ChapterⅤ:バラと家族と親友と ⑧
「俺はローゼズを救いたい。マッカランの呪縛から! 殺意の中から!」
俺は心の底から願いを叫んだ。
強く、迷うことなく。
「了解っ!」
「はいです!」
ジムさんはスカートの裾から、
砂袋を取り出して投げた。
アーリィがソレを全て打ち抜く。
細かい砂が教会の視界を悪くする。
「ありがとう! 気をつけろ!」
「わかっるって!」
俺とアーリィは互いに、
拳を突き合わせ別れた。
砂塵で煙る教会の中に銃声が響き渡る。
その中で見つけた。
「ローゼズッ!」
俺は背を向けていたローゼズへ飛びかかった。
しかしローゼズはくるりと身を翻し、
俺の突進を避ける。
オートマチックピストルの銃口が俺を狙っている。
俺は咄嗟に近くの柱の裏へ飛び込んだ。
銃声が響くが、それだけ。
ローゼズの放った銃弾は柱にめり込む。
視界が砂塵で塞がれていることが奏功しているようだった。
俺は再びローゼズから銃を奪おうと飛びかかるが、
またしてもかわされてしまう。
次第にジムさんの撒いた砂が、
ゆっくりと視界から消えてゆく。
視界が良好になってしまえば、
今の状況は危険。
加えて、俺のよりも遥かに強いローゼズを救うどころか、
再びアイツに悲しい思いをさせてしまう。
俺は必死に頭の中をこね回し、
何か方法は無いかと考え、
周囲に目を配らせる。
少し先に教会の中をぐるりと囲む、
回廊へ続く螺旋階段が見えた。
閃いた。
俺は腰の縄を握りしめ、
回廊に続く螺旋階段へ向け走り出す。
刹那、ローゼズの銃撃が再開された。
シングルアクションの浅いトリガーから、
繰り出される機関砲のような早撃ちなら、
回避は不可能だっただろう。
しかしトリガーの深いオートマチックだったら、
そこでまで連射ができない筈。
予想通り、ローゼズの射撃は、
ビーンズメーカーのそれと違い銃撃は一定のペースだった。
上手く遮蔽物に隠れ、銃撃を凌ぎ、俺は螺旋階段を目指す。
「ローゼズ! 俺を殺りたいんだろ! ならこっちだ!」
「ッ!」
回廊に続く螺旋階段に着いた俺は叫び、
急いで駆け上がる。
ローゼズは常人では成しえない高い飛翔をした。
階段を登り終えた俺の目の前にローゼズが立ち塞がる。
冷徹な銃口が俺へ向くが、
咄嗟に身を屈めて銃弾を避け、足払いを繰り出した。
しかしローゼズは素早い反応で飛び退き、避ける。
その隙に教会の天井の中心にあるシャンデリアへ向け縄を投げた。
縄はシャンデリアに絡まる。
俺は縄を握り締め飛んだ。
俺は振り子のように縄にぶら下がって、
反対側の回廊へ降り立つ。
そして教会の鐘楼へ続く階段へ向け、
再び走り出した。
ローゼズは俺を追いながら、
銃撃を仕掛ける。
俺は等間隔に設けられた柱に上手く身を隠しながら、
ローゼズの銃撃を凌いだ。
階段へ達し、一気にそこを駆け上がる。
――待ってろローゼズ、すぐに助けてやる!
俺は教会の屋上へ飛び出した。
巨大な鐘楼が茜色の夕日を浴びて、
黒々とした影を落としていた。
ローゼズの気配が近づいている。
俺は急いで鐘楼の巨大な鐘の下に向かい、
鐘へ向け縄を投げた。
縄は鐘を通る太い梁に絡みつく。
俺は急いで鐘楼を支える柱を蹴りながら上へ登った。
鐘の影に隠れ、息を潜め、縄を握り締める。
手に汗が滲んでいた。
心臓の音が全身へ響き渡る。
しかし俺は鐘楼の下へ神経を集中させ――そして縄を放った。
狙うは鐘楼の下へやってきたばかりの、
ローゼズの左腕とオートマチックピストル。
しかしほぼ同時にローゼズは俺の気配に気づき、
銃を撃った。
「うっ!」
ローゼズの放った銃弾は俺の右肩を貫いた。
だが突き出されたローゼズの左腕に俺の放った縄が絡みつく。
俺は左手で縄を握り締めたまま、
鐘楼の梁から真っ逆さまに落ちてゆく。
落ちた衝撃で意識が一瞬飛びかけた。
しかし気合で霧散しそうだった意識を、
かき集め正気を保つ。
梁に引っかかった縄はそのままローゼズの左腕を上げさせ、
固定していた。
ローゼズの左腕からオートマチックピストルが抜け落ちる。
ローゼズは咄嗟に右腕を腰のホルスターへ回した――
だけど、その指先は震えていた。
「抜くなッ! ローゼズ!」
ローゼズの指が止まった。
俺は落下の衝撃で痺れた体を、
引きずりながらもローゼズへ歩み寄ってゆく。
そして動かせる左腕でローゼズを抱き寄せた。
「ッ!?」
ローゼズの身体がびくりと震え、
彼女の右手の指先はホルスターの、
シングルアクションリボルバーのグリップへ向かう。
俺は更に強くローゼズを抱き寄せた。
「抜くんじゃない! お前はまたその手で家族を殺す気なのか!?」
「ッ!!」
ローゼズの肩から次第に力が抜け始めた。
「頼む、もう止めてくれ。俺はもうお前に辛い思いをさせたくないんだ。【家族】としてそう思うんだ!」
「か、ぞ、く……?」
ローゼズの動きが止まった。
「ああ。俺とお前はもう家族だ。だから戻って来いよ、ローゼズ!」
「……」
ローゼズの右手が銃のグリップから、
するりと外れた。
触れてみて初めて分かった意外な程華奢な体つきの、
彼女が儚く感じられてしまう。
だからこそ、ここで離してはいけないと思った。
離した瞬間、壊れて砕けてしまいそうな彼女。
だからこそ俺はそんな彼女が崩れないよう、
消えてしまわないよう、精一杯抱きしめ続けた。
徐々にローゼズの肩から力が抜け、
そして彼女は俺の胸へもたれかかってきた。
「うっ、うっ……ワイルド……」
ローゼズはまるで子供のように俺の胸へ、
涙でぐしゃぐしゃになった顔を擦り付けていた。
そこには見た目は大人だけど中身が子供な、
いつものローゼズがいた。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「良いんだ、もうな何も……」
「ごめん、わたし、ワイルドを……」
ローゼズは肩を撃ち抜かれ、
だらんと垂れ下がる俺の右腕へそっと指を絡めてくる。
俺は辛うじて動く人差し指を彼女の指へ絡めた。
「大丈夫だってこれぐらい。大したことじゃない」
「でも……」
「気にするな。俺は今まで散々お前に守られてきたんだ。これじゃ足りないくらいだって」
「でも!」
「だから気にするなって。俺とお前はその……なんだ……」
さっきは勢いで云えたが、
しかしいざこうして勢いを失うと、
言うのが妙に気恥ずかしくなってしまう。
でも、ローゼズのためにも、
俺は気恥ずかしさなんて投げ捨てて、
云うべきだと思う。
ローゼズの過去を知った上で、
それでも俺の心は、
俺という人間はローゼズという人間とどう関わって行きたいのか、
これからどうして行きたいのか。
その言葉をはっきりと伝えるべき。
「俺とお前はもう【家族】だから。だから俺はこれから家族としてお前に誰も殺させたりはしない。もしまたお前がまた誰かを殺しそうになったら俺がまたこうして止めてやる。必ずな」
ローゼズは更に俺へ身を寄せ、
指を強く握り締めてきた。
「良いの……? わたし、殺人マシーン……いっぱい人を殺してきた。別の【家族】も殺した。わたしは赤い悪魔……良いの? そんなわたしでも良いの……?」
俺はローゼズの頭を胸へ押し寄せた。
「全然構わないぜ。そのお前はもういないんだ。ここいるのはそうじゃないフォア・ローゼズだから」
「……うっ、うっ……うわぁぁぁぁ―――ああぁぁぁーーーー!」
ローゼズは俺の胸の中で泣き叫び続けた。
あらゆる想いが感じられる慟哭を俺は、
この胸でしっかりと受け止めようと誓う。
そしてもう一つの誓いが自然と俺の中から沸き起こった。
ひとしきり泣いたローゼズはそっと俺から離れた。
俺がローゼズの左腕を拘束していた縄を切ると、
ローゼズはポンチョの端を破り、
撃ち抜かれた俺の右腕の傷の上を結んだ。
「ポンチョ、そんなことして良いのか?」
「家族のためだったら」
「そっか。ありがとう」
「……」
「どうかしたか?」
「ごめん、こういう時どういう言葉を返すか忘れた」
「ありがとう、に対してか?」
コクリ。
「……どういたしまして、だ」
「教えてくれてありがとう……どういたしまして!」
「どういたしまして! って、二人で言い合ったな!」
「ホントだ、面白い」
ローゼズは柔らかい笑みを浮かべた。
その優しい微笑みは俺の胸を高鳴らせ、
沸き起こった誓を胸へ強く刻み付ける。
――もう二度とローゼズに人殺しはさせない。
だからこそ俺自身も殺人は絶対にしない。
それがどんなな悪党だろうと、どんなに憎い相手でも……
家族であるローゼズにもう二度と辛い思いをさせないために……
「うわぁぁぁ~~~ん!」
っと、そこでローゼズではない、
しかしよく耳にする鳴き声が聞こえた。
振り向くと、そこには子供みたいに、
座り込み泣きじゃくるアーリィが居た。
「よくここまで我慢したです。アリたんはいい子、いい子です」
何故かジムさんは子供をあやすように、
アーリィの頭を撫でていた。
「大丈夫だもん……この位じゃ大丈夫だもん、諦めないもん!」
「そうです、そうですね。アリたん頑張るですよ」
「なにやってんだお前?」
訳がわからない俺は、
とりあえずアーリィに声をかけた。
「バーカバーカ!分からないワッドのバーカ!」
「んだよ、お前いきなり!」
「こっちは必死にゴールデンプロミス縛って、ワッドが心配だから急いで来たのに、またイチャラブしてたじゃん!」
「い、イチャラブなんてしてねぇよ! あれはだな……って、もしかしてお前焼いてる?」
「なっ!?」
図星みたいだった。
さっさとそう言えば良いものの……
っという訳で俺はアーリィの頭へ手を置いた。
「お前だって俺の家族だよ。別にローゼズだけじゃないからな」
「あ、えっと……うん……」
子供みたいで恥ずかしいのかアーリィは、
顔を真っ赤にして俯く。
でも何かが気に入らないのか、
未だ頬は膨らませていた。
「アリたん、とりあえず今日のところはこれで良しとするですよ?」
ジムさんが良くわからないことを云い、
アーリィは何故か納得したのか首を小さく縦に振ったのだった。
「……アーリィ、ジム、ワイルド……」
ローゼズが俺たちへ歩み寄ってきていた。
「ごめんなさい」
ローゼズは頭を下げた。
「私達も気にしてませんです。ねっ、アリたん?」
「うん……」
「あ~でも、さっきの戦いでたくさん弾薬を使ったです。ええっと大体300発ほどで、一発が3ペセです。砂袋は一つ7ペセで13袋……あー後閃光弾も一発、これが20ペセなので……占めて1021ペセお願いしますね皆さん?」
「お金取るんですか!?」
さっきまで元気がなかったアーリィは、
血相を変えて飛び上がった。
「勿論です。誰もタダとは言っていないのです。ロゼたん、貴方も支払うのですよ? なんといってもロゼたんのために私はたくさん道具を使ったですから!」
「……わかった!」
ローゼズは強く頷く。
「ちょ、ちょっとローゼズさんはお金たくさんあるから良いけどあたしそんな無いです!」
「じゃあ、アリたんは体で払ってもらうですねぇ~。ロゼたん! 21ペセまけるからアリたんを捕まえるです!」
「わかった!」
「な、ちょ、ワッド助けてぇ!」
「はいはい、とりあえずそこまで」
頃合だと思い俺は間に割って入った。
もうここにはさっきまでの重苦しい空気はなかった。
わざとなのか、天然なのかは分からないけど、
でもジムさんが良い具合に俺たちの間を、
かき回してくれて助かったと思う。
でも、ふざけるのはここまで――まだ戦いは終わっていない。
「みんな、聞いて欲しいことがあるんだ」
俺の言葉にみんなの表情が真剣みを帯びる。
俺は続けた。
「俺はこれからマッカランを追う。あいつはここでバーボンとかいう純度の高いコーンを手に入れて何かをしようとしているんだ。危険なマッカランのことだ、きっと恐ろしいことを考えているに違いない。だから俺はアイツを倒したい」
「危ない。それにワイルドの腕は……」
ローゼズが不安げな視線を送ってきていた。
「わかってる。この腕じゃ、俺一人じゃマッカランを止めることはできない……だからお願いだ! 俺に力を貸して欲しい! 頼む!」
俺は頭を下げた。
辺はシンと静まり返る。
「今更、頭を下げて云うこと? あたしはもうそのつもりなんだけど?」
「アーリィ……」
「あたし保安官候補だもん! 正義の味方だもん! マッカランのような奴は絶対に許せないし、絶対に捕まえなきゃいけないと思うもん!」
ジムさんは俺の肩に手を置いた。
「私も戦いますですよ? マッカランを放っておいたら、いつまたうちの牧場が襲われるかわからないですし、それにアンダルシアンに何かあれば商売上がったりなのですから」
「ジムさん……ありがとうございます!助かります!」
俺はローゼズへ振り返った。
彼女はただ静かな瞳の色で俺のことを見据えている。
「ローゼズお願いだ。もう一度俺にお前の力を貸して欲しい。マッカランを止めるために、そして俺自身の決着を付ける為にも! この通りだ!」
「……殺さない?」
「俺は絶対に誰も殺さない。でもマッカランは倒す。俺やお前、そしてアンダルシアンのためにも!」
ローゼズの瞳が輝きを宿す。
それは鋭利な刃物のような感覚を俺に抱かせる。
だけど昨日までとは明らかに違っていた。
研ぎ澄まされた眼光の中に、
強さが、優しさが確かに存在している。
殺人マシーンではない、人として、
より多くの人の命を守るための力強さを持った赤い瞳。
「……わかった! わたしも一緒に行く! ワイルドと一緒にマッカランを倒す!」
「ありがとう、ローゼズ!」
俺が差し出した手をローゼズは固く握り返してきた。
そしてアーリィが、
ジムさんが手を重ね、
そして俺たちの気持ちは一つに固まる。
「行こう! マッカランはスチルポットの墓地へ向かったはずだ!」
茜色の夕日が山の向こうへ沈んでゆく。
赤いアンダルシアンの大地は薄い闇に包まれてゆく。
俺たちは急いで教会を飛び出したのだった。




