ChapterⅡ:南から来た彼女⑧
燦々と煌く太陽と煌く白い砂浜。海は青く澄み渡り、水平線はどこまでも続いている。
こんな日はやっぱり体を動かすに限る。
しかし世の中自分の思うとおりに行くことの方がとても少なく、こんな些細な願いさえも無碍にされることなんてザラだ。
「さぁさぁやってまいりましたでぇす!チームレッドヘアvs金髪連合のビーチバレーによる頂上決戦の開幕でぇす!実況は私ジム=ビーム、解説はワイルド=ターキー!」
俺の隣に座るジムさんはノリノリな様子だった。
「俺、ビーチバレーなんて良くわかりませんよ?」
「雰囲気作りだから別に気にしないのでぇす!」
「第一なんなんですかコレ……」
何故か俺とジムさんは砂浜に建てられたテントの下にいた。
そこには長机があって、俺とジムさんはその前に何故か座っている。机の上にはこれまた何故か【実況】【解説】と書かれた札が置かれている。
加えて長机の前にはどうしてか【アインザックウォルフ商会】のロゴが刻まれたボードが立てかけられていて、まるでこの場はプロスポーツの競技会場みたいになっていた。
「バーンハイムが用意してたみたいです」
「だからってなんでここまでするんすか」
「あったから使ってみたかったのでぇす!」
「俺もビーチバレーしたいんですけど」
「ふふん、ワイルド、ビーチバレーは2対2がルールなのです!」
「そうなんっすか。やっぱ、それじゃジムさんが解説した方が良いんじゃないんっすか?」
「ダメです!私は他にも忙しいのでぇす!」
というジムさんは首元にぶら下げられているレンズ付きの黒い塊を掲げてみせた。
「それは?」
「カメラというものです!これで風景を絵のように記録できるのです!これロゼたんたちの活躍をたくさん収めるのでぇす!」
「まさかジムさん……」
ジムさんの目はお金になっていた。
きっとこのカメラとかいうものでローゼズたちを撮って、それを売りさばこうなんて考えてるんだろう。
「ジムさん実況とそれどっちがやりたいんっすか?」
「さぁ、第一セット!レッドヘアの先行でぇーす!」
「聞いてない……」
ネットを挟んで左側がローゼズ&ハミルトンのチームレッドヘア。反対側にはハーパー&アーリィペアの金髪連合がいて、ローゼズのサーブを待ち構えていた。
「行くっ!」
「来なさいローゼズ!あなたのビーチバレーの実力はアンダルシアンでは二番目です!」
ハーパーは勢い良く叫ぶ。
ローゼズの鋭いサーブが放たれた。勢いが凄まじく、若干ボールが歪んで見えるのは気のせいじゃないんだろう。
「させません!」
すかさずハーパーがレシーブを決める。ハーパーの足が砂浜に少しめり込み、衝撃の凄まじさを物語る。若干、勢いの削がれたボールは垂直に飛ぶ。
「アーリィさん!」
ハーパーの声が響き、アーリィが滑り込む。
「うへっ!?」
ボールをトスしたアーリィの体が少し砂浜に沈む。
少し涙目のアーリィだったが、ボールはいよいよハーパーの頭上へ。
「せぇぇぇい!」
勢い良く飛んだハーパーは思い切り右腕を振りかざし、ボールを鋭く打ち付けた。
「あは!甘い甘い!」
そんなハーパーの前へ、ネット越しにハミルトンが現れた。ハミルトンは見事のブロックを決め、ボールを再びハーパー達のコートへ押し戻す。
だがアーリィが飛び込み、ボールを打ち上げた。
緩やかに宙を舞うボールをハーパーがトス。アーリィが飛ぶ。
アーリィの狙うところには誰もいない。
「そおれぇっ!」
アーリィは得点獲得を確信したのか笑みを浮かべる。
しかし、叩き込まれたボールの前へ赤い影が瞬時に現れる。
「おそい!」
ローゼズがアーリィのスパイクをレシーブしてみせた。
垂直に飛んだボールをハミルトンがトスする。
ローゼズが砂煙を巻き起こしながら飛んだ。
「こんなもの!」
ハーパーが飛び、ブロックへ入る。
ローゼズとハーパーは空中で真正面から睨み合う体勢でいる。
しかしローゼズは構わずスパイクを放った。
「ッ!?」
驚きの表情と共にハーパーの体が弾き飛ばされた。ボールの勢いは凄まじくハーパーをすり抜け、
「あひゃぁっ!」
アーリィの真横へ砂柱が上がっていた。
ボールは摩擦で少し煙を上げている。
「すみませんでしたブロック仕切れず!」
「いやいや、無理だよ危険だよ!あんなの止めるの危ないよ!!」
アーリィはすっかりビビってる様子だったが、ハーパーの闘志には微塵の揺ぎも見られない。
「チームレッドヘア一点先取でぇす!この先のどうなるか楽しみなのでぇす!」
ようやく実況らしい実況をするジムさん。ちなみにずっとカメラで撮影してました。
「あは!じゃあいっくよぉー!」
今度はハミルトンがサーブを繰り出す。
ローゼズ程ではないが、それでも豪速のボールが飛ぶ。
ハーパーは華麗にレシーブを決め、アーリィが緩やかにトスをする。
再びハーパーが飛んだ。
「今度こそ!」
ローゼズはブロックのために走り出すが、タイミングがずれている。
ハーパーは激しくボールを打つ。
「あは!」
その時、ハミルトンが飛んだ。
空中で体を捻りながら、物凄い跳躍力であっという間にネット付近に到達したかと思うと、ボールを楽々ブロックする。
「あべし!」
ボールがブロックされるなんてきっと予想していなかったアーリィはボールを受け止めるために飛んけど後の祭り。
ボールはアーリィの顔面に思いっきりぶつかり、そのまま金髪連合のコートに落ちたのだった。
「良いねぇ!良いよぉ!二人共最高だよぉ!」
そうはしゃぐハミルトンを見て、何故か悪寒を感じる俺だった。
やっぱり紅兵士のローゼズとハミルトンは強かった。
「やらせません!」
ハーパーは必死に食らいつくも、
「ひいぃ!」
「アーリィさん逃げないでください!」
「無理無理無理!絶対に無理!今のまともに受けたら死んじゃうって!!」
人間業とは思えないボールの応酬にアーリィはすっかりビビっていた。
そんな訳で点数はどんどんチームレッドヘアに追加されてゆく。
気が付けば第一セットマッチポイント。
ちなみにジムさんは実況なんてまるでやる気が無い様子で、カメラをシャッターを無心に切り続けていた。
「これでおしまい!」
「さ、させるものですか!」
ローゼズが再びスパイクの体勢に入り、ハーパーがブロックに飛ぶ。
ネット越しに睨み合う二人。
ローゼズは渾身の力を込めボールを遠慮なしに叩いた。
「ッ!!」
「ハーパーッ!?」
渾身の力が込められたボールはハーパー共々砂煙を上げながら砂浜を走る。
ハーパーはボールと共にすっとばされ、そして海の中へ落ちた。
「あわ、あわわわわ……」
アーリィは奥歯をガタガタと震わせて顔を真っ青に染めている。
―――こりゃ戦意喪失で第二セットどころじゃないか?
「お待ちなさい!」
その時凛然とした勇ましい声が聞こえた。
「誰!?」
ローゼズが周囲を見渡すと、
「こちらです!」
みんなの視線が近くにあった岩の上へ移る。そ
こには凛然と佇む騎士がいた。
黒いハットと金のマスカレードで素顔を隠した存在。
いつもの鎧は何故か手足にしか装着されていなくて、今日はレイピアの代わりに、脇にボールを抱えていた。
水着がまんまハーパーが着ていたものと一緒だけど、それを指摘するのは野暮というもの。
いつも通り黒の騎士は緩やかに体を動かし出し、そして、
「グッ(G)っと踏み込み、ガッ(G)と快傑!人呼んでさすらいのヒィーロォー!……快傑ゴォールドゥッ!」
「出た!ふざけた快傑ゴールド!」
ローゼズがそう言うとゴールドは唇を噛み締めた。
「ぬぅ……そ、そのお言葉そっくり貴方にお返しします!」
「なんで?」
「なんでって、ええっと……」
やっぱり今日のシチュエーションだと色々と言いづらそうな様快傑ゴールドだった。
でもちゃんと快傑ゴールドの流れに付き合ってあげているローゼズは少し大人になったんだと思い、感慨深さを感じる俺だった。
「えっと……つ、罪なきハーパー=アインザックウォルフを海へ叩き落とし、あまつさえタイムズ保安官候補へ恐怖心を受け付けた……赤がよく似合う美少女フォア・ローゼズ、そしてハミルトン=バカルディ!天が見逃しても、この快傑ゴールドは決して貴方たちを見逃しません!」
「ねぇ、ローゼズあの人って……?」
「黙る」
「あ、うん。わかった」
大人の対応をみせるハミルトンだった。
快傑ゴールドは金髪連合側のコートへ降り立つ。
「タイムズ保安官候補殿!この私が来たからには鬼に金棒!貴方に勝利をお約束しましょう!」
アーリィは苦笑いを浮かべるが、ゴールドは気づいていない。
「はあぁっ!」
ゴールドはサーブを放つ。
その球速はローゼズのものに並ぶほど凄まじく、そして鋭い。
「ッ!!」
レシーブをしたローゼズがここに来て初めて苦悶の表情を浮かべた。
「ハミルトン!」
「う、うん!」
ハミルトンがトスをし、ローゼズが飛ぶ。
ゴールドはアーリィを追い抜き、瞬時にネット前へ向かう。
「ゴォールドゥ!」
ローゼズはゴールドを気にせずスパイクを打ち込む。
だがゴールドは微塵も揺らがずにボールをブロックし、
「止めです!」
そこからスパイクに転じた。
するとローゼズは空中で身を翻し、少し後ろへ飛び砂の上へ降り立つとレシーブした。
ステップを踏み自らトス、そして再び飛び、スパイクを放つ。
今度はゴールドが後方へ飛び退き、ボールを受け止めた。
鮮やかなステップで再びボールを下へ行くと自らトスをし、スパイクの体勢に入る。
「これで!」
ボールは更に勢いを持ちチームレッドヘアのコートへ叩き込まれた。
「甘い!」
だがローゼズは瞬時に受け止めた。
勢いづくボールの下へ素早いステップで回り込みトス。
空中で歪みながら回転するボールを思い切り叩く。
「甘いのはそちらです!」
またしてもゴールドがそれを見事にレシーブしてみせた。
セルフトス、そしてスパイクへ流れ、ボールの勢いは更に増す。
それでもローゼズは受け止め、こちらもセルフトス、スパイクへ流れ、ボールを勢いずかせる。
ローゼズとゴールドが打ち合う度にボールは大きく歪み、速度を増す。
既に俺の目にはボールの動きも、そしてローゼズとゴールドの動きさえも把握ができない。
「あは?アーリィ、パン焼きが得意なんだ?」
「まぁ、それぐらいしかできないんだけどねぇ」
「じゃあ今度教えて?」
「良いよ!代わりにハミルトンも料理教えて?」
「あは!記憶がないけど大丈夫かなぁ」
「大丈夫!無意識でもあんなに美味しいのが作れるんだもん!」
「わかったよ。で、それでワイルド君を落とすつもり?」
「な、なな、なんでそこでワッドの名前が出てくんのよぉ!」
コートに居たはずのアーリィとハミルトンは、何故か俺のいるテントの前に座り込んで何かを話していた。
「俺がどうかしたって?」
「なな、なんでもないよ馬鹿!」
なんか知らないけどアーリィに怒られた。
「お前らバレーしなくても良いのか?」
「あの様子じゃねぇ……」
「あは。確かに」
既にコートは何がなんだかわからない様子になっていた。
昇り続ける砂柱、高速で行き交う何かと、それを打ち合っている二つの影。
その時一際高い砂柱がチームレッドへア側コートへ立ち登る。
「はぁ、はぁ……ハミルトン戻るッ!」
汗だくのローゼズが叫んだ。
「アーリィさん!試合中に……はぁ……サボらないでくださいッ!」
汗まみれのゴールドもまた叫んだ。
「はぁ……戻ろっか」
「あは!まぁ、楽しもう!」
アーリィとハミルトンはコートへ戻ってゆく。
「良いです!良いのです!最高です!ふへ!ふへへへへ!」
ジムさんは相変わらず夢中でカメラを撮り続けている。
一人、テントの下でなんもやることがない俺。
―――つーか、最近俺放置されること多くないか?
そう思う俺なのだった。
「ああ~いい天気だなぁ」




