ChapterⅡ:南から来た彼女①
【VolumeⅢーハミルトン=バカルディChapterⅡ:南から来た彼女】
「あ、あの!ワイルド様、乗り心地はいかがでしょうか?」
ハーパーがおずおずと背中越しにそう聞いてきていた。
「最高だ。ありがとなハーパー」
「そうですか!ありがとうございます!用意した甲斐がありました!」
ハーパーは後ろの立派な幌付きの荷車の中で晴れ渡るような笑顔を浮かべた。
俺は轡を握り直し、ハーパーが提供してくれた馬車を牽引する馬たちへ拍車をかけた。
しかしペースがあまり上がらない。もしかすると少し喉が渇いているのかもしれない。
もう少し進んだら休憩にしようと俺は思いながら、東海岸の沿岸の道を北上してゆくのだった。
目的地、それはアンダルシアンの北東部にある首都マドリッド。
アンダルシアン中央政府の議事堂や、様々な機関が集中しているまさにアンダルシアンの中心の街だ。
人が集中し、様々な情報に溢れる大都会ならば他の【遺跡】に繋がる手がかりが得られるんじゃないかという判断で、俺たちはマドリッドへの旅路へ着いていた。
「マドリッドかぁ、初めてだから楽しみだなぁ!」
アーリィは嬉しそうに目を輝かせながら初めて行くマドリッドに想いを馳せている様子だった。それは俺も実は一緒だったり。
俺とアーリィの故郷のモルトタウンは西海岸でも相当な田舎の方だ。マドリッドとは正反対の位置にあると言えるし、こんな機会がなければ一生行くこともなかったんだろう。向かう目的は目的だけど、それでもアンダルシアンの中心の巨大都市がどんなところなのか、考えただけで胸がワクワクしてしまう。
「アリたん、すっかり田舎者丸出しなのです」
アーリィの隣に座っていたジムさんがにやりと笑みを浮かべながそういう。
「だ、だって仕方ないじゃないですか!行ったことないんですから!!」
ちょっと恥ずかしかったのかアーリィが言い返す。
「迷子になっちゃ駄目ですよ?」
「大丈夫です!身長はありますから!」
「でっかくても見えなくなる時はみえなくなるのです。あ~それと、都会は田舎と違って色んな性嗜好の人がいるから気をつけるですよ?特にアリたんは何げに貴重なスペックなのでぇすからねぇ」
「貴重?」
「そうです。高身長、スレンダーのまな板さん、加えて保安官なんてやりようによっては幾らか儲け……そうです!アリたん!マドリッドで一儲けするのです!」
「ちょ、ジムさん勝手にあたしを売ろうとしないでください!」
「アリたん、もったいないのです!」
「だ、だから、ジムさん目がお金に!?」
「はぁ……ジムさん、ふざけるのもそこまでにしてくださいよ」
ハーパーが呆れ気味でそういうが、ジムさんはなんとしてもアーリィを口説き落とそうとしている。
「ローゼズ、貴方からもジムさんへ何か……」
しかしローゼズは馬車の一番隅に座り、ビーンズメーカーの手入れを行っていた。
暫くしてハーパーの声に気づき、手入れの手を止め顔を上げる。
案の定、表情は少し暗い。
「呼んだ?」
「ごめんなさい、邪魔しましたか?」
フルフル。
「大丈夫ですか?顔色が優れませんけど……」
ハーパーが恐る恐るそう聞くとローゼズは、
「大丈夫。心配してくれてありがとうハーパー」
ローゼズは顔に少しだけ笑顔を浮かべながら答えた。
「い、いえ、どういたしまして」
ハーパーは少し顔を赤く染め、少し照れくさそうだった。
こうして人への気遣いができるようにローゼズが成長したことが俺は嬉しかった。でも、表情のどこかに憂いが見え隠れしている。きっとそれは昨日、スティーブ収容所でマッカランから聞いた話が影響していんだろうと俺は思った。
タリスカーの正体はやはりハミルトン=バカルディだった。先日のロングネックの戦いの時、タリスカーはスチルポットでの恨み辛みを口にし、ローゼズをローゼズと認識して襲いかかっていた。
マッカランの話ではハミルトンという人格は既に死んでいるというが、先日のことを思い返すと妙に腑に落ちない。
タリスカーがああした言葉を口走ったということは、アイツの中に未だハミルトン=バカルディという人物が残っているのではないか?
そう思え、そしてハミルトンという人格を蘇らせる方法があるんじゃないかと俺は思う……だけど、それは本当に良いことなのだろうか、と思う俺がいるのも確かだった。
ハミルトン=バカルディは確かにローゼズの大切な友人だ。しかし、その友人から故郷と大切な人々を奪ったのもローゼズに他ならない。
―――ハミルトンを蘇らせることはローゼズにとって本当に幸せなことなんだろうか?
考えはいつもここで行き詰って、また振り出しへ戻る。ゴールのない思考の連続は、俺自身がどういう答えを導き出せば良いのかを曇らせる。
だけど何か答えを導き出したい。
苦しむローゼズの姿を俺はもう見たくはない。その思いから俺は再び思考を巡らせてゆく。しかし俺の思考は突然聞こえた火薬の破裂音で寸断された。
「降りるんだ!」
俺の声を聞いたみんなはそれぞれの武器を抱え、馬車から飛び出してゆく。俺もまた降り注ぎ続ける銃弾から逃れるために馬車から飛び降りた。
「ワッド、こっちこっち!」
既に近くにあった岩陰に隠れたアーリィが呼ぶ。俺は降り注ぎ続ける銃弾を辛うじて避けつつ、岩陰に飛び込んだ。
「がははは!俺はシーバス=リーガル!泣く子も黙るシーバス一家のボスだぁ!」
道に沿う断崖の上にいる髭面で大柄の無法者が銃を片手にそう叫んだ。奴の周囲には同じような無法者がたくさんいる。たぶん総勢20くらい。
「そのシーバス一家が俺たちになんの用なんだよ!」
っと、俺はとりあえず聞いてみた。
「わっかんねぇのか坊主!この状況でよ!」
「なんとなく分かるけど一応聞いてやってんだよ!」
「がはは!面白いことを言う奴だ!なら一応言ってやろう。その馬車おいてさっさとこの場からずらかりな!さもなくば痛い目を見てもらうことになるだぁ!」
なるほどきちんと調子に乗ってくれている。お調子者なんだろう。同じ無法者でもゴールデンプロミスほどの悪さは感じられない。たぶんこのまま調子よく会話を続けていればどこかで隙が生まれるだろう。そしたら一網打尽だ。
「そんなの許さないんだから!」
「な、ちょ、アーリィ!」
しかしアーリィは俺の考えなどまるで無視してガトリングを構えて飛び出す。
「アンタたち大人しくなさい!じゃないとあたしのガトリングが火を吹くよ!」
「がはは!確かにガトリングは強力だけどよぉ、一人じゃ不利だぜ坊ちゃんよぉ?」
「ぼ、ぼっちゃん!?」
思わず岩陰で俺たちは吹いてしまった。しかしアーリィは肩を震わせていた。
「あーんもう頭に来た!あたしは女ですからぁッ!」
アーリィは半ば半べそをかきながらガトリングを構えたが、
「あひゃ!」
シーバス一家が一斉に銃撃を再開してアーリィはあっさり岩陰に逃げ帰ってきたのだった。
「アリたん泣かないのですよぉ。アリたんはつるぺたでもれっきとした女の子ですよぉ」
「あうあうあう、じむざん……」
すっかり涙目になっているアーリィはジムさんに慰められていたのだった。
「ワイルドどうする?」
ローゼズが小声でそう聞いてくる。どうしたら良いか俺も良くわからない。
アーリィが刺激したおかげで、シーバス一家は銃口を俺たちから外していなかった。
ローゼズに飛び込んで崖の上のシーバス一家をかき回してもらう方法もあるが、この先には遮蔽物もないし、数も圧倒的にあっちが多い。
幾らローゼズでも遮蔽物がないところでは、やられることはないだろうけど、怪我は覚悟しなきゃならないように思う。流石にそんな真似をさせるわけにはいかない。
やはりここはもう一度会話を試みて奴らの油断を誘うのが……
「あれ?ハーたんはどこ行ったですか?」
ふとジムさんが周囲を見渡していた。確かにずっとさっきからハーパーの気配が無い。
―――ああ、そっか。その手があったか。




