ChapterⅤ:赤の決闘①
【VolumeⅢーハミルトン=バカルディChapterⅤ:赤の決闘】
俺は予定通り保安官事務所の前でアーリィたちが来るのを待っていた。
ふと、シーバス一家のことが気になって、彼らが一応の宿にしている馬小屋へ視線を移す。
しかしそこにシーバス一家の姿はなかった。
―――なんだよ結局逃げちまったのか。
後でハミルトンが怒るだろうな……
やがて道の向こうからアーリィがジムさんとハーパーを連れてくるのが見えた。
「すみません、こんな朝早くに」
俺はジムさんへ謝罪をする。
しかしジムさんは、
「気にすることないです。で、話ってなんなのですか?」
俺は自分自身の決断、つまりローゼズとハミルトンをこの街に置いて行くことを告げた。
その考えにたどり着くまでの気持ちなど全てを嘘なくジムさんとハーパーへ伝えた。
ジムさんとハーパーは俺の言葉を遮ることなく、耳を傾けてくれていた。
「二人の意見が聞きたいんだ」
想いの全てを言い終えて、ジムさんとハーパーへ聞く。
ずっと静かに話を聞いてくれていたジムさんはゆっくりと口を開き始める。
「きっとロゼたんは寂しがるですね」
「だと思います。でも、アイツにはもうハミルトンがいます。だからきっと時間がなんとかしてくれるって俺は思ってます」
「ワイルドはそれで後悔有りませんですか?」
「はい」
「そうですか……」
ジムさんはそれっきり口を閉ざして、何かを考えている様子だった。
俺は自分の心臓の音を聞きながらジムさんの答えを待つ。
「分かったです。私はワイルドの意見に賛成するです」
ジムさんはずっと強張っていた頬を緩めた。
「まっ、実は私もなんとなくその方が良いんじゃないかって思ってたですけどね。これ以上、私達と旅を続けても、ロゼたんは辛いだけです。だったらここで、親友と静かに暮らすのが良いと思うのです」
「ありがとうございますジムさん!」
ジムさんは賛成してくれた。
でもジムさんの隣にいるハーパーは未だ黙ったままだった。
無理もない。
ローゼズはハーパーにとって始めて心を許せた友達だ。
そんな友達との別れを急に切り出され、戸惑ってるんだろうと思う。
「ハーパーはどう思う?」
俺は恐る恐るハーパーへ聞いた。
するとハーパーはようやく顔を上げた。
彼女は瞳にうっすらと涙を浮かべているものの、瞳には強い意志が宿っているように見える。
「すみませんでした、皆さん。ようやく決心が付きました」
「ハーパー、お前……」
「ワイルド様のおっしゃる通りです。ローゼズは私たちと一緒に居るべきではないのです。私だって一度はローゼズを憎みました。私から家族を奪ったローゼズをこの手で殺してやりたいと思いました。きっと、アンダルシアンにはローゼズのことをそう思う人がたくさんいると思います……」
ハーパーは俺たちへ背を向けた。
「私はもう大切な友達に辛い思いをして欲しくはありません。もっと自分を大切に……そして笑顔だけでこれからは暮らしていってほしい。私はそう思うのです……」
ハーパーは気丈に振舞っているのがわかった。
でも言葉と欲求は微妙なところですれ違っているのか、
ハーパーの両肩が小刻みに震えて、嗚咽が聞こえてくる。
そんなハーパーをアーリィは優しく抱きしめた。
「アーリィさん……ううっ……」
アーリィは優しくそっとハーパーの髪を撫でる。
ハーパーは声を殺しながらアーリィの胸の中ですすり泣く。
そして少し泣いて、アーリィから離れた。
「ありがとうございましたアーリィさん」
「どういたしまして」
ハーパーは涙を拭った。
その瞳にはもう迷いは感じられない。
俺たちは互いに視線を交わし、意思を確認しあう。
もう誰の中に迷いはないようにみえた。
「なら、いつ出発ですか?あまり時間をかけてちゃ、きっと行動しずらくなると思うのです」
ジムさんの言うことは最もだった。
時間が経てば経つほどきっと寂しさが勝ってきて、決意が揺らいでしまう。
なるべく早く、できるだけ……
「こんなところで何しているのかなワイルド君?」
その時、突然聞こえた声に俺は我が耳を疑った。
ゆっくり振り返ってみるとそこにはハミルトンがいた。
「ハミルトン、どうしてここに……?」
「みんなが早くに屋敷を出てくのが見えたから。だからここまで追いかけてきたの」
こっそりと出てきたつもりが、ハミルトンには気づかれてしまっていたようだった。
「ワイルド君こそどうしてこんなところにいるのかな?何をしようとしているのかな?」
ハミルトンは問い詰めるよるに聞くが、俺は何も答えられない。
「私をここに置いて行くのは良いよ……」
「えっ?」
「だけどあの子だけは……ローゼズだけは連れって行ってあげて!」
「……」
「どうして!?なんでなの!?あの子は、ローゼズはワイルド君のことを……!」
どうやらハミルトンに全部聞かれてしまったようだった。
ハミルトンの言葉を聞いて、心にブレーキがかかる。
でも、そのブレーキはローゼズのためにならない。
これからの彼女のことを考えれば、心にブレーキを掛けることが正しいこととは思えない。
「良いんだよ、これで!」
だから俺は力の限り叫んだ。
「こうするのがローゼズにとって一番なんだ!俺たちと一緒にいちゃあいつはもっと辛い目に合う!俺はせっかく笑えるようになったローゼズにもう悲し顔はさせたくないんだ!ローゼズはお前と一緒に、ここで静かに暮らすのが一番なんだよ!!」
しかしハミルトンは何も答えなかった。
やがてハミルトンは顔を俯かせたまま、俺へゆっくりと歩み寄ってくる。
そしてズボンのポケットから封筒に包まれた手紙を強引に俺の手へ握らせた。
「これは……?」
「もし、万が一、これから先ローゼズに何かあったら渡して……だから、あの子を一緒に連れってってあげて。お願い……」
ハミルトンは顔を俯かせたまま、肩を震わせている。
どこかハミルトンの様子がおかしいような気がした。
「みんな大変ッ!」
するとハミルトンの後ろから血相を変えたローゼズが走ってきた。
―――参った。このままじゃローゼズにも気づかれてちまう。
「中央政府の軍人がそこまで来てる!」
「えっ……?」
嫌な予感が俺を過ぎった。
「どうして中央政府軍が!?」
俺よりも先にハーパーは疑問を口にする。
「軍、ハミルトンを追ってる!ハミルトンを捕まえる気!」
中央政府軍は元ゴールデンプロミスのタリスカーを血眼になって追っていると聞く。
どうやら祭で騒ぎ過ぎて、中央政府軍に目を付けられたようだ。
遠くから無数の馬蹄の音が、静寂に包まれるヒースの街へ響き渡る。
「ワイルド、とりあえず今はハミルトンと一緒に逃げるです!」
ジムさんの提案は最もだと思った。
この計画はローゼズとハミルトンが一緒にいなければ意味はない。
ハミルトンが中央政府に捕まってしまえば、それですべて一貫のお終いだ。
「ワッド、どうする?」
アーリィの問いに俺は、
「逃げよう!話しはその後だ!」
「では私が中央政府軍を引きつけましょう!」
「だった私もハーたんの手伝いするです!」
ハーパーの提案にジムさんも乗る。
「あたしも手伝うよ!ワッドはローゼズと一緒にハミルトンをお願い!」
アーリィもまた敵のかく乱を願い出てくれた。
「では最終的にアインザックウォルフの別荘で合流しましょう!」
俺たちは互いに視線で意思を確認しあう。
馬蹄の音は近い。
「それではまた後ほど!」
ハーパーが駆け出し、ジムさんとアーリィも続いてゆく。
「ワイルドわたしたちも!」
「ああ!」
俺たちもまた動き出す。
ローゼズはハミルトンの手を取って走り始めようとするが、何故かハミルトンは動かない。
「ハミルトン!」
「ローゼズ、実は私……」
「何してる!早くするんだ!」
俺がそう促すとローゼズは、
「わがまま言わない!わたしはハミルトンとまた離れるの嫌!」
「ッ!」
「行こう、一緒に」
「……分かった。ありがとう……!」
ようやく重い腰を上げたハミルトンはローゼズに手を取られ走り出す。
俺たちはヒースの街を抜け、森の中へと飛び込んでいった。
深く険しい森の中を俺たちは急ぎ足で進んでゆく。
遠くから銃声と馬蹄の入り混じった音が響き始めた。




