ChapterⅠ:紅兵士タリスカー②
頭が割れそうに痛かった。頭の中身が内側で膨らんで、気を許してまえば色んな穴から勢いよく飛び出してきそうな激しい痛み。頭痛は延々と私を苛む。私は激しい頭痛に耐えながら、夕焼けで赤く燃える深い森の中を一人体を引きずりながら進んでゆく。
「マッカラン、助けてぇ……」
でも傍にマッカランは居ない。
タリスカーと呼びかけてくれる大切なあの人はずっと傍に居ない。
―――どうして、なんでマッカランは傍に居ないの?
そう考える度に頭に浮かぶのは私と同じ赤目赤髪の女。
―――フォア・ローゼズ。私とマッカランを引き裂いた奴。
奴の顔を思い出すたびに怒りで胸がざわつく。頭の中にはアイツを、そしてアイツの仲間をナイフでズタズタに切り裂くことしか浮かばない。
ただ殺すだけでは済まない。
フォア・ローゼズを動けなくして、そしてアイツの目の前で仲間をゆっくりナイフで引き裂くんだ。ゆっくり、ゆっくり、殺して、アイツをたくさん泣かせて、叫ばせて、そして殺す。
―――殺す、殺す、殺す!フォア・ローゼズを絶対に殺すッ!
だけど少し不思議な感覚があった。
私とマッカランを引き裂いたフォア・ローゼズが憎い。
でも、憎さはそれだけなんだろうか……?
「あ、ううっ!!」
激しい頭痛が起こった。そして浮かんできたのは懐かしい風景とみんなの顔だった。
平穏で賑やかだったスチルポット。私の生まれ故郷。大切な人たちが暮らしていたところ。野菜売りの優しいボイドさん、牧場で働く綺麗なお姉さんのマリーさん、カッコいいアクセサリーを作るギムさん、そして……私のお父さんジョン=バカルディ。
―――だけどみんな死んでしまった。
無残に銃で撃ち殺され、私の故郷は炎に巻かれた。真っ赤な炎が私の大切な人と場所を奪った。
―――どうして?なんでこうなったの?
炎に巻かれる故郷の中に、ぼんやりと銃を持った人の姿が浮かぶ。
赤目赤髪の女、私の故郷を焼き、大切な人をみんな殺した悪魔。
「フォア・ローゼズぅ……!!」
意図せずその名前がまた私から漏れ出した。怒りと悲しみは私の中を激しく駆け巡る。
再び頭痛が沸き起こる。
すると、頭の中のフォア・ローゼズは笑っていた。綺麗な星空を背景に、柔らかい微笑みを浮かべる彼女。
『ありがとうハミルトン』
―――ハミルトンって誰?
頭のローゼズは私へ笑いかけている。そしてお礼を言っている。
赤目赤髪の彼女。彼女の、ローゼズの柔らかい笑顔を見ると、不思議と胸が温かくなる。目の前の彼女を愛しく感じる。
離れたくないと思う。
ずっと一緒に居たいと思う。
ローゼズがそういうように、私もローゼズへお礼が言いたい。
貴方が来てくれたおかげで私は凄く楽しかった。
幸せな時間を過ごせた。
大事にしたい友達ができた。
「な、なんなんだ、これは……?」
しかし再び我に返る。色々なフォア・ローゼズが私の頭の中に浮かぶ。
マッカランと引き裂いたアイツ、
故郷と大切な人を奪ったヤツ、
ずっと一緒に居たいと思う友達。
「あうぁ!うあぁぁぁっ!」
激しい頭痛が私の襲う。脳がはちきれそうな痛みが、視界を霞め、体を動かなくする。
頭の中がめちゃくちゃでどうしようもない。何がただしくて、何が間違いなのか?
どのフォア・ローゼズ正しいのか?私の中のフォア・ローゼズはなんなのか?
「お前は……なんだ!」
頭の中のフォア・ローゼズへ叫ぶ。しかし奴は何も答えず、私からマッカランを奪い、故郷と大切な人を殺した。でも柔らかい笑顔を見て、私は一緒に居たいと思う。
「いたぞぉー!先回りだ!」
そんな叫び声が私を現実へ引き戻した。木々の間に青い制服を来た人間が沢山見える。
中央政府の軍人。私を追いかけてきているウザったい奴等。
―――まだ捕まる訳にはいかない。
頭痛を堪えつつ、深い森の中を進んでゆく。背後から中央政府の軍人が放ったライフルの銃弾が私を狙う。私は必死に背中で銃弾を殺気を感じ取り、木々の影に身を隠しながら先へと進む。
「止まれ!もう逃げられないぞ!」
しかし行く手を先回りしてきただろう数人の軍人が塞ぐ。彼らが握るライフルの銃口は遠慮なしに私の心臓へ狙いを定めていた。
「邪魔をするなぁぁぁ!」
私は頭痛を堪え、肩のナイフを抜いて飛んだ。
刹那、複数のライフル弾が私へ向けて放たれた。しかし私の体は弾が銃口の中で回転しているときにはもう動き出していた。
ナイフはライフル弾を正確に捉え、弾き飛ばす。そして軍人の近くに着地した次の瞬間にはもう、私のナイフはライフルを放った軍人の一人を切り刻んでいた……一人目。
悲鳴を上げる間など与えず、私は続けてナイフを振るう。私の腕はナイフで何重もの軌跡を空間に刻む……二人目、三人目、四人目。
四方向から真っ赤な血しぶきが私へ降りかかり、行く手を阻んでいた軍人は 悲鳴すら上げる間もなくその場へ崩れ去る。
私は殺した軍人から飛び出す臓物を踏みつけて先へと進む。
頭痛は相変わらず私を苦しめる。だが行く手には次々と軍人が立ちふさがる。私は頭痛を堪えつつ、それでもマッカランから教えて貰い、体に染み付かせたナイフ捌きで次々と軍人を切り裂き、道を切り開く。
―――まだ捕まる訳にいかない。
頭の中に浮かぶあの女を殺す日までは。
「フォア・ローゼズぅ……ッ!!」
一際激しい頭痛が走った。その衝撃は私の体が一切に力を奪う。意図せず私はその場でナイフを落とし、膝を突いてしまう。体が上手く動かない。
瞬間、身体のバランスが崩れた。急に足元が崩れ、私の体は放り出される。視界に映ったのは轟轟と音を立て、流れ落ちる滝と断崖から私を見下ろす青い制服を着た軍人たち。
断崖から落ちた私は滝に沿って落下してゆく。
私はそのまま深い水の中へ落ちた。
息苦しく、水のせいで視界がぼやける。身体の自由が利かず、私はそのまま水の奥深くへ沈んでゆく。
でも水の中に落ちたせいか幾らか頭痛が和らいでいた。
久方ぶりに激しい頭痛から解放された私は息苦しさよりも、そっちが無くなったことに安らぎを感じる。
すると頭の中のフォア・ローゼズが柔らかい笑みを浮かべた。
『ハミルトン』
ハミルトン……何故奴は私をそう呼ぶ?なんでそんなに優しい笑顔を浮かべる?
どうして私はそれで胸が疼く?どうして奴を愛おしく思ってしまう?
『ハミルトン』
私の体は深く深く水の中へ沈んでゆく。もう息苦しさも、頭痛も感じず、あらゆる苦痛から解放されたような気がした。意識はゆっくりと遠のき、眠るように視界が閉じられてゆく。
ハミルトン……ハミルトン=バカルディ。
それは私の…………




