ChapterⅡ:南から来た彼女⑦
なにやら奥からガタゴトと音が聞こえ始める。
「ちょ、ローゼズ!?」
「早く!」
「や、で、で……きゃっ!いつの間に!?ちょ、やめ、あ……わかった!自分で脱ぐから!」
「早くっ!」
「そ、そんな焦ら……こ、これ!?これ着るの?ちょっと恥ずかし……あ、きゃっ!そこ違う!って、うくっ、んぁ!だからそこはダメだってぇー!」
妙なハミルトンの声に少し体が反応してしまう俺だった。
すると奥から、何故か真っ赤なビキニに着替えたローゼズが出てきた。水着になると改めてローゼズの胸がとてもとても豊かなのだと思ってしまう俺だった。
「早くっ!」
「あ、ちょ!」
ローゼズが奥から手を引き、同じく水着姿のハミルトンを引っ張り出した。
モノトーンカラーのビキニを着たハミルトンは顔を真っ赤に染め、胸元を隠しながらオドオドと出てくる。
何気ない俺の視線に気づくや否や、ハミルトンは顔を背け壁の影に隠れようとする。しかしローゼズが再び強引に引っ張り出す。
ハミルトンは諦めたのか顔を俯かせつつ、できる限り手で体を隠し続けていた。
不思議な感覚だった。タリスカーは水着のような軽装で普段活動していて、今のハミルトンのように恥ずかしがる素振りなんて一回もみたことがない。
やっぱり容姿こそ同じだけど、中身がまるで違う。
―――もしかして本当にタリスカーっていう人格は無くなったんじゃ?
「ちょ、ちょっとワイルド君じっと見ないで……」
ハミルトンは小さい声でそういう。そう言われて初めて、俺はハミルトンのことをじっと見ていたことに気がついた。
「す、すまん!」
相手がそういう反応をするもんだから、こっちもついつい緊張して意識してしまう。
若干背後から薄ら寒い気配を感じるのは、潮風のせいか……
ローゼズは奥から巨大な木箱を引っ張り出し、リビングへ置いた。
「先、海行ってる!」
そう言ってハミルトンの手を再び引いて別荘を出てゆく。
「なんだこれ?」
箱を開けてみると、そこには水着や浮き輪など海で遊ぶためのグッズがたくさん入っていた。端っこには一枚の紙切れが。
【別荘での思い出作りに是非!海で遊んだあとは当主様合身せよ!~バーンハイムより~】
「なんだ合身って?」
「気にしないでくださいワイルド様」
ハーパーはさらりとそう言って、バーンハイムの手紙をビリビリに破って塵に変えた。
テラスの向こうはすっかり日が昇り、東海岸の白い砂浜と青々とした海の水平線が広がっている。波は穏やかで、日差しも気持ちよさそうだ。
そこでローゼズとハミルトンは互いに水を掛け合って遊んでいる。ここからでも二人の楽しそうな声が聞こえてきている。
その声に陰りは無くて、ローゼズとハミルトンは心の底から海で遊んでいるのを楽しんでいる様子だと思った。そんな声を聴いていると、自然と俺も嬉しい気持ちになってくる。
すると、突然ローゼズが動きを止めた。
ゆらりとこっちの方へ視線を傾けたかと思えば、砂煙を巻き上げながら猛然ダッシュで別荘へ接近してくる。
「ワイルド早く!」
ローゼズがテラスからリビングへ続く窓を開けて入ってきた。
「早くなにを?」
「むーッ!」
「なっ!?」
ローゼズは俺の肩へ抱きつくや否や、ものすごい力で俺を外へ引っ張り出す。
何故か白い砂浜へ投げ飛ばされ仰向けに倒される俺。
そんな俺の腰の上へローゼズが乗った。
「なな、なんだ!?」
ローゼズは俺の腰へ体重を掛けて動きを封じ、俺の両手首をがっしり掴む。
水で濡れた妙に艶かしいローゼズが胸の谷間を見せつけながらゆっくりと俺へ迫る。
「んーんー、んっ!」
何故かローゼズは口で俺のシャツのボタンを外そうとしていた。しかしそんなやり方じゃ上手く行くはずもない。
「何やってんだよ!?」
「んーんーーーっ、はぁ……んーっ!」
甘噛みみたいにローゼズの唇が遠慮なしに俺の胸を責める。妙にローゼズの息遣いが荒く、熱い吐息が俺の頬を時折撫でて、なんとも言えない妙な感覚が沸き起こる。
「だから手使えよ!」
「んっ、んっー?ぷはぁ……だってこうしないとワイルド逃げる」
「あのローゼズ何してるの……?」
顔を真っ赤に染めたハミルトンが俺を見下ろしていた。するとローゼズがハッとした表情を浮かべる。
「ハミルトン、ワイルドのボタン外す!」
「ええっ!?」
「はやく!」
「う、うん!わかった」
ハミルトンはローゼズに拘束されている俺へ屈み込み、ボタンを外そうとする。
「ちょ、ハミルトン!?」
「ご、ごめんねワイルド君」
ハミルトンはものすごく恥ずかしそうに俺のシャツのボタンを一つ一つ外してゆく。
指先が震えているものだから、その振動が緩やかに俺の肌を撫でて、時々体がビクンと反応する。
「ううっ!ちょ、ちょっと擽ったい……」
「あっ!ご、ごめんね!すぐ終わるから……」
「あ、ああ……」
「むー!」
再びローゼズが口でボタンを外し始める。口で器用にベルトを浮かせて、ぬらぬらと濡れる舌先をバックルに絡める。そして今度は腰に顔を押し付けズボンのホックを外そうとする。
「んー、ん、はぁ……んちゅ、んんっ!」
もうなんだか頭がおかしくなりそうだった。その時俺はものすごい悪寒を感じた。
瞬間、ローゼズは飛び退き、ハミルトンは驚きのあまり俺から手を離して尻餅を付いた。
「ちぃ!仕留め損ねたのでぇす!」
何故か持っていた浮き輪を横へ振り切青い花柄のビキニを着た、邪悪な表情を浮かべるジムさんがいた。
「ジム何する!」
ローゼズは赤い水鉄砲の銃口をジムさんへ突きつける。
「なにもかももないのです!こんな楽しそうなことロゼたんとハミたんだけでするじゃないです!」
するとジムさんが俺へ屈み込み、右腕へ胸を押し付けながら拘束した。ジムさんは口ではだけた俺のシャツの裾を噛み、ゆっくりと脱がし始める。
「ジムさんまで!?」
「はむぅ……おへひゃんかぬはしてあへるてす(お姉ちゃんが脱がしてあげるです)」
「むー!ハミルトン!」
「えっ?私も!?」
コクリコクリ!
「わ、わかったよぉ……」
ハミルトンはおずおずと俺の左腕の上へ座り込み、何故か口でジムさんと一緒になって俺のシャツをめくってゆく。
「ハミルトンまで!?」
「ごへんねぇわいひるふぉくん……(ごめんねワイルド君)」
終いにはローゼズは再び俺の上へ乗って口でズボンのチャックを外し始めた。
「んー……んふぅ……」
三方向から熱い吐息が吹きかかり、苦しそうな息遣いが聞こえ、時折三人の唇が俺の肌を直接撫でる。
俺の頭は当の昔に熱を持って、ボーっとしてしまう。
すると突然、俺の体が砂煙と共に宙へ舞った。同じくローゼズ、ジムさん、ハミルトンも宙を舞い、そのまま俺たち四人は海へドボン。
白い砂浜の上にはフリルがたくさんあしらわれている緑の水着を着たアーリィがいて、肩で息をしていた。腕を振り切っている様子から、どうやら俺たちはアーリィに投げ飛ばされたらしい。
「あんた達なにしてんのよ!それにワッドもされるがままなんて!」
「アリたん邪魔するじゃないでぇす!行くですロゼたんハミたん!」
「アイアイマム」
「は、はい!」
ジムさんの指示に従ってローゼズとハミルトンは砂浜でアーリィを追い回す。ジムさんも加わり、アーリィは半ば涙目だった。
「アリた~ん、お仕置きの時間でぇすよぉ!」
「アーリィ待つ!」
「あは!ごめんねアーリィ!」
「なんであたしが追われなきゃなんないのよぉ!!」
気が付けばすっかりハミルトンは俺たちに溶け込んでいた。
―――もうこうなったら!
俺もまた上着を脱ぎ捨て、ズボンだけはちょっと整えて砂浜へ走りだす。
「アーリィてめぇ良くもやりやがったな!」
「どうぇ!?なんでワッドまで!?」
「ローゼズ!」
俺が少し離れたところにいたローゼズに声を掛ける。ローゼズは分かってくれたみたいで、小さくうなずいた。俺が身を少し屈めると、ローゼズは俺を踏み台にして高く飛ぶ。手にするは二丁の真っ赤な水鉄砲。涙目で逃げ回るアーリィへ狙いを定めている。
「アーリィ覚悟!」
「あべし!」
神速の水鉄砲銃撃へ容赦なくアーリィを襲い、砂浜の上へ叩き倒す。
「ハミたん!」
「あは!」
ジムさんとハミルトンは倒れたアーリィを担ぎ上げ、思いきり投げ飛ばし、そのまま海の中へドボンと落とした。暫くして海の中からアーリィが浮かび上がってきた。
アーリィはジト目で俺のことを睨んでいる。仕方なしに俺はアーリィへ近づく手を差し出した。
「悪かったよ、機嫌直せよ」
「酷いよみんなしてあたしを追いかけ回して……」
「そりゃ不意打ちをしたお前が悪いんだろ?」
「そ、それはそうだけど!ワッドが変なことしてたのがそもそもいけないんでしょうがぁ!」
「なっ……」
さっきのことが不意に思い出され、顔に熱を感じる。
「ならアリたんも加わるでぇ~す。みんなでワイルドを攻めるでぇ~す」
気が付くと背後には邪悪なジムさんと、その後ろにはローゼズとハミルトンがいた。
「えっ?マジ?」
捕まりたくないような、そうでないような微妙な感覚の俺。
「ハーたんもくるでぇーす!一緒にワイルドを捕まえるでぇーす!」
そうジムさんは叫ぶ。
ハーパーは俺たちから少し離れた砂浜にいたが、水着には着替えず、腕を組んで俺たちのことを睨んでいた。
「全くあのカリカリお嬢様は困ったものです。ちょっと行ってくるです」
「でもハーパーさんは……」
ハミルトンが不安げに視線を落とす。するとジムさんは、
「大丈夫です!私に任せるです!みんなで行くです!」
とりあえずみんなでハーパーのところに。
一応助かったと安心する俺だった。
「ハーたん一人でどうしたですか?みんなで遊ぼうですよ?」
「結構です」
ジムさんがそう聞くが、ハーパーの表情は揺らがない。
「なんで一人でそんなにカリカリしてるですか?」
「だからカリカリなんてしてません!私は放って置いてください!」
ハーパーはぴしゃりと言い捨てる。するとジムさんがにやりと笑みを浮かべた。
「もしかしてハーたんハミたんに焼きもち焼いてるでぇすか?ロゼたんを取られたような」
「なっ!」
ハーパーの硬い表情が崩れた。ジムさんの顔が更に邪悪に歪む。
「寂しいですよねぇ、一番の仲良しのロゼたんがハミたんに夢中で全然相手してもらえないですからねぇ~」
「そ、そんなことは……!」
ちょっとハーパーが涙目になっていた。ふと、そんなハーパーへローゼズが近づいてゆく。そしてローゼズはハーパーの頬へ手を添えた。
「あっ……」
ハーパーは体をビクンと反応させ、顔を真っ赤に染める。
「ロ、ローゼズ?」
「ごめんなさいハーパー」
「あ、あの、その!」
「大丈夫、ハーパーもわたしの大切な友達。ごめんなさい」
「う、う、うわぁぁ~ん!ローゼズのばかぁ~!!」
突然、ハーパーは泣き出し、ローゼズの胸へ飛び込む。
「よしよし。大丈夫、ハーパーはわたしの大事な友達」
「えっぐ……ばかぁ~……」
一通り泣いた後、ハーパーは顔をあげる。そこには凛然としているが、しかし柔らかさのある表情を浮かべたいつものハーパーがいた。
「こうなれば!」
ハーパーは勢い良く服を掴み、
「「「「「おお~!」」」」」
思わず俺たちは感嘆の声を上げていた。
黒を基調とするビキニの随所には金色の留め具が光り、なんとも豪華だった。それがハーパーの抜群のスタイルを覆っていて、目の前にいるハーパーがまるで女優か何かだと錯覚させる。つか、ちゃっかり水着着てたのね。
それだけハーパーの水着姿は眩しく、そしてとても目の保養になると思った。それに比べて……
「今、なんか変なこと考えたでしょ?」
横にいるアーリィが恐ろしい視線で俺を睨んでいた。
「べ、別に」
「ふぅーん」
―――なんでコイツ人の心読んでんだよ。くわばらくわばら
「ハミルトン!」
ハーパーはビシッとハミルトンを指さした。
「私と勝負を致しましょう!ローゼズの親友の座を賭けて!」
「あは!その勝負受けて立ちますよハーパーさん!」
ハミルトンは笑顔で受け答える。すると、ハーパーもまた柔らかい笑みを浮かべた。
「ハーパーで良いですよ。代わりに私もハミルトンと呼ばせてもらいますね」
「あは!ありがとう!じゃあハーパー、いざ尋常に……」
「「勝負ッ!!」」




