ChapterⅢ:ハイボール牧場の決闘 ③
ローゼズに指示され、
牧場防衛の資材調達のために俺とジムは、
アランビアックの市場に来ていた。
陽が空の中心から少し外れ、
アランビアックの市場には次第に買い物客が集まり始めていた。
赤いテラロッサの大地の上にテントを張り、
たくさんの商人が威勢の良い声を上げながら、
通りかかるお客へ片っ端から声を掛け続けている。
「ラッキーです。今日は月に一回の大市なのです。これだったらローゼズさんに指示されたモノもすぐ手に入りそうです!」
「……」
何かジムが言ったような気がした。
しかしジムの声は左耳から入ってそのまま右へ抜けてゆく。
頭の中はローゼズの書いた提案書のことで一杯だった。
ローゼズは異常なまでに【不殺】にこだわっている。
それが本人のこと、だけであればいい。
自分を守るために、
最低限の攻撃をして無力化すれば良いだけだ。
でも今回は訳が違う。
ローゼズの周りにはジム、フレッドさんと奥さん、
ジムの弟、アーリィ、そして俺がいる。
そんな大勢を守りつつ、
自分たちより大人数を相手にしながら、
【不殺】を貫き通すのは考えが甘すぎるんじゃないか?
ローゼズ自身は破格の能力を持っているから良いんだろう。
でも俺たちはそこまでの力は持っていない。
だからこそ余分な考えは捨てて、
ただ牧場の防衛に専念するのが良いんじゃないか。
【不殺】を貫き誰も殺さず牧場を防衛することなんて不可能なんじゃないか?
「ローゼズさんの案が不安ですか?」
「えっ?」
ジムは突然まるで、
俺の心の中を読んだかのような言葉を出していた。
「顔にそう書いてあります。お姉さんはなんでもお見通しなのですよ?」
「お姉さん……?」
「ワイルドさん、たぶん17歳くらいですよね?」
「なんでわかるんですか?」
「わかります。三人も弟がいますから! 私、ワイルドさんより二つお姉さんなのですよ?」
つまり【ジム】ではなく【ジムさん】だったということだ。
人は見た目によらないというのは、
ローゼズやアーリィで慣れていると思っていたけど、
やっぱり未だ俺の知らない世界があるんだなと思い知る。
確かに言われてみれば随分胸があると思っていたけど。
「どこ見てるですか? ワイルドさんのエッチ」
「す、すみません!」
うっかり立ち止まり、
胸に目がいってしまったことを反省。
「私の胸の鑑賞料は高いですよ?」
しかしジムさんは怒ったりもせず、
笑顔でさらりとそう返してきた。
なんだか何もかもを見透かされていることが気恥ずかしくなった俺は、
ついジムさんが顔を逸らしてしまう。
何故かジムさんは俺の横で再び微笑み、
「ローゼズさんは誰も殺したくないです。それが例え悪党であってもです」
「……」
「でもハイボール牧場を救いたいって気持ちは確かに感じたです。だから私はローゼズさんの案に賛成したです」
「でも、ジムさん……確かにローゼズはすごく強いです。でも、相手は俺たちより大人数のゴールデンプロミスなんですよ?戦力差は目に見えて明らかです。だからそんな甘い……」
突然ジムさんは背伸びをし、
人差し指を立て、俺の口元へそっと添えてきた。
思わず俺は口を噤む。
「ワイルドさんがもしローゼズさんのことを本当の仲間と思うなら信じてあげるです。一緒に戦う仲間が信じてあげなきゃ、ローゼズさんの防衛案はワイルドさんが不安を抱く通り、失敗するかもしれませんよ?」
ジムさんは優しい微笑みを浮かべながら、
俺の唇から人差し指を外す。
「ローゼズを信じる……」
自然と俺の口からそんな言葉が漏れた。
確かに不安はある。
しかし不安の中で思い出されるのはローゼズの真摯な眼差しだった。
無茶な作戦だ。
荒唐無稽といっても言い。
でも、提案をしたローゼズは自信と決意に満ちた目をしていた。
それを見て俺も、ここへ資材の調達に来たんじゃないかと思い出す。
――本当の仲間と思うなら信じる……
俺はここに来るまでアイツに何度も助けられた。
命を救われた。
この旅の同行も二つ返事で許した。
――そっか、俺、案外ローゼズのことを信じてるんだ。
まだ出会ってからは短い。
でも意外と自分がそんなローゼズのことを、
頼りにしていることに改めて気が付く。
「顔が優しくなったです。不安は取れましたですか?」
隣ではジムさんが微笑んでいた。
俺はジムさんの言葉に強く頷き返す。
「はい。ジムさんの言う通りだって思いました。俺、ローゼズのことを信じてみます!」
「ふふ、気づけたのなら良かったのです」
「気づかせてくれてありがとうございました!」
「元気が良いです!素直で元気の良い年下は嫌いじゃないですよ?」
突然、ジムさんが寄ってきた。
ジムさんは俺の腕へ抱きつき、
更に肘は十分過ぎる大きさの胸の谷間に挟まれる。
「な、ちょ、ジ、ジムさん!?」
「なかなか逞しい腕です! 益々気に入ったです!」
ジムさんは更に体を寄せ、
容赦なく俺の腕を谷間で挟む。
すごく暖かくて、
すごく柔らかく、
すごく気持ちいい感触は自然と俺の全身を火照らせる。
「どうしました? こういうの初めてですか?」
「あ、や、えっと!」
「可愛いです♪ これからはワイルドって呼んでも良いですか?」
「え、あ、はい!」
「良かったです! じゃあワイルドも私のことをジムで良いですよ? もしくはお姉ちゃんでも!」
「さ、さすがにそれはできません! ジムさんはジムさんで良いじゃないですか!」
「えー寂しいです」
ジムさんは更に体を寄せる、
というかほぼ俺と密着している。
近くに寄れば寄るほどジムさんから漂ういい匂い
――清涼感のある草原のような香りにふわりと混ざる甘さのニュアンス――
が余計に体を火照らせて……ちょっとマズイ。
「まぁ、仕方ないです。いつかお姉ちゃんって言わせてやるです。さっ、先を急ぐです。明日の朝まで時間ないです……ワイルド、歩くです!」
ジムさんは俺の腕に抱きついたまま、
頬を含まらせジト目で睨んでいる。
「こ、このままでですか!?」
「そうです! 買い物はこのままします!」
刹那俺は背後に何故か殺気のようなものを感じた。
「あえ、ちょ、いきな……!」
思わず俺はジムさんを強く抱きしめ、身を逸らす。
背後を過る影。
「あべしっ!」
何故か目の前には、
砂埃まみれで突っ伏しているアーリィの姿あった。
「もぅ、ワイルドいきなり強引です。お姉ちゃん、心の準備が……」
一人妄想世界にダイブしているジムさんを置いておいて、
俺は盛大にずっこけたままピクピクと震えているアーリィへ近寄った。
「おーい、ぺちゃパイ、起きろー?」
「だぁーれがぺちゃパイだってぇ!」
元気よく起き上がるアーリィ。
復活の呪文大成功。
「こんなとこでお前なにしてんだ?」
「なにも糞もそれはワッドのことでしょうが! どうしてただの買い物なのにジムさんとイチャラブしてんのよぉ!」
半べそを掻きながらアーリィは訴える。
「べ、別にイチャラブなんてしてねぇよ! あれはジムさんが勝手に……」
「そうです! 私が勝手にですよ♪」
気が付くといつの間にかジムさんが俺の腕に再び抱きついていた。
――やばい、またすごい気持ちよさが……
「な、な、なにしてんですか!」
「何って私はワイルドが気に入ったです。ですからこうして彼を誘惑してるです」
「ワッド離れて!今すぐ!速やかに!」
何故かアーリィは顔を真っ赤に染めながら命令してきた。
そうしたいのは山々なんだけど……
「ワイルドが離れようとしても私が離しませんよ?」
更に抱きついてくるジムさんだった。
――ヤバ、また匂いと感触で……
「そんな気になるのだったらアーリィさんも同じことするです。そうすれば万事解決なのですよ?……あーでも……」
ジムさんはにやりと笑みを浮かべ、
ゆっくりと視線をアーリィの胸へ移す。
「同じことしても私の勝ちでぇすねぇ」
「なっ!?」
「だって私の方があるです。ご覧の通りワイルドも、お姉さんのここに夢中なのですよ?」
そう云ってジムさんはニヤリとした笑みを浮かべながら、
胸を少し押し上げてみせた。
――ヤバイっすジムさん、なんか腕に当たって……
「そ、そんなことないもん! ワッドは簡単に落ないもん!」
「そうですかぁ?ほらほら」
「あひゃ」
――ジムさんヤバイっす、本気でヤバイっす……
ふと、右腕にちょこっとだけ柔らかい感触を感じるが、
ただそれだけだった。
「なにやってんだお前?」
アーリィは何故か俺の右腕に抱きついていた。
「ほ、ほら! どう!?」
アーリィは顔を真っ赤に染め、
肩を震わせながら俺の右腕へ体を寄せた。
ただそれだけだった。
「どう!?」
「えっと……ちょっと暑苦しいから離れてくれね?」
「もしかして……それだけ?」
「他に何がある?」
「うわぁぁぁ~……ッ!?」
突然、俺の右腕からアーリィが消えた。
「サボりダメ」
今度はいつの間にかローゼズがいた。
ローゼズは泣き叫び、
ジタバタするアーリィの襟首を掴み、持ち上げている。
「ローゼズさん離して! 離してよぉ! うわぁぁぁ~ん!」
「ダメ! 時間無い!」
「やだぁ~!こ のまま帰るのやだぁ~!」
普段は子供じみてみえるローゼズが、
大人に見えるという不思議な光景だった。
「アーリィちゃん、いい子だから泣き止むですよ?」
気が付くとジムさんは俺の腕から離れ、
今度は泣きじゃくるアーリィへ屈み込んで、
子供をあやすような口調でアイツの頭を撫でていた。
「だってぇ、だってぇ~」
「だったら一緒にお買い物するです。みんなですれば早く終わりますし、その分罠の設置に時間が取れるです。ローゼズさんどうでしょ?」
「んー……んー……わかった」
「あべしっ!」
ローゼズが急に手を離し、
アーリィは再びテラロッサに突っ伏すが、すぐさま起き上がり、
「ちょっとローゼズさん! いきなり離さないで!」
「んー?」
「聞いてます!?」
「はいはいお二人共そこまでそこまでですよぉ」
ジムさんが割って入り、一応の収束。
なんだかかんだで四人で買い物をする羽目になった。
「ローゼズさん!それいらない!」
「んー……おいしそう」
「お金足りなくなっちゃうって!」
「んー……! んー……!」
「ああん、もう!」
「怒らない怒らないです」
「って、ジムさんどさくさにまぎれてワッドに抱きつかないでください!」
「ならアリたんも同じことするです」
「あ、アリたんって……」
「んー……」
「ローゼズさん、どうしていきなりワッドの腕に!?」
「んー……!」
「きっとロゼたんはカリカリ頭のアリたんじゃなくて、ワイルドにおねだりしてるです! さっ、アリたんも来るです! おっぱいまみれだからこそワイルドもアリたんの無い乳に新鮮味を感じるはずです!」
「えっ、そ、そうですか……?」
「そうです! 来るです! アリたん!」
「わ、わかった!」
「お前ら少しは真面目に買い物しろーーーー!」
さすがに買い物が全然進まず、俺は叫びを響かせた。
驚いた三人は一斉に俺から離れる。
だがその後も同じようなやり取りが何回もあった。
目的はなかなか進まなかったけど、でも俺は少し満足していた。
てんやわんやでアランビアックの街を巡る中で、
俺はまるでこの四人で昔から過ごしてきていたような感覚を覚えた。
そんな風に思えてき出すと、
ついさっきまで胸の中にあったローゼズの作戦案の不安が、
いつの間にかなくなっていることに気が付く。
――きっと俺たちならローゼズの【不殺】を貫いた作戦を成功させられる。
俺は自然とそう思うようになっていたのだった。