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ビーンズメーカー ~荒野の豆鉄砲~  作者: DSSコミカライズ配信中@シトラス=ライス
VolumeⅠゴールデンプロミス―ChapterⅡ:奴が静かにやってくる
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ChapterⅡ:奴が静かにやってくる ④


「ううっ……」


 急速に意識が覚醒を始めた。

 ぼやけた視界の中には、

今にでも泣きべそを掻きそうなアーリィの姿が見える。


「ワッド! 大丈夫 !?」

「あ、ああ……」

「よかった、ホントに良かったよぉ……」


 アーリィはこらえていた涙を溢す。

 その横には涼しげな表情だが、

俺のことをジッと見つめているローゼズの姿もあった。


「アーリィ、ここは……?」

「病院だよ」

「病院?」


 頭が混乱していた。

どうして俺は病院なんかにいるのだろうか?


「うん。ローゼズさんがここまでワッドを運んでくれたの」

「……なんで俺はここに?」

「それは……」


 突然アーリィは表情を曇らせ、

俺から目を背けた。


「せ、先生、呼んでくるね !  ローゼズさん、ちょっとお願い!」


 そう云ってアーリィは涙を拭って駆け出してゆく。

次第に意識が判然とし始める。

すると、栓を切ったかのように記憶が蘇った。


 炎に巻かれた店。

血の海に沈みながら燃えるお袋の身体。

そして仮面の紳士。


「待つ!」


 身体が勝手に動いた。

俺はローゼズの静止も聞かず、

ベッドから飛び起き、

靴も履かず部屋から飛び出した。

 どうやらここはモルトタウンで唯一の病院だったようだ。

 白衣を着た先生と隣にいたアーリィが俺へ静止を叫ぶ。

しかし俺はそれを無視し、走った。


 病院から出ても尚俺は走り続ける。

街の誰もが走る俺へ驚きの視線を送っているが構ってられない。

何度も転んだ。

足の皮が剥けた。

血が噴き出した。

しかし痛みなど気にしてはいられない。

俺はただひたすらに走り続ける。


――目の前の路地を曲がって、すぐのところに……!


 足が止まった。

膝から力が抜け、俺の身体はその場に崩れ去る。

 路地を曲がった先。

昨日まで俺の家と店があったところ。

そこには真っ黒に焼け焦げた数本の柱があるのみだった。

 頭では分かっていた。

あんな火災だったのだから無事で済むわけが無いのは分かっていた。

 でも信じたくはない、認めたくない俺が居た。

 昨日の火事は全て夢で、幻で、家はいつも通りそこにある筈。


「ワイルド……」


 なじみ深い声が聞こえ、思わず目から涙が零れ落ちる。

 振り返るとそこには常連のビリーおじさんと、

アーリィの親父さんのジミー保安官が居た。

 二人は沈痛な面持ちのまま佇んでいる。

 それが何を意味しているのか頭では理解していた。

だが俺の気持ちは事実を無意識のうちに歪曲させる。


「な、なんですか、おじさん、そんな顔して……ほら、そろそろ店の開店時間ですよ。おじさん、いつも一番乗りだったじゃないですか」

「ワイルド、おめぇ……」

「なぁ! なんでそんな顔してんだよ! どうしてだよ!」

「すまねぇジミーさん……ダメだぁ……俺はからはやっぱりよぉ……」


 ビリーおじさんは帽子で目元を隠し、

俺から視線を背ける。

 ジミー保安官はゆっくりと屈みこみ、

そして俺の肩へ手を置いた。


「ワイルド君、もう君の家も店も燃えて無くなってしまったんだ。もうここには何もない」


 意味が分からなかった。

イミガワカラナカッタ。


「なに、言ってんですかジミーさん……そんな筈ないじゃないですか、あそこには俺の家が……」

「現実を見るんだ! ワイルド君、君の家は燃えて無くなってしまったんだよ」

「御袋は……」


 頭では理解していた。

頭の中にあるた昨晩の悲惨な光景も時間を追うに従って判然とし始める。

 だが認めたくは無かった。

頭では状況を理解していても、心がそれを拒絶する。


「御袋は……御袋はどこに……?」


 ジミーさんは一瞬言葉を詰まらせた。

しかし、やがて、


「……亡くなったよ」

「ッ!」


 強い衝撃が胸を内側から圧迫した。

頭の中の記憶と映像は容赦なく俺の心をかき乱す。


「う、うわぁぁぁーーー!!」


 血の海に沈み、

炎に巻かれた御袋の姿が鮮明に頭の中で浮かぶ。


「ああああぁぁぁ! あああぁぁぁ!」


 何度もその光景を頭の中から排除しようとした。

 思い出さないようにしようとした。

 しかしそうすればそうするほど、

脳裏の光景は益々鮮明さを増し、

俺の胸を強く締め付ける

 瞳からが涙が滝のように止めどもなく溢れ出てくる。


「うわぁぁぁぁ! ああああぁぁぁ!」


 頭の中がめちゃくちゃだった。

ただ俺は獣のように吠え、涙をまき散らす。

 だがいくら叫んでも、

いくら涙を流しても、

御袋が帰ってくることはもうない。

ありえない。


「うあぁぁぁぁ!!ああああぁぁぁ! 御袋!御袋がぁぁぁぁー! ああ、ああああッ!」

「ワッドッ!」


 不意に柔らかく、

温かい何かが俺を背中から包み込んだ。

 アーリィだった。

彼女は俺を強く抱きしめてくれている。

しかし乱れた心は収まらない。


「探さないと……」


 俺は膝に力を込めた。

しかしアーリィは俺を抱いたまま、立つのを邪魔する。


「なぁ、アーリィ離してくれよ。俺、御袋を探さないと……」

「……」

「なぁ、アーリィ頼むよ。離してくれよ……」

「もう、おばさんはいないんだよ……」

「ッ!」


 胸の苦しみが再来する。

すると俺の方へ何かが落ちた。

 アーリィもまた俺を抱きしめながら、大粒の涙を流していた。

アーリィの涙は乱れた俺の心にわずかばりの冷静さを呼び戻す。


「アーリィ……?」

「もう、おばさんは居ないの……ひっく、死んじゃったの…私も現実を受け入れる。だからワッドも受け入れて! おばさんが居なくなったことを理解して! お願いだから……」


 その時ようやく気が付いた。

ビリーおじさんも、

ジミーさんも、

そしてアーリィも、

俺の御袋が居なくなってしまったことを強く悲しんでいることに。

 辛いのは俺一人じゃなかった。

胸の中にあった激情が次第に落ち付いて行き、

俺に正常な思考を呼び戻す。

 俺は肩越しに泣きじゃくるアーリィの頭へ、

そっと手を添え、そして撫でた。


「ありがとう、アーリィのおかげで目が覚めたよ。ごめん、迷惑かけて……」

「ひっくっ、良いんだよ、仕方ないもん。一番辛いのはワッドだもん。仕方ないもん……」

「アーリィ……クッ……」


 再び、俺の瞳から涙が零れ落ちる。

 哀しくして堪らなかった。

悔しくて堪らなかった。

だから俺はアーリィの手を強く握りしめた。

彼女もまた返してくる。


 俺たちはそのまま暫く、

涙が枯れ果てるまで、二人で泣き続けたるのだった。


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