ChapterⅠ:初めての殺し
「ローゼズ始めますよ?」
コクリ。
マッカランは懐から銀色の懐中時計を取り出し、
蓋を開けた。
注射が終わった後にいつも聞かせてくれた、
優しい音色が響き、心が落ち着いてゆく。
「目標はこれからあの橋を馬車で通る人全員です」
マッカランの言葉が頭に強く焼き付けられた。
柔らかいマッカランの言葉が頭の中で延々と響き続ける。
「貴方は真紅の薔薇……その刺を持って命を奪う血染めの薔薇……行きなさいッ!」
わたしはマッカランから貰った、
シングルアクションリボルバーを手に飛んだ。
その日はすごく強い雨が降っていた。
マッカランがくれたボロボロの外套は、
すぐに雨で濡れてびしょびしょになった。
都合よくみすぼらしい格好になれた。
だからわたしが目標の馬車の前へわざと転がり落ちると、
馬車の中から綺麗な格好をした若い女の人が、
警戒する様子もなく出てきた。
「あなたどうしたの!?」
背が高くてすごく綺麗なお姉さんは、
汚い格好のわたしを迷うことなく抱いた。
「ううっ……」
わたしはわざと苦しそうに呻いて、
体を震わせた。
するとお姉さんは馬車から、
彼女のお父さんとお母さんを呼んだ。
出てきたお父さんとお母さんも、
すごく綺麗な格好をしていた。
すごく優しそうな顔をしていた。
「とりあえずこの子を屋敷へ! 構いませんね!?」
お姉さんの両親は二つ返事で大丈夫と云って、
わたしはまんまと馬車に乗ることができた。
「あなたもしかしてどこからか逃げてきたの?」
お姉さんはハンカチでわたしの顔を拭いながら、
優しく問いかけてくる。
わたしはわざと目を虚ろにして、
弱く頷いてみせた。
「もう安心よ。屋敷に着いたら暖かいスープを用意してあげますからね」
お姉さんのお母さんも優しく微笑み、
わたしの頭をそっと撫でる。
「可哀想に……やはりこんな小さな子が酷い目に合う治世は変えねばならんな」
お姉さんのお父さんはため息混じりにそう云う」。
「大丈夫ですわ、お父様。きっとのこの私がアンダルシアンを変えてみせます!」
お姉さんは瞳に強い意思を浮かべ、
そう言い放つ。
お姉さんの両親は嬉しそうに微笑んだ。
「頼もしい限りだな。私たちもできる限りの協力はするぞ、なぁ母さん?」
「ええ勿論よ。アンダルシアンをより良い土地にするのはフランソワの夢ですもの。でも……そのためにはあと少し経済関係の講義は頑張りましょうね?」
「お、お母様それは……!」
お姉さんはお母さんの言葉を聞いて、
恥ずかしそうに俯き、
「はは! 母さんの言う通りだぞフランソワ。剣ばかり達者でもダメだからな」
「お、お父様まで! が、頑張ってます! 頑張ってますもの!!」
お父さんの言葉に顔を真っ赤にして、
脇に立てかけてあったレイピアを抱き、言い返しているお姉さん。
彼女の両親は笑顔を浮かべる。
幸せそうな家族の風景。
その中にいて、わたしの気分は最悪だった。
笑っているお父さんとお母さんの顔が嫌だった。
将来を期待されているお姉さんの姿も不愉快だった。
なによりもここに笑顔があふれているのが不快で仕方がなかった。
こんな光景はもう何度も外から見てきた。
昔は羨ましく思った。
でもわたしには一生縁の無いもの。
望んでも決して手に入ることはないもの。
わたしに親はいない。
いるのは――そうマッカランだけ。
マッカランが全て。
わたしはマッカランのために存在している。
――早く褒めて欲しい。たくさん、たくさんマッカランに!
『目標はこれからあの橋を馬車で通る人全員です』
「どうかした……」
わたしはお姉さんの腕を払い除け、立った。
すぐさま外套を翻し、
右手でリボルバーのグリップを握った。
一発目の弾はお父さんの頭を貫通した。
すかさずもう一発。
それはお母さんの胸を撃ち抜く。
「お父様、お母様!?」
お姉さんが立ち上がるとの同時に馬車が傾いた。
たぶん、お父さんを貫通した銃弾が馬の脚を撃ち抜いたんだろう。
わたしはすぐさま馬車の扉を開け、外へ飛び出す。
馬車は少し進むと横転する。
立派な馬車は粉々に砕けた。
辛うじて原型を止めた車輪が力なくクルクルと回っている。
馬車を操っていたおじさんも首が変な方向に曲がっていて、
白目を剥いて死んでいた。
――ちゃんと殺せたか確認しないと。
わたしは銃のグリップを握り締めたまま、馬車の残骸に近づく。
馬車の残骸からは真っ赤な血が池のように広がっていた。
銃で撃ったお父さんの頭には馬車のクズが突き刺さり、
お母さんの上半身は不自然な方向に曲がっている。
二人は確実に殺した。
でも、馬車の残骸からゆっくりとお姉さんが起き上がってきた。
「ど、どうして、こんな……」
お姉さんは恨めしそうな視線でわたしを見ていた。
――お姉さんも殺さないと。
わたしはお姉さんへ銃口を突きつける。
「こ、こんなところで私は屈しません……! あの人との約束を果たすためにもッ!」
お姉さんはレイピアを鞘から抜いた。
でもわたしはすぐさま引き金を引いた。
腹を打ち抜かれたお姉さんはそのまま仰向けに倒れた。
お姉さんの手からレイピアが抜けて落ちた。
血の海が広がった。
「くくっ、ははっ……」
自然とわたしの口から笑い声が漏れた。
胸の中はとっても晴れやかだった。
嬉しかった。
初めてのマッカランのお願いをちゃんと聞けたのもある。
でもそれ以上にわたしは嬉しかった。
幸せそうな家庭を壊すことが、
こんなに楽しいとは思わなかった。
ずっと外で見ているだけの、
絶対わたしには一生縁のないもの。
それを壊す爽快感、快感。
胸は自然と高鳴り、笑みが自然と零れ、
笑い声が止まらない。
「ははは、はははっ、あはははははっ! はははははっ!」
――殺しってこんなに楽しいんだ!
そう思うわたし。
――わたしは深紅のバラ、フォア・ローゼズ!
その棘でマッカランのお願いを叶えるのがすべて!




