Final Chapter:続・朝陽の豆鉄砲(ビーンズメーカー)
【Final Chapter:続・朝陽の豆鉄砲】
「意外と早く仕上がりましたですね?」
俺の隣でジムさんは内装作業が、
あと少しで完了する再建中のバー『ターキー』を見上げてそう云った。
「それもこれもジムさんが優秀な職人さんを紹介してくれたからですよ。本当にありがとうございます」
「まぁ、お金はたくさんかかりましたですけどね」
「お袋の店の再建のためならたいしたことないですよ」
「さすがお金持ちの言うことは違うのですね?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「ワイルド、今じゃちょっとしたお金持ちですし。どーぞ今後ともハイボール牧場……いえ、私をご贔屓にです♪」
そう云ってジムさんは俺の腕へ胸を押し付けくる。
世話になっている手前、突き放すこともできず、
俺は硬直するしかなかった。
もう、前の店が焼けてから数ヶ月経ったのだと思い、
時間が過ぎるのは、
意識しなければ凄く早いな、と俺はしみじみ思った。
マッカランを倒し、バーボンの施設を破壊して、
一応やることを終えた俺は店の再建を行っていた。
大悪党であるマッカランを生け捕りにした俺は、
100万ペセというとても使い切れない賞金を得てしまっていた。
金があるならやるべきは、店の再建。
という訳で、顔の広いジムさんにお願いして、
店の再建に乗り出した。
それでも20万ペセぐらいしかかかってなくて、
じゃあ後の80万ペセはどうしたら良いものかと、
考える毎日である。
「よぉ! ワイルド嬢ちゃん!女同士でイチャラブしてんなぁ?」
内装作業を引き受けてくれた、
ビリーおじさんが『ターキー』の中から出てきた。
「あらビリーさん、如何かしら? 美女二人のか・ら・み・あ・い?」
俺がそう云うと、最初こそビリーおじさんは、
鳩が豆鉄砲を食らったかのようにきょとんとしたが、
すぐに破顔した。
「随分しおらしくなったじゃねぇか嬢ちゃん!」
「お褒めいただき光栄ですわ……なんてな!」
「がははは! もうガキじゃねぇ、立派な男になったんだな! ワイルド!」
そう云ってビリーおじさんは嬉しそうに顔を綻ばせながら、
力強く俺の頭を撫でた。
少し髪が引っ張られて痛いけど、
でも嬉しい俺がいるのは確かだった。
「立派な男のワイルド大好きなのですよ!」
「ちょ!」
ジムさんが更に小柄な体を寄せてきた。
身長差があり、その上胸がかなりあるジムさんが体を寄せてくるものだから、
その柔らかい感触が……
「ワイルドぉ~早く私と一緒になるですぅ~一緒に牧場経営するですぅ~」
「あ、ちょ、あひゃ! マズイっス、ジムさん! マジやばいっス!」
っと、そこで背後から牛のような猛烈な勢いを感じた俺は、
「あっ! ワイルドまたいきなりぃ~……!」
ジムさんを抱きしめ、
勢いから避ける。
「あべしっ!」
「おーお帰りアーリィ」
「お帰りって、少しはあたしの体の心配してよッ!」
アーリィは埃まみれで叫んだ。
仕方なく、アーリィに手を貸し立たせてやる、
優しい俺だったのだった。
「悪い悪い。で、どうだった?」
「やっぱ、今までやってきたことがことだけにね……」
アーリィは顔を引き締め、
報告を続ける。
「でも、ワッドが教えてくれたマッカランの生い立ちが陪審員の心象を少し良くしたみたいで永久隔離に落ち着いたよ」
「永久隔離か……」
永久隔離、
つまりマッカランはこれからの人生の全てを
檻の中で過ごすことになる。
やってきたことがことなだけに、
極刑に次ぐ永久隔離の判断が下ったのは当然のことだと思う。
「でもねマッカラン凄く不思議だったの」
「不思議?」
「大体収監の時ってね、みんな嫌そうな顔とか暴れたりするの。でもマッカランは凄く落ち着いてて、なんだか妙に穏やかだったね」
「……そっか」
きっとマッカランは安心したんだろう。
狭い牢獄の中で永遠に過ごすことにはなるけど、
そこが彼女の唯一の世界。
彼女が望む、彼女しか存在しない世界。
そこには彼女の命を狙うものは誰もいないし、
殺意に怯えることもない。
世界を否定する必要もない。
「でも永久隔離ってことはタリスカーがマッカランの救出を企てるかもしれないですね……」
ジムさんが残った懸念の口にする。
竹鶴姫達によればタリスカーは、
響さん達に追い詰められ、逃げたらしい。
マッカランの作った赤い狂気の存在は、
アンダルシアンに未だ存在している。
だがアーリィはけろっと、
「たぶん大丈夫ですよ。竹鶴姫さんが中心になって中央政府軍が、タリスカーとゴールデンプロミスの残党を追っているみたいだしね」
どうやらあの東方の侍達は、
自分たちが今までしてきたことを相当反省しているらしい。
本来なら殺生はなくてもしてきたことがことだけに、
罪に問われるところだったけど、
噂によれば東方鎖国からの圧力がうんぬん、
とのことで不問になったらしい。
根は真面目そうな彼らのことだから、
あの圧倒的な力を悪事には使わないだろうし、
むしろあの人たちがいればタリスカーの逮捕と、
ゴールデンプロミスの真の壊滅は時間の問題だと俺は思う。
「がははは! んじゃまぁ、そういうことでアンダルシアンは平和になったってことだな! なぁワイルドよぉ、早く店を再開してまた前みたいに楽しくやろうぜ!」
ビリーおじさんは豪快にそう云い」放つ。
しかし俺は苦笑いを浮かべた。
「俺、経営する自信ないですよ。できりゃ俺、ビリーおじさんにお願いしたいですねぇ」
「ははっ!なぁ~に言ってんだ坊主! まぁ、でもいざとなりゃ手伝ってやるよ! なんてたって俺はモルトタウン一の牧場主、ビリー・ザ・オールドだからな!」
「助かります。そのときはよろしくお願いします」
俺はお袋の復讐を果たすことができた。
アンダルシアンの危機もとりあえず回避することができた。
西海岸の最大の脅威だった巨大無法者組織は壊滅した。
だから俺はもう元の日常に戻たって良い。
もしかすると死んだお袋はソレを、
あの世ので望んでいるかもしれない。
だけど……
●●●
朝日が昇り始め、モルトタウンに朝が訪れ始める。
俺は腰に縄とオヤジの形見の銃、
そして最低限の荷物を担ぎ、
再建が終わった自宅を出た。
丘を昇り、
その頂上にある真新しい墓標の前に立つ。
そして持参した酒瓶から墓標へ向けウィスキーを注いだ。
「久々の酒、旨いだろ?」
酒瓶が空になり、
俺は墓標へ向け跪き、
暫くの間亡きお袋へ想いを馳せる。
「行ってくるぜ、お袋!」
俺はそう墓の下で静かに眠るお袋へそう告げ、丘を降りた。
丘を下り、街へ戻った俺はビリーおじさんの家へ、
店を少しの間お願いする旨の手紙を差込み、
店の鍵を置き、モルトタウンの入口まで向かってゆく。
そこでは彼女が俺のことを静かに待っていた。
ガンベルトを腰に巻き、二丁のリボルバーを携えた彼女。
すらりとした体躯をポンチョで覆い、
革のロングブーツから伸びる、
張りのある肌で覆われた太ももが眩しかった。
切れ長の目の奥にはまるでルビーのように赤い瞳が、
ひっそりとした輝きを湛えている。
フォア・ローゼズはテンガロンハットの下にみえる、
ポニーテールにまとめた、
綺麗な長い赤髪を揺らしながら俺へ振り返ってきた。
「遅い」
「ごめんごめん」
「……」
「ローゼズ?」
「良いの?」
静かにローゼズは俺へ問いかけた。
「ああ!」
俺は淀みなく答えた。
確かにアンダルシアンからマッカランは消えた。
最悪の無法者集団ゴールデンプロミスもほぼ壊滅した。
でも――このアンダルシアンには【無法者】はまだたくさんいる。
そしてまだ知られていない【遺跡】が存在する筈。
ローゼズ、マッカラン……
彼女たちはいずれも【無法者】と【遺跡】によって人生を捻じ曲げられた。
意図せず殺意の渦の中へ落とされた。
【無法者】と【遺跡】が存在し続ける限り、
また第二、第三のマッカランが生み出されてしま可能性が、
このアンダルシアンにはある。
もう二度とローゼズやマッカランのような、
不幸な存在を出したくはない。
その想いが俺を突き動かしていた。
――俺は無法者から人々を守り、危険な遺跡を全て破壊する。
ローゼズから教わった【不殺の意思】を胸に抱いて!
「ワイルド、まずはロングネックを目指す」
ローゼズは左のホルスターから、
ビーンズメーカーを抜いた。
「東海岸のロングネックでワイルドのビーンズメーカー作ってもらう。これ最初の目的」
「了解だ。道案内頼んだぞ」
コクリ。
最初の目的地は決まった。
俺とローゼズは二人並んで歩き出したのだが、
「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!」
背後から牛のような勢いを感じたので回避。
しかし珍しくアーリィは転ぶことなく、
止まり振り返った。
「ワッド! あたしも行くッ!」
アーリィは巨大な車輪付きの木箱を携えていた。
「行くってお前なぁ……俺がなにしたいか知ってるのか?」
「知ってるもん! 無法者を倒して、こないだ話してくれた【遺跡】を壊しに行くんでしょ? あたし、ワッドの側にいつもいるんだよ? わからないことなんてないんだよ?」
どうやらアーリィには感づかれていたようだった。
「私も仲間に混ぜて欲しいです♪」
ジムさんがいつの間にか隣にいた。
「牧場は良いんですか?」
「はいです!この間お父さんに言われたです。『商売人たるもの、より見聞を広げるべきでやす』っと」
アーリィとジムさんの腹は決まっているらしい。
「ローゼズ、良いか?」
俺はローゼズに問いかける。
彼女は間もなくはっきりと頷いた。
「大勢の方が心強い。それに……みんなはわたしの家族だから」
ローゼズは微笑む。
この笑顔を見せられちゃ、拒否するわけにも行かない。
「わかった。じゃあ四人でまずはロングネックへ!」
俺の宣言にみんなが頷く。
すると、隣にいたローゼズが俺の右手に指を絡めてきた。
「ローゼズ?」
「ずっと一緒。わたしはワイルドと一緒。これからもずっと……」
ローゼズは顔を赤らめ俯く。
その表情を愛らしく感じた俺は、
ローゼズの手を強く握り返した。
「勿論だ!」
「ありがとう、ワイルド……嬉しい」
「ちょっと待てコラァ!」
アーリィが急に叫んだ。
「ローゼズは家族だよ! ええ、家族だとも! でもでも手を繋いじゃ良くない! それじゃ家族じゃないッ!」
何故か赤面しつつ、必死に訴えかけるアーリィ。
「んー……?」
しかしローゼズは、
とぼけ面でわざとらしく首を横へ傾ける。
「ダメ! ダメなんだから!ワッドと手を繋ぐのダメなんだから!!」
「ロゼたんばっかずるいです♪」
「な、ちょ!?」
ジムさんは俺に身を寄せてきた。
「アリたん、叫んでばっかいるから此処には席無いですよ?」
「うわぁぁぁ~~~ん! ジムさんまで酷いぃ~~~~!」
アーリィは一人叫びながら走り出し、
「転ぶぞぉ~」
「あべしっ!」
朝陽がアンダルシアンのテラロッサを赤く輝かせる。
不毛の大地に覆われた地アンダルシアン。
俺達は荒野を一歩々々踏みしめながら、
想いを一つにして歩んでゆく。
【不殺の意思】を胸に抱き、
無法者から人々を守るため、
俺達四人はモルトタウンから朝陽の荒野へ旅立つのだった。




