ChapterⅣ:朝焼けの決断④
祭を終えた俺たちは町長のご好意で、今夜も彼の屋敷に泊めてもらえることになった。
みんなは遊び疲れたのか、それぞれの部屋で深い眠りに就いている。
しかし俺は何故か眠れず、一人屋敷のテラスで温めたブラックコーヒーを片手に考えていた。
―――ローゼズとハミルトンをここに置いて行くことは二人にとって幸せなことだ。
それが良いに決まってる。
でも、どうして俺は踏み切れないんだ……
ブラックコーヒーのビターな苦さを今日は一際感じる。
「やっぱ起きてたんだ」
振り返ると後ろにアーリィが居た。
「眠れないの?」
「まぁな」
「そっか」
「コーヒー貰っていい?」
「おう」
アーリィはテラスのテーブルにあるコーヒーをカップへ注ぐ。
コーヒーの香ばしい香りと共にアーリィは俺に並んだ。
「ねぇ、ワッド。もしかして今、物凄く重要な決断をしようとしてる?」
アーリィはお見通しの様子だった。
なんでコイツは俺のことがこんなに分かるんだと不思議に思うも、今はそうして声を掛けて貰えることが嬉しかった。
「聞いてくれるか?」
「そのために来たから」
「凄いな、お前」
「幼馴染ですんで!」
アーリィはそう言ってはにかむ。
ホント、なんでも俺のことを理解してくれるアーリィの存在はありがたく思う。
「……俺さ、ローゼズとハミルトンをここ(ヒース)に置いてこうって思うんだ。それが今の二人にとって良いことだって思ってる。でも、何故か迷っちまうんだ。二人をこのまま静かにここで過ごさせたいって思ってるのにどうしても踏み出せないんだ……」
「……そっか」
アーリィは一口コーヒーを口にした。
「たぶんさ、ワッドが決断できないのは寂しいからじゃないかな?」
「えっ?」
「もうそろそろ一年だもんね、ローゼズと出会ってから。その間にいろんなことがあったよね?一緒に戦ったり、たくさん笑ったり泣いたりしてさ」
「そうだな」
色々なローゼズのことが思い出される。
初めて出会ってから今日に至るまで。
およそ人間性が殆どなかったローゼズは、小さな子供へ微笑みかけられるまでに成長している。
「もうすっかりローゼズはあたしたちの家族だよ。家族と別れるのはさ、そりゃ寂しいよ。ずっと一緒に居た人と別れるなんて相当勇気がいることだよ。だからさ、弱い自分がブレーキをかけてるんだと思う。寂しさってブレーキが、何もかもをも押しとどめちゃってるんだって、今のワッドを見てあたしはそう思うな」
「寂しさ、か……」
言葉に出してみると、胸の中でその言葉と思いが繋がった。
ローゼズと離れるのが寂しい。もっと一緒に居たい。
もっと二人で、みんなで色んな世界を見てみたい。
そう願う自分がいることに気が付かされる。
「離れるのはやっぱり寂しいな……」
それが俺の胸の奥にあった正直な答えだった。
「でもさ、その寂しいってあくまでワッドの気持じゃん?」
「えっ?」
「きっとローゼズも、こんな話を聞いたら寂しがると思う。でもさ、寂しさってあくまで自分だけの気持ちじゃん?気持ちって難しいよね。自分のことだからそれを優先したくなっちゃう。周りがどんな状況だってお構いなし。だからさ、まずは寂しさって気持ちを外してみようよ」
「……」
「離れる寂しさを抑えて、そしてもう一度冷静に考えてみてよ。どうしたらローゼズとハミルトンが幸せかをさ」
アーリィに言われて俺はもう一度考えだす。
きっとローゼズは俺たちと離れれば、寂しがるんだろう。
でも、もう争いに巻き込まれることは無くなる。
紅兵士だった過去と向き合うことも、全くなくなりはしないけど、こうして旅をするよりは遥かに少なくなると思う。
なによりもローゼズの側には今、心を許せるハミルトンがいる。
大切な人と寄り添って、静かに、そして幸せに暮らせる未来がそこにはある。
―――なんだ答えはもう既に出てるじゃないか。
「アーリィ、俺……やっぱりローゼズとハミルトンをここに置いてゆくことにするよ」
「……そっか。その決断に迷いはない?」
アーリィは俺へ視線を合わせ問いかけてくる。俺は、
「ああ!もう迷わない!だってこの決断はローゼズとハミルトンの幸せのためだから!」
アーリィはじっと俺を見つめていたが、やがて微笑んだ。
「ならあたしはワッドの考えを全力で応援するよ!」
俺たちは互いに微笑み合ってコーヒーを一口飲む。
「まぁ、さぁ、あたしもなんとなくなんだけど、そうした方が良いかなって、思ってたんだよね」
「そうなのか?」
「うん。だってローゼズ、ここ二日間本当に幸せそうだもん。正直、ハーパーが嫉妬しちゃうのも分かるくらい」
「お前もローゼズが好きなんだな」
「まぁね。同じ釜の飯を一年も食べてますから。それにローゼズがいなかった、もしかしたらあたしたちはこうして生きてなかったかもしれないしね……」
「そうだな」
ローゼズに出会ったお陰で俺は自身の殺意に打ち勝つことができた。
アイツと出会ったことで殺人の愚かしさを知ることができた。
だから俺はいつか、この恩を何かの形でローゼズに返したいと思っていた。
そして、多分その機会がようやく回ってきたんだ。
「アーリィ、このことをみんなに伝えてくれるか?ちゃんと説明したいんだ」
「わかった!まっかせなさい!じゃあ、二人に聞かれないところの方が良いね?」
「じゃあ、保安官事務所の前にしよう」
「オッケー!じゃあワッドは先に行ってて!」
アーリィは小走りで去ってゆこうとする。
「アーリィ!」
俺が呼び止めるとアーリィはゆっくり振り返ってきた。
「ありがとうアーリィ。いつも助かるよ、ホントに」
するとアーリィの顔が仄かに赤みを帯びた。
「ま、まぁ、幼馴染ですから!ワッドのことなんでも分かるし」
「全く、お前は超能力者かなにかかよ」
「そんなもん!あくまでワッド専用のね!じゃ、また後で!」
今度こそアーリィはテラスから出て行く。
気が付けば真っ暗だった夜空は、夜明け前の紫色に染まり始めていた。
―――うかうかしてられない。夜明けはもうすぐだ。ローゼズとハミルトンが寝てる間にみんなへ話を済ませたい。
「……?」
動き出そうとしたその時だった。
背後に視線を感じ、俺は周囲へ目を配らせる。
しかし既に気配は感じられない。
「今のは……?」
考えたところで明確な答えは導き出せない。
俺は感じた気配のことなど忘れ、集合場所の保安官事務所へ急ぐのだった。




