ChapterⅥ:殺す奴、殺さない奴 ②
「ローゼズ、行くぞ」
コクリ。
俺とローゼズは一歩を踏み出し、
階段を下り始めた。
まるでスチルポットの教会にあった階段と同じような雰囲気の、
無機質な道を俺とローゼズは進んでゆく。
「なんだよ、ここ……」
階段の先は異様な空間だった。
人間五人分はありそうな大きな枠が部屋の中心にあった。
その中は幾つかに区切られ、
アンダルシアンの様々な場所が映し出されている。
その下には様々なスイッチのついた金属製の机と、
机から伸びる銃身があった。
「ワイルド、あれ」
ローゼズが指さす先を見て俺は絶句した。
ガラスの円筒の中にあったのは、これまでみたこともない巨大な火薬だった。
そのコーンは円筒の中で妖艶な光を浴びている。
円筒はそのまま壁に繋がっていた。
「これがバーボン……?」
俺が超巨大コーンに目を奪われていると、
隣にいたローゼズが突然ビーンズメーカーを抜き数発発砲した。
俺の後ろで何か硬いものが床に落ちる。
急いで踵を返すと、
そこには一丁のオートマチックピストルが転がっていた。
「昔よりも少し早くなりましたね、真紅の薔薇」
闇の中から黒衣を身にまとった紳士、
ザ・マッカランが緩やかに這い出てくる。
奴のトレードマークである白い仮面の額には、
ビーンズメーカーの直撃を受け、罅が浮かび上がっていた。
罅は瞬時に仮面全てへ行きわたり、そして砕けた。
仮面の先に見えたマッカランの素顔に俺とローゼズは言葉を失う。
「見ましたね……?」
マッカランがシルクハットを投げ捨てる。
すると帽子の中から背中まである長い赤髪が現れて緩やかに宙を舞った。
仮面の下にあったシャープな顔つきと、
真紅の瞳。
まるでローゼズやタリスカーを思わせる、
赤目赤髪の女がそこに居た。
「ローゼズと同じ……マッカラン、お前は一体何なんだ!? 何者なんだ!?」
俺はそう叫んだ。
「私はマッカラン。全てを焼き払い、無にする者!」
マッカランは懐に手を伸ばすが、
ローゼズはソレを打ち落とす。
床へ銀色の懐中時計が転がった。
「おやおや真紅の薔薇、私と君の思い出にこんなことをして良いのですか?」
軽薄にそう云うマッカランに、
ローゼズはなにも答えず銃口を突きつけた。
「マッカラン、教えて貰うぞ。タリスカーが言っていた、全てを焼くって。お前はここにあるコーンで何を企んでいるだ!」
「……全く……感情が高ぶるとおしゃべりになるのはタリスカーの悪い癖ですね」
「答えろッ!」
マッカランはビーンズメーカーを突きつけられているにも関わらず、
緩慢な動作で身を整え、
赤い瞳で俺を見据えてきた。
「まぁ、良いでしょう。気になったまま死ぬのは気持ちが良くないでしょうしね。だったら、少し私の昔話に付き合ってください……」
マッカランは具に語り始めた。
「私は気がついたとき既に無法者の中にいました。確かその無法者の名前は……そう、スミスとかいう無法者でしたね。スミスと彼の仲間の中にいた小さい頃の私は悲惨でしたよ。毎日のように彼らの玩具にされていましたからね。おかげで私は女としての機能を失ってしまいました」
辛いことの筈なのにマッカランは、
さも何事もなかったかのように語り続ける。
「そんなある日のことです。スミスはアンダルシアンの地下に無数に存在する【遺跡】の一つを見つけました。【遺跡】とはここのような、テラフォーミング初期の時代、利権を争って戦った人々の軍事施設、実験施設跡のことです。その中でスミスが見つけたのは【紅兵士】の開発施設でした。そう、真紅の薔薇やタリスカーなどの強力な力を持つ人間兵器を作る場所です」
ローゼズは感情が高ぶったのか、
銃口をマッカランへ更に突きつけた。
それでもマッカランは動じずに続けた。
「スミスは興味本位で私へ【紅兵士】の実験を行いました。おかげで私はこのような赤髪赤目になりましたが、私には好都合でした。だって、スミスよりも強い力を手に入れたのですからね。だから私はスミス達から逃げるために、奴らをこの手で皆殺しにしました……」
それまで流暢に、
何事もなかったかのように語っていた、
マッカランの声のトーンが急激に落ちた。
「スミスやその仲間を殺すと、今度は別の仲間が私を殺しにきました。私は自分を守るために奴らを殺しました。するとまた別の仲間が私を殺しにきました。だから私はそいつらも殺しました。しかし私へ向けられた殺意は留まる事を知らず、私が殺しをする度、また新しい殺しが私の下へやってきたのです……。気が付けば私の足元は死体だらけ。でも、いくら殺しても、私へ向けられた殺意は止まらなかった!」
マッカランは狂気じみた笑みを浮かべた。
「私の周りは私の命を狙う者ばかり! 私に安住の地など無い。そんな時、私はここにあるバーボンのことを知りました。たった三発コレを打ち込むだけでアンダルシアンの全員が死ぬ。これは名案だと思いました! だから私はコレを手に入れるためにゴールデンプロミスを作りました! 私と同じである真紅の薔薇やタリスカーを作って、私はバーボンを探し求めました!そしてようやく私は念願のバーボンを手にしました!」
マッカランは穏やかな顔をしながら、瞳から涙をこぼす。
その様子に俺は悪寒を感じた。
「私は私を脅かす全てを根絶やしにするためにバーボンでアンダルシアンを焼きます!一度でも殺人を犯せば、その罪は永遠に消えず私を追い掛け回します。でも私以外がいなければもう殺される恐怖も、新たな殺しを生むことも無いのです!私は永遠の安息の中で生き続け、やがて朽ち果てるのです!」
「ふざけるなッ!お前はお前自身が安心するためだけに世界を、アンダルシアンを滅ぼそうっていうのか!?」
俺の叫びにマッカランはニヤリとした笑みを浮かべた。
「その通りです、少年!まさにその通り!殺意は殺意を呼ぶ!一度の殺人は人を殺される恐怖の中へ落とし込む。でもそれは他人が存在しているから。私以外の誰かがいるからに他ならないのです!だったら私は私を脅かす全てを滅ぼします!私を殺そうとする世界全てを!」
身勝手だった。
傲慢だった。
今、俺の目の前にいる狂人には、
もはやどんな言葉も通用しそうもない。
自分自身のためだけに、
世界を滅ぼそうとする赤い悪魔。
――こいつは絶対に倒さなきゃいけない!アンダルシアンの、世界のためにも。
「確かにマッカランの云う」通り。たった一度でも殺しを犯せばその罪は消えない」
ローゼズは眉を潜めそ云った。
「それで追われるのも仕方がない。わたしだってマッカランと同じ……わたしの周りもわたしの命を狙う殺意ばかり。いつかわたしはわたしを憎む誰かに殺されるかもしれない……だけど!」
ローゼズの紅い瞳が、
目前の赤い悪魔を強く見据えた。
「わたしはもう誰も殺さない。殺意は殺意を呼ぶ……でもその繋がりはわたしで終わりにすると決めた! だからマッカラン、わたしはお前を殺さない!」
ローゼズはビーンズメーカーのハンマーを倒した。
そして俺へ視線を投げかけてくる。
俺もまた赤い悪魔、マッカランを強く睨んだ。
「マッカラン! お前はお袋を殺し、家を焼いた。そして今度はアンダルシアンを滅ぼそうとしている……俺はそんなお前を俺は絶対に許さない! 俺は、俺たちはお前を止める! 殺さずに止めてみせるッ!」
「ククッ、言うは易しやるは難し。少年、君は右腕を撃たれているのですよね? そんな手負いな状態でこの私をそんな甘い考えの下、止めることができますか?」
「止めてみせるッ!」
俺は左手の縄を握り締めた。
「ならば来なさい! 少年、そして真紅の薔薇よ!」




