ChapterⅡ:マスク・ザ・G ①
【VolumeⅡ―ChapterⅠ:マスク・ザ・G】
「ちょっといい加減離しなさいよぉ!」
やかましいアーリィの声が背中に響いた。
でも相手は俺では無い。
「んー?」
アーリィに注意されたローゼズは、
まるで耳を貸さないで、
ずっと俺の手を握ったままだった。
しかも俺もローゼズも馬に乗ったまま。
離そうにもローゼズの握力は結構強くて、い
わば俺は互いに手を取り合っている訳じゃなく、
俺は一方的にローゼズに握りしめられている状態だった。
「アリたん、牛乳飲まないから頭カリカリなのです。カルシウム足りてますですか?」
「あたしがカリカリしてるのはジムさんのせいもあるでしょうが!」
アーリィがそういうのも無理はない。
ジムさんは何故か俺の後ろにいる。
何故か俺の馬に二人乗り。
でも馬がないわけじゃない。
ジムさんはわざわざ自分の馬には乗らず、
轡を引くだけでという、
すごく面倒臭いことをしている。
「ああもうローゼズもジムさんも危ないから早くワッドから離れてよぉ!」
「はぁ~……アリたん、自分だけワイルドにくっつけないからって怒鳴るのは良くないのですよ?」
「アーリィ、みっともない」
「そ、そんなことないもん! 絶対ないもん! あ、あたしはローゼズとジムさんの安全を気遣ってですねぇ……」
「あれあれ?な んでそこで吃るですか?」
「アーリィ、みっともない」
「ちょっと、ローゼズあんたねぇ!」
いい加減やかましくて頭が痛くなった。
耳も若干キーンとする。
「ローゼズ、ジムさん、そろそろ離れてくれないかな? 落馬して怪我したくないし」
すると真っ先にローゼズは手を離し、
「ワイルドが怪我するの嫌!」
「ワイルドがそういうじゃ仕方ないですねぇ。退散退散」
ジムさんはひょいと俺の馬の後ろから降りて、
自分の馬にまたがるのだった。
「何よ、二人共あたしが注意しても離れてくれなかったくせに……」
アーリィは一人唇を尖らせる。
やれやれと思った俺はアーリィの馬へ横付けし、
「はいはい、拗ねない拗ねない」
「拗ねてなんかないもん」
「お前が注意してくれたおかげでなんとか二人を離す機会ができたんだ。ありがとう、感謝しているよ」
「えっ? そ、そう!?」
みるみるアーリィの目が丸まってゆく。
「ああ、いつも気遣ってくれてありがとう。助かるよ、ホント」
何故かアーリィの顔が真っ赤に染まり始める。
耳もどうしてか赤い。
「アーリィ?」
「な、なんでもない! ふ、ふん! 幼馴染のありがたみ、しっかり感じなさいよね!」
アーリィは少し轡を打ち、先を行く。
少し機嫌が良くなったんだと、
安堵する俺だった。
旅が始まってもう一週間。
少しだけ無法者には会うけど、
ゴールデンプロミスが壊滅したアンダルシアンは未だ平穏で、
俺たちはこんなやりとりを繰り返しながら、
のんびりと旅路を歩んでいた。
赤土のテラロッサの地平線の向こうに、
青く澄んだ輝きが見え隠れし始める。
目的地は西海岸のモルトタウンから、
数百キロ離れた東海岸に位置する【貿易都市ロングネック】
そこにはローゼズのビーンズメーカーを作成した、
【ジョニー=ウォーカー】という人が居ると聞く。
俺はその人に、俺専用のビーンズメーカーを作ってもらうべく、
ロングネックを目的地としていた。
ロングネックとはその都市に存在する、
長い首のような波止場が由来になっている。
波止場の少し先には断崖を伴った丘があり、
その頂上にある大きな館は、
まるでロングネック港を見守るように静かに佇んでいる。
綺麗な石造りの道路とそれに沿う石造りの家屋。
街灯であるガス灯の装飾は凄く立派で、
ここがテラロッサばかりのアンダルシアンとは、
思えない赴きであった。
その中でも特に目を引いたのは、
港に停泊している一際巨大な船であった。
ロングネックの港に近づくに従い、
船の威容は益々俺の興味を引き、
視線を釘付けにする。
「あれはロングネックに居を構える名家【アインザックウォルフ】が中央政府に依頼を受けて建造した超大型戦艦ゴールドメダル号です!」
どうやら俺の視線に気付いていたのか、
ジムさんが説明をしてくれた。
「へぇ、すごいですね、アレ」
「大きさもですが、性能も凄いのです。新型の内炎コーン機関を搭載していて、あの大きさでも、アンダルシアンでは一番早い船なのですよ。で、波止場の奥に見える岬の上の屋敷がアインザックウォルフの館なのです」
「詳しいですね」
「ロングネックは年に何回か行商で行きますですからね。美味しいお店もたくさん知ってますから……」
ジムさんは急に馬を寄せ、
器用に俺の耳元へ近づき、
「あっちについたらゆっくりお姉ちゃんとデートするです。たくさん楽しいことするですよぉ」
「ジムさん! 遊びに行くんじゃないんですよ!?」
しかし後ろからジト目のアーリィがそう云い、
ジムさんは頬を膨らませる。
「わかってるですぅ。アフターの相談をしていただけですぅ。アリたんカリカリしないですぅ」
「か、カリカリなんてしてません!」
「あ~それとも私とワイルドがデートするの嫌なんですか?」
「デート……わたしも!」
するとローゼズが寄ってきて、
また俺の手を握ろとしてくる。
「ローゼズ危ないからダメ!」
「んー?」
「都合の悪い時ばっかり首を傾げないの!」
「んー?」
「ああ、もう!」
「はいはい、アーリィもみんなもそこまで。ジョニーさんにあって用事が終わったらみんなでロングネックを回るでいいよな?」
俺がそう聞くと、
「んー……わかった」
「ちぇ、ワイルドがそういうんじゃ仕方ないですね」
ローゼズとジムさんはそう納得し、
アーリィの眉間のシワが何故か無くなった。
良くわからないけど騒ぎが収まったので一安心。
次第に遠くに見えていた、
ロングネックの街並みが鮮明になってくる。
交易が盛んでアンダルシアンでも、
一位二位を争う大都市ロングネック。
遠くからでもロングネックらしさが伺えた俺は、
さぞかし人も多くて、
賑やかななんだろうと想像して街へ馬を進ませる。
「どうしたですかね?」
しかし到着してすぐさま、
ジムさんは首を傾げた。
俺も想像とは違うロングネックの様子に疑問を抱く。
確かに多くの店の軒は連なっているし、
貿易船もロングネック港に停泊している。
でも全ての店は固く鎧戸を閉ざしていて、
船の周りには人っ子一人見当たらなかった。
立派な石造りの道路の上にも人影は一つもない。
加えて、今は正午過ぎを迎えたばかりだ。
こんな時間に外に誰も居ないのはちょっとおかしい。
そんな俺たちの横を、大きな荷車を引いた馬車が過ぎった。
荷車には【I.W】の刻印がされ、
そこには大荷物を抱えた沢山の人が乗っていた。
「あれが原因かな?」
アーリィが指差す先、
ゴールドメダル号の奥の沖合には黒々とした、
鋼鉄の船が数隻停泊しているのがみえた。
砲門も見え、明らかに軍艦だった。
停泊しているだけで異様な威圧感がある。
「でもなんで軍艦が?」
正直に疑問を口にする。
「さぁ? そんなこと分かんないよ」
アーリィが分からないのも当然だった。
「とりあえずジョニーさんのところへ急ぐですね?」
コクリ。
ジムさんの言葉にローゼズは頷き、
馬で先行する。
考えてもしょうがないと思った俺はローゼズの馬に続いた。




