ChapterⅤ:憎しみの日々 ②
茜色の夕日が窓から差し込んでいた。ローゼズはジョニーさんの研究所の一室に備え付けられているハンモックに身を委ね(ゆだね)、テンガロンハットで顔を覆っていた。
規則的に胸が上下して、静かな寝息が聞こえる。
―――相当疲れてんだな。
俺はローゼズを起こさないよう部屋の隅に置かれている、ガラクタが山のように詰まっている木箱の裏で気配を殺していた。
部屋に続く扉が静かに開く。俺は身構え、そして木箱の隙間から入口を覗いた。
ハーパーがいた。彼女の手にはレイピアが握られている。
ハーパーは足音を殺しつつハンモックで眠りに更けているローゼズへ歩み寄って行く。
彼女の腕がにわかに動いた。金属のすれる音が響き、鋭利なレイピアの刀身が解放される。ハーパーが鋒を向けた先、それはハンモックの上で身動ぎ一つしないローゼズ。
「やめろ、ハーパー」
「ッ!?」
俺は立ち上がってハーパーへ歩み寄ってゆく。ハーパーもまたゆっくりと俺へ振り返ってきた。その視線は氷のように冷たく、刃物のように鋭い。だが凍てついているのは表面のみ。その奥にはあるのは怒りだと俺は思った。
「何をするつもりだったんだ?」
「……」
ハーパーは何も答えない。ただ冷たい視線を俺へ送るのみ。
予感はやっぱり的中していた。さっきハーパーの横顔から感じた不安。
氷のように冷たく、でも煮え湯のような激しい熱を持った感情。
悲しみと怒り。
今のハーパーを見て思う。
―――きっと俺もマッカランを憎んでいた時はこんな顔をしてたんだ と。
「ハーパー、今更復讐をしたところで何も変わらないぞ」
「……邪魔をしないでください」
ハーパーの鋭い視線が俺へ突き刺さる。
「邪魔するようでしたら、例えワイルド様であってもただでは置きません」
冷たいレイピアの鋒が俺へ向けられた。だがそんなものに俺は屈しない。
逆に俺はハーパーへ鋭い眼差しを送る。
「いや盛大に邪魔をさせてもらう。お前を殴り飛ばしてでもな」
「どうしてですか!?ローゼズは……こいつは私の両親とお姉さまの仇なのですよ!?こいつが私の家族を……」
ハーパーの気持ちが痛いほど伝わってくる。かつての俺もそうだった。
ある日突然、家族を奪われ、平穏だった日常を土足で踏み荒らされた悔しさと怒り。
仇をこの世から葬り、滅したいという強い欲望。
しかし滅するということ、それはすなわち相手の命を奪うことに他ならない。
かつての俺ならは今ハーパーがしようとしていること見逃しただろう。
同じ痛みを感じたことのある同士として、これからハーパーがしようとしていること黙認しただろう。
―――でも、今は違う
「殺意は殺意を呼ぶ」
「えっ……?」
「ローゼズは俺にとって大切な家族だ。俺は俺の大切な人を奪おうとする人間を決して許さない。もしお前がローゼズを殺したのなら、俺はお前を殺しにかかる。お前がローゼズを復讐の相手として命を狙うなら、俺はローゼズを守るためにお前の命を狙う……必ずなッ!」
「ワイルド様、どうして……」
レイピアを握るハーパーの腕が震えている。
「それはダメ」
突然ローゼズが声を発した。ローゼズは顔に被せていた帽子を取り、ハンモックから起き上がる。ローゼズはゆっくりとハーパーへ向け歩み寄り、右側のホルスターに差していた実銃を抜く。そして自らは銃口を握り、グリップをハーパーへ向け差し出した。
「わたしはいままでたくさんの人を殺してきた。その中にハーパーの家族もいる。わたしが殺人者なのは変わらない。たくさんの人を殺してきたんだからわたしが殺されるのは当然。それに……」
ローゼズは穏やかに微笑んだ。
「ハーパーがわたしを殺して気持ちくなれるんだったら、わたしはそれで良い……」
「覚悟はできているのですね?」
コクリ。
ハーパーがレイピアの柄を強く握り締めたのが見えた。
「お父様お母様そしてお姉さまの仇ッ!」
ハーパーは思い切りレイピアを振り上げる。ローゼズは微動だにしない。
「止めろッ!」
思わず俺は飛び出す。ハーパーのレイピアはまっすぐとローゼズの首元を狙って、振り落とされた。
しかし、血は一滴も流れず、ローゼズの首は依然胴に繋がったまま。
ハーパーのレイピアはローゼズの首筋ギリギリで止まっていた。
「どうしたの?」
ローゼズは静かにハーパーへ問いかける。レイピアを握りるハーパーの手は震えていた。
「ハーパー殺るッ!わたしが憎いなら、殺したいなら早くッ!」
ローゼズの叫びが部屋中にこだました。
ハーパーの手からレイピアが滑り落ちた。レイピアは甲高い音を響かせながら床へ落ちる。
「うっ、うっ、ひっく……」
「ハーパー……?」
ハーパーは崩れ去るようにローゼズの胸へ飛び込んだ。
「ばかぁ……ローゼズのばかぁ……!なんで?私は貴方を憎んでいるんですよ?殺そうとしているんですよ?なのに、どうしてそんな笑顔を浮かべるのですかぁ……」
ハーパーはローゼズの胸の中で、まるでだだをこねる子供のようの泣きじゃくっていた
「……ハーパーは、もうわたしの家族だから。家族に辛そうな顔はして欲しくない……」「何むちゃくちゃなこと言ってるのですか、このバカ!なんでじゃあ貴方はその家族に殺されようとしているのですか!なに矛盾したことを仰っているのですか!!」
「……」
「お父様とお母様を殺して私を孤独にしたのは貴方です!……でも……孤独から救ってくれのは貴方なのです……!」
ハーパーはローゼズへ更に身を寄せた。彼女はローゼズに身を寄せたまま肩を震わせる。夕日が差し込む一室にハーパーの鳴き声が延々と響き渡る。
「教えてローゼズ、どうして私の両親を殺したの?なにか意味があったんでしょ?ねぇ……?」
ハーパーはすがるようにそう聞く。だがローゼズは口を開かない。
だから代りに俺が口を開いた。
「ローゼズは昔マッカランっていう悪党に操られて暗殺を強要されていたんだ」
しかしローゼズは首を横へ振った。ローゼズは泣きじゃくるハーパーを胸元から引き離す。
「ローゼズ……?」
「でもわたしがハーパーのお父さんとお母さんを殺したのには変わりない。たくさんの人を殺したのも事実。いけないことをしたら罰をうけるのは当然。例え、わたしが操られていたとしてもたくさんの人を殺し続けていたことに代わりは無い」
ローゼズは再びハーパーへ銃のグリップを突き出した。
「少しでもわたしが憎いならわたしを殺していい。そしてワイルド。ハーパーがわたしを殺してもハーパーを殺さないで欲しい。それだけはお願……」
ローゼズが言いかけたその時、近くで爆発音が聞こえた。
ついで聞こえ始めた銃声。
「ローゼズ!」
コクリ!
俺とローゼズは再び床に伏し、涙を流し始めたハーパーを置いて部屋を飛び出した。
ジョニーさんの研究所を飛び出すと、そこにはガトリングを構えたアーリィとライフルを打ち続けるジムさんの姿。そして夕日を背にレイピアで銃弾を弾きつつつ接近する影。
マスク・ザ・G―――フランソワ=アインザックウォルフがゆっくりと研究所へ迫ってきている。
「ジョニーさんこれは!?」
同じくフランソワへ向けリボルバーで射撃を続けているジョニーさんへ問いかける。
「見ての通りよ!フランソワがローゼズを追ってここまできたのよ!」
銃弾の嵐を受けてもフランソワは悠々とそれを弾きつつ、確実に研究所へ近づいてきている。
「フランソワ!命令よ!止まりなさい!貴方が倒すべきはこの子達じゃないわ!!」
しかしフランソワはジョニーさんの言葉などまるで無視して前進を続ける。
ジョニーさんは唇を噛み締めた。
「ジョニーさん、フランソワさんは……」
「恐らくフランソワの中にはもうローゼズを殺すことしかないわ。正義の味方はもう死んだ……もうあの子を止めるには、あの子を倒すしかないわ」
「……わかりました。残念ですけど仕方ありませんね」
「みんな聞いて!フランソワの胸の宝玉は彼女の生命維持装置になっているの!あそこを破壊すれば倒せるわ!」
狙うはさきほどと同じく胸の宝玉。さっき俺は撃ったため、胸の宝玉には亀裂が浮かんでいる。恐らく、あと一発でも撃ち込めば宝玉を破壊することができる。
「ジョニーさんは下がっていてください……みんな行くぞッ!」
俺が叫び、ローゼズ、アーリィ、ジムさんが頷きを返してきてくれる。
俺たちは一斉にGへ向け飛び出した。
「みんな衝撃に気をつけるです!」
先んじてジムさんがスカートの中から大量の小袋を取り出し、Gへ向け投げつけた。
Gにぶつかった小袋は赤い炎を上げながら盛大に爆発。
爆炎がフランソワを包み込んだ。
「うらららららら!」
アーリィはガトリングを放った。既にビーンズメーカーへの改修を終えたガトリングは無数の豆をフランソワへ向け放つ。
俺とローゼズもそれぞれのビーンズメーカーを放った。だが爆炎の中から無傷のフランソワが飛び出してきた。フランソワは降り立つのと同時に、ジムさんの懐へ潜り込む。
「あっ!」
「ジムさんッ!」
しかしアーリィがガトリングで殴りかかり、フランソワを横から突き飛ばした。
弧を描いて宙を舞うフランソワへ向け、俺たちは再び弾を打ち込んでゆく。
するとフランソワは空中で身をひねり体勢を立て直した。レイピアを構え俺たちの放った銃弾を全て刀身で弾く。そればかりか近くのガレキを踏み台にして、更に上へ飛ぶ。
俺たちはなんとかフランソワを撃ち落とそうと銃弾を放ち続けるが、レイピアを構えたフランソワの急降下は止まらない。
「きゃっ!」
地に降り立ったフランソワはレイピアの柄でアーリィの腹を穿ち、
「あう!」
近くにしたジムさんを回し蹴りで蹴り飛ばす。
二人はその場に崩れ去った。
「ローゼズ!」
コクリ!
俺とローゼズは同時に地を蹴った。
ローゼズは神速のトリガー捌きでシリンダーの中にある弾をまるで機関砲のように放ち続ける。俺もまたフランソワの弱点である胸の宝玉を狙ってトリガーを引き続けた。
しかしフランソワはあらゆる方向から銃撃を全て、たった一本のレイピアだけで弾き続ける。
するとローゼズがポンチョを翻した。
「こっちだ!かかってこい!」
ローゼズの動きを予測した俺は弾を放ちながらフランソワへ向けそう叫ぶ。
フランソワの意識が一瞬俺へ向いた。
その隙に巨大な砲身を持つMバレルへ換装する。鈍い発射音を伴って、必殺のMバレルが放たれた。
だがフランソワは素早く踵を返してレイピアを一閃させる。
Mバレルの弾はフランソワへ到達することなく砕けた。ローゼズはMバレルを放った衝撃で無防備。フランソワのレイピアがローゼズの心臓を狙う。
「やらせるかよぉ!」
俺は咄嗟に縄を放った。すると一瞬で目の前からフランソワの姿消えた。
「ッ!?」
「邪魔をするな」
静かなフランソワの声が鼓膜を揺るがす。
気がついた時にはもうフランソワが回し蹴りを放ち、俺は顎に強い衝撃を感じたと思えば地面へ這いつくばるように叩きつけられていた。
「ま、待て……!」
フランソワへ手を伸ばすが、衝撃で身体いうことを利かない。フランソワは俺のことなど無視してローゼズへ向かってゆく。
ローゼズはフランソワへ向けビーンズメーカーを放ち続ける。しかし神速の銃撃をもってしても、フランソワはレイピアで軽々と弾を弾き続け、ローゼズへ迫る。
「赤い悪魔は私が殺す……」
フランソワはまるで呪いのようなつぶやきを口にしながらローゼズへ迫る。
「赤い悪魔は私が殺すぅッ!!」
弾が切れたローゼズへフランソワは廻し蹴りを繰り出し、ローゼズの身体が宙を舞う。
更にフランソワは目にも止まらぬ速さで刺突を繰り出す。
ローゼズはなんとか体勢を立て直して地を踏み、レイピアの猛撃を避ける。
だがフランソワの刺突は凄まじく、ローゼズの衣服を、皮膚を切り裂いてゆく。
「うっ!」
フランソワのレイピアが包帯の巻かれているローゼズの右肩を突き刺した。白い包帯に真っ赤な血が滲む。フランソワがローゼズの右肩からレイピアを引き抜く。ローゼズはその場に膝をついてしまった。
「に、逃げろ!ローゼズッ!」
「うう、あううっ……」
しかし俺の叫びを受けてもローゼズは右肩を押さえたまま動かない。
ローゼズの血で染まるレイピアをフランソワは掲げた。
鋭利なレイピアがローゼズの首を筋を狙う。
俺は体へ強引に鞭を打って立ち上がろうとする。しかし身体の痺れは未だ取れず、俺は地面の上へをイモムシのようにのたうち回るしかできなかった。
その時、背後から誰かが俺の横を駆け抜けていった。
ハーパーだった。
「せぇぇぇいっ!」
彼女は鞘を投げ捨て、レイピアを解放し、獣のように吠えながらフランソワへ飛びつく。
鈍い音が聞こえ、フランソワの体が一瞬大きく震えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ハーパーは肩で息をしながらゆっくりとフランソワから下がってゆく。フランソワは力なくその場へ膝をつき倒れる。
ハーパーの手にしているレイピアからは真っ赤な血が滴り落ち、テラロッサへ滴り落ちていた。
俺は痺れる体を引きずりハーパーへ歩み寄った。
「ハ、ハーパー、お前……」
「……気がついたらこうしておりました」
「どうしてそんな……」
「わかりません。でもローゼズやワイルド様が危ないと思ったら身体が勝手に動いておりました……」
「でもフランソワさんはお前の……」
ハーパーは俺に振り返ることなく首を横へ降った。
「ワイルド様、フランソワ=アインザックウォルフはもう死んでいるのです……ここにいるのは私の友達や大切な人を殺そうとする殺戮者だけ」
ハーパーは踵を返した。そこにいたのは凛然とする彼女。
「私はアインザックウォルフの人間として、正義のためにマスク・ザ・Gを倒しました。正義のために……」
気丈に振る舞うハーパー。しかしその瞳からは絶え間なく涙を流している。
それでもハーパーの表情には微塵も揺ぎが感じられない。
そこにいるのは強く、気高い、戦士が佇んでいるだけ。
甘えも後悔も、全てを飲み込み、ただ凛然と存在する一人の少女がいるだけだった。
そんなハーパーの後ろにある森の木々の向こうから黒煙が立ち上った。
次第に砲声が聞こえ始める。きっとバーレイと中央政府軍の戦いがまた始まったのだろう。砲声に混じり、悲惨な悲鳴が辺りに響き始める。
「ワイルド君、行って」
気が付くとジョニーさんが俺の隣にいた。
「でも……」
「ハーパーのことは私が。マスク・ザ・Gが居なくなった以上、もう頼れるのは貴方たちだけなの。だから……」
既に立ち上がっていたローゼズ、アーリィ、ジムさんは頷き返してきている。
「……わかりました。ハーパーのことを頼みます」
俺たちはジョニーさんへハーパーのことを託し駆け出す。
ハーパーはその場に佇んだまま、一歩も動かなかったのだった。




