女の視線からは強い意志が感じ取れた。
少なくとも邪魔にはならないし、
むしろこの凄腕の銃使いが一緒ならば、
必ず仮面の紳士を殺すことができる。
同行を断る理由が見つからなかった俺は、
そのままローゼズが跡に続くのを許す。
「ど、どうしてローゼズさんが一緒な訳!?」
次いでやかましい声が聞こえた。
いつの間にか俺の隣にはアーリィがいて、
何故か縄を手にしていた。
その先には車輪の着いた巨大な木箱がある。
「お前こそこんな時間にそんな大荷物持ってどうしたんだ?」
アーリィは強い眼差しを俺へ送ってくる。
「ワッドこそどこへ行くつもりなの?」
「……」
「復讐するんだね……おばさんの……なら、私も行く!」
「お前、候補っていってもれっきとした保安官だろ? そんなのダメだって」
「だからだよ!」
アーリィは更に語気を強めた。
「ワッド昔から頑固だもん。一度決めたことは絶対にやり通そうとするもん!でもワッドが人殺しになるのは嫌だもん!だから私も一緒に行く!」
「アーリィ、お前……」
「私は保安官として、ううん、ワッドの幼馴染としてワッドに絶対に人殺しなんてさせないもん!だから一緒に行くって決めたんだもん!」
どうやらアーリィの気持ちも揺らがないらしい。
コイツも案外、俺と同じく頑固者だ。
「勝手にしろ」
俺はアーリィを横切って歩き始める。
「勝手にするもん! 私は必ずマッカランをワッドよりも先に逮捕するもん!」
「マッカラン?」
「そうだよ! ワッドの家を焼いて、おばさんを殺したのはゴールデンプロミスのボス:マッカラン!」
「マッカラン……」
仮面の紳士【マッカラン】
俺はその忌むべき名前を心へ強く刻みつける。
――ゴールデンプロミスのボス、マッカラン……お前は俺がこの手で殺す!
朝日が昇り、テラロッサの大地が赤く染まり始める。
俺は強い決意を胸にローゼズ、アーリィを伴って、
モルトタウンから一歩を踏み出す。
が、何故か袖を引かれ、俺は前に進めなかった。
「なんだよ?」
袖を引いたのはローゼズだった。
彼女は俺を通り越し、隣にいるアーリィへ視線を合わせている。
何か俺に聞きたいらしい。
手を離す素振りは見えない。
「んったく……なんだよ、なんか聞きたいのか?」
コクリコクリ。
視線は何故か俺の隣にいるアーリィへ向かっていた。
「アーリィがどうかしたのか?」
「んー……」
「ワッドどうした……キャッ!?」
ローゼズは素早く俺の前を抜けアーリィへ近寄ると、
アイツの平面に等しい胸に手を当てた。
手早く何回もアーリィの胸を叩き、
「おとこ?」
「ッ!? だ、誰が男ですかぁ!」
アーリィは頬を赤らめながら叫ぶ。
しかしローゼズは一切動じず、
代りに自分の胸を持ち上げ、首を傾げる。
そして再び俺へ視線を合わせると、
「おとこ?」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまった。
つまり、ローゼズは自分の胸とアーリィの胸を比べ、
アイツが男かどうか俺に聞いているということだと理解した。
「おいアーリィ。ローゼズ、お前のこと男だって言ってるぜ?」
「なっ……し、失礼な! ローゼズさん、あたし女ですよ!? ホントですよ!?」
「んー……?」
ローゼズは再びアーリィの胸元をペタペタ触る。
「んー……んー……おとこ?」
「だから違います!」
「ん」
ローゼズは自分の胸を見せつけた。
プルンと服の中でも振るえる。
確かに立派だ。
アーリィのソレとはまるで違う質量である。
「うわぁぁぁ~~~~ん!」
「お、おいアーリィ!」
アーリィは突然、泣き叫びながら、
巨大な車輪付きの木箱を引きずったまま走り出した。
「おーいアーリィ! どこへ行くんだぁ? 転ぶぞぉ~」
「うわぁ~ん! あたし女の子だもん! 胸が無くなって女の……あべしっ!」
そして木箱の車輪が岩に引っかかり、
盛大に転んだ。
「ぷっ」
またしても吹き出してしまう俺。
ローゼズはやはり自分の胸をじっと見つめながら首を捻っていた。
「んったく言わんこっちゃない……ローゼズ行くぞ」
「んー」
こんな調子で大丈夫かと思う反面、
久々に心に軽やかさが戻ったと思う俺だったのだった。