ChapterⅣ:仮面のその下 ③
屋敷の中庭には既に緑の軍服を着た集団、革命組織バーレイの構成員が大挙していた。構成員は屋敷から飛び出してきた俺たちへ一斉にライフルの銃口を向ける。
先に到着していたハーパーは、その中心に佇む一際屈強な男、首領アードベックへ向けて、鞘から抜いたレイピアを突きつけていた。
「こんな白昼にどのようなご要件でしょうかアードベック!」
アードベックはハーパーの毅然とした叫びに一切動揺した素振りを見せない。
「勇ましいなアインザックウォルフ。そうでなくてはな」
アードベックは柳葉刀を翳し、その研ぎ澄まされた刃を煌めかせた。
「先日の御礼とゴールドメダル号の起動キーを貰いに来た」
「それはご苦労なことで」
「貴様の勇敢さに敬意を表し、ここで大人しくキーを渡せば退いてやろう。どうだ?」
「お断わりします!」
ハーパーは凛然と即答する。アードベックはニヤリとした笑みを浮かべた。
「やはりな……ならば力ずくで奪い取るのみ!」
アードベックは巨躯に似合わない素早い動作でハーパーへ接近する。大きく掲げられたアードベックの柳葉刀がハーパーを狙う。が、ハーパーは細身のレイピアでそれを受け止めた。
「ほう?さすがアインザックウォルフというべきか!」
「私はハーパーですッ!」
ハーパーは細身のレイピアでアードベックを押し切った。体勢を崩した奴へ激しい突きを連続で繰り出す。しかしアードベックは最小限の動作だけでハーパーの突きを弾く。
「どうしたアインザックウォルフ?」
「クッ……こ、このぉ!」
ハーパーの突きは速度を増す。しかしアードベックの表情は揺らがない。
「あっ!」
アードベックの柳葉刀がハーパーのレイピアを弾いた。ハーパーの手から離れたレイピアは宙を舞い、庭の芝生へ突き刺さる。
「この程度でアインザックウォルフなど笑止ッ!」
「!?」
アードベックは左腕のガントレットの肘でハーパーの腹を穿った。ハーパーの身体がくの字に折れ、華奢な体が思い切り吹っ飛ぶ。ハーパーは扉を破って屋敷の中へ叩き込まれた。
「温いな。所詮貴様は姉に到底及ぶまい……時間の無駄だ、かかれ!」
アードベックが指示を出し、バーレイの構成員が一斉に動き出す。
「ジムさん、アーリィ!」
俺がそう叫ぶと二人は頷いて、迫るバーレイの構成員へ向け攻撃を開始する。
「ローゼズはアードベックを頼む!俺はハーパーを!」
コクリ!
動き出そうとした刹那、突然脇から殺気を感じた。俺は感覚だけで飛び退く。
俺の脇を鋭いナイフの軌跡が過っていた。
「あは?避けた避けたぁ!」
赤の狂気タリスカ―がいた。奴はナイフを煌めかせ、俺を凝視する。
「お前たちを殺せばアードベックはマッカランに会わせてくれると言った!お前たちを殺せばアードベックはマッカランに会わせてくれると言った!お前たちを殺せばッ!」
タリスカ―はまるで呪いの言葉のようにそう呟きながらナイフを振り回す。
すると俺とのタリスカーの間にローゼズが割って入り、ビーンズメーカーで奴のナイフを受け止める。
「ワイルドはハーパーを!」
「わかった!」
タリスカーをローゼズに任せ、俺は再びを地を蹴る。
「また会ったな小僧!」
が、俺の行く手を隻眼の首領アードベックが塞いだ。
アードベックの柳葉刀が俺を狙う。間一髪で避けたものの、アードベックの斬撃は止まらない。
めぼしい武器を持っていない俺は反撃にでることができず、ただアードベックの斬撃を避け続けるしかなかった。
「あは!ねぇ、どうして君は赤いの?どうして!?」
「うるさいッ!」
ローゼズはタリスカ―の相手をしていて、先へ進めない。
アーリィとジムさんも善戦はしているものの、バーレイは確実に中庭を踏み荒らし、屋敷へ近づいている。その時だった。
「行け―!行くのじゃー!」
「「「おおおっ!!!」」」
竹鶴姫の勇ましい号令が聞こえ、崩壊した屋敷の門から響さん達、東方の三人武士が乱入し、バーレイの構成員を刀剣で切り伏せていた。続いて青の軍服を着た、中央政府軍が中庭へなだれ込み、バーレイとの交戦を開始する。
「お嬢様ッ!」
門を潜ってきたバーンハイムは上着を脱ぎ捨て、手甲を腕に嵌めると、彼もまたバーレイとの交戦を開始した。
中庭には剣戟と銃声が絶え間なく鳴り響く戦場と化していた。だが統制の取れたバーレイの波状攻撃は確実に中央政府軍を退け、アインザックウォルフの屋敷へ迫っている。
「バカタレ!戦いの最中によそ見とは感心しないな!」
気がつくとアードベックの柳葉刀が俺の腹を狙っていた。間一髪で避けるも、切っ先が俺のシャツを引き裂き、皮膚には薄らとかすり傷が浮かぶ。
「う、うるせぇな、わぁってるよ……」
俺はアードベックを睨みながら強気を装ってそういう。だが息は既に上がっていた。
アードベックの斬撃を避けるので精一杯な状況。ここからどう逆転すれば良いか考えるが、案は一切浮かんでこない。しかし、ここで引く訳にはいかない。
―――一体どうしたらいいんだ、一体!?
その時、視界の端に映る屋敷の屋根へ颯爽と影が降り立った。睨みあっていた俺とアードベックの視線が自然と屋敷の屋根へ向かう。
黄金のマスカレードと黒いハットで素顔を隠し、手足と胴体を無数の金色のラインが走る鎧で覆った騎士。
「やはり現れたなマスク・ザ・G!」
アードベックは嬉々とした笑みを浮かべ柳葉刀を構える。Gは腰の鞘からレイピアを引き抜き、屋根から飛ぶ。
「ッ!?」
ローゼズとマスク・ザ・Gの間に火花が散った。
ローゼズは咄嗟に振り返り、ビーンズメーカーでGのレイピアを受け止めていた。
辛うじてGを突き飛ばし距離を置いたローゼズ。
何故かGはアードベックに見向きもせず、ローゼズへ襲いかかっていた。
「G!相手はこの俺だ!」
アードベックはそう叫び、ガントレットの指先から銃弾を放つ。だがGは華麗な剣捌きで銃弾を全て撃ち落とす。
Gはアードベックなどまるで無視して再びローゼズへ切りかかった。ローゼズとGの間に再び火花が散った。
「あは?ダメだよぉ!そいつを殺さないとマッカランに会わせて貰えないんだからぁ!」
タリスカーもまたナイフをローゼズへ向ける。
ローゼズは二丁のリボルバーでGとタリスカーから繰り出される斬撃を防いではいるが、反撃する暇は一切ない。俺のつま先はGとタリスカーに包囲されているローゼズへ向く。
「人のことを構っている場合か!バカタレめ!」
気が付くと目前にはガントレットの肘を突き出しているアードベックの姿が。
「ぐわっ!」
アードベックの肘が俺の腹へねじ込まれる。内臓が全て飛び出しそうな衝撃を感じつつ、俺は背中から芝生の上へ叩き付けられた。
「ワッド大丈夫!?」
そんな俺とアードベックの間へ、アーリィとジムさんが割って入ってきた。
「ワイルドはローゼズのところへ行くです!」
「アードベックはあたしたちに任せて!」
「わ、悪い!」
俺はアードベックをアーリィとジムさんに託し、地を蹴った。
向こうではローゼズがGのレイピアをビーンズメーカーで受け止めていた。力が拮抗し、ローゼズはその場に縛り付けられている。
「あは!あはははは!」
そんなローゼズの背中へ向けタリスカーは狂った笑い声を上げつつナイフを振り上げる。
「そらぁっ!」
俺は咄嗟にタリスカー目がけて縄を放った。縄はタリスカーの右腕へ絡みつく。
「でぇぇぇりゃぁぁぁ!」
俺は勢い任せに縄を引いた。タリスカーの体が宙へ浮かび、奴はそのまま屋敷の外壁へ叩き付けられた。
衝撃は予想以上で外壁が崩れ、タリスカーの姿は瓦礫の中に消えた。
だが安心したのも束の間、俺の視界の中でローゼズがGに弾き飛ばされていた。
ローゼズは体勢を崩し、倒れ込む。既にGのレイピアはローゼズののど元を狙っている。
「ローゼズッ!」
急いで駈け出すが、間に合わない。刹那、Gのレイピアが別方向から弾かれた。
ローゼズとGの間にはレイピアを構えたハーパーが立ちはだかっていた。
「何故です!何故貴方はローゼズを狙うのですか!?」
しかしGはハーパーの問いに応えず、レイピアの鋒を勢いよく突き出す。ハーパーもまたレイピアを突き出し応戦する。
ハーパーの刺突は確かに早い。しかしGは更にその上を行っていた。
ハーパーはGの刺突を辛うじて、弾き続けているが、それはあくまで致命傷を避けるだけのものだけで、有効打にはなっていない。
Gのレイピアは一方的にハーパーの衣服と皮膚を引き裂き、確実なダメージを与え続ける。
でもハーパーの目は死んでいなかった。
「こ、このぉ!」
ハーパーはGが見せた一瞬の隙を突いて、思い切りレイピアを突き出した。
虚を突かれたGだったが、寸前のところでソレを避けて見せる。
しかしハーパーの繰り出した渾身の一撃はGのマスカレードを弾き飛ばした。
「えっ……」
瞬間、ハーパーの動きが止まった。俺もまた晒されたGの素顔を見て、驚きを隠せない。
「フランソワお姉さま……?」
Gの仮面の下、そこにはさっき写真の中で見たハーパーの姉、フランソワ=アインザックウォルフの顔があった。
「生きて、生きておいでだったのですねお姉さま!」
思わずハーパーは喜びの声を上げる。しかしGの様子は変わらない。
「ハーパー避けろ!」
俺の声を聴いてハーパーは咄嗟に身を捻った。Gが凪いだレイピアがハーパーの髪を数本散らす。Gは素早く体勢を立て直しして、向きをローゼズへ戻すと、再び彼女へ向け、レイピアの刺突を繰り出す。
「何をなさるのですかお姉さま!」
再びハーパーが間に入り、レイピアを凪いだ。Gの右手からレイピアが弾き飛ばされ、地遠くの地面へ突き刺さる。
Gはレイピアを弾き飛ばされたGは右手を庇いながら、後ろへ跳躍して距離を置き、レイピアの回収へ向かう。
「早く!こっちよ!」
どこから共なく、ジョニーさんの声が聞こえたような気がした。
「こっちよ!早くッ!」
何故かジョニーさんが屋敷の入口でそう叫んでいた。
―――どうしてジョニーさんがあそこに?
さっき屋敷の内部を探っていたとき、誰の気配もなかった。一体ジョニーさんはどこから来たのかわからない。
「早くしなさい!スモールバッチバーボンが来るわ!」
ジョニーさんが叫んだその時、アインザックウォルフ邸の外壁が爆発した。近くにいた中央政府軍は愚か、バーレイの構成員までもが衝撃で紙切れのように吹き飛ばされる。
砕けた城壁の間から遥か海の沿岸からに浮かぶ黒い戦艦が見え、そこから真っ赤な火球が次々と屋敷へ向け撃ち込まれていた。
城壁は次々とスモールバッチバーボンの火球によって破壊され、庭の草木は炎に巻かれる。
この場所が崩壊するのも時間の問題だった。
一刻の猶予も許されない。
「アーリィ、ジムさん、ローゼズを屋敷の中へ!」
「みんな一瞬目瞑るです!」
俺がそう叫ぶとジムさんはアードベックへ向け、ありったけの閃光弾を投げつけた。
壮絶な光がアードベックを包み込む。
「こ、小癪な!」
目を眩ませたアードベックはその場で膝を突く。
その隙にアーリィはローゼズの手を取り、走り始めた。
「俺たちも行くぞ!」
俺はハーパーの手を取るが、彼女は動かない。
「ハーパー!」
「でもお姉様が!」
「今はそんな場合じゃないだろ!」
「でもッ!」
俺たちの頭上を黒い影が覆う。見上げるとそこにはレイピアを振りかざし飛ぶGの姿が。だが脇からバーンハイムが飛び蹴りを浴びせ、Gを突き飛ばした。
「ワイルド様!お嬢様をお願い致します!」
地に降りたバーンハイムさんはすぐさま構えを取り、再接近を仕掛けてきているGへ立ち向かって言った。
俺たちの間にスモールバッチバーボンの火球が降り注ぎ、バーンハイムと分断する。
「バーンハイムッ!」
ハーパーの悲痛な叫びを上げる。バーンハイムさんの燃え盛る火球の向こうでGへ飛び込んでゆくのが見えた。主人のために身を挺し、絶望に立ち向かったバーンハイムの想いを無駄にするわけには行かない。
「行くぞ!」
「バーンハイムッ!!」
俺はハーパーの手を強引に引いて走り、そして屋敷の中へと飛び込んだ。




