ChapterⅣ:朝焼けの決断①
【VolumeⅢーハミルトン=バカルディChapterⅣ:朝焼けの決断】
東海岸は今日も晴天。
特に緑の多いヒースではその眩しさが際立っているように感じる。
そんな青空へいくつもの号砲が上がった。
さすが東海岸の交易の町の開拓祝祭であって、多くの人がこの街を訪れている。
所々から威勢の良い屋台の呼び込みが聞こえ、街を行き来する人たちはみんな楽しそうに買い物をしたり、屋台で食事をしたりしている。
「この度は誠にありがとうございました。あなた方のおかげで無事開拓百周年を祝うことができました。感謝してもしつくせません」
ヒースの町長は深々とお辞儀をして、大仰すぎるほどの礼を俺たちへ言った。
昨日は準備が間に合うかとヒヤヒヤしていた祭のメインストリートには立派な屋台街が出来上がって、ヒースでも随一の集客だということらしい。
「お約束通り、本日の屋台でのお食事やお買い物は全てこちらで費用を負担させて頂きます。十二分にお楽しみください」
「ありがとうございます町長。今日はお言葉に甘えさせていただきます」
「いやなに、シーバス一家を捕まえていただた上に祭の準備も手伝ってくださったのですから当然です。どうぞ今日は遠慮なくお楽しみください。それでは私はこれで……」
「あのすんません!一つ良いですか?」
「はい?」
「そういや俺たちシーバス一家からこの街の人を助けたと思うんですけど、その人が今どうしてるかわかりますか?」
「はて?どのような方で?」
「ローブを羽織った背の曲がった爺さんなんですけど」
町長は首を傾げた。
「ふぅむ、保安官からそのような方が被害に合ったとは聞いてませんね。何分規模も大きく、人の往来も多い街ですから……」
「そうですよね。すみませんでした。もし知ってたらなっと思っただけですから。お時間を取らせてすみませんでした」
「いえいえ。それでは私はこれで」
町長はにっこり笑みを浮かべて俺たちの元から去ってゆく。
俺は内心、シーバス一家に襲われていた老人の無事を祈るのだった。
「さぁて、ワイルド!今日は一日お姉ちゃんとデートするです!」
待ち構えていたかのようにジムさんが飛びついてきた。
「ジムさん抜けがけは許しません!」
反対側からハーパーが俺の腕を掴み、
「むー!ワイルドはわたしの!」
ローゼズが背中から飛びついてくる。
相変わらず三方向からの胸の圧力は息苦しい。
「ア、アーリィ助けて!」
「バカバカバカワッドのバーカ!自分で抜け出せばいいじゃない!!」
アーリィは顔を真っ赤に染めてそっぽを向く。
「ワイルドはお姉ちゃんと回るです!」
「いいえ、この私がお供いたします!」
「違うわたし!」
「マジアーリィさんお助け!」
「バーカバーカ!」
「あーーーーーーっ!!」
突然、ハミルトンが大声を上げ、俺を引っ張り合っていたローゼズたちが動きを止めた。
ハミルトンは思い切り跳躍をする。
そして俺たちの背後にいた、シーバス=リーガルを先頭にしたシーバス一家の前へハミルトンは着地した。
「うへぇ!姉さん!?」
シーバスは突然現れたハミルトンに驚き後ろずさる。
「シーバスさーん、どーこへ行こうとしてたのかなぁ?」
「あ、いや、姉さんこらぁ……」
「あは!まさか逃げようなんてしてたんじゃないでしょうねぇ……?」
ハミルトンは口元だけを笑わせて、低い声をそういう。
シーバス一家は皆一斉に背筋を伸ばす。
俺のその声を聞いて背筋にゾクッと寒気が走った。
「めめ、滅相もございませんぜ姉さん!なにをご冗談を、がははっは!!」
シーバスは盛大に笑い、それに倣って一家の連中も笑い始めた。
「あは!そうだよねぇ!」
すっかりシーバス一家はハミルトンに手玉に取られている。
ハミルトンはシーバス一家に何かを言い聞かせていた。
―――これがカリスマ性ってやつ?
「みんなぁ!とりあえずシーバス一家を保安官さんのところへ戻そー!」
ハミルトンの提案に俺たちは乗り、祭を楽しむ前にシーバス一家を保安官のところへ連れてゆくことにしたのだった。
しかしそれがなかなか難しいと思い知ったのはシーバス一家を連れ歩き始めてすぐのことだった。
時間を追うごとにヒースへ集まる人たちは膨れ上がり、今やどこの道も人だらけ。
「アリたんどこでかぁ!?」
「こ、ここですジムさん!」
特に身長の低いジムさんはアーリィに手を引かれていた。
こう見るとどっちが年上なのかよくわからない。
「あ、すみません!ああ、こっちも申し訳ございません!」
人ごみに慣れていないハーパーは人とぶつかるたびにひたすら謝罪をしていてなかなか先へ進まない。
「おーいみんなどこだ!?」
俺も人のことは言えず、人波に揉まれていた。
既にハミルトンとシーバス一家の姿さえ見えない。
そうして人波に揉まれながら周囲へ視線を配ると、人の波に押されてゆらゆらと漂っている背中を発見する。
「ローゼズ!ここだぁ!」
人波に揉まれていたローゼズが俺に気が付く。
俺はなんとか人波をかき分けてローゼズのところまで行き、彼女の手を取った。
が、その瞬間、
「うわ!」
「ぬー」
手を取り合った俺とローゼズは突然背後から強い圧力をかけられ、人波から弾き出された。
「いつつ……大丈夫か?」
「うん。ワイルドは?」
「あ、ああ、問題ない」
「良かった」
ローゼズはホッと胸をなで下ろしていた。
とりあえず周囲を見渡してみたが、もう近くにハミルトン達の姿はなかった。
「参ったな……」
もう一回探してみようか、もしくは直接保安官事務所へ行こうかと考えていたとき、隣に居たはずのローゼズの姿がなくなっていることに気が付く。
「おじさん一つください」
「おっ?君はローゼズちゃんだねぇ!ほらよ、持ってきな!」
「ありがとう!……はむ……んまぁーい!」
ローゼズはケバブを頬張りながらフラフラと俺から離れてゆく。
「おい待てよ!」
っと、見失う前にローゼズの手を掴んで捕獲。
「んー?食べる?」
「おっ、ありがとう……って違ーう!勝手に一人でフラフラ行くなよ。迷子になったらどうすんだんよ?」
「んー?それはワイルドが?」
「いやいや違うお前が!」
「わたしは大丈夫!」
自信満々に答えるローゼズ。一体その自信はどこからくるのやら。
「行こう!」
「あ、ちょっと!」
ローゼズは俺の手を引いて歩き出す。
やっぱりローゼズの力は物凄く、俺は引きずられるようにどんどん人波から離されてゆく。
―――でもまぁ、あのハミルトンが付いてるんだ。きっとシーバス一家を無事に保安官のところまで連れてくだろう。
今更戻ったところで意味はなさそうだ。
せっかくだし、このまま祭を楽しもうと俺は腹をくくった。
俺とローゼズは手をつないだまま、街の中へ繰り出すのだった。
「あれ食べたい!」
ローゼズは次々と食べ物の屋台ばかりを回ってゆく。
フラドポテト、フライドチキン、焼きたてのパンに果物ほか多数。
こっちは見ているだけでお腹が一杯だ。
「ワイルドは食べないの?」
「俺は良いよ」
「んー……」
ローゼズは少し考えた後に貰ったばかりのケバブ―――何げに五つ目―――を半分にし、片方を俺へ差し出してきた。
「食べろって?」
コクリコクリ。
ここは素直にローゼズの好意に答えようと思い俺はケバブを受け取った。
でも、後々になって俺はそれを後悔するハメとなった。
「あげる」
「おう、サンキュ」
ローゼズは揚げたてのチュロスを半分くれた。
やっぱりチュロスは揚げたてに限ると思う。
「あげる」
「ありがと」
今度はメロンパン。
バターの芳醇な香りが食欲をそそる。
「あげる」
「おう」
今度は七面鳥の足の燻製。
ターキーレッグと言う奴だ。
ターキーがファミリーネームの俺にとっては少々食べづらいが、ローゼズの好意を無碍にしたくなくて食べる。
やっぱりこれも旨い。
「あげる」
「あ、ああ」
今度はシナモンたっぷりに焼きパインの串焼き。
このタイミングでフルーツはありがたい。
だけど、そろそろ……
「あげる」
「サ、サンキュ」
「あげる」
「お、おう」
「あげる」
「うぷ……ありがとう」
「あげる」
「……」
「ワイルド?」
もう限界だった。
既に腹はパンパンで、むしろ気持ち悪い。
しかし同じ量を食べているローゼズはけろっとしていた。
そしてその顔は「どうしてそんなに苦しそうなの?」と言わんばかりだ。
一体その細身の体のどこに入っているのやら。
もしや、その大きな胸の中には第二第三の胃袋があるんじゃないか?
そんな俺を捨て置いてローゼズは次の屋台を物色し始めている。
このままじゃ俺の胃袋が破裂しちまう。
「な、なぁ、ローゼズ今度はあれやらないか?」
ローゼズの注意を食事の屋台から外すべく、俺は近くにあった射的の屋台を指した。
テントの前には机が並び、その上にはライフル型の銃が置かれていた。
その銃をみたローゼズは、
「やる!」
どうやら俺は腹下しの猶予を与えられたらしい。
俺は腹に重さを感じながら、ローゼズと手をつないで射的の屋台へ向かっていった。
「おっ?アンタたちだねシーバス一家をこらしめてくれたのは!ささっ、一回分五発ただだ!やってってくんな!」
「全部ただじゃないの?」
ローゼズがそう聞くと屋台の店主は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そうしたいのは山々なんだけどよ。そしたらアンタたちここにあるもん全部持ってちまうだろ?さすがにそりゃねぇ……」
確かに店主と言うとおりだ。
俺たちは腰に銃を指した、どこからみてもガンスリンガー(銃使い)。
そんな俺たちの遊戯料を全部ただにしちまえば、商売どころじゃない。
そんなことを考えている俺を置いてきぼりにし、ローゼズは既にライフル型の空気銃を構えていた。その表情は真剣そのもので、戦いの時の物々しい雰囲気さえ伺わせる。
そんな中、ローゼズの隣にいた小さな兄妹の兄が空気銃からコルク栓を放つ。
おそらく狙っていたのはひな壇の一番上にでかでかと座っているクマのぬいぐるみだったんだろう。でもコルク栓は明後日の方向に飛んでいったばかりか、違う景品に当たり、それさえも落とせず終いだった。
次の瞬間、ローゼズがコルク栓を放った。
だけどローゼズは発射した直後には既に次弾を装填し、ボルトを引き、引き金を押していた。
二発のコルク栓は景品ではなく、ひな壇の一番下段へぶつかる。
するとひな壇が若干揺れ動いた。
その隙にローゼズは三発目、四発目を打ち込む。更に揺れ始めるひな壇。
「これでおしまい」
最後の五発目が放たれ、ひな壇に当たる。
するとひな壇は激しい振動に見舞われ、全ての景品が落ちた。
そんなローゼズを店主は唖然として見つめている。
「お菓子だけでいい。あとは元に戻して」
「は、はい!」
店主は慌てた様子でローゼズお菓子だけをを渡す。
ローゼズはたくさんのお菓子をもらって満足そうだった。逆に店主それでも苦々しい表情をしている。
なんだか申し訳ないことをした気持ちで一杯の俺だった。
「お姉ちゃんすげぇや!」
隣で射的をしていた兄妹の兄がキラキラとした視線をローゼズへ送っていた。
「ねぇこれであのぬいぐるみ取ってよ!」
兄は銀貨を一枚ローゼズへ差し出すが、
「お兄ちゃん良いよ……」
後ろにいる小さな妹は申し訳なさそうに兄の袖を引いている。
「でもお前アレ欲しがってたじゃん!このお姉ちゃんならきっと取ってくれるよ!」
「でも……」
「なぁ、頼むよ!」
兄は無邪気な笑顔をローゼズへ送る。
するとローゼズはその銀貨を受け取った。
兄の期待の視線を受けながら、店主のところで銀貨を五発のコルク栓へ変えて戻ってくる。
「おい、ローゼズ」
「大丈夫」
ローゼズは柔らかい笑みを浮かべ俺を横切る。
そして兄へ屈み込み、コルク栓を渡した。
「欲しいなら自分が取らなきゃダメ。大事な人が欲しがってるものならもっとダメ」
「えっ……?」
「わたしが教えてあげる。だから大丈夫」
ローゼズは兄へ向けて微笑みかけた。すると兄は、
「わかった!頑張る!」
「頑張れお兄ちゃん!」
ずっと兄の後ろで申し訳なさそうにしていた妹が始めて笑った。
ローゼズは兄へ向け、手とり足とり銃のレクチャーを始める。
その表情は柔らかく、そして優しい。
そんなローゼズを見て俺は、ローゼズが確実に変わったと思った。
出会ったばかりの頃のは表情に乏しく、冷たい印象があったローゼズ。
でも今は素直に笑い、そしてこうして人に対してなにかを教えるにまで成長している。
未だローゼズの中にはマッカランに操られている時に犯した罪の意識が根を深く下ろしている。
少し目を離せばローゼズはきっと罪の意識から、自らを罰するためにその命を平気で投げ出すだろう。
でも、その選択は絶対にさせたくなかった。
―――ローゼズはこの先もずっとこうして笑顔でいてほしい。笑顔を絶やさずこの先も生き続けていて欲しい。
ローゼズにはもう悲しい顔をしてほしくはない。
自分を罰するようなこともしてほしくはない。
「やった!」
ローゼズの指導のおかげで兄妹は見事に目的のクマのぬいぐるみを取ることができたようだった。
「お姉ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
兄妹は喜んで走り去ってゆく。
ローゼズは彼らが雑踏の中で見えなくなるまで見送る。
「ワイルド、なんでずっと見てた?」
くるりと振り返ってきたローゼズは、下から俺の顔を覗き込みながらそう言ってきた。
不意にされた上目遣いはどうにも俺の心臓を高鳴らせ、頬に熱を感じる。
「た、たまたまだ!」
俺は照れてることを悟られたくなくてローゼズの頭を撫でる。
するとローゼズは一瞬ビクンと体を震わせる。
「ワイルドずるい……」
「何がだよ」
「むー……
「ローゼズ?」
「でも、嫌じゃない」
ローゼズは顔を真っ赤に染めて眩しい笑顔を浮かべた。
そんなローゼズの笑顔が見られて嬉しく思う俺だった。
「だぁぁぁぁぁ!!姉さん今すぐ武器持ってきやすから少し耐えてくだせぇぇぇ~!」
突然、聞き覚えのある野太い叫び声が聞こえた。
猛然と俺たちの横を走り去ったのは涙目のシーバス=リーガルとシーバス一家。




