ChapterⅢ:彼女はアインザックウォルフ②
そこには燕尾服をきっちりと着こなした年齢不詳の紳士が佇み、綺麗なお辞儀を俺へしていた。
「たしか貴方は……?」
「改めまして私はアインザックウォルフのバーンハイム=シェンリーというものです。貴方様をお迎えに上がりました」
「迎え?」
「はい。実は当家のハーパー=アインザックウォルフが貴方様と是非お話をしたいと申しておりまして」
突然の申し出だったが、好都合だと思った。ハーパー=アインザックウォルフがマスク・ザ・Gなのかどうか、遺跡に関係しているのかどうか、その手掛かりが得られるかもしれない。
「そうですか……俺も是非ハーパーさんともう一度お話をしてみたいと思っていたんです」
「それは良かった。その前にお名前をお聞かせ願えませんか?客人をいつまでも貴方呼ばわりするわけにはいきませんので」
「ワイルド=ターキーです」
「ワイルド様ですね。承知いたしました。ではワイルド様こちらへどうぞ」
バーンハイムが手で指し示す先には真っ黒な鉄の塊に四つの車輪を付けた乗り物があった。きっとあれは噂で聞いた、内炎コーン機関動く、一部裕福層では流行しつつあるという”馬車や馬”よりも早い”自動車”というものだろう。
俺は初めて近くでみる車に目を奪われつつつま先を蹴る。
ローゼズも俺の後に付いてくるが、
「申し訳ございません。お嬢様が面会を求めておりますのはワイルド様だけでございます」
「んー?」
ローゼズは”どうして?”と言う風に首を傾げている。
しかしバーンハイムはローゼズの前から一切引こうとはしなかった。このままでは埒が明かないと思った俺は、
「ローゼズ、おとなしく皆と待っててくれ。たぶん大丈夫だろうから」
……コクリ。
「良い子だ」
俺はローゼズの頭を軽く撫でる。
ローゼズは少し恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて俯いた。
「ワイルド、ずるい……」
「ずるいって何がだよ?」
「んー……」
「それじゃちょっと行ってくるな」
俺は踵を返し、バーンハイムに続いて車に乗り込むのだった。
真っ黒な本革の後部座席シートへ俺は身を預ける。車は心地よい重低音を鳴らしながら走り始めた。窓の外で流れる町の風景は、馬に乗ってみるそれをとでは疾走感がまるで違い、車の凄さをまざまざと見せつけられる。
「ワイルド様は勇敢でいらっしゃいますね」
ハンドルを握るバーンハイムがそう言ってきた。
「見ず知らずの街のためにバーレイへ戦いを挑み、更にお嬢様を助けて下さいました。その勇気はどこから来ているのでいらっしゃるのでしょうか?」
「あっ、えっと、それは……自分でもよくわかんないです。でも、後でああしておけば良かったって後悔するのが嫌なだけなんです、俺」
「さようでございますか。後悔などしない人生はございません。しかし、それを少しでも減らし、常に最善を尽くそうというお考えなのですね」
「いや、そこまで大したもんじゃ……」
「素晴らしいお方です。称賛に値します。貴方こそ、男の中の男だと私は思います」
「あは、あははは……」
自然と頬が緩んだ。べた褒めされて気恥ずかしい反面、やっぱり誰かに認めてもらえるのって凄く良い気分になる。そう思う俺だった。
車は石畳の舗装道を進んで行き、やがてジョニーさんの研究所に続く十字路に差し掛かっていた。車は左折し、岬を登ってゆく。岬の上にある豪邸が次第にその巨大さを増していった。
周囲を城壁で固められ、立派な鉄柵門が入口にある豪邸。
車が豪邸に横付けされ、降りて再び館を見てみればその立派さに唖然としてしまう。
門の向こうにはテラスを中心に立派な庭が広がっていた。
広さは牧場ほどあるだろうか。随所には丁寧に育てられた花が綺麗に咲き誇っている。
加えてその奥にあるのはまるで城を思わせる巨大な邸宅だった。
少し物々しささえも感じられるその圧倒的な館の存在感に俺は圧巻されていた。
「こちらへどうぞ」
バーンハイムに先導され、俺はアインザックウォルフ邸の門を潜った。
彼に付き従って、庭の中央を歩き、館の入口にまで達する。
「?」
その時、ガタリと足下で音がした。立派な玄関扉を潜った途端、俺の足下がぱっくりと開いている。
「え……えええっーーー!?」
俺の身体は暗闇の中へ落ちてゆく。穴の扉が閉じる瞬間、にやりと微笑むバーンハイムの顔が見えたのはきっと気のせいじゃないんだろう。




