ChapterⅥ:彼女の二年間①
【VolumeⅤー再臨の黒ChapterⅥ:彼女の二年間】
―――二年前―――
『ロングネックへ向かって!早くッ!!』
遠くから随分焦ったジョニーさんの声が聞こえた。
なんでジョニーさんがそんな風に叫んでいるのかあたしには分からない。
じゃあ聞けばいいかと、思ったけど何故か体が自由に動かなかった。
よく分からないけどあたしはまた眠るように意識を閉じた。
そうして暫くすると、また目が覚めた。
白色の光があたしを照らしていてすごく眩しかった。
突然、横から誰かがあたしのことを覗き込んできた。
マスクで口元が隠れていたけど着けいたけど、目の色と雰囲気から今あたしを覗き込んでいるのがジョニーさんだと分かった。
『アーリィちゃん、今助けるからね』
ジョニーさんがあたしの腕へ何かを注射器で撃ち込む。
再び目の前の風景がぼんやりとし始め、意識が溶けるように微睡んでゆく。
不思議と怖さはなく、あたしはまた眠るように目を閉じるのだった
●●●
『なぁなぁ、俺と遊ぼうぜッ!』
幼い子供の声が聞こえる。
あたしはその声に聞き覚えがあった。
これはワッドの……幼馴染のワイルド=ターキーの子供の頃の声だ。
あたしの意識は時を超え、あたしが五歳の頃に戻る。
屈託のない笑顔を浮かべる黒い髪と黒い目が凄く印象的な男の子が目の前にいた。
彼は逞しい雰囲気のお父さんと黒くて長い髪が綺麗なお母さんに連れられて、モルトタウンへ入植したことの挨拶を、ここの保安官であるあたしのお父さんへしに来ていた。
「お父さん、ちょっと行ってくるね!!」
「お、おい、アーリィ!?」
五歳のあたしはお父さんの言葉を聞かず、黒髪の男の子と保安官事務所を飛び出してゆく。
「俺はワイルド=ターキー!お前は?」
「アーリィだよ!アーリィ=タイムズ!ワイルドってちょっと難しいからワッドで良い?」
「うん!」
これが今から13年前のこと。
つまりあたしとワッドは五歳の頃からの付き合いになる。
こんな何気ないところから、あたしとワッドの付き合いは始まった。
活発で人懐っこいワッドは今も昔も変わらない。
対するあたしはというと、
「今日はなにしたい?」
「アーリィねぇ、川で遊びたい!」
「ねぇ、いっこ聞いていい?」
「なに?」
「なんでアーリィはアーリィって言うの?」
「だってアーリィはアーリィだもん!」
「変だよー!”僕”とかで良いじゃん?」
「やだー!アーリィはアーリィだもん!」
当時のあたしが使ってた一人称は何故かアーリィだった。
多分、病気で小さいころに死んだお母さんのあたしを呼ぶ声が頭の中にずっと残っていて、
そういう一人称になってたんだろうって思う。
それと当時の恰好がズボンやシャツといった女の子を全く感じさせないものだった。
後で聞いた話だけど、当時のワッドは出会ってから暫くの間、あたしのことを男だって思ってたみたい。
まぁ、仕方ない。
小っちゃい頃のあたしは全然女っ気が無かったんだから。
あたしが女っ気に目覚めたきっかけは、今でもはっきりと覚えている。
それはワッドと出会って一年が経った六歳の頃のことだ。
その日、あたしはワッドに連れられてモルトタウンの外れにあるコーンの採掘場所へ来ていた。
小さなコーンを採掘しては、ハンマーで叩いて破裂させる、今考えると凄く危ない遊びをしていたと思う。
そんな危険な遊びは、違う危険をあたし達へもたらした。
「グルルルっ……」
採掘場にある小さな洞穴の中から獣の呻きが聞こえた。
仄暗い闇の中に二つの金色の光が浮かんだかと思うと、大きなコヨーテが飛び出してきた。
どうやらコーンの音に驚いて、あたしたちを敵とみなしたようだった。
「に、逃げるぞアーリィ!」
「う、うん!!」
あたしとワッドは無我夢中で逃げた。
でもコヨーテはあたしたちを噛み殺そうと物凄い速さで追って来た。
距離はあっという間に縮まり、コヨーテの鋭い牙が近くに見えた。
「きゃっ!?」
「アーリィッ!?」
あたしは石につまづいて転んでしまった。
コヨーテはもう目の前。
コヨーテは口を大きく開き、牙があたしを狙う。
すると、
「ワッドッ!?」
思わずあたしは声を上げた。
突然、あたしとコヨーテの間にワッドが割って入り、コヨーテがワッドの右腕に思い切り噛み付いていた。
「きゃうん!」
しかし突然、コヨーテが怯んだ。
コヨーテがワッドの腕から離れる。
コヨーテの長い犬歯が折れて、歯がボロボロになっていた。
そのままコヨーテは怯えた様子でワッドから逃げてゆく。
一瞬見えたワッドの右腕にあたしは驚いた。
何故か、ワッドの右腕の皮膚が黒光りするワニのウロコのようになっていた。
でもそれはすぐに消えてなくなり、元の肌色の皮膚に戻った。
「大丈夫か?」
ワッドは振り返ってきて、心配そうにあたしへ手を差し伸べる。
「う、うん、大丈夫」
差し出されたワッドの手を取った瞬間、突然あたしの心臓が思い切り飛び上がった。
胸の奥が熱くなって、頭がボォッとする。
なにもこうして手を繋いだのは初めてじゃない。
川へ遊びに行ったりしたときは、お互い流されない手をつないでいたりした。
―――なんなんだろ、これ……?
手から伝わるワッドの暖かさが心地よかった。
あたしよりも少し大きく感じるワッドの手が逞しくて、頼り甲斐があると感じた。
なによりもこうして手を繋げることが嬉しくて堪らなかった。
その日、あたしは家に帰ってからもずっとワッドのことを考えていた。
ワッドのことが頭から離れず、胸がずっとドキドキし続けていた。
―――なんか変な病気にかかっちゃたのかな?でも、この感じどこかで……
その時ピンときたあたしは本棚をひっくり返して、一冊の絵本を取り出した。
王子様がお姫様を助けるお話が描かれている絵本。
その中でお姫様は王子様に手を取られて、あたしと同じように胸をドキドキさせていた。
そしてお姫様は大好きな王子様と結婚して幸せに暮らす、っていう終いのお話。
―――これなんだ、多分。アーリィはワッドのことを……
ずっと仲良く遊んでいた友達のワッドが、大好きな人になった瞬間だった。
「アーリィ!遊ぼう!」
あくる日、ワッドがいつもみたいに遊びに誘いにきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ワッドの声を聞いて胸がドキドキし始めたあたしはクローゼットの中をひっくり返した。
いつものシャツとズボンは投げ捨てて、お母さんが生きていた頃買ってくれた白いワンピースを取り出す。
こんな女の子っぽいものなんて恥ずかしくて着られないとずっと思っていたけど、今はこれを着たいと思ったあたしは、ソレに初めて袖を通す。
すると案外似合ていると思った。
「アーリィ、まだぁ?」
「あ、うん!今行く!!」
―――きっとワッドも可愛いってくれるはず!
そんな想像に胸をドキドキさせながらあたしは家を出た。
「お、お待たせ!」
何故か、ワッドはぽかんとした顔をしていた。
「アーリィ、なんでそんなかっこしてんの?」
「えっ?」
「男がそんなかっこするの変だって!」
その時、初めてワッドがずっとあたしのことを男だと思っていたんだと知った。
それからというものあたしは考えを改めた。
―――ワッドに女の子として見てもらいたい!
一人称は”アーリィ”から”あたし”へ。
男の子っぽい服も捨て、髪を伸ばしてツインテールにした。
ワッドに少しでも女の子として扱ってもらえるように。
でも、ホントついこの間までは、全然女の子として扱っては貰えて居なかった。
それが今から10年と少し前の話。
そして時間が経って今、ようやくあたしは念願叶ってワッドに好きって言って貰えた。
すごく嬉しくて、嬉しくてたまらないあたしだったのだった。