ChapterⅤ:赤の決闘②
―――ハーパー、アーリィ、ジムさん無事でいてくれ!
俺は三人の無事を祈りながら森の中を駆け抜けてゆく。
すると、獣道を抜け、森の中にある広い場所に出た。
「ヒヒヒ……イーッヒッヒッヒ……」
どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
自然と俺の感覚は危険を感じとり、俺の手はホルスターへ向かう。
ローゼズもまた同じだった。
やがて森の木々の向こうか怪しい人影がゆっくりと現れる。
茶色いローブを羽織った、顔に無数のシワが刻まれている猫背の老人。
「あんたは……?」
俺たちの目の前には何故か、先日シーバス一家の襲撃から助けた老人がいた。
「また会いましたな。いや、これは偶然ではなく必然。なぜならばわしはずっとここでお前さん方が来るのを待っていたからじゃ」
「なんだって?」
「しかし中央政府も案外使えるものじゃのぉ。信憑性もない、ただの書簡だけでタリスカーを追ってここまで軍を進めるとは」
「まさかお前が!?」
「ああ、そうじゃ!ここまでうまく行くとは思ってもみなかったがのぉ!イーッヒッヒッヒ……」
老人は不気味で、不快な笑みを浮かべる。
一瞬で俺の怒りは沸点に達し、ビーンズメーカーを老人へ突きつけた。
「お前は何者だ!」
「わしか?わしはボウモワ=ラーガン!【遺跡】の真実に迫る求道者!」
「ワイルド、こいつ!」
ローゼズもまた殺気を放つ。
「さぁ、お前さん達大人しくわしにタリスカーを渡すのじゃ。それがお前さんたちのためじゃ。悪いことは言わん。早くするのじゃ」
「違う……」
ボウモアの言葉を聞き、ずっと顔を俯かせたまま黙っていたハミルトンがゆっくりと顔を上げた。
その視線は冷ややかで冷たい。
そしてハミルトンは服の袖の中に隠していたナイフを手にし逆手に構えた。
「私はハミルトン=バカルディ!タリスカーじゃない!」
するとボウモワはこれまでで一番の笑い声を上げた。
「イーッヒッヒッヒ!そう、それじゃ!その殺気!わしは見てみたいのじゃ!完成型の紅兵士の力を!豹変の鍵を必要とする初期の紅兵士ではない!常に狂気を抱き、殺戮のみを振りまく本物の紅兵士の力を!!」
ボウモアはローブの中から鈍色に輝く金属の右腕を出した。
奴はその人差し指をそっと口に咥える。すると指から不気味な笛の音色響き始めた。
「アー、ヴヴヴヴヴッ……」
突然、不気味な音が聞こえ始めた。
森の木々の向こうから二組の赤く小さな輝きがこっちへ迫ってくる。
「嘘だろ……?」
木々の間から出てきた連中を見て俺は言葉を失う。
ボウモワの背後に集結したのはシーバス一家だった。
しかし彼らは全員に目を真っ赤に染め、だらしなく口を開け、そこからヨダレを垂れ流している。
彼らから放たれる気配は、人間のものとは到底言えそうもない。
それはまるで獣。
獲物を求めて荒野を彷徨う腹を空かせた猛獣。
それに近い。
「お前、シーバス一家に何を!?」
俺が叫ぶと、ボウモワは歪んだ笑みを浮かべた。
「何、こいつらにはわしの手駒になってもらうべく薬を使ったのじゃ。わしの特製、すなわち即席紅兵士になるための薬をな!さぁ、獣達!ナイフを構えるのあの少女、タリスカーを捕まえるのじゃ!」
「ウガァァァァッ!」
シーバス一家は獣のように吠えながら俺たちへ襲いかかる。
「クッ……やるぞ!」
俺たちは散開し、シーバス一家の突撃を避けた。
しかし彼らはまるで獣のように素早く方向転換をして、再び俺へ飛びかかってくる。
俺はすかさずビーンズメーカーをホルスターから抜き銃口を向けるが、昨日見た人の良い彼らの姿が重なってしまった。
引き金にかけた指に力が入らず、俺は横に転がって彼らの攻撃を避ける。
気づくとシーバス一家の1人が俺の目の前にいた。
「なっ!」
「ガアァァ!」
奴は俺の腕を乱暴に掴み、身体を軽々と持ちあげた。
俺はまるで紙きれのように投げ飛ばされる。
「ワイルドッ!」
そんな俺を飛び出してきたローゼズが受け止め、そして地上へ下ろした。
「すまない!」
「お礼はあと!」
ローゼズは目の前にいたシーバス一家の1人へビーンズメーカーを放つが、奴は猿のように跳躍してローゼズの射撃を避けた。
俺もまたローゼズと共にシリンダーに装填されている弾を放ち続ける。
しかしシーバス一家はローゼズの時と同じように猿のような跳躍を繰り返し、全ての弾を避けてみせた。
「お前らどうしちまったんだ!答えろよ、おい!」
「イ―ヒッヒッヒ、もはやこの無法者たちにはわしの声以外届かんよ」
「何!?」
「言ったはずじゃ、この無法者たちは即席紅兵士じゃと。紅兵士は指揮官たる主の命令しか聞かん。特にわしの薬は強力でな……わしの呪縛からこいつらが外れることは決してなぁい!」
ボウモワは歪んだ笑みを浮かべつつ、得意げにそう語る。
俺の怒りが再び急激に沸点へ到達する。
―――目の前の最低最悪なこのクソジジイを殴り飛ばしたい!
そういう激しい願いはある。だが、状況がそれを許さない。
俺とローゼズはボウモワへの道を切り開こうと、必死にシーバス一家の猛攻を避け、ビーンズメーカーを放ち続けるが、やつらの素早い動きに俺の動体視力は追い付かず狙いが満足に定まらない。
逆にシーバス一家は的確に俺を狙い襲いかかってきていて、その攻撃を避けるので精一杯だった。
ローゼズはさすがに何発かシーバス一家へ弾を叩きこんではいるが、例え弾の直撃を受けて倒れたとしても、次の瞬間には起き上り、再びローゼズへ襲いかかっていた。
「無駄じゃ無駄!痛覚を遮断し、精神を闘争のみに特化させたわしの紅兵士は例え腕一本吹き飛ばされても勇敢にお前さん達へ戦いを挑むぞい。イーッヒッヒッヒ!」
ボウモワの不愉快な笑い声が響き渡る。
―――絶対にぶっ飛ばす!必ずぶっ飛ばす!
しかし依然、ボウモワへの道はシーバス一家に阻まれて開かれない。
俺とローゼズはそれでも諦めず、シーバス一家の突撃を避けつつ、弾を放ち続ける。
その時だった。
「離してッ!!離してよッ!」
俺とローゼズは咄嗟にハミルトンの声がした方へ視線を飛ばした。
「イーッヒッヒッヒ!よくやったぞい!」
ボウモワが興奮気味に笑い声を上げていた。
奴の横にはシーバス一家に手足を拘束され、動けないでいるハミルトンがいた。
「ハミルトン!」
「待てローゼズッ!」
ローゼズは俺の声を無視して地を蹴った。
このままではいけないと思った俺も遅れて地を蹴る。
「ウガァァァ!」
するとローゼズの前へ斧を振りかざしたシーバス一家の1人が立ち塞がった。
「ッ!?」
ローゼズはすっかり意識をハミルトンのことへ取られていたのか、ただ振りかざされた斧を見上げるのみ。
鈍重な斧の刃がローゼズへ向け振り落される。
「ワイルドッ!?」
だが間一髪間に合った俺はローゼズを横から抱きしめる。
「!!」
振り落された斧の刃が俺の背中を袈裟状に切り裂いた。
熱く激しい痛みが一瞬で身体中を駆け巡り、意識が飛びかける。
だが俺はその痛みを堪え、ビーンズメーカーを突き出す。
斧を持ったシーバス一家も再び斧を横振る。
「っつ!?」
斧の刃が俺を掠め、頬に横一文字の傷を浮かび上がる。
しかしそのお蔭で奴に隙が生じた。
俺はすかさずビーンズメーカーの引き金を引く。
「ウガッ!」
俺の放った弾は斧を持ったシーバス一家の1人の眉間に命中した。
奴は一瞬で白目を向き、倒れる。
「ワイルドしっかり!ワイルドッ!」
「し、心配するな、かすり傷だ……」
ローゼズは顔をくしゃくしゃにしながら俺を抱き起こす。
幸い、俺が受けた傷は致命傷ではなかったようだ。
「嫌ッ!」
再びハミルトンの悲痛な叫びが辺りにこだまする。
ハミルトンの傍に寄ったボウモワはローブの中から金属と化した右腕を出し、中指を立てていた。
中指の表の装甲が開いていて、中に透明の液体が内包されているのがみえる。
「安心なさい。毒ではない。君のタリスカ―としての記憶を掘り起こし、戦いの高揚感を思い出させる精神剤じゃ
「嫌ぁぁぁぁーーーッ!」
「イーッヒッヒッヒッ!」
ボウモワの中指から伸びる注射針がハミルトンの右腕へ突き刺さった。
ボウモワの中指の中に見えた液体が素早く減って行き、ハミルトンの中へ流し込まれる。
「あっ……あっ……んんっ……!」
ハミルトンは小刻みに身体を震わせながら、異常な声を上げ続ける。
やがてハミルトンの首がガクンと落ちた。
ボウモワはハミルトンの右腕から注射器を抜き、彼女を拘束していたシーバス一家が手を離す。
ハミルトンはまるで糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。
「イヒヒヒ……イーッヒッヒッヒ!さぁ、目覚めるのじゃ!マッカランの最強最悪にして最高傑作!紅兵士タリスカ―よッ!」
ゆっくりとハミルトンが立ちあがった。
「ハミルトンッ!」
ローゼズはそう呼ぶ。
ハミルトンが顔を上げた。
心底愉快そうに口元は歪み、真っ赤な瞳の奥には狂気の炎が宿っているようにみえる。
「あは?誰それ?私はタリスカ―だよ!?」
ハミルトンは首を傾げた。そして更に盛大な笑みを浮かべる。
「みぃつけたぁ!赤い子みぃつけたぁ!!」




