ChapterⅥ:殺す奴、殺さない奴 ③
「ならば来なさい! 少年、そして真紅の薔薇よ!」
緊迫した空気が俺たちの周囲に流れる。
縄をいつでも投げられるように態勢を取る俺と、
ハンマーを倒したままビーンズメーカーを構えるローゼズ。
そんな俺達を前にしても、
マッカランは悠然とその場に佇んでいる。
――きっと何かがあるはず。
俺は先んじて縄をマッカランへ向け放った。
しかし利き手では無い、左で放ったため、
狙いが僅かに横へ剃れた。
マッカランは緩やかな動作で俺の縄をかわす。
「ッ!?」
そして一瞬で奴の姿が目の前から消えた。
ローゼズはすかさず、
ビーンズメーカーを上へ向ける。
空中には既にオートマチックピストルを構えた、
マッカランの姿が。
するとローゼズあビーンズメーカーをホルスターから抜き、
ハンマーを五本の指で流れるよう弾く。
五回空気圧縮の開放音が聞こえ、
弾がマッカランへめがけて放たれる。
ローゼズの豆とマッカランの鉛弾はぶつかり合い、
周囲へ跳弾する。
マッカランは身を捻って、
俺たちの後ろへ降り立つ。
再び地を蹴ったマッカランは腕を突き出す。
マッカランの右手を覆う白手袋が破れ、
金属製の鋭利な爪が現れた。
俺はマッカランへ向け、再び縄を投げる。
が、マッカランはバグナグをひと振りしただけで、
縄をバラバラに切り裂く。
俺が気づいたときにはもう、
マッカランの紅い瞳が俺を睨み、
バグナグの鋭利な鋒が俺の心臓を狙っていた。
――やられる!?
コーンのものではない炸裂音が響き、
マッカランは再び身を捻りながら跳躍し、
俺の前から消えた。
俺の後ろからローゼズが飛び出し、
距離を置いたマッカランへ再びビーンズメーカーの連射を浴びせかける。
マッカランもまた懐から大型オートマチックピストルを取り出し、
乱射を始めた。
再び、施設内には弾が縦横無尽に駆け巡る。
「くっ!」
ローゼズの弾はマッカランの手から、
オートマチックピストルを打ち落とす。
それでもマッカランは態勢を整え、
バグナグでローゼズの弾を弾き続けた。
目では追えない、
激しい銃撃戦に俺は跳弾から身を守るだけで精一杯だった。
「素晴らしい! 素晴らしい成長ぶりですよ!」
「うるさいッ!」
マッカランの狂気に満ちた歓喜の声に、
ローゼズは反論する。
ローゼズは素早くビーンズメーカーのバレルを、
破壊力抜群のMバレルへ換装し、強烈な一撃を放った。
放たれたナッツは近くにあったガスボンベを炸裂させ、
マッカランは爆炎に包まれた。
しかしすぐさま、炎の中から黒い影が飛び出してくる。
「この程度!」
「ッ!?」
マッカランは炎をマントで振り払い、
思い切り床を蹴って、バグナグの鋒をローゼズへ突きつけた。
強烈なMバレルの発射反動のせいか、
ローゼズはその場から一歩も動けず、
ただマッカランへ向け目を見開いているばかり。
「ローゼズっ!」
自然と俺の体が前へ飛び出していた。
「ぐわっ!」
「ワイルドッ!?」
マッカランの爪が俺の背中を引き裂いた。
焼き鏝を当てられたかのような痛みと熱さを感じる。
それでも俺は飛びそうになった意識を必死に繋ぎ留め、
ローゼズを強く抱きすくめ、そして再び床を蹴った。
「ワイルドっ! しっかり!ワイルドっ!」
俺の胸から離れたローゼズは、
今にでも泣き出しそうな顔をして、俺の背中をさする。
「だ、大丈夫だ……これぐらい……!」
幸い傷が浅かったのか、出血は既に止まっている。
だが引き裂かれた痛みは容赦なく俺から意識を奪い去ろうと、
蠢いていた。
「遊戯はここまでにしましょう」
マッカランがバグナグを構える。
「次で最後です! ふたりまとめて地獄に送って差し上げます!」
正面にいたマッカランの紅い瞳が、
狂気で色付いた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!」
マッカランが再びバグナグの鋭利な先端を、
突きつけながら床を蹴った。
紅い狂気の悪魔が俺へ迫る。
その時、ローゼズが俺の右腕を取った。
俺の右手は自然とビーンズメーカーを握る、
ローゼズの左手に重ねられる。
重なったローゼズの手から俺は暖かさを感じる。
胸が自然と熱くなり、刹那の緊迫の中で、
俺の心臓は穏やかな鼓動を放つ。
狙うは銃口の先にいる赤い悪魔。
――いや、違う。彼女は悪魔じゃない。
意図せず悪魔へ落ちざるを得なくなった一人の人間。
人生を捻じ曲げられ、狂うしかなかった哀れで気の毒な一人の女性。
だから俺は願う。
彼女に安息を、殺意の中からの開放を……!
俺はそう祈りを込めながらローゼズと共に、
ビーンズメーカーのトリガーを引いた。
コーンのものではない、鋭い破裂音が響いた。
ビーンズメーカーから放たれた一発の豆は何者にも邪魔をされず、
まっすぐと、吸い込まれるようにマッカランの額を穿った。
「ッ!?こ、この私が…………!」
マッカランの額で破裂した豆は、
目前に迫ったマッカランを押し戻す。
彼女は長い赤髪を散らしながら、弧を描くように宙を舞い、
そして床に叩きつけられた。
マッカランはそれっきり起き上がることはなかった。
「ありがとう、ローゼズ」
「どういたしまして、ワイルド」
俺とローゼズはそう言葉をかわし、
マッカランへ歩み寄った。
額を撃たれたマッカランは気を失っていた。
しかしそこには緊迫した赤い悪魔は存在していなかった。
ただ穏やかに頬を緩め、瞳を閉ざす美しい女性がいる。
――でもこれで終わりじゃない。
俺はローゼズにマッカランの拘束を任せると、
アンダルシアンの様々な地域を写す枠の前へ立った。
親父の形見の銃を抜き、そして枠を鉛弾で打ち抜く。
枠は紫電を浮かべ、映像を消失させた。
その下にあった様々なスイッチの付く机を、
周囲の機器を、
俺は形見のリボルバーで次々と打ち抜いてゆく。
全ての弾がシリンダーからなくなった頃、
超巨大コーンを据えていた円筒が光を失った。
この空間にあったあらゆる機器が、
まるで眠るように光を失い、音をなくしてゆく。
「ローゼズ、行こう。もうここに用はない」
コクリ。
俺とローゼズは縛り上げたマッカランを抱え、
そして遺跡を跡にするのだった。




