ChapterⅡ:南から来た彼女②
「そこまでです悪党共!」
聞き覚えのある凛然とした声が周囲に響き渡った。
「な、なんでぇ、誰だぁ!?」
「こちらです!」
シーバス一家はボスのシーバスを筆頭に崖の下へ視線を落とす。
すると、俺たちが隠れる岩の上へ黒い影が降り立った。
黄金のマスカレードと黒のハットで素顔を隠し、手足と胴体を無数の金色のラインが走る漆黒の鎧で覆った謎の騎士。腰元にぶら下げた豪奢な装飾が施されているレイピアの鞘は陽の光を浴びて煌めいている。
騎士はゆるりと体を動かし始める。そして、
「グッ(G)っと踏み込み、ガッ(G)と解決!人呼んでさすらいのヒィーロォー!……快傑ゴォールドゥッ!」
キレの良い動きと共に快傑ゴールドは勇ましく名乗る。とりあえず俺たちは拍手をしとく。ゴールドは少し恥ずかしそうにハットを深くかぶり直した。
「快傑ゴールド!?おめぇふざけてんのかぁ!」
シーバスがそう叫ぶ。ゴールドは背筋を伸ばした。
「そのお言葉そっくり貴方にお返ししますシーバス=リーガル!」
「んだとぉ!?」
「己が欲望のために罪なき馬車を襲い、あまつさえタイムズ保安官候補を男子と詰った卑劣漢シーバス、そしてシーバス一家!天が見逃そうとも、この快傑ゴールドは決して貴方たちを見逃しません!」
「うるせぇ!お前らやっちめぇ!」
シーバス一家の銃口が一斉に快傑ゴールドを狙う。
「ゴォールドゥ!」
快傑ゴールドは鮮やかに宙へ飛んだ。銃弾は全てそれまでゴールドが立っていたところにぶつかる。シーバス一家は再びハンマーをコックし、再びゴールドへ向かって銃弾を放つ。
「はぁっ!」
ゴールドは空中で素早く二本のレイピアを抜いた。目にも止まらぬ剣裁きはゴールドへ向かっていた銃弾を全て弾き返す。ゴールドは唖然とするシーバス一家の中へ降り立った。
「せいっ!」
「うぐおっ!?」
ゴールドの回し蹴りが綺麗にシーバスへ決まった。シーバスは軽く吹き飛ばされた後、尻で絶壁をこすりながら落ちてゆく。その間もゴールドはレイピアで銃弾を弾きつつ、シーバス一家を崖の上から次々と蹴落としていた。
「行くぞッ!」
俺に呼応して、皆で岩陰から飛び出してゆく。
「あんた達許さないんだから!あたしは女の子なんだからぁ!」
アーリィは泣きべそをかきながらガトリングを放ち、怒りの豆は次々とシーバス一家をなぎ倒す。
「身ぐるみ全部おいてくでぇす!早くするでぇす!」
「い、命だけは!」
ジムさんは既に戦意を喪失しているシーバス一家の一人へ邪悪な笑みを浮かべながら銃口を突きつけていた。
「ッ!」
相変わらずローゼズの銃撃は早く、そして的確で、転げ落ちてきたシーバス一家の腕から次々と銃を撃ち落とす。俺もまたローゼズの程じゃないけど、相手の腹なんかを狙って―――ちょっと時々男にとってはアレなところに当たってるけど―――ビーンズメーカーを放ち、無力化してゆく。
「こ、こんの、てめぇらぁ!」
そんな中、ボスのシーバスがよろよろと立ち上がる。するとシーバスの前へゴールドが降り立った。
「シーバス=リーガル覚悟ッ!」
「ッ!!」
ゴールドはレイピアを華麗に振るい続けた。その動きは優雅で、しかし猛々しい。
鋭いレイピアの軌跡が幾つもシーバスへ刻まれる。
ゴールドはシーバスを過ぎりそして奴の背中へ立った。
「悪の栄えた試しはありません……成敗ッ!」
シーバスのシャツに刻まれるはGの刻印。
ついでにベルトがちぎれ、ズボンがストンと落ちた。
シーバスは白目を向いて、少し口から泡を吹きながら膝を付き、その場に倒れた。
「お、お頭ァ!」
慌てた様子でシーバス一家がボスのシーバスをを担ぎ上げる。シーバス一家は悲鳴を上げ、捨て台詞も吐かず、一目散に俺たちの前からいなくなるのだった。
「ワイルド様、ご無事ですか!?」
気が付くと後ろからハーパーが走ってきていた。
「大丈夫!ハーパーは?」
「私もなんとも!すみません、ずっと怖くて隠れてしまっていて……」
「仕方ないさ。ハーパーが無事なら俺はなんでも良いよ」
「お優しいお言葉ありがとうございますワイルド様♪」
ハーパーははにかむ。とりあえずゴールドの件は触れない方が良いんだろう。
するとローゼズがハーパーへ歩み寄り、そして構えを取った。
「グッ(G)っと踏み込み、ガッ(G)と快傑!人呼んでさすらいのヒィーロォー!……快傑ゴォールドゥッ!」
やっぱ改めてこう見ると、
―――滅茶苦茶恥ずかしい……
「ロ、ローゼズいきなり何を?」
ハーパーは少し狼狽えながらローゼズへ聞く。
「んー……面白いからハーパーにも見せたかった」
「そ、そうですの?ありがとう」
「ゴォールドゥ!ゴォールドゥ!ゴォールドゥ!」
ローゼズはそう言いながらハーパーの周りをスキップする。
「なな、何をなさって!?」
ローゼズは動きを止め、そして頬を真っ赤に染めた。
「名前を叫びながら動くの……ちょっと恥ずかしい……快傑ゴールドよくできる」
「ッ!!」
ハーパーは涙目になりながら、顔を真っ赤に染めるのだった。
―――もうなんか、絶対ハーパーは自分が快傑ゴールドって名乗り出せないな
そう思う俺だった。
「ワイルド、ちょっと来て欲しいでぇーす!」
馬車の方からジムさんの声が聞こえた。呼ばれて向かってみると、馬車の下が水でびしょびしょに濡れていた。
馬車の後ろに積んでいた飲料水用の樽が被弾して、中の水が漏れ出している。というか、ほとんど空になっていた。
馬は地面に少し残っている水をチロチロと舐めている。
マドリッドへは馬車ならあと数時間といったところだけど、だからといって沿道の向こうにある塩水を飲ませる訳にはいかないし、無理させて馬が死んでしまっては元も子もない。
「どっかで水を汲まないとですねぇ。馬も喉がカラカラです」
ジムさんも少し困った様子で呟きながら、馬の首を撫でる。
「でしたらこの先の森にエプロ川の支流がありますのでそこで補給しては?」
っと、ハーパーの神の声。
「そこの支流は大丈夫なのか?」
「ええ。この辺は自然保護のために当家が管理しておりますので!」
「流石だなハーパー。頼りになるよ」
「いえ、そんなぁ……」
ハーパーは照れくさそうに笑う。
「ゴォールドゥ!ゴォールドゥ!ゴォールドゥ!」
「だからローゼズいい加減になさってください!」
「あはは……」
乾いた笑いしか出ない俺だった。
「もう少しだからな。頑張れな」
馬の首を撫でてやると、馬達はつぶらな瞳で俺を見返してくるのだった。
そんなこんなで俺たちはハーパーの案内に従ってエプロ川の支流を目指すことになった。




