ChapterⅢ:彼女のいる日々①
【VolumeⅢーハミルトン=バカルディChapterⅢ:彼女のいる日々】
夜明け前の海は綺麗だと思う。朝の静けさの中に聞こえる漣の音に心は自然とほぐし、薄い紫色をした海は気持ちを穏やかにしてくれる。
でも目線を少しでも水平線から外せば、否応なしにテラスの惨状が視界に入って俺の頭を悩ませた。
別荘のテラスは昨日のまんまだった。
残飯はみんなで処理したけど、食器はそのまま、コンロの中の炭もまた地面へ埋めていない。
この量を片付けるのは億劫で仕方がない。
―――片づけを明日にしようって言ったのは俺だけど……
加えて問題は食糧についてだ。
昨日散々調子に乗ったおかげで、元々一泊分くらいしか確保されていなかった別荘の食糧庫は空。
それでも足りなかったので馬車のものにも手を付けてしまっていた。
おかげで食料はほぼ空の状態だ。
―――まぁ、みんなで盛り上がれたから良いんだけどな。
まずはテラスを片付けて、その後にどこかで買い出しをするので本日の日程は決まり。
「おっし!まずはここからやりますか!」
自身にそう元気よく言い聞かせ、俺は一人テラスの片づけを始めた。
食器をまずはまとめて……
「おはようーワイルド君早いんだね?」
テラスにハミルトンがやってきていた。既に着替えを済ませてしゃっきりとしている。
「おはよう。ハミルトンこそ」
「あは!昨日の興奮が残ってるのかも。昨日は本当に楽しかったよ!ありがとね」
「礼を言われることなんて何もしてないさ」
「ううん。ローゼズに続いて二番目にワイルド君が私の料理を食べてくれたからさ。だから昨日でみんなと打ち解けられたんだと思うんだ」
ハミルトンは微笑み、俺は嬉しい気持ちになる。
「私も片付けて手伝うね!」
「助かるよ」
俺とハミルトンは二人でテラスを片づけを再開した。
ふとハミルトンの横顔が俺の視線の中に入ってくる。
ハミルトンの穏やかな横顔を見てていると、彼女がタリスカーだったことを忘れていた自分に気が付く。
赤目赤髪は変わらない。
でも今俺の横にいる少女は紅兵士のタリスカーではなく、ハミルトン=バカルディだと言い切ることができる。
人柄が良くて、明るくて、料理が上手で、しかもこうしてみていると結構可愛い顔立ちをしていると思う。
「もしかして私に惚れた?」
気が付くとハミルトンはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「あ、いやそんなことは!」
何故か胸が高鳴り、声が裏返ってしまった。足元がもつれてしまい、情けなくも俺はその場に尻餅をついてしまう。
「大丈夫!?」
「んったく……冗談でもそういうのは勘弁してくれ」
「あは!ごめんごめん、そんなに驚くなんて思ってなくてさ」
俺はハミルトンの手を借りて起き上がろうとしたが、サッと何かが俺とハミルトンの間へ入ってきた。
「ワイルド、ダメ!」
間に入ってきたのはいつの間にか起きてきたローゼズだった。俺はローゼズの手を借りて起き上がる。
「ダメって何かが?」
「ハミルトンとダメ!」
―――ああ、なるほどハミルトンを取っちゃダメってことか。
「はいはい、別にローゼズのハミルトンを取ったりしないから」
「んー……」
どこか納得がいかないような表情をローゼズは浮かべる。ローゼズはくるりと踵を返して、
「ハミルトンもダメ!」
するとハミルトンは微笑みを浮かべた。
「分かってますよぉ~。ねぇ、ワイルド君?」
「あ、ああ」」
「むー……」
ローゼズはまたまた何故か納得のいかない顔を俺へ向ける。
その後ろではハミルトンがクスクスと笑っていた。
さっぱり意味がわからない。
「おはようでぇ~す!」
気が付くとテラスに釣竿をもったジムさんが来た。
「おはようございます」
「おっはよー!」
ジムさんの後ろにいるハーパーとアーリィも釣竿を持っている。
「おはよう!みんな釣竿なんて持ってどうしたの?」
ハミルトンがそう聞くと、
「ハミたん、ロゼたん、今日も朝食のための魚釣りに行くです!」
ジムさんはそう返す。
「でも……」
ハミルトンの申し訳なさそうな視線が俺に向かってくる。
そんなハミルトンの手をローゼズが取った。
「行く」
「えっ、でも片付けを……」
「行くッ!」
ローゼズは強引にハミルトンの手を引いてジムさんの下へ向かっていった。
ハミルトンがまた申し訳なさそうな視線を俺へ送ってくる。
俺は”行ってこいよ”の意味を込めて頷き返す。
するとハミルトンは口だけを動かして『ありがとう』というとみんなと一緒に別荘を出て行った。
「ハミたん昨日はどこで釣りしたですか?」
「この先に入江があったんでそこで。色んなお魚がいましたよ!」
「じゃあ誰が一番大きな魚を釣れるか勝負だね!あたし釣りには自信あんだから!」
「フッ……自信があってもアーリィさんの釣りの腕はアンダルシアンでは二番目です!」
「一番はわたし!」
「いいえ、私です!」
「わたし!」
「私です!」
「あは!はいはい喧嘩はそこまでそこまで!」
ハミルトンはすっかり皆の中に溶け込んでいる様子だった。
もう誰の声からもハミルトンを警戒する雰囲気は感じられない。
テラスの片付けは俺一人でやらなきゃならなくなったけど、でも構わない。
だってハミルトンが皆と仲良くなれたんだから。
「さぁて、みんなが帰ってくるまでに終わらせますか!」
自分自身に目標を言い聞かせ、俺は皿の片付けを開始するのだった。




