ChapterⅡ:奴が静かにやってくる ③
「今日はありがとう」
店の営業も終わり、
閉店作業も終えた俺は奥の席で一人、
銃を分解して整備に明け暮れていたローゼズの前へ、
たぶん彼女の好物なんだろうミックスナッツと牛乳を置いた。
すると、夜の営業時間中、
誰の声も耳に入れずただ銃の整備を、
夢中にしていたローゼズが初めて顔を上げる。
「んー……?」
彼女はミックスナッツと牛乳を前にして、
指を左右に揺らして少し唸った。
そしてポケットから小さい銀貨を一枚――10ペセ――を取り出す。
「いや、別に金貰う気無いから」
「ただゴハンダメ」
「良いんだよ。今日は特別。これは昼間のお礼だから」
「んー?」
「洞窟で助けてくれた」
「おー!」
「だからこれはその代金みたいなもんだから。全然足りないと思うけど、後は近いうちに」
俺がそういうと納得したのか、
ローゼズは銀貨をしまい、銃の部品を机の上へ置くと、
牛乳を一気に飲み干し、ミックスナッツを一口つまむ。
しかしすぐに銃の手入れへ戻った。
よっぽど、銃の手入れの方が重要のようだ。
机の上には大小様々な銃身とシリンダーが並べられていた。
ローゼズはその一つ一つを、
そっと手に取って中を掃除し、表面をクロスで磨く。
様々なパーツの組み換えができ、
汎用性が非常に高いローゼズの銃。
反面、発射するのは豆というのが不思議で仕方なかった。
しかし、今日俺が襲われた時、
一番大きな銃身では岩をも砕く破壊力を見せていた。
この不思議な銃に俺の興味が沸く。
「なぁ、ローゼズこの銃って何なんだ?」
「ビーンズメーカー」
「豆を発射するから?」
コクリ。
「しっかし毎日この量を手入れしているのか?」
「バレル大事。いつどのバレルが必要になるか分からない」
「バレルって、色んな銃身とシリンダーのことか?」
「いつも付けてるのはBバレル」
Bバレルと呼ばれるパーツの付近には大豆が散乱していた。
どうやら、これがBバレルの発射弾丸のようだ。
他にはアーモンド、カシューナッツなどが散らばっている。
「へぇ、色んな豆が撃てるんだな。今日俺を助ける時に使ったのはどれなんだ?」
「Mバレル。でもコレ危険。普段はあんまり使わない」
一際大きいMバレルの近くには、
これまた一際大きいマカダミアンナッツが置かれていた。
他にも様々な豆類とバレルが置かれていた。
それぞれ様々な能力を持っているんだろう。
しかし何故弾丸が全て豆なんだろうか?
たかが豆で無法者を無力化でき、
岩をも砕くことができるビーンズメーカー。
これが普通をの鉛弾を撃てたなら、もっと強力な武器になる筈。
加えてローゼズの銃の腕は相当凄い。
と、いうか神が掛かっている。
きっと普通の銃を使ったなら、
ローゼズに敵う奴なんてこのアンダルシアンには居ないんじゃないかって思う。
だからこそ、
何故彼女がこんな不可思議な銃を装備していることが不思議で仕方なかった。
「なぁ、ローゼズどうしてお前はこんな不思議な銃を使ってるんだ?」
「……わたしは誰も殺したくない」
ローゼズはバレルに視線を落としたまま、答える。
それっきり言葉は返ってこず、
彼女はただひたすらにバレルの清掃とグリス塗りに向かう。
一つ不思議なことがあった。
かれこれ、夕方店に帰ってきてから、
今までローゼズはビーンズメーカーだけに向かっていた。
でもガンベルトの右側に差している、
同じ形状をしたもう一丁の銃には指一本触れていない。
ビーンズメーカーの後に整備をするつもりなんだろうか。
「どうかした?」
俺の視線が気になったのか、ロ
ーゼズは再び整備の手を止め視線を上げる。
これ以上ここにいるのは、
ローゼズの集中を邪魔してしまうと俺は思った。
「なんでもない。邪魔したな。あんまり遅くなるなよ」
コクリ
「お休み」
俺は真剣にビーンズメーカーを整備するローゼズへ、
挨拶をして二階の自室へ向かった。
二階の自室に着いた俺はランプに火を灯すことも忘れ、
ベッドに身を投げた。
暗闇に浮かぶ天井を呆然と眺めていると、
嫌でも洞窟で襲われた時の恐怖が蘇えり、身体が震える。
今でも耳にこびりついて離れない
ナイフ女――タリスカー――の甲高い笑い声。
あの時、ローゼズが助けに来てくれなければ俺の右腕はなくなっていた。
それどころか命さえも危なかった。
何故、そんな状況に巻き込まれてしまったのだろうか?
それはきっと、ゴールデンプロミスの髭面と、
仮面の紳士の話を聞いてしまったためだろう。
スチルポットの墓地、
高純度のコーンであるバーボンという代物。
その名前を口にした髭面はタリスカーに切り刻まれた。
そしてそれを聞いてしまったがために、俺も命を狙われた。
【スチルポット】はモルトタウンから、
アンダルシアン西海岸の中央を横断するエプロ川を渡って、
すぐにある廃墟の街のことだ。
話では今から四年前、
突然現れた無法者によって一晩で全滅させられたと噂で聞いている。
あんな廃墟の街に高純度のコーンがあるんだろうか?
そんな話は噂でも聞いたことがないし、
そもそも【バーボン】なんて名前は生まれて初めて聞いた。
しかし髭面はなんの気無しに、その名前を口にし殺された。
思い出してみれば髭面は仮面の紳士のことをボスと呼んでいた。
と、なると仮面の紳士はゴールデンプロミスの親玉?
なら余計に訳がわからなくなる。
髭面は自分が所属する組織に殺されたということになる。
そして奴等の会話を耳にしてしまった俺も殺されかけた。
【スチルポット】に存在するという高純度コーン【バーボン】
その名前を知ったものは命を狙われていた。
ならばそのうち、仮面の紳士は俺の所在を突き止めて、
タリスカーをココへ送り出してくるのだろうか?
強制的に思い出されたタリスカーの姿が脳裏に浮かび、
俺は息苦しさを覚える。
ローゼズのように赤髪と、赤い瞳。
その姿と、甲高い笑い声が脳内で自動的に再生されて、
俺の心臓は、今奴が目の前の居ないにも関わらず、
あたかも奴が目前にいて、
今まさに俺の腕を切り落とそうとしている状況かの如く締め付けられる。
「ワイルド、入るわよ」
そんな植えつけられた恐怖心は、
不意に聞こえた御袋の声によって一瞬で消失してしまう。
気が付けば、
部屋に続く扉は開け放たれ、そこには御袋が立っていた。
「なんだよ、こんな夜更けに」
「うん、ちょっとね」
「んだよ、俺今日すごく眠いんだ……」
俺は無造作にそう言い捨てお袋へ背を向けた。
しかし扉が閉まる気配はない。
「採掘場で何かあったの?戻ってきてから少しおかしいわよ」
「……」
お袋は俺のことを見透かしている。
だからこそ、俺は口を噤もうと思った。
親父が無法者に殺されたのが、俺がまだ八つの時。
その日から今日までお袋は女手一つで俺のことをここまで育ててくれた。
たくさんの苦労を近くで見てきた。
一人で苦しみ、悶えながらも、
俺をここまで養ってくれたお袋の姿を見てきた。
そんなお袋に今日起こった出来事を話せばきっと、
狂ってしまう程の心配に駆られてしまうはず。
「何でもないよ。心配しないで」
「……そう」
扉が薄く閉まり、
差し込む光が消失してゆく。
「もし何か悩み事があるならいつでも聞くよ。親子なんだから遠慮なく言ってね」
そう優しく言ってお袋は扉を閉めるのだった。
お袋の言葉に温かさと申し訳なさを感じる俺がいた。
だが、胸の奥に突っ掛っていた何かが取れていたような気がする。
気が付けば体の震えも収まっていた。
次第に眠気が緩やかに訪れ、俺の瞼を落としてゆく。
――目が覚めて、気持ちが落ち着いたらちゃんとお袋に相談しよう。
そう思い、
俺は緩やかで安らかな眠りに就くのだった。
……
……
……
息が苦しかった。
焼けるような熱が喉を焼いているような感覚。
嫌な焦げの臭い。
「はっ!」
意識が急激に覚醒した。
天井には何故か黒煙が漂っている。
異常に部屋の中が熱く息苦しい。
――火事ッ!?
俺はベッドから飛び起き、扉を蹴破った。
「げほっ! ごほっ! な、なんだよ一体!?」
黒煙が廊下に薄らと影をかけているが、
ここまでは火の手が回っていない。
しかし一階に続く階段からは真っ赤な炎の光が吹き出ていた。
一階にはお袋の部屋がある。
俺は廊下に充満する黒煙に構わず、急いで廊下を駆け、
階段を下る。
そして言葉を失った。
「あっ……」
一階のバーが真っ赤な炎に巻かれていた。
カウンターは炎に包まれ、窓ガラスは全て熱によって砕け散っている。
その中で一人、仰向けに倒れこむ御袋の姿が見える。
「御袋! なにやってんだよ!! おい!」
炎の中でお袋はまるで寝ているように一人、
床に突っ伏していた。
御袋の周りには赤黒いシミが広がり、
長い黒髪の先には火が燃え移っていた。
訳がわからなかった。
状況が理解できなかった。
だから俺は御袋のことを呼び続ける。
「起きろよ! 何そんなとこで寝てんだよ! 早くしろよ! おいっ! おいってば!!」
お袋はピクリとも反応を示さず、
そればかりか炎に包まれ始めた。
「そ、そんな……」
膝から力抜け、
俺の身体は階段の踊り場に崩れ落ちた。
御袋の体が燃え、肉が焦げ始めている。
「どうして、こんな……なんで……」
視界の隅に黒い何かが映り込む。
ゆっくりと目を動かしてみると、奴と視線が重なった。
シルクハットに紳士のような身形。
笑みが張り付いた白い仮面を被った存在。
奴だった。
洞窟で出会った仮面の紳士だった。
奴の隣にはやはりナイフ使いのタリスカーが居て、
俺と視線が重なると嬉々とした笑みを浮かべる。
だが、仮面の紳士は手でタリスカーへ静止を促した。
――きっと店に火を放って、お袋を殺したのは奴だ。奴に違いない!
きっと俺の命を狙って、こんな……こんな!
「お、お前がァァァァァ!!」
俺は動物のように叫び、
勢い任せに立ち上がる。
だが、途端に視界ぼやけ、
世界がぐるりと周り、
再びその場に膝を突いてしまう。
何度も立ち上がろうとした。叫びをあげようとした。
しかし黒煙と熱は容赦なく俺から力を奪い、その場に縛り付ける。
だから俺は目に焼き付けた。
白塗りの仮面を被った紳士。
奴が店に火を放った、御袋を殺した。
――殺す殺す! 奴を絶対この手で殺す!
意思はある。
だが身体はいうことを利かず、
瞼はまるで眠りに就くかのように下り始めた。
「ま、待てッ……!」
仮 面の紳士はタリスカーと共に俺へ背を向けた。
「待てッ……お前は俺がこの手で……!」
仮面の紳士とタリスカーは赤い炎で彩られた店から悠然と出てゆく。
二頭分の馬蹄が鋭く地を打つ音が次第に遠ざかってゆく。
「こ、殺す、お前は、この手で……この俺が!」
意識が呆然とし、視界が暗転する。
その時、俺の身体はふわりと一瞬軽くなったように感じる。
しかしそれも一瞬のこと。
次の瞬間にはもう、
俺の意識は息苦しさも、
熱も、
そして仮面の紳士への怒りを感じさせない闇に落とされたのだった。