ChapterⅥ:殺す奴、殺さない奴 ①
【VolumeⅠ―ChaptreⅥ:殺す奴、殺さない奴】
教会を出た俺はローゼズの操る馬の後ろに乗り、
薄闇に包まれたスチルポットの廃墟を駆け抜けた。
目指す先はマッカランのいる、
スチルポット共同墓地。
数百年前の大きな戦争で亡くなった名も無き兵士たちが、
無数に眠る巨大な墓地へローゼズは馬を走らせ、
ジムさんとアーリィの乗る馬が続く。
「来たですッ!」
前方の林道から、
ゴールデンプロミスの無法者が次々と現れた。
奴らは相変わらずのうすら笑いを浮かべながら、
銃を構える。
「保安官なめんなぁぁぁ!!」
すかさずアーリィが馬上でガトリングを放った。
アーリィの見事な射撃は無法者たちの足下を襲い、
隙間を作る。
「一瞬目瞑るです!」
ジムさんの叫びが響き、
俺は目を閉じた。
ジムさんの投げた閃光弾が、
薄闇に包まれた林道を真昼のように明るく照らし出す。
無法者は強烈な光を浴び、怯んだ。
その隙にローゼズはビーンズメーカーを抜く。
「ちょっとお願い!」
「任せろ!」
俺が左腕で馬の轡を握り締めると、
ローゼズは馬から飛んだ。
高く飛翔したローゼズは一瞬で、
シリンダーの中にある弾を全て弾き出し、
無法者を無力化する。
しかし敵の数の減少は僅か。
ローゼズはポンチョを開き、長いバレルに換装する。
放たれたカシューナッツはジグザクの不可思議な起動を刻み、
更に数人の無法者を戦闘不能に追い込む。
だがそれでもまだ足りない。
ローゼズは再度換装をし、
ビーンズメーカーの中でも一際巨大なバレルへ換装した。
ビーンズメーカーから轟音が響き、
その反動はローゼズを少し後退させる。
太い銃身から放たれたのはマカダミアンナッツ。
岩のようにゴツゴツとしたその豆は、
真っ赤なテラロッサの地面を穿ち、
強烈な衝撃波を巻き起こした。
衝撃波は無法者を紙切れのように吹き飛ばす。
「ローゼズ行くぞッ!」
俺は前方のローゼズへ向け縄を投げた。
ローゼズは縄を掴み再度飛翔すると、
再び馬へ跨るのだった。
「ありがとう!」
「どういたしまして。先を急いでくれ!」
「んッ!」
ローゼズは轡を叩き、
気絶したゴールデンプロミス達を馬で跨ぎ先を急ぐ。
しかし、すぐに馬を止めた。
俺たちの目前には全身にシースナイフを括りつけた、
赤目赤髪の女が呆然と佇んでいた。
【ナイフ使いのタリスカー】を確認した俺たちは馬から降り、
それぞれの武器を構えた。
「あは! やっぱりマッカランの言うとおりだった! 来たよ、来た来た!」
タリスカーは狂気じみた笑みを浮かべ、
鞘からナイフを抜き、両手に構える。
「アーリィ、ジム、あいつに遠慮はいらない。じゃないとこっちが殺される」
ローゼズはまっすぐタリスカーに銃口を突きつけそう云う」。
アーリィとジムさんも、
銃口をまっすぐとタリスカーへ向けた。
ローゼズと同じ赤目赤髪の女。
「ローゼズ、あいつは……」
「あの子はきっとスチルポットでマッカランが作った」
「やっぱり……」
「あの子がああなったのもわたしのせい! わたしが止める! アーリィ、ジム!」
ローゼズの声を聞いた、
アーリィとジムさんは一斉に射撃を始めた。
タリスカーは相変わらずの、
素早いナイフ捌きで全ての銃弾を打ち落とす。
その隙にローゼズはタリスカーへ接近した。
素早くタリスカーの懐に潜り込み、
銃口を腹へ突きつける。
「あは! 早い早い!」
「ッ!?」
しかしタリスカーはナイフでローゼズの銃口を弾き上げた。
体勢を崩したローゼズだったが、素早く体を捻り、
その勢いで姿勢を整え、
再び照準をタリスカーに定めた。
機関砲と同じと表現しても良い、
連続の発射音が鳴り響く。
そんな至近距離からの連続発砲さえも、
タリスカーはたった二本のナイフを華麗に振るい、
全ての弾を打ち落とす。
それでもローゼズは諦めず、高く飛翔し、
弾を込め直すと再び銃撃を繰り出した。
「あは! 良いねぇ! 良いよぉ! 楽しいよぉ!」
「ッ!」
ローゼズは射撃を繰り返し、
タリスカーはそれを弾く。
それは目にも止まらぬ神速の応酬の連続。
ローゼズを援護したい気持ちはあるが、
その人間離れした動きの連続は俺に付け入る隙を与えない。
「ッ!?」
ビーンズメーカーの撃鉄が落ちるが弾が発射されない。
――ガス切れか!?
「あは!」
その隙を突いてタリスカーは、
ローゼズの腹へ膝蹴りを放つ。
ローゼズの体は九の字に折れ曲がり思い切り吹き飛ばされていた。
俺はローゼズのところへ向かおうと地を踏む。
「あは? 行かせないよぉ」
既に俺の目の前にはタリスカーがいた。
奴の鋭利なシースナイフの鋒が俺を狙う。
だが脇からガトリングを携えたアーリィが突っ込み、
タリスカーを弾き飛ばす。
「ワッド下がって! ジムさん!」
「はいです!」
アーリィはガトリングを発泡し、
ジムさんもまたタリスカーへ向け銃弾を放った。
数百発の銃弾が一斉にタリスカーへ向け突き進む。
しかしタリスカーは中空で身を翻し、
二本のシースナイフで全ての弾丸を弾いた。
「そのおっきいの良いねぇ!」
「うくっ!」
タリスカーの蹴りが、
アーリィを思い切り突き飛ばした。
「アリたん!」
ジムさんが閃光弾を投げた。
するとタリスカーは素早く上半身を捻ってナイフを投げた。
閃光弾にはナイフが突き刺さって、
ジムさんまで押し戻された。
「ああっ!」
閃光弾が炸裂し、
ジムさんは眩い光を浴びてその場に倒れこむ。
アーリィもまた突き飛ばされた衝撃で気を失っていた。
「あは? あとは君だけだね。洞窟での続きしよ!」
タリスカーは狂気じみた視線を俺へ送り突っ込んできた。
シースナイフが俺の喉を、肩を、膝を狙い迫る。
俺は辛うじてタリスカーの斬撃をかわすがそれが精一杯。
しかしタリスカーのスピードは衰えることはない。
どうしたら良いか、避けながら考える――それが災いした。
「うわっ!?」
石につまずき、
俺の体が仰向けに倒れこむ。
タリスカーは狂気じみた笑顔を浮かべ、
一気に俺へナイフを振り落とした。
「あは? すごいすごい!」
「うっ、くっ……!」
しかし間一髪のところでタリスカーの手首を掴み、
ナイフを防いだ。
「でももうおしまいだよぉ。マッカランの邪魔をする奴はみーんな殺すんだからぁ! 焼くんだからぁ!」
「や、焼く?」
「そう焼いちゃうの。バーボンで全部! 全部全部! マッカランをいじめる奴は、ううん、私外の全部を焼くんだから!」
タリスカーの目が更に狂気を帯びた。
「この世界にはマッカランと私しかいらない! マッカラン以外はわたしをいじめる。マッカランも私以外のみんなにいじめられている。だからいらない! わたしはマッカラン以外、マッカランはわたし以外いらない! だから焼く! 全て! バーボンで!」
ナイフの鋒が俺の額に触れる。
――だ、ダメだ!このままじゃ……!
刹那、タリスカーは俺の上から飛び退き、
ナイフを振る。
俺の脇には真っ二つにされた矢の残骸が転がっていた。
「誰ぇ……?」
タリスカーは不愉快そうに視線を傾ける。
すると脇の丘にいた。
神輿に担がれた小さな人影と、
弓を構え、和装を身にまとった武士達。
「やはりマッカランは我らを謀っておったのだな! 竹鶴姫様に野党の真似事をさせた罪、断じて許すまじき!」
弓を構えた巨躯の武士・響が叫ぶ。
神輿に担がれた東方の姫君:竹鶴は、
しゃもじをタリスカーへ突き出した。
「響の言うとおりじゃ! 妾を騙し、あまつさえ、この地を己が欲望のために焼こうなど言語道断!」
「姫様のおっしゃる通り!」
響は弓を投げ捨て刀剣の柄を握り締め、
「俺達を謀ったこと後悔してもらうからねぇ」
細面の武士・山崎もまた刀剣を鞘から抜き、
「そうだそうだ!兄者方の言うとおりだ!」
白州が相変わらず同調する。
「妾の力を思い知らせるのじゃ!やれ、響、山崎、白州!」
「「「オオッ―――!!!」」」
三人の武士は地を蹴り飛んだ。
一列に並び、一気に丘を駆け下り、
先頭の白州が刀剣を抜く。
必殺の陣形・嵐の陣。
白 州が抜いた刀剣から壮絶な輝きが迸り、
一瞬タリスカーをひるませる。
続く山崎が刀剣を振った。
しかしタリスカーは、それをシースナイフで受け止める。
「チェストォー!」
山崎の後ろから響が飛び出し、
そして勢いよくタリスカーへ刀剣を振り落とす。
間一髪のところでタリスカーは響の一撃を防ぐも、
シーフナイフは響の刀剣に砕かれる。
タリスカーは苦々しい表情を浮かべ後ろに飛び退き、
新たなナイフを抜いた。
「山崎、白州!」
「「御意ッ!」」
山崎と白州はタリスカーに迫撃を仕掛ける。
さすがのタリスカーも武士二人の斬撃を、
防ぐのに手一杯な様子であった。
「ここは妾が食い止める!そちは先へ行くのじゃ!」
気が付くと、
俺の隣には竹鶴姫と響が居た。
「あんた達、どうしてここに?」
「ずっとそち等を付けていたのじゃ。妾をいじめた逆襲をしようと思ってな。だが道中でそちと奴らの話を聞いてだが気が変わった!」
「姫様のおっしゃる通り。マッカランの企みは許すまじきこと!ここは拙者達にお任せあれ!」
いつの間にか現れた響はそう云い刀剣を構える。
「ワイルド、ここはおじさん達に任せて先行く!」
体勢を立て直したローゼズがそう云った。
アーリィとジムさんも既に銃を携え、
しっかりと立っている。
「わかった! 竹鶴姫さん、響さんここはお任せします!」
「任せるのじゃ!行け、響!」
「御意ッ!」
響さんは飛び出し、タリスカーへ向かう。
俺たちはタリスカーの相手を竹鶴姫に託し、
先を急いだ。
次第に道の向こうに、無数の墓標が見え始める。
だが、その道筋を再び現れたゴールデンプロミスが塞いだ。
アーリィとジムさんが真っ先に正面へ躍り出る。
「ワッドとローゼズさんは先に行って!」
「ここは私たちが食い止めひるです!」
「わかった!頼む!」
俺はアーリィとジムさんと拳を突き合わせ、
そして先を急いだ。
「ローゼズ! ワッドをお願いね!」
「任せて! アーリィ!」
アーリィの言葉にローゼズは強く応答した。
ローゼズは前方を塞ぐ無法者を、
ビーンズメーカーで撃ち無力化させながら先行する。
後方ではガトリングとライフルの発射音が絶え間なく響き続けている。
――死ぬなよアーリィ、ジムさん!
俺は二人の無事を祈りながら走る。
そしてようやくたどり着いた。
牧場よりも広い土地に無数に並ぶ十字の墓標。
数多くの命が永遠の眠りに付くスチルポット共同墓地。
その中の一つの墓標が荒らされていた。
爆弾で吹き飛ばしたのか、
十字の墓標は砕け、地面は抉られている。
しかしそこにあるのは柩ではなく、
地下へ続く階段だった。
――きっとここにマッカランがいる。
「ローゼズ、行くぞ」
コクリ。
俺とローゼズは一歩を踏み出し、
階段を下り始めた。




