ChapterⅤ:赤の決闘③
―――あれはもうハミルトンじゃない。
あれはナイフ使いのタリスカー!
タリスカーは落ちていた二本のシースナイフを素早く拾い、逆手に持って飛ぶ。
気が付けばタリスカーはナイフを振りかざし、俺たちの頭上に居た。
「あはっ!」
「ッ!」
ローゼズがビーンズメーカーを翳し、タリスカーのナイフを防いだ。
「また会えたね!ようやく会えたねぇ!殺す、君を殺しちゃうよぉフォア・ローゼズ!」「め、目を覚ます!ハミルトンッ!」
すると笑顔を浮かべていたタリスカーの表情が急激に怒りをあらわにする。
「だから私はタリスカーだってつってんだろうがぁッ!」
タリスカーはローゼズの懐へ潜りこみ、鋭い拳を突き出した。
「うぐっ!」
タリスカーに腹を殴られたローゼズの体がくの字に折れ曲がり、物凄い勢いで後ろへ突き飛ばされ、木の幹に体を打ち付けられた。
「あは!殺すよ!見ててスチルポットのみんな!お父さん!みんなを皆殺しにしたフォア・ローゼズを殺すよ!今すぐ殺すよ!」
タリスカーは再び跳躍してローゼズへ迫る。
「マッカラン!マッカランはどこ!?お前か……お前が私からマッカランを奪ったのか!フォア・ローゼズぅッ!!」
ローゼズは懸命にタリスカ―のナイフをビーンズメーカーで受け流す。
しかしタリスカ―の猛攻は留まることを知らず、ローゼズはタリスカ―のナイフを防ぐので手一杯な様子だった。
俺はローゼズを助けるべく足に力を込めるが、
「ヒヒヒッ、人の事よりも自分のことを心配するべきではないかね?」
背後からボウモワの声が聞こえ、俺は咄嗟に踵を返す。
目の前には今当に俺へ拳を振り落そうとする大男がいた。
シーバス一家首領シーバス=リーガル。
しかし彼の眼には既に生気が宿ってはいない。
シーバスの重い拳が俺の腹を直撃する。
「かはっ!」
喉の奥から血が噴き出て、更に俺の体は軽く数メートル突き飛ばされた。
「あ、ああ、ううっ……ち、ちきしょう……!」
度重なるダメージで俺は倒れ込んだまま動けずにいた。
そんな俺へ双眸を真っ赤に染めたシーバス一家がゆっくりと近づいてくる。
だが、
「アガ……ウグググッ……アアアアアアッ!」
俺へ迫っていたシーバス一家が突然獣のように吠え始めた。
ある奴は血が出るほど爪で掻き毟り、またある奴はその場に蹲って地面へ頭を何回も叩きつけている。
シーバス一家は首領のシーバス以外の全員が獣のように呻き、地面をのた打ち回っている。
「アアアアアアッ!!!」
地面をのた打ち回るシーバス一家の一人が壮絶な叫びを上げた。
突然、そいつの体が一瞬風船のように膨らんだかと思うと、真っ赤な血を飛び散らせながら破裂した。
奴の破裂を最初に苦しみ悶えていたシーバス一家が次々と破裂して、肉塊へと変わり果てて行く。次々と断末摩の叫びを上げながら破裂してゆくシーバス一家を俺は指をくわえてみているしかできない。
胸糞が悪かった。
昨日まで他の人と変わらない営みを送っていた人間が、まるで物のようにあっさりと壊れてゆく。
「ふぅむ、限界だったようじゃな」
そんな中でもボウモワは肉塊となったシーバス一家の死体を見下ろしながらそう呟く。
その口ぶりからボウモワが、今目の前に起こっていることに対して平然としているのだと理解する。俺の胸の中がざわつき、頭が再び怒りの熱を帯びる。
「どういうことだ……?」
俺は静かにボウモワへ問いを投げかける。
すると奴はニヤリとした笑みを浮かべ、俺の方をみた。
「本来の紅兵士の製造には時間がかかるのじゃ。強化剤を少量ずつ体内へ流し込み、ゆっくり馴染ませながら、長い期間を掛けて製造するのが本来のやり方じゃ。しかしわしのはあくまで即席。大量の強化剤を一気に注入して肉体を強化するのじゃから、普通の肉体では耐えられんでのぉ」
ボウモワは右腕の義手の手首にある時計へ目を落とした。
「しかし耐久時間が8分から随分伸びたのぉ。改良を加えて良かったわい。イーッヒッヒッヒ!」
俺の視界の中に居るヤツ(ボウモワ)は既に人間じゃなかった。
シーバス一家は確かに悪党だった。
でも俺たちに捕まって、ハミルトンと出会い、悪党では無い違った生き方をみつけていたかもしれないんだ。
そんなシーバス一家をまるで実験動物のように扱うボウモワはもはや俺の中で人間は無い。
鬼か悪魔か、それ以下だ。
―――ただじゃ置かない。奴だけは!
「この糞野郎がぁぁぁぁっ!」
俺は力を振り絞り走り出した。
拳を構えヤツ(ボウモワ)を殴り飛ばすために猛然と駆け抜けて行く。
すると俺の接近に気付いたボウモワは、
「シーバス=リーガル!その小僧を捻りつぶすのじゃ!」
ボウモワの指示を受け、仲間の躯の中心で静かに佇んでいたシーバスが動き出した。
「ウガァァァァ!」
シーバスは獣のように咆哮しながら、拳を地面へ叩き付ける。
俺の目の前には巨大なクレーターができあがり、行く手を塞ぐ。
しかし、その反動でシーバスは体を硬直させていた。
その隙に俺は手にしていたビーンズメーカーの銃口をシーバスへ向ける。
だがまたしても即席紅兵士に改造される前の彼らの顔が脳裏を過り、引き金を引くのを躊躇わせる。
「ガアァァァ!」
「クソッ!」
俺は再び横へ飛び退き、シーバスの拳を避ける。
―――ダメだ。ボウモワへ近づけない!
しかも相手は即席であろうともローゼズと同じ、超人的な身体能力を持つ紅兵士。
普通の人でしかない俺の体力は確実に今のシーバスよりも劣る。
いずれは俺の方が体力の限界を迎えて、やられるのは目に見えている。
「どうすりゃ良いんだよ、どうすりゃ!」
俺はシーバスの拳を辛うじて避けながら、自分自身へ問いを投げかける。
しかし避けるのが精いっぱいで、良い案は一切浮かんでこない。
その時、俺の頭上を黒い影が覆った。
「ッ!!」
俺の目前には岩のように大きい拳を振り上げるシーバスの姿が。
「やれぇ!やるのじゃシーバス!その小僧をミンチにしてやれぇッ!」
ボウモワが嬉々とした様子で指示を出す。
―――避け切れない!?
そう思った時だった。
俺の目前でシーバスの拳がぴたりと止まった。
「……ミます……」
「お前……?」
シーバスは体を震わせていた。
瞳は赤く染まったまま、しかしそこから緩やかに涙が流れ出ている。
「俺タチの無念ヲ晴らしてくだサい、ワいるドさン……ハミルトンの姉サンを頼ミますッッ!!」
シーバスは勢い良く踵を返して俺に背を向けた。
「な、なんじゃと!?」
シーバスはボウモワを大きな両手で掴み高々と持ち上げた。
「ウ、ヴぁぁぁぁぁ!」
刹那、シーバスは全身から血を噴き出しながら破裂した。
その衝撃でボウモワの身体が軽く宙を舞い、体勢が崩れる。
その隙を俺は見逃さない。
「この腐れ外道がぁ!」
俺は渾身の力を込めた拳をボウモワの顔面へ叩きこんだ。
奴の顔がぐにゃりと歪んだ。
俺の拳はボウモワの歯を遠慮なしに叩き折る。
ボウモワのやせ細った身体は吹っ飛び、そして地面へ背中から叩きつけられた。
だが未だ俺の怒りは収まらない。
俺は次の拳をボウモワへ叩きこむべく奴へ歩み寄る。
「ひ、ひぃいぃ!こ、殺される!!」」
起き上ったボウモワの顔は恐怖一色で染まっていた。
奴は慌てた様子でローブの中を探り、取り出した金属の玉を地面へ叩きつける。
「ッ!?」
玉が地面に叩きつけられた刹那、白く激しい光が瞬いて視界を塞ぐ。
ようやく視界が元に戻った頃にはボウモワの姿は無かった。
どうやら逃げたらしい。
―――次、会った時はただでは済まさない……
俺は怒りをそっと胸の奥にしまう。
そして破裂し、真っ赤な肉塊となり果てたシーバスの躯へ屈みこむ。
「ありがとう、シーバス。ゆっくり休んでくれ。後は任せろ」
金属を互いにぶつけ合う甲高い音が俺の鼓膜を叩いた
。近くにいた筈のローゼズとタリスカ―が無い。
俺は音が聞こえた方へつま先を向け、木々のひしめく森の中へ駆け込んでいった。




