ChapterⅣ:仮面のその下 ②
「うう、つつ……」
ぼんやりと視界が開けた。窓の外からは陽の光が差しこんでいる。
意識は陽の光で覚醒していているのでとりあえず起き上ってみる。
「いつつ……」
全身の節々が痛かった。何をどうすればこうなるのか?実際、湯船でアーリィが俺の背中へ隠れて以降の記憶が曖昧だった。
思いだそうとすると、
『覚悟するでぇ~す!』
何故か邪悪なジムさんが頭に浮かんで寒気が沸き起こる
。
―――きっと思い出しちゃいけないことなんだ、そうなんだ。
そう自分自身に言い聞かせる。とりあえず俺は起き上って、用意されたアインザックウォルフ邸の客間から出て行った。
客間から出ると、目の前にはすぐさま立派な中庭が見える。そこにある東屋では、既にローゼズ、ハーパー、ジムさん、そしてアーリィが居て、お茶を囲んでいた。
何やら四人で楽しげに話しこんでいる。一体、昨晩の騒ぎは何だったのかと思わざるを得ないほど、四人は穏やかに会話を交えている。
まぁ、みんな良い顔して話しているからきっと昨夜のことは不問になったんだろう。
『今日はこれで許しますが、次は容赦しないのでぇ~す!』
再びエビルジムさんが勝手に脳内で再生され、悪寒が全身を突っ走る。
つか、今度からまともにジムさんに顔向けできるのか至極不安な俺だった。
「おはようございますワイルド様。ようやく御目覚めになられたのですね」
気がつくと、目の前にはバーンハイムさんが居た。何故か燕尾服ではなく、スーツを着ている。
「おはようございます。そんな格好をしてどうしたんですか?」
「ああ、これですか。私め、お嬢様の従者であり、経営顧問なのですよ」
「経営顧問?」
「はい。というよりも、お嬢様は総合貿易企業アインザックウォルフ商会のオーナーで、私が社長というべきでしょうか?いずれは商会の全権者はお嬢様となりますが、それまで私がお嬢様を指導し、代行してアイんザックウォルフ商会を経営しているのです」
「へぇ、そうなんですか」
「ワイルド様のお食事は食堂にご用意してございます。夕方前までには戻りますのでそれまではどうかここをご自分の家だと思ってご自由にお使いください」
「分かりました」
「ちなみに二階の東側の一番奥の部屋は内側から鍵も掛かり、どんな大声を出しても大丈夫ですので。ベッドは勿論、当屋敷で最上級のものですので」
「えっ?」
「どうぞ汚れなど気にせず、遠慮なく、心行くまでご利用ください!必要と思われるものは全てクローゼットにありますので、どうぞ心置きなく合身ください!」
「あ、ええ……」
妙に鬼気迫るバーンハイムさんに、若干引き気味の俺だった。
「おっと、そろそろ行かねば。それではワイルド様、どうぞお嬢様とごゆるりと……」
そういってバーンハイムさんは綺麗に会釈をして足早に去ってゆく。
「あのすみません!」
「はい?」
バーンハイムさんは足を止め、振り返ってくる。
「どうしてこんな広い屋敷にはバーンハイムさんしかいないんですか?」
「何故そのようなことを?」
バーンハイムの涼しげな表情が俺の鼓動を早める。
「い、いや、昨日からバーンハイムさん以外の従者さんに会わないからどうしてなんだろうって気になって……」
「私以外の従者は昨日、お嬢様のご指示で故郷へ帰って頂きました。いつここ(ロングネック)がバーレイとの戦場になるかわかりませんから、とお嬢様のご判断で」
「確かに」
「今のロングネックでは普通のことです。ここ一ヶ月で住人の殆どは皆戦火を恐れて避難しております」
「そ、そうなんですか……すみません忙しいところ変なこと聞いちゃって」
「構いません。それでは」
バーンハイムさんは足早に俺の元から去っていった。
―――バーンハイムさん以外は屋敷に誰もいないのか……
状況確認は完了。これはチャンスだと思った。
バーンハイムの誘いに乗ったのは元々、ハーパーが【遺跡】と関係しているマスク・ザ・Gかどうかを確かめるためだ。
バーンハイムさんは不在で、ハーパーはローゼズ達と相変わらず会話を楽しんでいる。他に従者がいないことは確認できた。
人の家を勝手に探るのは少し気が引けるけど、でも【遺跡】に関係している可能性がある以上、見過ごす訳には行かない。
俺はハーパーに気づかれないようさりげなく、屋敷の中へ足を進めた。
屋敷の中はシンと静まり返っている。人の気配は無い。俺は手当たり次第にアインザックウォルフ邸を探ってゆく。しかし調べれば調べるほど、凄い屋敷だと思いため息が出てしまう。内装も立派、至る所に飾られている調度品も、庶民でしかない俺がみても相当値のするものだと分かるものばかり。
―――この壺なんて割ったら幾らするんだろ?
調べるのは良いけど、何か一つでも壊したりすれば、せっかくマッカランを捕まえて貰った賞金なんてあっという間に消えてしまうんだろう。
俺は事細かに調べながらも、何も壊さないよう細心の注意を払いつつ屋敷を調べてゆく。しかし幾ら調べても、高そうな調度品は沢山見かけるが、【遺跡】に繋がりそうな目ぼしいものは何一つ見つけられない。ただただ豪華な内装があるだけ。
そんな状況へ置かれると、ハーパーと【遺跡】の繋がりが思い過ごしだったんじゃないかと思い始める。
確かにハーパーとGのを関連付ける決定的な証拠は何一つない。少し容姿が似ていて、剣の扱いに長けているということだけが繋がりといえば繋がりと言える。
―――もしかしてハーパーと【遺跡】は無関係なんじゃないか?
そう思い、俺は二階の丁度ハーパーの部屋とは隣に位置する部屋の扉を開けた。
昨日見たハーパーの部屋とそっくりな部屋だった。豪華なベッドに、壁に立てかけられたレイピア。その中でも壁にぎっしりと並べられた数多くの書籍は俺の目を引いた。
背表紙には医学、政治、科学、雑学、物語と幅広いジャンルの書籍の数々が分類され、壁の備え付けの本棚に敷き詰められている。
他に生活に必要そうなものは一通り揃えられている。しかし、この部屋は生活感はあるものの、誰かが暮らしている生気がまるで感じられなかった。
そんな中、俺の視界は机の上にある写真立を捉えた。俺の手は自然と机の上に置かれている写真立を取った。写真立の中には五人の人が整然と並んでいた。
綺麗な格好をした男女。
その間にはハーパーにそっくりな髪の長い女性が映り、彼女の足下には小さな女の子が天真爛漫な笑顔を浮かべている。一番脇にはバーンハイムさんが映っていた。
「何をされているのですか?」
「ッ!?」
気がつくと、俺の後ろにハーパーがいた。
「あっ、それは……」
ハーパーがゆっくりと俺へ歩み寄ってくる。自然と俺の脚が後ろずさる。
「どうかされたのですか?顔色良くありませんよ?」
「あ、いや、なんだその、あははは……な、なんか他の部屋とここ違うなって」
「ここはフランソワお姉様のお部屋です」
「フランソワ?」
「はい、そこの写真の真ん中に映っているのがフランソワお姉様。後ろに立っているのが私の両親ですの」
「じゃあ、この小さい女の子は……?」
「私です」
ハーパーは顔を真っ赤に染めた。
「ハーパー?」
「いえ、その、小さい頃の写真を見られるの恥ずかしいですね」
ハーパーはそう言ってはにかむ。どうやら、この部屋へ勝手に入ったことは特に気にしていない様子だった。
「ハーたんなにしてるですかぁ?」
扉からジムさんが顔を出し、アーリィとローゼズも続いて入ってくる。
「ひゃぁ~難しそうな本がたくさんだね」
アーリィは俺と同じように本棚を見て言葉を漏らす。
「ここはフランソワお姉様の御部屋ですの」
「フランソワさん?」
ハーパーは少し恥ずかしそうだが、はにかみながら皆を呼ぶ。
「へぇ、ハーパーお姉さんがいたんだ?」
アーリィがそう聞くと、
「ええ。後ろに映っているのがお父様とお母さまで、このちっちゃいのが私です」
「わぁ~!小さい頃のハーパー可愛いね!」
「そ、そうですか?」
「幾つの時?」
「九つですね」
「なんかハーパーってお姉さんと似てるね?特にその髪とか!」
「ええ。実はこれはフランソワお姉さまのを真似るんです。お姉さまのようになりたいって思ってまして……」
ハーパーは恥ずかしげに自慢の長い金髪を見せながらそう言う。それだけ姉のことを尊敬しているんだろう。
「ねぇねぇハーパーのご両親と御姉さんはどうしているの?」
アーリィの何気ない言葉に、ハーパーは少し表情を曇らせた。
「それがその……亡くなりまして……七年前に……」
「あっ……ごめん」
「いえ、気にしないでください」
「ご病気か何か?」
「いえ、その……何者かに暗殺されたんです」
「えっ……?」
「理由は今でも分かっておりませんが、恐らくはアインザックウォルフだったからでしょう。当家はアンダルシアンでも有数の巨大な貿易会社を所有しています。だから父母の預かり知らないところで恨みを買っていたのでしょう」
「なんか、ホントごめん!嫌なこと思い出させちゃったね」
アーリィは申し訳なさそうに謝罪する。しかしハーパーは首を横へ降った。
「お気になさらないでください。昔のことです。それに希望もあります」
「希望?」
「実はお姉様は……フランソワ=アインザックウォルフは今でも行方不明なんです」
「それどういうこと?」
「詳しくは分かりません。お姉様も暗殺現場に居合わせいた筈なのですが、駆け付けた保安官の御話ではお姉様の姿はどこにもなかったんだそうです。だからお姉様はきっと今でもどこかで生きていると私は思っているのです」
ハーパーはそう語るが、俺もそしてここにいる皆も全員それは楽観的過ぎると思ったことだろう。暗殺者が、なにか目的があってハーパーのお姉さんの死体を持ち去ったとも考えられる。
「勿論、私もそんなことは無いんじゃないかって心のどこかでは思っています。でも……」
ハーパーはまるで俺たちのことを見透かしたようにそう言う。でもその言葉には刺は無い。
ハーパーは目を細め、写真の中のフランソワへ視線を落とした。
「お姉様はなんでもできる凄い方なのです。だからそんなお姉さまなら、どこかで生きてるんじゃないのか?そう思う自分もいるのです」
ハーパーは写真の中で凛々しく佇むフランソワへ触れる。
「ですから私はお姉様がいつ御帰りになられても大丈夫なよう当家をその日まで守ると決めました。だから私は自分自身を鍛えると決めたんです。ううん、それだけじゃありません。お姉様は私の目標とするお方です。少しでも私は凛々しく、賢く、麗しいお姉様に近づきたい……そう思っているのです」
「今でもハーたんは十分凄いと思うですよ?」
しかしジムさんの言葉にハーパーは首を横へ振る。
「私なんてフランソワお姉様に比べればまだまだですよ。でも、少しでもお姉様に近づけるようこれからも頑張ります!」
「ハーたんは良い子ですね」
「ありがとうございます」
「それにしてもバーンハイムは全く変わりませんですねぇ。謎の多い人なのでぇす」
ジムさんは急に声音を変えて、写真の中のバーンハイムを興味深そうに覗いた。
「ホントだ!」
アーリィもまた驚いてみせた。
「確かに私も長年バーンハイムと一緒にはおりますが、彼は全然変わりませんね」
「ふぅ~む。謎でぇ~す。もしかしてバーンハイムは夜な夜な魔法陣を描いて、奇妙な呪文でも唱えてるでぇすかねぇ」
「もしくは自室で、ロウソクの光一本で毎日トレーニングしてるとか?」
アーリィがそういうと、ハーパーはクスリと笑った。
「バーンハイムならありえそうですね」
「主人のハーたんがそういうのでぇす。その可能性は高そうなのですね」
自然とハーパーの顔に笑顔が戻っていた。ジムさんの見事な話の転換には脱帽してしまう俺がいた。普段はふざけてばかりのジムさんだけど、いざという時はこうしてすごく頼りになると強く感じる。
「ねぇ、ローゼズはどう思う?」
アーリィはそうローゼズへ話を振ったが、その言葉は溶けて消えた。
「ローゼズどうかしたの?」
「……なんでもない」
ローゼズはそう言って視線を背ける。
「どこか具合が悪いのですか?」
ハーパーが心配そうに聞いたが、ローゼズは不思議と視線を落としたままだった。
「……大丈夫」
「なら、良いのですけど……」
突然、大きな爆発音が屋敷中に響き渡った。
「何事ですか!?」
再び爆発音が聞こえ、屋敷が少し揺らぐ。明らかにただことでは無い。俺は窓ガラスへ視線を移した。
屋敷のが粉みじんに吹き飛ばされ、煙の向こうから緑色の軍服を来た集団が中庭へなだれ込んできている。
ハーパーは壁に立てかけてあったレイピアを手に取り、走り去ってゆく。
俺たちはハーパーに少し遅れて、部屋を飛び出し、中庭へ向かった。




