ChapterⅣ:仮面のその下 ④
「こっちよ!」
屋敷の中へ飛び込んだ俺たちはジョニーさんに先導され、走り始めた。
ジョニーさんは一階の廊下の突き当たりの前で立ち止まり、そこに立てかけられていた小さな風景画に手を触れた。
ジョニーさんの触れた風景画が壁の中に押し込まれ、どこからともなく鈍い音が周囲に響き始めた。
目の間にあった壁がゆっくりと左右に開き、下へ続く階段が現れた。
ジョニーさんは一目散に階段を駆け下りて行き、俺たちも唖然する間もなく続いた。
「ここは……」
思わず俺からそんな言葉が漏れた。石造りの壁に囲まれた人工的な通路。
階段を下りた先は昨日は俺とハーパーがバーンハイムに落とされた地下通路だった。
そこをジョニーさんはまるで知っているかのように走り始める。
俺たちは地下通路を駆け抜けてゆく。
その時急にローゼズが立ち止まり、振り返りざまにビーンズメーカーを放った。
背後の通路に鋭い軌跡が過る。闇の中にぼんやりと浮かんだ鋭利なレイピアの刀身。
気がついた時にはもうローゼズの懐に、仮面を剥ぎ取られたマスク・ザ・Gが潜り込んでいた。
「んッ……!」
「ローゼズッ!」
Gのレイピアがローゼズを引き裂く。ローゼズは寸前のところで一歩引いていた為致命傷は避けられたものの、肩をレイピアで切り裂かれていた。ローゼズは痛みで顔をしかめ、壁にもたれかかる。
Gの視線が今度はアーリィとジムさんを捉えたかと思うと、
「キャッ!」
「あう!」
Gの鋭い回し蹴りが二人を一瞬で弾き飛ばした。激しく壁に打ち付けられた二人は意識を失い、壁にもたれかかったまま動かない。
「お、お姉さま……!」
ハーパーはGへレイピアを突きつけるが、その手は震えていた。
「ダメ……」
ハーパーはついにレイピアを下げ、その場に崩れ去る。Gはまるでハーパーのことなどを気にもとめず、ローゼズへ近づいてゆく。
「やめろぉっ!」
俺は地を蹴った。
ローゼズへ向けレイピアを振り上げるGへタックルを仕掛け、奴を突き飛ばす。
しかしGは狭い空間でも器用に身をひねって体勢を立て直す。
俺はその隙にGへの距離を詰めた。
縄を投げ、至近距離から奴の腕の拘束するのに成功し、そのままGの体勢を崩そうと縄に力を込める。
「なんて力なんだよ、おい……!」
Gは華奢な見た目に相反して、幾ら縄を引いてもまるで大岩のように全く動かなかった。
更に力を掛けようとした刹那、Gが青い瞳を窄ませた。
気がついた時にはもう、俺は逆にGに縄を引かれ、前のめりに体勢を崩されていた。
崩れて無防備になった俺の懐へ、再びGが潜り込んでくる。
「うぐっ!」
Gのレイピアの柄が俺の腹を打ち、内蔵が全て飛び出しそうな強い衝撃が俺を襲う。
俺は思い切り突き飛ばされ、床に叩きつけられた。
「フランソワ!止めなさい!」
奥からジョニーさんの叫びが聞こえた。だがGはレイピアの鋒を俺に突きつけ距離を詰めてくる。起き上がろうにも、突き飛ばされた衝撃で体が痺れている。
「止まりなさい!これは命令よ!フランソワ!」
Gのレイピアの刃を振り上げ、鋭利な輝きが俺を狙う。
その輝きは俺の心臓を強く鳴らした。
俺へ掲げられた鋭利なレイピアの刃。その鋭さは、俺の命なんか一瞬で無いものにして、後には何も残さない。
―――嫌だ。
心の中からそんな言葉が頭の中に浮かんだ。
―――こんなところで死ぬのは嫌だ!
レイピアの先端が俺の心臓へまっすぐと突きつけられる。
全身の緊張は最高まで達し、全身が異様な震えに襲われる……そんな感覚は一瞬で俺の中から消えた。
不思議な感覚だった。
さっきまで感じていた恐れが全てなくなり、心はただただ穏やかだった。
まるでマッカランを倒した時のような不思議な、優しいが物悲しい気持ち。
目の前で俺を殺そうとする存在を哀れに感じる。
殺戮しか無い存在。殺戮の先にあるのは、殺戮だけ。
だがらこそ救わなければならない、救うのが役目。今、目の前にいる殺戮者を円環から救う手立て。
人が人へ与えられる平等な罰。全ての生命に等しく与えられる唯一のもの。
殺戮の円環から救える唯一絶対の方法。
それは……
「ワイルド君!これでGの胸にある宝玉を撃つのよ!!」
穏やかな感覚の中に、ジョニーさんの声が聞こえた。自然と俺は手を挙げた。
俺はジョニーさんから投げ込まれた鉄塊を右手でしっかりと握り締める。
冷たく、重みのある存在。しかし殺戮者を円環から救う力、俺に与えられた最高の武器―――それは銃。
俺は素早く握り締めたスコフィールド型リボルバーの銃口を、マスク・ザ・Gへ向ける。
不思議とGの動きが緩慢に見える。鋒が俺の心臓を貫くのはまだまだ先。
狙うは胸元に付けている金色に輝く宝玉。
―――騎士に安息を、殺意の中からの開放を……!
俺はそう願いを込め、引き金を引いた。
銃から鋭い破裂音が響き、シリンダーの中から銃身を伝って、一発の豆が発射された。
豆は空気を引き裂きながら、まっすぐと進み、そしてGの胸元にある宝玉へぶつかった。
豆は木端微塵に砕け、つるりとした宝玉面に小さな亀裂が浮かぶ。浮かんだ小さな亀裂は一瞬で宝玉の全体へ広がり、ショートのような紫電を発した。
「ッ!」
突然、Gの体がびくりと震えたかと思うと青い瞳が光を失った。
Gは勢いよく膝を突き、それ以降まるで死んでいるかのようにピクリとも動かなくなった。
突然、俺の時間の感覚が元に戻った。心の中にあった穏やかな気持ちは既になく、全身から疲労感が一気に溢れ出てくる。
「強制停止が発動したわ!Gは10分間は動けないはずよ!」
気が付くと俺の横には、ジョニーさんがいた。
彼女は俯くハーパーの手を取って先に走り出す。
ローゼズもまたアーリィとジムさんに肩を借り歩き始める。
俺もみんなに俺も続いて走り出した。
Gはまるで操り糸の切れた人形のようにただその場で膝を突いているだけ。
俺たちはGが強制停止している隙に、地下通路を駆け抜け、離れて行く。
俺たちはジョニーさんに付いて必死に地下通路を進んで行く。
やがて壁の雰囲気が石造りから、凹凸のない壁面へ変わってゆく。
そして地下通路を走り抜け辿りついた先、そこは……
「遺跡……?」
思わず俺はそう呟いてしまった。
様々な危機が犇めく空間。現代のアンダルシアンには存在しない技術の数々。
何故か俺たちはスチルポットでみた遺跡と同じ雰囲気のある、別の【遺跡】の中にたどり着いていたのだった。




