ChapterⅣ:再臨の黒⑧
「助けてくれてありがとう。君たちがいなかったらきっと俺たちは全滅してたよ」
ローヤルはそう言って、ステンレスカップに入ったコーヒーを俺の前へ置いてくれた。
「いや、問題ない。できることをやったまでた」
ローヤルは苦笑した。
「本当は酒を出したいところなんだけど、全部やられてしまってね。コーヒーで申し訳ない」
どちらともなく俺とローヤルはステンレスカップをお互いに打ち合って乾杯をする。
俺とローヤルは机と椅子が置けるほどの大きさの天幕の中で静かにコーヒーを飲み始めた。
辛うじて、プラチナ一派の猛攻から逃げ延びたサント・リーの面々は西海岸と中央山系の間にある、エプロ川流域のかつて街であっただろう廃墟で野営をしていた。
テントを持参した者は、ガレキの間を縫うようにしてそこに身を寄せ、全てを失ったものは廃墟と化した家屋の中で互いに身を寄せ合っている。
ここにいる誰しもが憔悴しきり、昨日までサント・リーの街にあった生命力を感じさせていた活気はない。ただ夜風に吹かれ身を震わせ、息を潜めている。
ローヤルの話では辛くも逃げ延びたものの、住民・構成員の約半数を失っているらしい。
―――もはやサント・リーもここまでか。
既に彼らに残された力は少ない。
そんな状況なら俺とハーパーという存在は喉から手が出るほど欲しい戦力に違いない。
ならば、彼らがひた隠しにしているプラチナの情報を容易に引き出すことが出来るかも知れない。俺はゆっくりと口を開き、
「良ければ今後もお前たちのことを手伝ってもいい。代わりにお前たちが掴んでいるプラチナの情報を全部聞かせてくれないか?」
「……やはりそう来たか……」
ローヤルは静かにそう呟くと俺に視線を合わさずコーヒーをすする。
しかし二の句はなかなか繋がれなかった。
「俺たちの力が必要なんじゃないか?俺とお前たちの目的はプラチナを倒すことで一致している。何を躊躇う必要があるんだ?」
「……」
「私達が掴んでいるのはプラチナの最終侵攻目標についてです」
ローヤルは驚きの表情を上げる。
天幕へすっかり顔を色を良くしたジムさんがハーパーと共に入ってくるところだった。
「良いのか?ジム?」
ローヤルは慎重にジムさんへ聞く。
「構わないのです。もはや私たちに選択権はないのです」
「……分かった。コーヒーを入れてこよう」
ローヤルは席から立ち、天幕から出て行った。
ジムさんはさっきまでローヤルが居たところに座り、ハーパーは俺の隣へ座った。
「で、プラチナの最終侵攻目標ってのはなんなんですか?」
俺は早速口火を切った。ジムさんの口がゆっくりと開く。
「奴はこの二年間、無差別に破壊をしていたように見えましたが実際はそうではないのです。奴の目的はアンダルシアンに存在する全ての【遺跡】を掌握することにあったのです。二年経った今、ワイルドが破壊したスチルポット遺跡やロングネックと一緒に無くなったジョニーさんの【遺跡】以外は全て奴の手の中にあるのです。そして奴は最終的に奴が発見されたスペサイド遺跡を手に入れるべく動き出しているのです」
「スペサイド遺跡を?どうして?」
「私達の調べた結果、スペサイド遺跡はアンダルシアンに存在する全ての遺跡を操る能力を持っているようなのです。プラチナは掌握した全ての【遺跡】とスペサイドを接続して、【遺跡】に残っている全てのバーボンを一斉に発射して世界を滅ぼすつもりでいるのです」
「そんな……」
ハーパーはあまりの話の内容に言葉を失っていた。
「本来なら私達は三日後、サント・リーを二軍に分割して、片方をマドリッド奪還作戦を装った陽動部隊で敵を引きつけ、その間にもう一方がスペサイドへ侵攻してプラチナを暗殺する計画でいました……」
「でも、現状でその作戦は無謀ですよね?」
俺が聞くと、ジムさんはゆっくりと首を縦に振った。
「ワイルドの指摘する通りなのです。昨日の戦いでサント・リーは半数以上の戦力を失ったのです。これでは陽動に力を回せないのが現状なのです……」
「そうですか……」
確かにサント・リーの戦力を二分するのは現状では厳しいと言わざるを得ない。
しかしそれはあくまでサント・リーの人員だけで考えてのことだ。
きっとそれはジムさんも分かっている。
そして、どうしてこの話を俺とハーパーへ聞かせたのか。
なんとなく俺は察した。
それは俺にとってもとても都合のいい話だ。
「状況はわかりました。なら、俺がスペサイドへ向かいましょう」
「……」
ジムさんは何も答えない。
「例えワイルド様でもそれは危険ではありませんか?」
隣のハーパーが恐る恐る聞いてくる。
「確かに俺一人じゃ危険だし、失敗する可能性はある。念のための確認ですけど、ジムさんの部屋に合って、ローゼズが強奪したアタッシュケースにはこの作戦の概要を示す何かが入っていたんですよね?」
「……その通りなのです」
「この状況じゃ、それは好都合ですね。この計画を知ったならローゼズとマッカランは確実にスペサイドへ向かう。俺一人じゃプラチナの猛攻を凌ぎきれませんけど、あの二人がいることで敵の注意は分散されますね。なら、単身よりも遥かにプラチナを殺しやすいですよ」
「ジム、ワイルド君はこう言ってるがどうするんだい?」
カップを持ったローヤルが天幕へ戻ってくる。
天幕の中に静寂が訪れる。
長く重い沈黙が続くが、誰も声を上げない。
だが、俺は待ち続けた。
その時を。
ジムさんはコーヒーで唇を湿らせる。
やがて、
「申し訳ないですけど、スペサイドの件はワイルドにお願いしたいのです……その間に私達、サント・リーはマドリッドへ侵攻して可能な限り敵を引き付けるのです……」
「わかりました。そうさせて貰います」
「……」
「ハーパー、お前もサント・リーに加わって陽動を……」
気が付くと俺の隣のいるハーパーは顔を俯かせていた。
コーヒーには一切口をつけず、膝の上でただ拳を強く握り締めている。
「おいハーパー聞いてるのか?」
「……はい……かしこまりました、ワイルド様……」
ハーパーは声を搾り出すようにそう答えた。
「なら出立はいつにするか?サント・リーを壊滅させた今、プラチナ一派はすぐに動き出すやもしれないな」
ローヤルがジムさんへ問う。
「一気に攻めるのです。できるだけ早く……ローヤル、明朝には出発できますですか?」
「そういうと思った。既に皆へは出陣の支度をさせてある」
「仕事が早くて助かるのです……」
ジムさんはゆっくりと俺へ視線を合わせてくる。
その瞳は暗く淀んでいるが、俺はそれを感じない振りをした。
「頼むです、ワイルド。君にこのアンダルシアンの命運を預けるのです」
―――アンダルシアンの命運などどうでもいい。俺はプラチナを殺せさえすれば……
だが俺はそんな本音は外へ出さず、ジムさんへ向けて頷き返す。
隣に座るハーパーは相変わらず固く口を閉ざしたままだった。
ついに時は来た。
今こそ俺の本懐を遂げるとき。
―――長い、長い二年だった。でも明日には全てが決する。
俺は内心で、自分の決意を再確認するのだった。