ChapterⅢ:彼女はアインザックウォルフ⑤
「何者ですかっ!?」
ハーパーはベッドから飛び起きて、壁に立て掛けてあったレイピアを鞘から素早く引き抜き、鋒を扉の方へ向ける。
その先には、まるで鬼のような形相のアーリィが、大きな丸太を抱えて立っていた。
「ジムさん!」
「はいぃですっ!」
アーリィの後ろから飛び出してきたジムさんが袋を床へ投げつける。
大きな破裂音と共に眩しい光がハーパーの部屋を一瞬で埋め尽くし、俺の視界は真っ白に染まる。
「行くよ!足元気をつけて!」
「のわ!」
アーリィの怒鳴り声が耳元で聞こえたかと思うと、俺は強引にベッドの上から引きずり下ろされた。
次第に視界が慣れ、俺の手を引いてアインザックウォルフ邸の廊下を全力疾走するアーリィの後ろ姿見えた。
「なんだよ、お前いきなり!?」
「なんだってワッドを助けに来たに決まってるでしょうが!」
「た、助け!?」
「そうだよ!ワッドがアインザックウォルフにさらわれたってローゼズが言ってたから!」
「はぁ……」
思わずため息が出た。やっぱり言葉足らずのローゼズに言付けをお願いしたのが間違いだった。
気が付くと、俺はアーリィに手を引かれ、屋敷の庭に達していた。
「そこまでです」
冷たい男の声が聞こえ、自然と悪寒が全身を駆け巡る。アーリィは立ち止まる。
目の前には燕尾服を着た男:バーンハイムが凛然と佇んでいた。
「これは一体どう言うわけですかアーリィ=タイムズ保安官殿?いや、保安官候補殿と称するべきでしょうか?」
「どうしてあたしの名前を?」
アーリィは警戒感を顕にし、構えを取る。
「アインザックウォルフの情報網を舐めないで頂きたい。既にお仲間のビーム家ご長女ジム=ビーム殿のことも存じておりますよ」
「さすがアインザックウォルフですねぇ」
いつの間にか現れたジムさんはライフル型ビーンズメーカーを構えた。
「我がの名はバーンハイム=シェンリー!アインザックウォルフの剣にして盾である存在!当家に土足で踏み込む賊は例え老若男女問わず、この私が滅します!」
「土足がなんですって……」
アーリィの肩が震えていた。
「土足も何もワッドを拉致ったのはそっちが先でしょうが!私は保安官候補として、いや、ワッドの幼馴染としてアインザックウォルフからワッドを連れ帰る!力づくにでも!」
「ほぅ、ならば……!」
バーンハイムは構えを取る。構えた拳は静かだが、確かな闘気をみなぎらせている。
「やってみてください!保安官候補殿ッ!」
バーンハイムが地を蹴った。
「ジムさん!」
「はいです、アリたん!」
ジムさんがライフルを放った。しかし放たれた豆をバーンハイムはいつの間にか装着した手甲で弾く。
「たりやぁー!」
その隙にアーリィはスライディング仕掛けるも、バーンハイムは跳躍し避ける。
「そこまでです!」
「くっ!?」
アーリィは地面の上を転がり、バーンハイムの拳を避ける。庭の芝生に大きな穴が空いていた。アーリィは上半身のバネだけで飛ぶように起き上がり、そのまま拳を突き出した。バーンハイムはすぐさま体勢を整えアーリィの拳を受け流す。それでもアーリィは拳を繰り出し続けた。
「やりますねタイムズ保安官候補」
「拳には自信あんだからぁッ!」
「ですがッ!」
バーンハイムが突然、アーリィの腕を取った。
「おえっ!?」
アーリィの身体が軽々と宙を舞った。アーリィは背中から地面へ叩きつけられる。
「何も殴るだけだが私の特技ではありませんので」
「アリたんになにするですかッ!」
ジムさんはバーンハイムへライフルを放ちながら突撃する。しかし全ての弾はバーンハイムの手甲に防がれる。その時、ジムさんは突然ライフルを地面へ突き立てた。
ジムさんは突き立てたライフルを軸に飛び上がった。
闇夜の中、ジムさんが空中で華麗に身を翻す。
「ハイボールキィィックですぅ!」
小柄ならなジムさんの身体が、バーンハイムへ突き進む。
「ふん!」
しかしバーンハイムは体を静かに翻して、ジムさんの渾身の蹴りを避けた。
着地したばかりのジムさんに少しの間が発生している。そんなジムさんへ向け、バーンハイムは拳を繰り出す。
「ほう?もう動けるのですか?」
刹那、ジムさんとバーンハイムの間に素早くアーリィが割って入り、バーンハイムの腕を取っていた。
「ジムさんには指一本触れさせませんから!」
「アリたんかっこいいですぅ!」
「せぇぇい!」
「ッ!?」
アーリィに腕を取られたバーンハイムの身体が宙を舞う。そして背中から地面へ叩きつけられた。
「ほう……大した学習能力です保安官候補殿。まさか、私の技で返すとは……」
だがバーンハイムの涼しげな顔をは崩れていない。
アーリィとジムさんは警戒心をより強め構えを取る。
「ならば見せて差し上げましょう……この私の本気をッ!」
バーンハイムの姿が一瞬で消えた。そしてアーリィ達が気がついた時にはもう、バーンハイムは最接近していた。バーンハイムは身をかがめ、
「アウーパチドゥ・サイクロン!」
「「ッ!!」」
バーンハイムは体を逆さまにし、脚を竜巻のように振るった。まるで旋風のような足技はアーリィとジムさんを思いきり突き飛ばした。アーリィとジムさんは地面へ叩きつけられ、その衝撃で動けずにいる。そんなアーリィへバーンハイムは迫った。
が、突然彼の足元を無数の豆が襲う。バーンハイムは後ろへ飛び退いた。
「ローゼズ!」
「ロゼたん!」
アーリィとジムさんが同時に喜びの声を上げた。バーンハイムの前へ降り立つ赤い影。
ローゼズは鋭い眼差しでバーンハイムを睨み、ビーンズメーカーの銃口を彼へ突きつけた。
「ローゼズ遅いよ!何してたの!!」
アーリィがそう怒ると、
「豆美味しかったから」
「食べるのとワッドどっちが大事なの!?」
「んー……」
「そこ迷う!?」
「ご飯大事!」
「まったくロゼたんらしい回答ですね」
ジムさんは立ち上がり、ライフルをバーンハイムへ突きつけた。
アーリィもまた起き上がり、構えを取る。
しかし、依然バーンハイムの涼しげな表情は仮面のように崩れない。
「もう一人増えたところで同じこと……よろしい、ならばかかって……」
「私の家に土足で踏み込むとはいい度胸ですね?」
屋敷の中から今度はハーパーが現れた。彼女は二本のレイピアを携え、ローゼズ達へ歩み寄る。
「お嬢様、ここは私めにお任せを……」
そういうバーンハイムを押し退け、ハーパーはゆっくりとローゼズへ歩み寄ってゆく。
そして片方のレイピアをローゼズへ差し出した。
「ここでお会いしたのも何かの縁。昼間の決着をつけませんか?」
ローゼズとハーパーの間に沈黙が流れる。やがてローゼズはビーンズメーカーをホルスターに差した。そしてハーパーの差し出したレイピアを受け取る。
「バーンハイム、貴方は下がりなさい」
「……仰せのままに」
バーンハイムは構えを解き、静かに後ろへ下がってゆく。
「アーリィとジムも下がる」
アーリィとジムさんはもまたローゼズに気圧され、黙って後ろへ下がった。
レイピアを携えたローゼズとハーパーはゆっくりと庭の中央へ向かってゆく。
「私はハーパー=アインザックウォルフ!改めて貴方のお名前を教えていただけますか?」
ハーパーはレイピアを鞘から抜き鋒をローゼズへ突きつけ、
「フォア・ローゼズ!」
ローゼズもまたハーパーに習ってレイピアを構えた。
「素敵なお名前ですね」
「ハーパーの名前もカッコイイ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ローゼズさん、昼間は銃で遅れをとりましたが、剣はそうは行きませんよ?」
「剣もわたしは得意!」
「そうですか……」
ハーパーはにやりと笑みを浮かべる。
「しかし……ローゼズさんの剣の腕はアンダルシアンでは二番目ですッ!」
ハーパーは先手を取り、レイピアの鋒を突き出す。
ローゼズは素早い動作でそれを受け流す。だが、ハーパーの刺突は止まらない。
目にも取らぬハーパーの刺突にローゼズは受け流すだけ。
甲高い剣戟の音が響き渡る。
「どうしたのですか?その程度ですか?」
「ッ!」
ローゼズは思い切りレイピアを横で凪ぐが、ハーパーはそれを受け止める。
「ふふ?以上?」
「今度はわたしの番!」
「ッ!?」
ローゼズは強引にハーパーのレイピアを押し切り、彼女の体勢を崩す。そして今度はローゼズが刺突の連続に転じた。
ハーパーのそれより速度は遅い。しかし、剣戟の響きは重く、ハーパーのは受け止める度に顔を歪める。
「す、凄い力ですね!ですが!」
ハーパーはローゼズのレイピアを叩き伏せた。ローゼズの刺突が止まる。
ハーパーはグッと足を踏み込ませた。
目にも止まらぬ速度で、レイピアの鋒がローゼズへ突き出される。
しかしローゼズは寸前のところで少し後ろに下がり、辛くもハーパーの一撃を受け止めた。
「やりますね!」
「そっちも!」
再びローゼズはレイピアを突き出す。鈍い剣戟が響き、攻勢はローゼズに傾く。
「ならば!」
ハーパーはローゼズのレイピアを絡め取った。虚を突かれたローゼズのレイピアの狙いがハーパーから外れ、胴が晒される。
ハーパーの瞳が鋭い輝きを帯び、磨き上げられたレイピアの刃が一閃される。
が、ローゼズは刃を寸前のところで受け止めた。
逆にローゼズはハーパーのレイピアを絡めとり、ハーパーへ胴を晒させる。
そして思い切りレイピアを凪いだ。ハーパーは辛くもそれを受け止める。
ハーパーは笑みを浮かべた。
「素晴らしい腕です!こんなに楽しいのは久々です!」
「わたしも楽しい!」
ローゼズもまた笑みを浮かべた。
「そう……なら良かったです!」
再びハーパーの刺突が始まり、ローゼズは受け止める。
一進一退の攻防が続き、剣戟がアインザックウォルフ邸の庭へ延々と響き続ける。
「お嬢様!そこです!」
バーンハイムは涼しげな表情だけど、ハーパーへ熱く声援を送る。
「ローゼズ!負けんじゃなわよ!」
「ロゼたんやるです!やっちまうです!」
アーリィとジムさんも夢中になって声援を送っていた。
「これなら!」
「甘い!」
ハーパーとローゼズもまたすっかり二人の世界に入っていた。
そんな中、俺はずっと一人ぼっちだった。
「おーいアーリィ、俺どうすれば良いんだー?」
しかし俺の声なんかはアーリィに届いていないようだ。
「ジムさーん、ローゼズー、おーい!」
俺の声は声援と剣戟にかき消される。
すっかり置いてきぼりで少し寂しい俺は、とりあえずハーパーとローゼズの果し合いが終わるまで座って待つことにしたのだった。
「やりますねローゼズ!」
「ハーパーも!」




