ChapterⅠ:終わりの始まり
【VolumeⅣー【死】をもたらすために【破壊】をChapterⅠ:終わりの始まり】
絵筆が止まった。
頭の中に浮かんでいた麗らかな春の日差しを浴び、新緑を輝かせる森の風景は耳に入ってくる雑音の数々でかき消されてしまった。
創造の世界の中にいた私は薄暗い永久隔離施設の現実へ引き戻された。
更に雑音が耳の奥へ飛び込み、私の鼓膜を揺るがす。
音は頭の中で細かな要素へ分解された。
狂ったような奇声、誰かを容赦なく詰る罵声、助けを求める悲鳴。
それだけではない。
何かが爆ぜ、崩れ落ちる崩壊の音。
それに混じって聞こえる、命乞いの必死な叫びと無数の断末魔。
―――尋常ならざることが今ここで起きている。
そう思った私は絵筆をキャンパスへ置き、椅子から立ち上がる。
刹那、私と外界を隔て、安心を与えてくれていた鉄格子の向こうが激しく光った。
「ッ!?」
爆風が私の身体を吹き飛ばす。
爆炎がこれまで私が描いた絵の数々を無遠慮に燃やし尽くし、一瞬で灰へと変えた。
私は背中から壁へ強く叩きつけられた。叩きつけられた衝撃で体が痺れ、上手く動かない。
目の前は濛々とした煙に巻かれている。その中にぼんやりと、人影が浮かび上がる。
まるでそれは、
「ローゼズ、なのか……?」
「まぁ、確かに僕はローゼズだ。でもマッカラン、お前が知ってるフォア・ローゼズじゃないぜ?」
煙の中から現れた奴は確かに私の知るフォア・ローゼズではなかった。
背中まである長い黒髪、真っ黒な瞳、黒いポンチョ、黒いハット。
黒のスコフィールド型のシングルアクションリボルバーをホルスターに収めた黒の存在。
「僕はブラックローゼズ!世界を真っ黒に染めるもんだよ!」
ブラックローゼズと名乗るそいつは不気味にも爽やかな笑顔を浮かべていた。
「そのブラックローゼズとやらが何の用だ?」
「単刀直入に言うよ。僕の大切な人、【プラチナ】の力になって欲しい。なってくれるなら君をここ(永久隔離施設)から出してあげる!どうかな?」
普通の人間ならば、その提案は喜ばしいことだろう。
しかし私は違う。
「何を馬鹿なこと……私はあえてこの場所に居たいのだ。ずっとここに居たいのだ」
「はぁ?」
ブラックローゼズは理解しがたいと言わんばかりに顔を歪めた。
「お前馬鹿か?こんななーんも無いところにずっと居て何が楽しいんだ?」
「お前には分かるまい……。ここはこの世界で唯一私が安心できる場所。何にも怯えることの無い私だけしか存在しない空間。ここから出る選択肢など私の心の中には……」
瞬間、ブラックの背後から小さな影がぼんやりと浮かび上がる。
すると全身へ悪寒が走り、体が凍えたように震えた。
口の中が乾き、心臓は激しい鼓動を放つ。
姿は煙によって判然としない。
しかし私の直感は自然と、ブラックの横に現れたソイツが危険であると告げていた。
「ブラック、そこまでで良いよ」
影がそう言う。
妙に幼く、子供っぽい声音。
冷たく、機械的なソレ。
「良いのかい、プラチナ?」
「うん。マッカランさんには少し時間が必要だと思うんだ」
影の気配が私へ向く。
自然と私の背筋は伸びた。
「気が変わったら教えてください。もう少しすればわたしは貴方が会いたいときに会えるようになります。そしてその時、改めて貴方をお誘いします。タイミングはいつでも構いません。わたしはいつでも貴方のことを歓迎します。元ゴールデンプロミス首領で紅兵士のマッカランさん」
影の気配がすぅっと消えてゆく。
「そういうこったマッカラン!もしプラチナに会えなくても、僕に言ってくれれば良いからね!君が加わってくれればボウモワのクソジジイをクビにして新三銃士の結成だ!」
ブラックは爽やかな笑顔を浮かべ煙の向こうへと消えてゆく。気配は既に無い。
だが、私の心は未だこの場に残る奴(小さな影)の気配の影響で、動けずにいた。
相変わらず心臓は嫌な脈を打ち続けている。
「なんだんだ、アイツは……?」
自然と私の口からそう漏れる。
冷たく、機械的な、人の温かさ等微塵を感じさせなかった奴の気配。
―――奴は危険だ。放置してはならない。
私の心はそう強く警鐘を鳴らし、危険を訴えてくるのだった。




