ChapterⅤ:憎しみの日々 ①
【VolumeⅡマスク・ザ・G―ChapterⅤ:憎しみの日々】
「傷は浅いわ。でもあまり無理をすると傷口が開くからほどほどにね」
ジョニーさんはローゼズの肩へ包帯を巻き、そう言った。
続いてガラクタの上に座って、順番を待っていたアーリィとジムさんの診察を行う。
俺は昨日ジョニーさんが突っ伏していた彼女の机に座り、じっとみんなの診察が終わるのを待っていた。
ハーパーはレイピアを抱いたまま俯き、壁にもたれ掛って身じろぎ一つしない。
何か声を掛けてやりたい気持ちはあったが、俺にはどう声をかけたら良いかわからなかった。
俺自身も様々な疑問が目の前にあり過ぎて、状況をどう整理したら良いかわからなかったからだ。
ロングネックの森の奥深くにあるジョニーさんの研究所には静かで重苦しい空気が流れている。
俺の視線は研究所の床のある箇所へ落ちる。
ガラクタの山が所狭しと置かれてる研究所の床の上で一箇所だけ、丁寧にガラクタが退けられている場所があった。そこには、重々しい蝶番が一つ付いた鋼鉄製の扉が不自然に設けられている。
今は扉が閉められているが、開けばそこには地下深くまで続く階段があって、最深部にある【遺跡】に繋がっている。
つまりジョニーさんの研究所の下には【遺跡】があって、しかも地下迷宮を伝ってアインザックウォルフの邸宅と繋がっていたということになる。
どうしてジョニーさんの研究所の下に【遺跡】があるのか?
【遺跡】を追っているのだから、それを問い詰めない訳にはいかない。
それ以前にもっと気になることもある。
「アーリィちゃんもジムさんも大丈夫そうね。」
アーリィとジムさんの手当てが終わったようだ。俺は椅子から立ち上がる。
「そろそろ良いですかジョニーさん」
俺が静かに声を掛けると、ジョニーさんはびくりと肩を震わせた。
「どうして貴方はGの弱点を知っていたんですか?」
「……」
「さっき地下通路で貴方はGへ止まるように言ってましたよね?俺にはアレが”命令”に聞こえました。Gは貴方のなんなんですか?」
「……」
「どうしてGの素顔がハーパーのお姉さんにそっくりだったんですか?そもそもGは何者なんですか?」
「……」
「黙ってないで答えてください!」
「ワッド、気持ちは分かるけどそんなに畳み掛けちゃダメだって」
アーリィは柔らかい口調でそう諭し、俺は口を噤む。アーリィはため息を付いてジョニーさんを見据えた。
「正直、あたしもジョニーさんが何かしらの形でGに深く関わっていると思います。ジョニーさんの研究所の下にある【遺跡】、通常の人間では考えられない運動能力を持つマスク・ザ・G。その正体が【フランソワさん】であることを知っていたような言動……加えてジョニーさんはビーンズメーカーを造ったんですよね。アレ、あたし達から見ても相当な【オーバーテクノロジー】だと思います」
アーリィの言葉にジョニーさんは反応を示さない。
アーリィは続けた。
「ここからはあたしの推理です。今の三点を組み合わせると……ジョニーさんは【遺跡】の【オーバーテクノロジー】を使って、【フランソワさん】をマスク・ザ・Gにしたってことになりますが、どうでしょうか?」
アーリィの問いかけは、静寂の中に消えた。
俺は顔を俯かせているジョニーさんをじっと見つけ、答えを待つ。
誰も言葉を発さず、静寂の時間が静かに流れてゆく。
暫くしてジョニーさんはようやく口を開いた。
「貴方たちは【遺跡】がどんなものか知っているのよね?」
「はい。俺たちは西海岸で【遺跡】の存在を知って、それを悪用しようとしていた紅兵士のマッカランを倒しましたから」
俺がはっきりとそう答えると、ジョニーさんはため息にも似た息を吐いた。
「わかったわ。全部話す……まずは、遺跡のことから。あれは私のじゃなくて預かりものなの……先代アインザックウォルフ当主から私が預かっているだけ」
「ハーパーの親父さんから?」
俺がそう聞くとジョニーさんは首を縦に振った。
「ええ。私は元々中央政府で【遺跡】の発掘と調査をしてたのよ。そんな時、先代当主が私にアインザックウォルフが所持していた【遺跡】の調査を依頼してきて、更にアインザックウォルフに万が一のことが会った時は私が管理を代行するよう頼まれたのよ。だから私はアインザックウォルフの地下迷宮と繋がっている【遺跡】の上に研究所を作った。その矢先だったわ、先代当主がああなってしまったのは……」
ジョニーさんはちらりとハーパーを見る。しかしハーパーはレイピアを抱いたまま動かなかった。
「私は七年前のあの日、瀕死の重症を負っていたフランソワ=アインザックウォルフを見つけたわ。私は虫の息だった彼女を回収して、そして遺跡の力を使って黄金兵士にした……」
「黄金兵士?(ゴールドソルジャー)?」
「あの遺跡はね、黄金兵士っていう兵士を製造するためのものなの。紅兵士は人間を薬物で身体的・精神的に改造して、死をも恐れない存在にすること。でも、紅兵士には生身の人間っていう問題点がある。幾ら身体と精神を戦闘兵器に改造しようとも、銃弾を受けてしまえば死んでしまう。足りないのは防御力……そこで考えられたのが紅兵士に鎧をまとわせることだったらしいの。
最強の肉体と精神、そしてそれを守る強固な装甲……基礎的な力を向上させて、更に防御力の向上を図るために作られたゴールドライン。それを多数埋め込んだゴールドクロスを纏う攻守に優れた次世代兵士……黄金兵士はつまり紅兵士の上位互換に他ならないわ」
「どうしてそんなこと……」
「……科学者ってね探究心の塊なのよ。未知のものがあれば調べたくなる。目の前に初めての道具があれば使いたくなる……私は遺跡を使ってみたかった……」
ジョニーさんの言葉には、皮肉が含まれているような気がした。
「でもね、それだけじゃない。私は心の奥底ではアンダルシアンを自分の手で何とかしたかった。暴力や驚異に怯える人々を助けたい。アンダルシアンの平和を守りたい。そんな思いで私はフランソワをマスク・ザ・Gにした」
ジョニーさんの言葉の端々には強い感情が見え隠れしているように思えた。
静かな語り口だけど、言葉の一つ一つには悪を憎む強い心が感じられる。
「黄金兵士にした時点でフランソワ自身の意識は失われた。でも彼女が元々持っていた強い正義感、アンダルシアンの未来を憂う気持ちは、私の操り人形のマスク・ザ・Gになっても残っていた。だから私はそんなフランソワを操ってずっとマスク・ザ・Gとして東海岸で戦わせ続けていた……」
「でもさっきGはジョニーさんの命令を聞かなかったですよね?ジョニーさんは何の意図があってGにロゼたんを襲わせたのですか?」
ジムさんの疑問は最もだった。どうしてGはアードベックではなくローゼズを襲ったのか。正義のために戦う戦士がマスク・ザ・Gなら、敵はローゼズではなくアードベックの筈だ。でもGはアードベックに見向きもせず、夢中になってローゼズを襲っていたのは、ここにいる誰もが見ている。
「それは私にも分からないのよ。こんなことは初めてよ、Gが私の制御下から外れるだなんて……」
ジョニーさんは難しい顔のまま答えた。
その時、俺の脇でローゼズが動いた。
全員の視線がローゼズへ集まる。
「……たぶん……ハーパーのお姉さんを殺したのはわたしだから」
俺は自分の耳を疑った。ずっと俯いていたハーパーでさえ、顔を上げ驚きの表情を浮かべている。
「七年前、わたしは最初の殺人をした。名前は知らない。でも、わたしは写真でみたハーパーのお姉さんをこの手で殺した」
「なにを言ってるんですか……」
ハーパーがローゼズへ歩み寄る。ハーパーの青い瞳は鋭い視線をローゼズへ投げかけていた。
「こんな時になに訳のわからないことを言っているのですかローゼズッ!」
「本当のことだから」
ローゼズはそうきっぱりと答える。ハーパーは更に眉根を釣り上げた。
「貴方、まだそんなことを!」
ハーパーは飛びかかりそうな勢いで声を荒らげた。しかしローゼズは一切動じない。
「今でもはっきり覚えている……七年前、初めての殺しの時、わたしは裕福そうな男の人と女の人を銃で撃った。載ってた馬車の残骸に押しつぶされていた二人の死体を確認した」
「……ローゼズの言う通りよ」
ジョニーさんが声を上げた。
「先代当主と奥様は馬車での移動中何者かに銃撃されて死んだわ。遺体は馬車の残骸に押しつぶされて見る影もなかったわ」
「そ、そんな……」
ハーパーは抱き抱えていたレイピアを床に落とした。ハーパーはその場に崩れ去る。
「その後にわたしは生きていた綺麗なお姉さんも銃で撃った……それがわたしの初めての殺し……」
「どうして、なんで……」
「……」
ローゼズは口を噤み、それ以上何も語ることはなかった。誰もが黙り込み、重苦しい空気が辺りに流れる。聞こえるのはハーパーのすすり泣く声だけ。
ハーパーは絶え間なく涙を流し、床を濡らし続けた。
「ハーパー、その……」
見かねたアーリィがそっとハーパーの肩を抱く。しかしハーパーは緩やかにアーリィの手を除けた。彼女は床に落としたレイピアを杖にして、顔を俯かせたまま立ち上がる。
「すみません、少し一人にさせてください」
ハーパーはそう言って重い足取りで研究所を出て行こうとする。
ハーパーは俺の脇を無言で過ぎってゆく。その横顔に垣間見えた澱んだ青い瞳。
それは俺の頭に強く焼き付き、小さな不安を俺の胸に芽生えさせた。
扉が閉まり、再び静寂が訪れた。空気が重く、酷く息苦しさを覚える。
「とりあえず今は休むのです。みんな疲れてますし、色々と考えるのは少し眠ってからにするのです」
ジムさんの提案に誰も反対はしなかった。
俺の体にも急激に疲労感が湧いてきている。
俺たちは皆無言のまま、その場で解散するのだった。




