ChapterⅢ:彼女のいる日々②
「うぃ~今日も腹いっぱいでぇすぅ~」
「ジムさん、おじさんみたいですよ?ふふっ」
だみ声で椅子に寄りかかるジムさんへ、ハミルトンは笑いながらそう云った。
今日も満足の行く朝食だった。釣りたての魚と貝・トマト・にんにく・パセリを白ワインと水で煮込んだ料理―――ジムさん曰く、アクアパッツァというものらしい―――とアーリィが今朝焼いたクロワッサンの朝食は本当に美味しくて、朝から幸せな気分になれた。
ただしこれにて本当に俺たちの食糧はすっからかん。
マジで食料の買出しに行かなきゃ、既にランチからひもじい思いをすることになる。
「あのさ、この後みんなで買い出しに行かない?」
俺が朝食後にみんなに言おうとしていたことをハミルトンが先に言ってくれた。
さすがは昨日から俺たちの台所を預かるハミルトンだと思う。
「良いね!みんなでお買い物!」
アーリィは乗る気で、他のみんなからも異論は出なかった。
「ねぇ、ハーパーこの辺でどこか買い物で出来そうな街知ってる?」
「えっ!?」
食後の紅茶を優雅に楽しんでいたハーパーが突然素っ頓狂な声を上げた。
「どしたの?」
「あ、いえ!」
「で、どこか街知ってる?ハーパーは東海岸出身でしょ?」
「あ、あ、ええっと……」
「この辺りだったらヒースが比較的大きい街です。ここから馬車で三十分程度のところにあるです」
何故か狼狽えていたハーパーの横からジムさんがそう云った。
「さすが商売人のジムさん!」
アーリィが賞賛を送ると、
「ふふん!当然でぇす!商売人たるもの儲けられそうな場所のことならどこだろうと頭にしっかり入っているのでぇす!」
「ハーパー情けない」
ローゼズがぼそりと呟くと、ハーパーの顔がみるみる真っ赤に染まった。
「し、仕方ないじゃないですか!私、ワイルド様達に出会うまではロングネックから出たことありませんし、買い出しは基本的に使用人やバーンハイムがしてましたから!!」
「根っからの世間知らずのお嬢ですねぇ」
「ハーパーダサい」
「う、う……うわぁぁぁ~ん!そこまで言わなくてもぉ~!」
ジムさんとローゼズの容赦ない口撃にハーパーは泣き出してしまった。
「ハーパー泣かないで?誰だって知らないことあるしさ?」
「うわぁぁ~ん、ハミルトン~!」
「よしよし」
ハミルトンの胸の中で子供みたいに泣きじゃくるハーパーだった。
「ふぅ~」
そんな状況の中、アーリィは何故か俺の横でお茶を飲みながらほっこりしていた。
「何ほっこりした顔してんだよ?」
「いやぁ~なんかさぁ、最近平和だなぁって」
「平和?」
「だってほら、やられ役今まであたしだけだったじゃん?ハーパーが来てから半分くらいあっちに移ったからさぁ」
「ああ、確かに」
「いやぁ~からかわれないってホント気楽だねぇ」
「あははは……」
乾いた笑いしか出ない俺だった。
案外アーリィって酷いヤツかもしれない。
「ふと思ったんだけどさぁ……こうして並んでみてみるとワイルド君とアーリィって夫婦みたいだよね?」
「ブフッ!!」
ハミルトンの言葉にアーリィは思わずお茶を噴き零した。
「ななな、何いってんのよハミルトン!!」
アーリィは顔を真っ赤にしてハミルトンへ抗弁する。
「あは?案外二人はお似合いだと思うけど?ワイルド君はどう思う?」
ハミルトンはにやりと笑ってそう言ってくる。
「どうって、こいつは俺にとって兄弟みたいなもんだからな」
アーリィと出会ったのが五歳の時だから、かれこれ十年以上の付き合いになる。
小さい頃は良く二人で結構危険な遊びをしたもんだ。
谷底の川へロープで降りて遊びにいったり、ビリーおじさんの牧場へこっそり忍び込んで勝手にポニーを乗り回したり……色んなことを二人でして、怒られて、反省して、時々褒められて、それで成長していった。
でっかくなった今はさすがにそういう遊びはしなくなって、怒られることも少なくなったけど―――アーリィはよく親父さんに怒られてるけど―――モルトタウンにいた時はなんだかんで良くつるんで行動していた。
アーリィといると気が楽だし、夫婦っていうよりも一緒に育った兄弟が一番しっくりくるような気がする。
そしてそれはきっとアーリィもそう思っているはず。
「なによ兄弟って……」
しかしアーリィは不満そうに唇を尖らせ、そっぽを向いてしまった。
「なんだよ不満か?」
「別にぃ~」
明らかに不満そうだ。
何がいけなかったんだと考え、考え、考え抜いて……はたりと一つの答えに至る。
「ああそっか!兄弟は弟の方じゃなくて妹の方な!まっ、俺たちには上も下も無いから正し言葉かどうかはわかんねぇけど。でも、お前のことを大切に思ってるのは確かだぜ?」
「……」
「アーリィ?」
「ま、まぁ、良いや。ワッドがあたしのこと大切に思ってくれてるなら……」
相変わらずそっぽは向いてるけど、声から機嫌が直ったことはわかった。
「ワイルド君、意外とやるね?」
にやりと笑みを浮かべながらハミルトンがそう言ってくる。
「やるって何が?」
「あは!ワイルド君ってさ、案外天然なんだね!」
「?」
何故かローゼズたちも頷いている。さっぱり訳のわからない俺だった。
―――俺、なんか変なこと言ったかなぁ……?」
●●●
「この先の森に入ってそこを抜ければヒースなのです」
朝食の片付けを終えた俺たちはジムさんの案内の下、早速食料の買い出しのために馬車をヒースへ向かわせた。森の中は意外と道は狭く、俺は注意深く馬を操りながら先へと進む。
「ヒースは東海岸では意外と重要な街なのですよ?位置でいうとロングネックとマドリッドの中間。二つの街の交易のポイントとして開拓された街なのです!」
ジムさんは轡を握る俺の横で得意げにそう語る。
「へぇ、じゃあ食材も豊富にありそうですね」
「ヒースは山の中の街です。山の幸が豊富なのですよ。中には珍しい山の動物の肉なんかも売ってるのです。ちょっと癖のある匂いはしますが、タンパク質が豊富で食べごたえのある肉なのです」
「美味しそう!」
真っ先に食いついたのはローゼズだった。
「あは!じゃあ今夜はそのお肉で串焼きでも作ろうか?」
ハミルトンはそう言うと、ローゼズは首を縦に強く何回も振る。
「ハーパーその肉のこと知ってた?」
「あ、い、いえ……」
ローゼズの問いにハーパーはか細い声で答える。
「情けない」
「うわぁ~ん!ローゼズがいじめますぅ~」
「よしよし、ハーパーは強い子だから泣かないでねぇ」
「あでぃがとうございばずあーりぃざん(ありがとうございます、アーリィさん)」
鼻水を垂らしながら泣きじゃくるハーパーをアーリィは少し得意げに慰めていたのだった。
すっかりやられ役の座をアーリィから奪ってしまったハーパーのこの先が思いやられるやらなんとやら。
俺たちの馬車は終始和気あいあいとしながら緑豊かな森の中を進んでゆく。
だが突然聞こえた銃声に俺達は一瞬で凍りついた。
「今のは!?」
馬車を止め、耳をそばだてる。再び複数の銃声が聞こえ、距離が近いと分かる。
その時、森の奥からボロボロのローブを羽織った腰の曲がった男が一人フラフラになりながら出てきた。
長い白髪と深いシワが顔に刻まれた老年の男性はその場でつまずき倒れる。
「大丈夫ですか!?」
俺は馬車から飛び降り、老人を抱き起こした。
「も、申し訳ない」
「何かあったんですか!?」
「無法者に追われとるんじゃ……」
「おおっと!また会うとはなぁ!」
脇から聞き覚えのある声が聞こえ、俺は視線を飛ばす。




