ChapterⅤ:赤の決闘④
激しくぶつかり合う金属音が絶え間なく鳴り響いている。
森の木々の間には茜色をした朝焼けの光が眩く差し込んでいる。
その輝きの中に断続的な火花が散っていた。
森を抜けた先にあったのはテラロッサの広大な荒野を見下ろせる広い断崖の上だった。
荒野の果てには雄大な森と更にその奥で朝日を浴びて水面を煌めかせる東海岸の海がみえる。
断崖の上の決闘場。そ
う言い例えるのが相応しいそこで二つの赤い影が激しくぶつかり合っていた。
「あはっ!」
タリスカーがシースナイフを振り落とす。
「ッ!!」
ローゼズはビーンズメーカーでシースナイフを受け止めた。
銃でナイフを絡めとり、タリスカーに大きく体を開かせたローゼズは空いた右の拳を下から突き出す。
しかしタリスカーは跳躍して、ローゼズのストレートパンチを避けた。
すかさずローゼズは銃口をタリスカーへ向けた。
トリガーを押し込んだまま、左手でビーンズメーカーのハンマーを素早く撫でる。
親指から小指までがそれぞれ一回ずつハンマーに触れて高圧縮空気がシリンダーの中にある弾を、着地したばかりのタリスカーへ向けて放つ。
しかしタリスカーは両手に持つシースナイフを激しく振り回し、すべての弾を打ち落とした。
「ハミルトンッ!」
「フォア・ローゼズッ!」
再び距離を詰めた二人の武器がぶつかり合い、激しい火花が散った。
紅兵士同士の決戦は目で追うのがやっとで、俺に突き入る隙間を与えない。
「あ、あああああッ!!」
すると高速で移動していたタリスカーが突然、動きを止め苦しみだした。
「ああ、うくっ、痛い……なに、これぇッ……!!」
タリスカーはその場で頭を抱え、苦しそうに蹲る。
「ハミルトン!!」
ローゼズは動きを止めて、タリスカーへ駆け寄ってゆく。
心配そうにタリスカーへ手を伸ばすが、
「あは!」
再び狂気の笑みを浮かべたタリスカーがナイフを横へ降る。
「ッッッ!!」
寸前で危険を察知したローゼズは素早くバックステップを踏んで距離を置くが、シースナイフの切っ先が横一線の軌跡を描いた。
ローゼズの上着が裂け、ボタンが弾け飛び、たわわな彼女の胸が顕になる。
ローゼズは厳しい眼差しのままタリスカーを睨みつけ、ビーンズメーカーの銃口を向けて、素早くハンマーを撫でた。
五発の弾がまっすぐとタリスカーへ向け突き進む。
タリスカーはナイフを振ろうとするが、その時には既にビーンズメーカーの弾は彼女の目の前にあった。
「あっ!うっ!くっ!」
ビーンズメーカーの弾がタリスカーの身体を容赦なく撃ち付けた。
眉間に当たった一発が、一瞬タリスカーの体勢を崩す。そ
の隙にローゼズはポンチョを翻した。
ビーンズメーカーのグリップから上を弾いて外し、同時にポンチョの内側から一際巨大な銃身と弾倉を持つ大きなバレルが飛び出してくる。
一撃必殺、ビーンズメーカーの中でも最も破壊力に優れるMバレル。
一瞬でバレル換装を終えたローゼズはタリスカーへ向けて、Mバレルの引き金を引き弾を押し出した。
「あ、ぐわっっっ!!!」
Mバレルの弾がタリスカーの腹を穿った。
タリスカーの体はくの字に折れ曲がり、彼女は口から大量の胃液を吐く。
そしてタリスカーは力なくその場へ倒れ込むのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ローゼズは額に汗を浮かべ、肩で息をしていた。
しかしその表情は未だ緊張の色を浮かべている。
すると倒れ込んでいたタリスカーの体がぴくりと動いた。
ローゼズは再び全身へ緊張を走ったようにみえた。
「う、ううううっ……」
顔を上げたタリスカーを見て、ローゼズは銃口を下げた。
タリスカーの口元は苦しそうに歪み、笑みは浮かんでいない。
しかしさっきまで瞳の奥に見えていた狂気はその気配を完全に消し去っていた。
その顔つきはまさにハミルトン=バカルディのもので、狂気を抱えるタリスカーのものではなかった。
「ハミルトン!」
ローゼズは慌てた様子で走り出すが、
「近寄らないでッ!!」
ハミルトンが激しい叫んだ。
「ッ!?」
ローゼズは足を止めた。
ハミルトンは厳しい眼差しをローゼズへ向けていた。
「許さない……」
ハミルトンは怒りに満ちた声をあげる。
常に戦いを好み、笑うタリスカーのものではない。憎悪に満ちた、強い拒絶と怒りを孕んだ声。
「私は貴方を許さない……!スチルポットのみんなを、そしてお父さんを殺したばかりか、私にまた命をくれたマッカランと引き離した貴方をッ!」
「ハミルトン……?」
「思い出したの……全部、全部……!」
ハミルトンは立ち上がって、地面に落ちていた二本のシースナイフを逆手に持ち、構えた。
「さぁ、ローゼズ覚悟して。私は貴方を……殺したい」
ハミルトンは怒りに満ちた目をし、ゆっくりとローゼズへ歩み寄る。
「ハミルトン、わたしは……」
ローゼズは動揺を顔に浮かべ、後ろへ下がる。
「貴方は私から全てを奪った。大切なものをなにもかも……だから殺す。貴方を殺して皆の無念を晴らす!」
そういうハミルトンだったが、ナイフを持つ手は―――震えていた。
「ならなんでその手は震えてるんだ?」
「ッ!!」
俺が静かにそう問いかけると、ハミルトンはローゼズへ歩み寄るのを止めた。
「本当はローゼズのことを殺したくないんだろ!」
「……」
「はっきり答えろよ、ハミルトン!!」
「……あは、あははは……」
ハミルトンは乾いた笑い声を上げ、ナイフを落とした。
二本のシースナイフはゆっくりと地へ落ち、テラロッサへ突き刺さった。
「だよね、やっぱり私には無理……ローゼズを殺すだなんて……」
彼女の頬へ涙が伝い、真っ赤なテラロッサへこぼれ落ちてゆく。
「どうしてだろ、憎いはずなのに、殺したいはずなのに……なんで私、こんなに泣いてるんだろ……」
「ハミルトン……」
「うっ、うっ、うっ……うわぁぁぁぁーーー!!」
ローゼズは地面へ蹲り、頭を抱えて泣きじゃくるハミルトンへ歩を進める。
だがその時突然、ハミルトンの背後にあった森から黒い影が飛び出してきた。
「えっ!?」
ハミルトンは短い声を上げて身体を強ばらせる。
そんなハミルトンを影は強引に立たせ、そして背後から拘束するのだった。
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『やぁ、ボウモワ。随分ボロボロじゃないか!』
「ブ、ブラック!?どうして貴様がここに!?」
『ちゃんとやってるか心配になってね。さすがにアードベックの失敗があるから……でもまぁ、予想通りというかなんというか』
「イレギュラーじゃ!あの馬鹿でかい無法者さえわしの呪縛から離れさえしなけれ……ひぃっ!」
『言い訳は良くないなぁ、ボウモワ。結局、こうなったのは君の薬が完璧じゃなかったからだろ?』
「わわ、わしの計算では完璧じゃった!だが世は数多の不確定要素が存在する。今回はたまたまそれに当たってしまっただけじゃ!」
『ごちゃごちゃうるせぇんだよ、ジジイッ!』
「ヒィッ!?」
『理想ばかりで結果を残せず僕に処分されたアードベック、やられておめおめ逃げているばかりか失敗を認めないから僕に捕まってしまったボウモワ……全く、こんなお前らが僕と同じ三銃士だなんて恥ずかしいよ……僕は君たちのことをどうプラチナに報告すれば良いんだい?』
「や、やめっ……」
『まぁ、いいや。今更攻めても後の祭りだし』
「お、お願いじゃ、それだけは……」
『こっからは僕がやるよ!』
「ひ、ひぎぃッ!」
『なんだいなんだい、そんな情けない声をあげて?君は女の子かい?』
「わ、わしの指がぁ……指がぁ……!」
『ははっ!ちょっと君の中指借りてくよ』
「ああ、うぐっ……」
『おっ?タリスカーの薬が切れたみたいだね。ありゃ、もう一回手術しないとダメだなぁ……おい、ボウモワ早く帰って支度しといてくれ!』
「うぐっ……わ、分かっとるわい……」
『さぁて、プラチナのための戦力を確保しに行きますか!』




