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ChapterⅧ:黒い柩③

 ジムさんの車は荒れ果てたアンダルシアンの大地を疾走する。

太陽の方角とは逆に車は走り続け、やがて様々な想いが残っている東海岸の海岸へ到達する。


俺たちは車を降りた。

途端、寒々しい潮風が俺を吹付け、肌を震わせる。

アインザックウォルフの別荘は焼き払われ、煤けた躯体のみを潮風に晒していた。

太陽で赤く燃える海はまるで血の池のように見えて仕方がない。

そんな海と太陽を背に、一人佇む影をみつける。


何故か、その影の脇には黒い柩が置かれていた。


「いやぁ、待っていたよ、ワイルド=ターキー」


目の前の影―――ブラックローゼズは俺へ声をかける。

妙に声がかすれ、上ずっているように聞こえる。

目の色も今まで以上に淀み、顔色は死人のように青白い。

明らかに様子がおかしかった。


 突然、ブラックは横に置いてあった柩へかがみ込んだ。

柩の蓋を開いて、大きな何かを取り出す。

それを見て、俺たちは言葉を失った。


「プラチナぁ……見ててねぇ。僕は今日本物の【黒】に、君の家族になるよぉ」


 ブラックは柩から取り出したプラチナローゼズへそう語りかけた。

しかしプラチナはなにも答えなかった。

プラチナの目は光を失って、深い闇に染まっていた。

首も通常では考えられない方向へ力なく向いている。

いや、垂れ下がっている、というのが正しい表現なのだろう。

プラチナは瞬き一つせず、口を微かに開けたまま、まるで壊れた人形のように

ブラックの腕の中で項垂うなだれているだけだった。


「何を……何をしたんだ、お前は!」


思わず俺は感情任せにそう叫ぶ。

するとブラックはゆらりと視線を俺へ向けた。


「何って、殺したに決まってるじゃないか。わかんないのかい?」


平然とそう答えたブラックに、俺は思わず息を飲んだ。

だけど、それも一瞬。

俺の怒りはすぐに沸点に達して爆発する。


「何故殺した!プラチナはお前の大切な人じゃなかったのか!?」

「だからだよ!」


ブラックはプラチナへ頬ずりを始めた。

まるでお気に入りの人形をやっと手に入れた子供のように、不気味な笑顔を浮かべながら

ブラックはプラチナのむくろを抱いていた。


「プラチナの視線があるから、僕はその裏を考えて不安になる。プラチナが言葉を話すから、僕はその裏を考えて不安になる。プラチナが態度を示すから、僕はその裏を考えて不安になる。でも、このプラチナは違う……視線を向けない、言葉を話さない、態度を示さない。僕が彼女を【家族】といっても否定しない、僕が【黒】になるって言っても今の彼女は否定しない。愛してほしいから、僕を不安にしないで欲しいから。だから……殺した」


「お前……」

「これでプラチナは僕のものだ!僕だけのものにようやくなったんだ!ヒャハハハハハッ!!」


―――こいつ、壊れてやがる。


プラチナを欲し、愛し続け、ブラックが出した答えがこれだった。

もはやブラックは常軌を逸脱している。

この存在をこのまま放置するわけにはいかないと強く感じる。


「じゃあ行ってくるね、プラチナ」


ブラックはプラチナの躯を柩へ戻すと、ゆらりと幽霊のように立ちあがる。

そして胸のポケットから注射器を取り出した。

奴は迷わずそれを自分の首筋に突き立てた。

内包されていた透明の液体が奴の体の中に染み込んでゆく。

そして空になった注射器を無造作に投げ捨てた。


「んっ……はぁ……これ僕からもクロコダイルスキンは無くなったよ、プラチナ」


ブラックは独り言のようにそう言う。


「プラチナが大好きな公平にしたよ。僕はこの公平な状態でワイルド=ターキーに勝つよ!絶対に勝つよ!だからそこで僕の勝利を祈っててね。プラチナぁ~!」


ブラックが顔を上げると、そこには俺へ明確な殺意が宿っていた。


「最後の勝負だ、ワイルド=ターキー。今日、この場でどっちが本物の【黒】か決める!」

「俺もそのつもりでここへ来た。方法は?」


ブラックは黒いベストの胸ポケットから10ペセ銀貨を一枚取り出した。


「こいつをトスする。こいつが落ちた瞬間が勝負の始まり。どうだい?」

「良いだろう」

「ならトスの役目はあたしが!」


後ろに控えていたアーリィがそう声を上げ、ブラックへ駆け寄ってゆく。

ブラックは澱んだ瞳でアーリィを一瞥すると、素直にコインを渡した。

俺とアーリィは首肯を交わす。


―――アーリィのためにも負けられない。


 俺はこの勝負に勝って、生きて帰る。

その想いが俺の全身へ力を漲らせ、体の震えを止め、集中力を増幅させた。

アーリィがゆっくりと俺とブラックの間に進んでゆく。

俺とブラックは互いに真正面からにらみ合い、いつでも銃を抜けるよう構えたまま微動だにしない。


 漣の音だけが俺の耳に響き渡る。

後ろから聞こえるかすかなローゼズ、ハーパー、ジムさんの息遣い。

彼女たちもまた俺とブラックの結末を見届けてくれている。


―――これが最後の勝負。


クロコダイルスキンをお互い失っている今こそ純粋な銃の早撃ちでの勝負。

俺とブラックの実力は僅差。

だからほんの僅かなタイミングの違いで勝負は決する。

それを見逃しさせしなければ勝てる。

俺は奴に勝つことができる。


 俺の後ろにはもっとたくさんの人たちがいる。

ジョニーさん、バーンハイムさん、竹鶴姫、響さん、山崎さん、白州さん、そしてお袋と親父。

俺はこれまで多くの人たちに生かされ、そして生きてきた。

まだ俺はみんなになにも返せてはいない。

今まで俺を支え、助けてくれたみんなに俺は俺なりの恩返しをこれから沢山していきたい。

だからこそ、ここで、こんなところで負けるわけにはいかない。

死ぬわけにはいかない!


海が一瞬止まった。


「ッ!」


アーリィが10ペセ銀貨を親指で弾いてトスした。


銀貨は夕日を浴びて煌きながら宙をくるくると舞う。

俺とブラックは身構えた。

意識を相手一点に集中させ、全神経は右腕へ注ぐ。

そして、二発の銃声がほぼ同時に響き渡った。


「う、嘘、だろ……?」


黒い銃が宙を舞い、海へと落ちる。

俺のビーンズメーカーの先、

そこには握っていないブラックが唖然とした表情で佇んでいた。

俺の頬にはブラックの銃弾が掠めた、小さなかすり傷が一つあるだけ。

俺はビーンズメーカーをホルスターへ収めた。


「俺の勝ちだ」

「そ、そんな……ほ、本物の【黒】の僕が……?」

「違う」

「ッ!!」

「お前は【黒】じゃない。お前はバランタイン=ファイネスト。ただの人だ。お前じゃ俺に叶わないし、それじゃいつまでも本物の【黒】になんてなれやしない」


俺はブラックへ背を向けた。


「俺は誰も殺さない。決して殺さない。でももしバランタイン、お前がまた世界をお前の黒で染めようとしたのなら何度でも止めてみせる。何度でもな!」

「呼ぶな……」

「?」

「僕をバランタインと呼ぶなぁぁぁぁぁ!!」


突然ブラックはそう叫びながらシースナイフを抜き、俺へ突進を仕掛けてきた。

奴のあまりの速さに俺は反応しきれず、その場に佇んだままでいる。


「ワッド!」

「ワイルド!」

「ワイルド様!」

「ワイルド!!」


みんなの声の叫びが注意を促すが、俺は為す術もなく、ブラックの接近を許してしまう。

奴の手にするシースナイフが鋭く光って、俺を狙う。


刹那、俺とブラックの間に【赤い影】が飛び込んできた。


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