ChaptreⅥ:麗しき仮面騎士 ③
俺たちを抱えたゴールドとローゼズは綺麗な弧を描いてぐんぐんと、まるで空を飛んでいるかのようにまっすぐゴールドメダル号へ進んで行く。
ゴールドはたったひとっ飛びで波止場からゴールドメダル号の甲板の上まで飛んだのだった。
―――絶対今度からハーパーとローゼズに逆らわないでおこう。
そう思う俺だった。
っと、ふざけるのはここまで。俺は再び気を引き締め、ビーンズメーカーを握り締める。
俺たちの周囲には既に多数のバーレイの構成員が集う。奴らは迷うことなく俺たちへ向けライフルを放つ。
俺たちはそれぞれの武器を手にバーレイへ立ち向かってゆく。
「あは!追いついたぁ!」
海中から笑いながらタリスカーが現れ、甲板に降り立つ。
「続きしよ!ねぇ、ローゼズぅ!」
「くッ!」
タリスカーはナイフを振り回しローゼズへ襲いかかっていた。
「ローゼズッ!」
「来ちゃダメ!ワイルドはアードベックをッ!」
ローゼズはタリスカーへ応戦しつつそう叫んだ。
ジムさんとアーリィはバーレイの銃撃を引きつけ応戦していて身動きがとれずにいる。
「危ないッ!」
颯爽と俺の背後にゴールドが現れた。ゴールドはレイピアでアードベックの栁葉刀を受け止めていた。するとアードベックはにやりと笑みを浮かべ、距離を置く。
「ほぅ、Gのまがい物かと舐めていたが、やるようだな」
「お褒めいただき光栄です、アードベック=アイラモルト元中尉?」
ゴールドはさらりとそう返した。
「フッ、口はGよりも達者だな!」
アードベックは栁葉刀を構えた。
「まぁ良い。G程の手練と分かればそれで十分!さぁ、かかってこい!快傑ゴールドとやら!」
アードベックの身体から今まで以上の闘気と殺気が空気を鋭く伝って感じられる。
奴の放つ圧倒的な空気は、それだけで俺の背筋を凍らせ、鳥肌を浮かび上がらせる。
「望むところです!悪は決して許しません!」
しかしそんなアードベックを前にしてもゴールドは揺らがない。
ゴールドもまたレイピアをつなぎ合わせ二刀一刃とし、構えた
「ワイルド様、援護を頼みます!」
「分かった!」
俺とゴールドは甲板を蹴って飛び出す。俺はアードベックへ向けビーンズメーカーを放った。するとアードベックは弾を弾いたばかりか、ゴールドの斬撃さえも栁葉刀で受け止めた。
「バカタレ!甘いな小娘」
「クッ……ハァっ!」
ゴールドはくるりと身をひねり、アードベックへ斬りかかる。アードベックは寸前のとこで飛び退き回避するが、奴の前髪が数本散った。
「フフっ、面白い!」
「貴方を面白がらせる道理はありません!」
再びゴールドが斬りかかり、俺はビーンズメーカーを放った。アードベックは器用に栁葉刀を振り、攻撃を防ぐ。
それでもゴールドと俺は諦めず、アードベックへ迫撃を仕掛け続けた。
「どうしたどうした快傑ゴールド!貴様はその程度か!」
「くっ、こ、このぉ!!」
「ッ!?」
ゴールドが気合を放った途端、剣戟の速度が増した。速度だけではない。刃を放つ回数が、その一撃一撃の重みが明らかに増している。
依然、アードベックはゴールドが繰り出すレイピアの斬撃を柳葉刀で弾き続けている。
しかし明らかに目つきが先程よりも真剣みを帯びていた。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「くッ……舐めるなァァァァァ!!」
アードベックはゴールドの一瞬の隙を付き、柳葉刀を振り上げた。
「ッ!?」
レイピアの軌道が大きくずれ、ゴールドの体が無謀にに晒される。
「これで終わりだぁッ!」
アードベックの柳葉刀が無遠慮にゴールドへ向け振り落とされる。
その瞬間、俺はアードベックへ向けトリガーを引いた。
アードベックは俺の射撃に気づき、柳葉刀の軌道を変え俺の弾を弾き、後ろへ飛び退く。
「邪魔をするな小僧ッ!」
アードベックは俺へ怒りを露にする。
「何分勝負よりも仲間の命が大切なんでね。盛大に邪魔させてもらうぜ!」
「ワイルド様の仰るとおりです!」
ゴールドは再びアードベックへ斬りかかり、俺は移動しながらその隙を狙ってビーンズメーカーを放ち続ける。
「このクソガキ共がぁぁぁぁぁ!!」
アードベックは獣のように吠えながらゴールドと俺の攻撃を柳葉刀で弾き続ける。
それでも俺たちは諦めずアードベックへ攻撃を加え続ける。
確かにアードベックは一体一で実力の差はかなりある。
でもどんなに実力に差があろうとも、幾ら屈強な肉体を持っていようとも、奴は人間だ。体力は無限じゃない。
「はぁぁぁぁっ!」
「くっ……!」
ゴールドと俺の猛攻はアードベックから確実に体力を奪っていた。
既に奴の涼しい余裕の表情は崩れ、奴の全身からは滝のように汗が流れ出ている。
明らかに疲労の色が伺え、剣筋が鈍り始めていた。
「ぐっ!」
俺の放った弾がアードベックの手を弾き、剣筋の軌道を僅かにずらした。
「ハァっ!」
ゴールドの鋭い剣筋が一閃し、アードベックの栁葉刀を弾く。
柳葉刀は空中でクルクルと回転し、ゴールドメダル号の甲板へ突き刺さる。
アードベックは苦々しい表情を浮かべながら、ゴールドから距離を置いた。
「こうなれば!」
アードベックは腰からドラムマガジンを取り出し、左のガントレットに装着した。
「死ねぇ!クソガキ共がぁぁぁッ!!」
ガントレットの指先全てから弾丸が発射された。
無数の弾丸がゴールドと俺を襲う。
俺は物陰に隠れ、甲板の上を転がりながら銃弾を避け、アードベックへ向けた射撃を繰り返す。
しかしアードベックは延々と弾を放ち続けているため、なかなか奴を上手く狙えない。
ゴールドもまたレイピアで銃弾を弾くだけで、反撃に出られずにいる。
「ふははは!どうだ!今度は俺がお前たちから体力を奪ってやる!」
アードベックの射撃は止まらない。
さっきとまるで逆パターンだった。
避け続けるのにも限界がある。次第に足が悲鳴を上げ始め、身体の反応速度が鈍って行く。
でもここで諦める訳には行かない。死ぬわけにはいかない。
―――どうすれば?どうしたら!?
すると、不思議な感覚が俺の中に沸き起こった。
マッカラン、そしてこの間のマスク・ザ・Gの時と同じ感覚。
疲れ始めていた体が急激に軽くなり、意識がクリアになる。
アードベックの動きが鈍く見えた。俺に突き進んでいる弾丸は全部で十五発。
連射を繰り返しているせいか銃身が発射熱でほんの少し歪み、それは弾道を上下左右にぶれさせていた。
弾道がよれている上に、弾速はまるで亀のように遅く見える。
俺はその弾道に合わせて、ステップを踏んだ。突き進んでいた弾を全て、避けてみせる。
そして次の瞬間にはもう俺はビーンズメーカーを奴のガントレットへ向けていた。
引き金は指にかけたまま、俺は夢中で何度もハンマーを掌で撫でる。
ビーンズメーカーから発射された五発の豆はまっすぐな弾道でアードベックへ突き進む。
その一発一発がガントレットの指先にある銃口へ入り込んだ。
瞬間、俺の時間の感覚は元に戻った。
「なにッ!?」
目の前でアードベックのガントレットが破裂した。銃口に蓋がされ、発射ガスが抜けず、ガントレットは吹っ飛んだようだった。
激しい銃撃が止み、左腕をガントレット事破壊されたアードベックの体勢が崩れる。
「いまだ!ゴールドッ!」
「ゴォールドゥ!」
俺が叫ぶとゴールドは甲板を蹴った。ゴールドは二刀一刃のレイピアを構え、アードベックへ突き進む。
「アードベック!覚悟ぉッ!」
「ッ!!」
アードベックは体勢を立て直すことができず、ただ闇夜に舞う黄金の騎士を見上げるのみ。
アードベックの眼前へ降り立ったゴールドはレイピアを華麗に薙いだ。その動きは優雅で、しかし猛々しい。
アードベックは為す術も無く、ただゴールドのレイピアに切り裂かれる。
鋭いレイピアの軌跡が幾つもアードベックを刻まれる。
やがてゴールドはアードベックを過ぎりそして奴の背中へ立った。
「悪の栄えた試しはありません……成敗ッ!」
硬直するアードベック。奴の胸にはレイピアで刻んだ【G】の文字が浮かんでいた。
「なん、だ、と……こんな……!」
アードベックの巨体から力が抜けるのがわかった。奴は膝を付き、ゴールドメダル号の甲板へ倒れ込むのだった。
「すぅっー……」
ゴールドは呼吸を落ち着ける。
「未だだゴールドッ!」
俺が叫び、ゴールドは踵を返す。ゴールドの背後に倒れていたアードベックがよろよろと立ち上がり、歩き始めていた。
「まだまだ……まだ終わらん……こんなところで、俺は……!」
アードベックは一気に階段を駆け上がり、遺跡兵器スモールバッチバーボンへ向かってゆく。俺とゴールドは急いでアードベックへ向かう。
急いで俺とゴールドはアードベックを追うが、奴は既にスモールバッチバーボンへ手をかけ、巨大は砲門をこっちへ向けていた。
「死ねぇ!小僧共!」
アードベックが叫んだ瞬間、どこからともなく奴の声に混じって鋭い銃声が聞こえた。
途端、スモールバッチバーボンに手をかけたアードベックが体を震わせる。
「な、なんだぁ……?」
アードベックはよろよろと足を縺れさせる。奴の背中を銃弾が貫通していて、甲板には血の雫がこぼれ落ちていた。
「おのれ、ブラック、めッ………!!!」
アードベックはスモールバッチバーボンから手を離し、身体をよろめかせる。
奴の巨体は船の淵を乗り越え甲板から転げ落ちた。
大きな水音が聞こえた。アードベックの姿は海中に沈んだのだった。
ゴールドは膝を折って高く飛び、スモールバッチバーボンへレイピアを突き刺し、再び飛んだ。
ゴールドメダル号の上でスモールバッチバーボンが爆発し、炎上する。
その衝撃に甲板にいる誰もが意識を移す。
甲板へ舞い戻ったゴールドはレイピアを高々と掲げた。
「バーレイの者に告ぐ!大人しく降参なさい!貴方達の首領アードベックは海中に没し、スモールバッチバーボンはこの快傑ゴールドが破壊しました!貴方たちにもう勝ち目はありません!繰り返します!大人しく武器を捨て白旗を上げて、降参なさい!!」
ゴールドの声が響き渡る。
戦場に一瞬の静寂が訪れた。そして無数の深い溜息が至るところから沸き起こる。
それまで武器を握り締めていたバーレイの構成員は次々と武器を捨て、次々と手を上げ降伏をし始めた。バーレイの1人が船首へかけてゆくと懐から白旗を取り出し、振り回す。するとゴールドメダル号は機関を止め、ロングネックへ向けての砲撃が鳴り止んだ。
騒然としていた甲板には静寂が訪れ、それは戦いの終了を告げていた。
「ねぇねぇワッド」
気が付くとアーリィが隣にいた。
「なんだよ?」
「あの快傑ゴールドってさぁ、ハーパーだよね?」
「まぁ、そうだよな。きっと。でもまぁ今はそんな野暮なこと聞く空気じゃないだろ?」
「確かに」
突然、ゴールドの胸にある宝玉が明滅を始めた。ゴールドはハッとした表情を浮かべながら俺へ駆け寄ってくる。
「ワイルド様申し訳ございませんがあとのことはお願いします!」
「なんだよ急に」
「お話している時間がありませんので失礼いたします!申し訳ございません!」
さっきまでの凛然とした雰囲気とはまるで正反対の、滅茶苦茶低姿勢な快傑ゴールドは深々と頭を下げた
快傑ゴールドは慌てた様子で跳躍し、その姿を闇夜へ消してゆく。
「どうしたんだろうね?トイレかな?」
「んなわけあるかよ」
「だよねぇ」
とりあえず俺とアーリィは快傑ゴールドの姿が見えなくなるまで見送るのだった。




