ChapterⅡ:奴が静かにやってくる ①
【VolumeⅠ―ChapterⅡ:奴が静かにやってくる】
眩しい太陽の光を瞼に浴びて、
俺の一日が始まった。
不毛の大地の朝は少し肌寒い。
俺は寒さに少し震えながら着替えを済ませ、
自室を出て、一階のキッチンへ向かった。
一階のバーは営業時間中の賑やかさなど、
微塵も感じさせない静寂に包まれていた。
俺はカウンターの下にある食材庫から、
卵と瓶詰めされた生アーモンド、
そして昨日ビリーおじさんが置いていってくれたハムの塊から、
数切れ薄くスライスし、準備を完了させる。
コトコトと湯気を上げる鍋。
これまたビリーおじさんが分けてくれたバターで、
じっくりと溶き卵とハムをフライパンで煎ればあっという間に完成。
今日の朝食はスパイシービーンズと、
ハムのスクランブルエッグ。
凄く簡単だけど、でも食欲をそそる匂いに、
我ながら満足する。
戸棚から盛りつけ用の皿を一枚、二枚……今日はもう一枚。
っと、そこで二階に続く階段から足音が、
のんびりとしたテンポで聞こえてきた。
「んー……」
一瞬見えた【彼女】のあられもない姿から視線を外す俺。
何故なら【彼女】はダボダボなワイシャツ一枚で現れたからだ。
昨日、初めて見た時の鋭利な刃物のような印象は全くと言って無い。
寝癖だらけの赤髪、
ほとんどボタンが空いているワイシャツからは、
まるで馴染みの無い豊満な胸の谷間とヘソ、
そして薄らと白いパンツの先端がみえている。
「んー」
「わっ!」
気が付くと赤髪の彼女は俺の目の前に居た。
間近にみえる谷間に視線が自然と右往左往と回転する。
「な、なにか、用か!? ええっと……!」
「フォア・ローゼズちゃんよ」
気が付くとキッチンの後ろにある、
自室から出てきたお袋がいた。
しっかりと既に仕事着である、
シャツと茶色のパンツに着替えていたお袋は、
俺へやや呆れ気味の視線を送っている。
「ローゼズちゃんはモルトタウンの英雄なんだからちゃんと名前覚えてあげなさいよね」
「あ、うん……」
「ささっ、ローゼズちゃんワイルドが朝ごはん準備しているからあっちで待ってようねぇ」
「んー……! ふわぁ~……」
赤髪の彼女【フォア・ローゼズ】は大きなあくびをしながら、
まるで子供のようにお袋に肩を抱かれ、席へ着いた。
気を取り直して三人前のスパイシービーンズとスクランブルエッグ、
そしてグラスに注いだ牛乳をお盆に乗せて運び、
ローゼズとお袋の前へ置いた。
「んっ! おいしそう……!」
「ダメ。ワイルドが席についてからね」
先にスパイシービーンズを摘もうとした、
ローゼズをお袋は子供をあやす様に止めた。
「ん~……分かった」
当のローゼズも子供のように応答し、
大人しく待っている。
この人が昨日、十数人にも及ぶゴールデンプロミスを、
一瞬で倒したなど誰が想像できるか?
いや、きっと出来るはずない。
しかも聞けば俺と同い年の十七歳らしい。
見た目は大人、でも中身は子供。
言い得て妙だけど、しっくりくるのは否めない。
そんなこんなで俺も席へ着く。
「ちょ、ちょっと待ったぁー!!」
いざ、食べ始めようと思ったところ、
やかましい声が聞こえた。
視線を入口へ向けてみれば、
何故かそこにはアーリィがバスケットを手に、
食卓へ駆け寄ってきている。
「おはようアーリィ。どうしたんだよ朝っぱらから?」
俺がそう問いかけると、
アーリィはバスケットに掛かっていた布を剥ぎ、
突き出してくる。
途端、甘いバターと香ばしい小麦の匂いが俺の鼻をくすぐった。
「あ、あのね! パ、パンを焼いたから!」
「そうだな、これはパンだな。で?」
「でっ? って、持ってきたってことはみんなで食べるに決まってるでしょうが!」
「なんでうちで食べるんだよ。自分の家で食べれば良いじゃん?」
「べ、別に良いでしょ! そんな気分なんだもん……って、ああ!」
気が付くとローゼズがバスケットにしがみ付き、
パンを口へ放り込んでいた。
「むふ、むふまぁー!」
「こ、こらアンタ!なんで勝手に食べるのよ!?」
「むふ、むふ、ふまぁーい!」
「ああ! もうダメ! これ以上は!!」
っと、そんな二人の間へ御袋が割って入った。
御袋がローゼズの髪を撫でながら優しく「、
みんなでいただきますをしてからにしようね?」
と言うと、あっさりパンのバスケットから離れる始末。
なんていうか、うん、この人まるで動物だ。
「せっかく来てくれたんだからアーリィちゃんも一緒に食事にしましょ。ワイルド!」
「へいへい」
少し多めに作ってよかった。
いつもは御袋と二人きりの朝食だが、
今日はローゼズとアーリィがいる。
賑やかで少し騒がしい、
だけどいつもとは違った朝の風景は妙に心地よく感じる俺がいた。
「ローゼズちゃん、昨日はよく眠れた?」
御袋がそう問いかけると、
ローゼズはアーリィのパンを飲み込み、顔を上げた。
「うん。凄くふかふか。気持ちかった」
「そうかいそうかい。それは良かった。なんなら暫くの間ここにいても良いんだよ? こうして今日も無事に朝ごはんが食べられるのはローゼズちゃんのおかげなんだから」
「んー……」
しかし当のローゼズは何か考えているのか、
首をゆらりゆらりと左右へ振った。暫くして首をフルフルと短く横へ振る。
「嫌なのかな?」
「タダ、ダメ。ご飯大事。タダごはんダメ」
「別に遠慮することないのよ?」
「ダメ。昨日のベッド、今日のごはん、タダは嫌。わたし、何かしたい」
「そう……じゃあ後でワイルドと二人でコーンの採取に行ってもらおうかしら?」
「二人で!?」
突然声を上げたのは俺では無くアーリィだった。
アーリィは何故か頬を少し赤く染めながら身を乗り出す。
「おばさん! 私も一緒に行って良いですか!?」
「なんでお前が付いて来るんだよ」
俺がそう言うと、
アーリィの視線が傾いてくる。
「い、良いじゃん! たまには!」
「たまには、って初めてじゃん。そんなこと言うの」
「そ、それはそうだけど……」
「第一保安官の仕事は良いのかよ?」
「良いもん! 別に良いもん! 保安官の仕事なん……」
「ほぅ……アーリィ、今日の日中のパトロールはお前の仕事じゃなかったか?」
野太い声が聞こえた途端、
アーリィの背筋がピンと伸びる。
いつの間にかアーリィの背後には、
早朝にも関わらず保安官の制服をビシッと着た、
ジミー=タイムス保安官、
つまり、アーリィの親父さんが眉間に皺を寄せながら立っていた。
「お、お父さん!? どうしてここに!?」
「どうしてもなにも朝っぱらからお前が行くところなんてここだけだろうが。ところでアーリィ、何が別に良いんだって?」
「あ、いや、それは……!」
「バァッカモォーンッ!」
親父さんの雷が落ち、
「ひぃッ!」
アーリィは半べそをかきながら情けない声を上げた。
親父さんはアーリィの襟を遠慮なしに掴む。
「レアブリードさん、朝早くにうちのバカ娘が失礼しました」
「あら、別に良いのに。あんまり怒らないであげてくださいね」
御袋はにこやかに応答を返す。
「善処します。そら戻るぞ!」
「ご、ごごめんなさい! 反省しますからぁーだからお許しをー! ご慈悲をぉー!」
「馬鹿! そんな悲鳴上げるんじゃない! 近所に変な誤解を受けるだろうが!」
アーリィは親父さんに引っ張られ、
ウチから姿を消したのだった。
胸も残念な上に、
いろんな意味で残念な奴、
それが俺の幼馴染アーリィ=タイムスであったのだった。
合掌。