ChapterⅤ:憎しみの日々 ③
口では何とでも言えた。でも、どんなに強がっても、どんなに気持ちを強く持とうと思っても私の胸の中は悲しさで一杯だった。
「フランソワお姉さま……」
しかし呼びかけてもお姉様が目を開けることはない。
お姉さまの胸の滲む血は私が殺った証。
ようやく再会できた肉親をこの手で殺した事実の現れ。
どうしてこんなことになってしまったのか、何故自らの手で肉親を殺さなければならなかったのか……そんな状況を私は呪った。
「お姉さま、私はこれからどうしたら宜しいのでしょうか?」
私の問いは消えてなくなる。お姉様は答えを示してくれない。
―――だって私が殺したのだから……
だからこそ自分で考えるしかない。
私が今、しなければならないことは何か。
何をすべきなのか……を。
遠くの方から砲声が聞こえてきている。さっきよりも明らかに砲声は増し、木々の向こうから立ち上っている黒煙は夜空をより黒く染め上げている。
ロングネックの街が燃えている。暮らしているみんなが命の危険に晒されている。
そんな状況で私にできること、いやすべき事はただ一つに決まっている。
頭ではわかっている。自分が今、アインザックウォルフとしてなさなければならないことは理解している。でも、体がいうことを聞かなかった。
「酷い、顔ね……ハーパー」
「ッ!?」
信じられなかった。自分の目を疑った。
「お、お姉さま……?」
私の膝の上でフランソワお姉様がゆっくり目を開けた。
「アインザックウォルフたるもの、泣いてはいけません。いつも皆さまへお見せているような毅然とした態度を取りなさい……」
「どうしてそれを……もしかしてずっと私のことを!?」
お姉様は弱々しく首を縦に振った。
「黙っていてごめんなさい。私はずっと、ずっとハーパーのことを見ていましたよ……」
そこにいたのは昔と変わらない優しいお姉さまだった。
私の中で感情が破裂し、涙が溢れ出る。
「どうしてずっと黙っていらっしゃったのですか!生きていらっしゃるのならどうして……」
「……もう私がいなくても平気と思ったからですよ」
「えっ?」
「目覚めた時、立派にアインザックウォルフとして振舞っているハーパーを見て私すごく嬉しかった……そして思いました。ハーパーならきっとアインザックウォルフとしてアンダルシアンをもって良くしてくれると……」
「立派だなんてそんな……」
「だから私は影に力になろうと決めました。フランソワとして意識がないことを偽って、汚れ仕事は全て私が引き受けるつもりで……」
「お姉さま……」
「でもあの赤い髪の子をみてタガが外れてしまいました。精神強化影響で、あの子がハーパーまでをも殺すと私は思って、気がついたらもう自分で自分を抑えられなくなっていました。でも、こうして私を止めてくれたのがハーパーで良かった……」
お姉様は安堵に満ちた笑顔を浮かべる。
「だから……安心して旅立てます……」
お姉様の手が私の頬に触れた。お姉さまの指先から力が殆ど感じられない。
きっとこうして腕を上げるだけでも精一杯なのだろう。
だからこそ私はお姉様の精一杯に答えるべく、耳をそばだてた。
「ハーパー、良く聞いて……フランソワ=アインザックウォルフはもう死にました。ここにいるのは仮面の騎士マスク・ザ・G……貴方がどんなに未熟と嘆いても、貴方はアインザックウォルフの生き残りとして、その責務を果たさなければなりません……」
「……」
「ジョニーさん」
お姉様は私の後ろにいたジョニーさんへ声をかける。ジョニーさんはお姉さまへかがみ込む。
「これまでありがとうございました。ジョニーさんはハーパーの手を血で汚さないようにしていてくれたのですよね?」
お姉様がそういうと、ジョニーさんは顔を緩めた。
「……アンタの妹は随分血気盛んでね。毎回断るのに苦労したわよ」
「ご迷惑をおかけしました」
「意識があるのならそう言ってくれれば良かったのに。そうしたら色々と楽だったんだけどね」
ジョニーさんの皮肉にお姉様は微笑んだ。
「そんなことをしたらジョニーさんは私とハーパーを平穏に生活させようとしましたでしょ?それはマスク・ザ・Gとして生まれ変わった私の本意ではありませんでした」
「全く……姉妹で頑固で融通が利かないんだから」
「すみません。それがアインザックウォルフの血統の証ですので……」
「困った血統よ」
「本当に困った血統です……ジョニーさん、もうまもなく私は居なくなります。ですからどうか、今後はハーパーの力になって上げてください」
「……分かったわ。ずっと一緒に組んできた仲ですもの。アンタの最後の願い、確かに聞き入れたわ」
「ありがとうございます……」
お姉様は私の膝の上で苦しそうに胸を上下させる。本当はこれ以上苦しみながらお話をされるお姉さまを止めたかった。でも、未だ何か話したいことがあるとお姉様を見て私はそう思う。だから私はグッと自分の気持ちを押さえ込む。
「ハ、ハーパー……」
お姉さまの青い瞳が私を見据えた。
「はい。何でしょうかお姉さま」
お姉様は呼吸を整え唇を振るわせる。
「きっとこれからたくさんの大変なことがあるでしょう。その手を汚さなければならないこともあるでしょう」
涙が瞳に溢れてくる。
私の中の予感が、これが最後だと告げてくる。だからこそ私は涙を堪えた。
涙を流せばお姉さまの言葉が濁って聞こえてしまう。
涙を流さず、お姉さまの言葉を全て受け止めなければならない。
お姉さまの最後のお言葉を一字一句漏らさず、胸に刻まなければならない。
「ハーパーが正しいと思ったのならその道を進みなさい。……大丈夫。貴方がこれから選ぶ道は全て最善のものだって私が保証します……だから迷わず進みなさい。常に一歩を踏み出しなさい……立ち止ることなく……!」
お姉様は力を振り絞ってレイピアを私の前へ出した。私はお姉様が使っていらっしゃったレイピアを力の限り掴んだ。
「……はい!」
私は涙を堪え力の限り返事をする。
お姉様は微笑んでくれた。しかしすぐその瞳は細まり、悲しみが見え隠れする。
「ごめんね、ハーパー、もっと私がちゃんとしていれば、こんな、ことに、は……」
お姉さまの手がレイピアからするりと落ちた。
お姉さまはそれっきり何も語った下さらず、静かに目を閉じたままだった。
苦しかった。悲しかった。でも、不思議とその中に熱い何かが芽生えたのを私は感じていた。
私は未熟だ。お姉さまに到底及ぶはずもない若輩者。
―――でも、それでも私はアインザックウォルフだった。
『力あるものは他の模範となるべし』
私がアインザックウォルフである以上、避けては通れない理。
ここで立ち止まり、手をこまねているのがアインザックウォルフとして、今すべき行いなのか―――否。
「お姉さま、ありがとうございました。おかげで目が覚めました」
私はそっとお姉さまの亡骸を地へ横たえた。
―――今私がすべき事はここで悲しみにくれることではない。お姉さまを自らの手で殺したことの後悔で泣きはらすことではない。
私はお姉様から託された剣と自分の剣を手に立ち上がった。
―――お姉様に託されたアインザックウォルフとしての責務を私は果たす!
私は後ろ髪を手で束ね、そしてお姉さまのレイピアで一気に切り裂いた。はらりと長い髪が風にまかれ、消えて行く。
それは決意の現れ。私はこれまでお姉様のようになりたくて、いやお姉さまを真似て今まで生きてきた。でも、今、この瞬間からは違う。
―――私は私なのだから!
そして私はジョニーさんへつま先を向けた。
「ジョニーさん、お願いがあります」
「なにかしら?」
「私に……私に武器を下さい!」
私はじっとジョニーさんの目を見据える。強い意志を込めて。願いを込めて。
するとジョニーさんは私の前で初めて首を縦に振ってくれた。
「……分かったわ。最高のヤツをあげる」
「本当ですか!?」
「でも、問題があるわ」
「問題?」
「その武器は生身じゃ10分しか扱えないのよ。10分を過ぎれば強制的にリミッターがかかって身体は一切動かなくなる。無理して動けばアンタの身体はバラバラ。そんな危険なものだけど性能は保証する。マスク・ザ・Gにも引けは取らない。そんなものを扱う自信が貴方にはあって?」
「何を仰ると思えば……」
自然と私の口に笑が宿った。私は胸いっぱいに息を吸い込み、そして、
「私を誰とお思いですか?私はアインザックウォルフ四代目当主、ハーパー=アインザックウォルフ!アンダルシアンで一番の戦士ですッ!」




