ChapterⅣ:再臨の黒⑥
「そいつの中身はなんなんだローゼズ?」
俺はアタッシュケースのハンドルに強く握り締めたままでいる俺の家族、フォア・ローゼズへ問いかける。
「……」
だがローゼズは俺の言葉に反応を示さない。
ただ無機質で、冷たい視線を俺へ送っているのみ。
ローゼズの瞳はまるで出会ったばかりの頃のような冷たく、氷のような雰囲気を湛えている。
「答えろ!お前はそいつを持ち去って何を企んでる!」
「邪魔しない!」
鋭い殺気を感じた俺は後ろへ飛び退く。
コーンのものではない、鋭い炸裂音が室内にこだまする。
ローゼズは既にナイフをしまい、左手にビーンズメーカーを持っていた。
さっきまで俺がいたところにはビーンズメーカーで刻まれた鋭い弾痕がみえる。
ローゼズは素早く窓の方へ踵を返して、ビーンズメーカーを撃ち込む。
弾痕が刻まれ脆くなった窓ガラスへ体当たりをして、外へ飛び出していった。
「待てッ!」
俺もローゼズを追ってバラバラに砕けた窓へ体当たりをして、飛び出す。
三階から庭へ飛び降りると、警備に当たっていた黒服がうつ伏せに倒れ、伸びている。
「侵入者だ!誰か来てくれ!!」
俺がそう叫ぶと瞬時に館のあらゆる窓が開いて、そこから銃を構えた黒服が現れる。
俺は彼に先んじて、ローゼズへ向けビーンズメーカーを放った。
するとローゼズは咄嗟に振り返り、ビーンズメーカーを放つ。
弾の軌道を予測して俺は横に飛び退き、二発ローゼズへ向け撃ち込む。
ローゼズもまた二発、同じ軌道で撃ち込んでくる。
それならばと飛び上がり、横一列に三発弾を放った。
するとそれさえも予見していたローゼズは同じ起動の弾を撃ってくる。
一連の弾の応酬は一瞬のことに過ぎない。
しかし瞬時に俺とローゼズが放ちあった互いの弾は全て同じ射線上を走り、正面からぶつかり合う。
全ての弾が互いを弾きあって跳弾し、植え込みに、館の壁に弾痕を刻む。
しかし俺のローゼズの銃撃は終わらない。
俺がどんな軌道で弾を撃ち込もうとも、ローゼズは同じ射線上に弾を送ってくる。
俺もまた同じく、ローゼズの射線上へ向けて弾を放つ。
無数の弾は全てぶつかり合い、跳弾する。
弾はどちらに当たることもなく、館の壁や窓ガラス、植え込みへ飛ぶ。
それらから銃を持って顔を覗かせていた黒服たちは堪らず身を隠し、射撃どころでは無い。
「そいつを渡せッ!」
「嫌ッ!」
俺は叫びながら弾を撃ち込み、ローゼズは強い否定を叫びながら反撃してくる。
ローヤル邸の庭はすっかり俺とローゼズだけの戦場と化していた。
その時、突然甲高い鐘を打ち鳴らす音が当たりに響き渡った。
俺とローゼズはどちらからでもなく射撃を互いに止め、鐘の音に耳を欹てる(そばだてる)。
すると、俺の背後にあった館の扉が開いた。
扉の向こうから険しい表情をしたローヤルが飛び出てくる。
「プラチナ一派の襲撃だ!総員、緊急戦闘配置!」
ローヤルの言葉を聞いて俺とローゼズは思わず視線を空へ上げた。
暗い夜空の向こうに、数え切れない程の二組の赤い光がみえる。
「ロ、ローヤル……あの様子だと敵は南から波状攻撃を仕掛けるつもりです……」
気が付くと俺たちの脇にはハーパーに肩を抱かれたジムさんの姿があった。
「ジム!?顔が真っ青じゃないか!?」
ローヤルは苦しそうに顔を歪めているジムさんへ声をかける。
「ごめんです、こんな時に、飲みすぎたです……」
「無理をするな。君は部屋で休んでいろ」
「だ、ダメです。あの銀兵士の数は今までの比じゃないです。奴ら(プラチナ一派)は今日こそ本気でココを潰す気です……」
ジムさんはハーパーから離れようとする。
しかしすぐに足をもつれさせた。
ハーパーが再びジムさんを抱きとめる。
「無理ですよ、ジムさん!そんな状態じゃ!」
「私は後悔したくないのですハーパー。ここでローヤルやずっと戦ってきたみんなに何かあったら私は……」
「ジムさん……」
ジムさんをこんな状態にしてしまったのは俺の責任だと感じた。
「ローヤル。ジムさんに代わりに俺が戦う。指示をくれ」
「だったら私も行きます!」
ハーパーもまた俺に賛同してくれる。
「ダメです……!!」
ジムさんは強い否定の言葉を絞り出していた。
「これは私たち(サント・リー)の問題です。ここはきっと凄惨な戦場になる筈です。関係の無いワイルドとハーパーは戦闘が始まる前にさっさとここから逃げるのです……!」「できませんよ、そんなこと。それにジムさんをそんなにしたのは俺の責任ですから」
俺はローヤルの方を向く。
「構わないな、ドン・ローヤル?」
ドン・ローヤルは少し頭を抱えた。しかしやがて、
「……分かった、協力感謝する」
「ローヤルッ!」
ジムさんが叫びを上げるが、ローヤルは聞こえないふりをしているように見えた。
「しかし、ジムの言うとおりだ。ここはおそらく悲惨な戦場になる。だから君たちが最後まで付き合う必要はない。戦況が不利と感じたら、俺たちのことを無視して即時退散してくれ。これが条件だがどうだい?」
「分かった。俺もプラチナを殺すまでは死ねない身なんでな。万が一の時は自分の命を優先させてもらう」
「ああ、是非そうしてくれ」
俺とローヤルは互いに握手を交わす。
意外にローヤルの手がまるで女性のように細く、柔らかいことに驚きを感じる。
しかし今はそんなことを指摘している場合ではない。
「よし、ハーパー!南門へ……」
振り返ると、さっきまでジムさんの肩を抱いていたハーパーの姿がなかった。
代わりに俺とローヤルの目前へ快傑ゴールドが降り立ってくる。
「南門へ参りましょうワイルド様!」
「ああ!」
俺とゴールドはローヤルの邸宅から駆け出して行くのだった。
深夜のサント・リーの街中は日中のように騒然としていた。
しかし日中の活気に見た声は一切なく、恐怖に慄き逃げ惑う住民の悲痛な叫びと、戦場へ向かう無法者たちの戦意高揚の声が全てであった。
俺とハーパーはできるだけ早く南門へ向かおうと、建物の屋根の上を飛び先を急ぐ。
すると目前に見えた二組の赤い光の中に十字のマズルフラッシュが無数に浮かびあがる。
目下で逃げ惑う住民や、戦いに赴こうとしている無法者たちが銃弾に貫かれ、血しぶきを上げる。サント・リーの上空に達した銀兵士は機関銃を掃射し、無差別空爆を開始していた。
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……」
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……」
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……」
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……」
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……」
不気味な掛け声と共に銀兵士に続いて、松明を持った暴徒の集団が大挙してくる。
奴らは家屋へ火を放ち、逃げ惑う同朋を、まるで物のようにそれぞれの道具で殺してゆく。
サント・リーの各地から断末摩と悲鳴が上がり始める。
だが、被害は未だサント・リー全域には広がっていない。
―――今なら未だ間に合う。
この瞬間だけは少し自分の命をここの防衛にかけると誓う。
「急ぐぞ!」
「はいっ!」
俺とハーパーは更に加速し、そしてサント・リーの南端まで達する。
そこでは既に銀兵士と暴徒の混成隊と武装したサント・リーの構成員が激戦を繰り広げていた。
「先に行きます!ゴォールドゥ!」
快傑ゴールドが先んじて飛び、銀兵士へレイピアで切りかかる。
ゴールドは駆れた手つきで銀兵士に存在する装甲の隙間を狙ってレイピアを振り落す。
銀兵士が爆発する数瞬前にそいつを蹴って飛び、また別の銀兵士へ切りかかっていた。
空中の銀兵士はゴールドに任せ、俺は地上のサント・リーの部隊へ合流した。
だが、共闘などはしない。
サント・リーの構成員を押しのけ、暴徒の中へ飛び込む。
縄を投げ、拳を放ち、ビーンズメーカーを抜いて撃つ。
暴徒と言えど所詮ただの人間でしかなく、俺の動きに全く付いては来られない。
俺は繰り返し、暴徒集団の中で暴れ回り、かき回す。
隊列は見事崩れ、その隙にサント・リーの構成員が暴徒を鎮圧してゆく。
そんな俺の行動に感づいた銀兵士の一部が上空から俺へ向かってくる。
マズルフラッシュが明滅して、無数の鋭い弾丸が俺へ向け降り注ぐ。
俺は両腕を瞬時にクロコダイルスキンで覆い、腕を薙いだ。
降り注いできた無数の弾丸は絶妙な角度でクロコダイルスキンで弾かれ跳弾し、上空の銀兵士を全て撃破した。
しかし、その程度の撃破では焼け石に水。
俺とゴールドは無尽蔵に飛来してくる銀兵士をことごとく撃破してゆく。
「やれい!東方鎖国最強!響、山崎、白州!妾達の力を思い知らせるのじゃ!」
サント・リーの構成員の中から竹鶴姫の叫びが聞こえ、
「参るぞ!嵐の陣!!」
「「応ッ!!」」
響、山崎、白州が縦隊を組んで飛び出してくる。
彼らは暴徒を倒し、地上の敵勢力を撃破する。
次いで、飛来してくる銀兵士が更に上から降り注いできた火球に呑み込まれ、空中で四散した。
俺たちの後方には巨大な大砲:スモールバッチバーボンを搭載したトラックが止まっていた。
運転席に座っているのはトリガーをフロントガラスに突き付けているジムさんだった。
ジムさんは冷や汗を浮かべ、目を苦しそうにしかめながらもスモールバッチバーボンで正確な射撃を行って、銀兵士を次々と撃ち落としてゆく。
「いくぞてめれらぁ!今日こそサント・リーの恐ろしさを教えてやるんだ!」
「「「オオオッ―――!!」」」
優勢に勢い付いたサント・リーの構成員達は一斉射撃を開始し、空の銀兵士と地上の暴徒を次々と鎮圧してゆく。
空中戦を仕掛けている怪傑ゴールドも負けずとレイピアを振り、俺もその動きに同調する。
物量で優るプラチナ一派だったが、こちらの勢いに押され、次第に後退して行くのが分かった。
―――このまま押し切れば!
その時、俺の背筋が急激に寒気を感じた。
俺は左腕へクロコダイルスキンを発動させ、後ろへ振り返り腕を薙いだ。
クロコダイルスキンへ一瞬で五発の鉛玉がぶつかり、跳ね返る。
「いやぁ!まさかこんなところで会えるとは思ってもみなかったよワイルド=ターキー!二年間もどこへ隠れていたのかな?」
俺の目の前には不愉快な笑みを浮かべる長い黒髪の女が居た。
黒い衣装に、黒のポンチョ、黒のテンガロンハットをかぶり、俺のスコフィールド型と同型のリボルバーを持った宿敵の側近。
「ブラックローゼズッ!」
俺は迷わずビーンズメーカーのハンマーを五指で撫で、トリガーを引く。
だがブラックは左腕のクロコダイルスキンで俺の放った弾をあっさり弾いた。
「なんだいなんだい、二年ぶりの再会だってのに随分なご挨拶じゃないか?」
「黙れッ!」
俺はシースナイフを構え、瞬時にブラックとの距離を詰め切りかかる。
ブラックは相変わらずの軽薄な笑みを浮かべながら、銃でナイフを受け止めた。
しかし俺は一瞬身を引き距離を置くと、再び間ブラックへ切りかかる。
狙うはブラックの首筋。
「へぇ!前よりも随分早くなったねぇ。この二年、どこかで不貞寝してたわけじゃないんだ?」
ブラックはナイフの刃を左手の人差し指と中指で掴み、刃が進むのを止めていた。
「プラチナはどこだ!」
俺がそう叫ぶと、ブラックの軽薄な笑みの仮面が崩れ、眉間に皺が寄る。
「んなこと、教えるわけねぇだろうがぁっ!」
「グハッ!?」
ブラックの鋭いひざ蹴りが俺の腹を穿つ。
内蔵が飛び出そうな程の衝撃を堪え、後ろへ飛び退く。
その時既に目の前には銃を俺の額へ突きつけているブラックローゼズの姿があった。
奴の指が引き金を引く数コンマ先を行き、俺は奴の腕を弾く。
銃口が外れ、鉛玉が俺の頬を掠めた。
「お返しだ!」
「うぐっ!?」
俺は無防備を晒しているブラックの腹へ拳をねじ込む。
一瞬、ブラックの身体がくの字に居折れた。
しかし奴はすぐさま体勢を立て直して、後ろへ大きく飛び退く。
ブラックは口元に浮かんだ血を真っ赤な舌で舐めとった。
「つまらないつまらないつまらない!こんなのつまんないんだよ、僕が殴られるなんてつまんないんだよォォォッ!!みんな消えちまいなァァァッ!!」
ブラックが不愉快な叫びを上げた。
すると、奴の上空にいた銀兵士が動き出す。
何故か銀兵士の銃身は全てブラックへ向き、無数のマズルフラッシュが明滅を始める。
ブラックは身体の全域に渡ってクロコダイルスキンを発現させた。
様々な角度からブラックへ撃ちこまれた銃弾は、奴のクロコダイルスキンに弾かれ、縦横無尽に跳弾し、その全てが俺を狙う。
「ハハッ!フハハハッ!踊れ踊れ踊り狂え!狂っちゃえ!あーっはっはっは!」
ブラックはまるで踊りのように身体をひねり続け、
銀兵士からの銃弾をクロコダイルスキンで弾き続ける。
様々な角度から俺を狙って、銃弾が撃ち込まれてくる。
その奇怪な軌道は、避けるので精いっぱいで、俺に反撃の隙を与えない。
だがブラックの四方八方から繰り出される跳弾攻撃に止む様子は無い。
俺はブラックによってその場に釘づけにされた。
その時、空中から怪傑ゴールドが地上へ降り立つのが見えた。
彼女はレイピアを地面へ突き立て、膝を付いている。
胸部の装甲の真ん中にある宝玉が明滅を繰り返していた。
―――活動限界か!?
膝を付くゴールドへ銀兵士が急降下を仕掛けている。
「後ろだゴールドッ!」
「ッ!?」
ゴールドは素早く振り返り、レイピアを薙いで銀兵士を切り裂く。
しかし再びレイピアを地面へ突き立ててしまう。
ゴールドの活動限界は戦場に多大な影響を及ぼしていた。
「姫様ぁ!」
「響ッ!?」
銃弾によるかすり傷を無数に浮かべた響達は竹鶴姫を守るように彼女を囲い、銀兵士の猛攻を防いでいた。
しかし銀兵士軍団の銃撃はすさまじく、響達はその場で竹鶴姫を守るのに精一杯な様子だった。
銀兵士の次なるターゲットはスモールバッチバーボンを放ち続けるジムさんのトラック。
ジムさんはトラックからスモールバッチバーボンを撃ち続けていた。
しかし最接近してきた銀兵士にスモールバッチバーボンは当たらず、トラックは激しい銃撃の雨に晒されていた。
スモールバッチバーボンが紫電を浮かべ、運転席からジムさんが飛び出す。
次の瞬間、トラックは爆発炎上を始めた。
「【死】をもたらすために【破壊】を!【死】をもたらすために【破壊】を!【死】を……!」
暴徒は勢いを増し、サント・リーの構成員へ襲いかかってゆく。
主戦力である俺たちは封じられ、サント・リーの構成員達は勢いを増した暴徒に飲み込まれてゆく。
「よそ見してんじゃねぇよ、バーカッ!」
「ッ!?」
頭蓋骨が砕けそうな強い衝撃が俺を襲う。
一瞬、意識が暗転する。
後頭部にブラックの踵押しをもろに喰らってしまった俺はそのまま地面へ叩き付けられた。
ブラックのブーツの靴底が俺の頭を踏みつける。
奴は不愉快な笑みを浮かべ、嬉々とした様子で俺へ銃口を突きつけた。
「チェックメイトだワイルド=ターキー!二年間頑張ったようだけど無駄だったね」
「クッ……うわっ!」
俺がビーンズメーカーを放とうとしたことに気づいたブラックはもう片方の足で俺の右腕を思い切り踏みつけた。
ブラックが撃鉄へ指をかける。
「さぁ、終わりだ。そして今日から僕が本物の【黒】だ。僕だけがプラチナ唯一の家族なんだぁ!!」
完全に動きを封じられ、俺は為す術が無い。
―――終わっちまうのか?
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、アーリィの復讐を胸に生き続けてきたこの二年間。
しかし俺はいま、敵であるプラチナに会うことも叶わず果てようとしている。
そんなのは嫌だった。
認めたくなかった。
だが、体は動かず、ブラックの銃口は脳髄を吹き飛ばそうとまっすぐ俺の後頭部を狙っている。
―――こんなところで、終わりたくない!俺はアーリィの仇を……!プラチナの命を……!
その時、ブラックが俺の後頭部から足を離し、飛び退いた。奴はクロコダイルスキンで撃ち込まれた3発の銃弾を弾く。
次いで、俺の正面へダークスーツにマントを羽織い、手を白手袋で覆った人物が飛び降りてきた。
「お前は……!?」