ChapterⅣ:再臨の黒③
ジムさんと響さん達は人が犇めく通りに足を踏み入れる。
すると合図もなく誰もがジムさん達へ道を開けた。普通の人も、柄が悪そうな無法者も、皆ジムさんの行く手を阻まないよう、道を譲ってゆく。
俺はそんなジムさんに続いて歩いてゆく。
やがて、道の向こうに立派な門扉と本館の邸宅が見えてきた。
固く閉ざされている鉄門の前には鋭く眼光を光らせる武装した男が二人、門番をしている。
しかしジムさんが近づくと、彼らは警戒を解き、銃を下げた。
「お帰りなさいませ頭!」
「開けるのです。ローヤルに面会です」
「へい!」
門番の男たちは門をあっさりと開く。
俺はジムさんに続いて門をくぐり、アインザックウォルフの屋敷に引けを取らない館の中へと進んでゆく。
赤絨毯が敷き詰められている立派な廊下を俺とハーパーはジムさんに従って進んでゆく。
人相の悪い、屈強そうな連中は皆、ジムさんとすれ違う度にその場で直立不動になり、「お帰りなさいませ頭!」と口を揃えてそういい、深々と頭を下げる。
―――ジムさんはこの中で相当な権力を持っているようだ。
「よぉ!ジム、戻っておったか!」
廊下の向こうから聞き覚えのある声が親しげにジムさんのことを呼ぶ。
響達が参加しているのだから大方予想はしていたが、
やはりジムさんに声をかけていたのは東方の姫君:竹鶴だった。
二年前と比べ、明らかに身長が10センチ程伸びていて、顔立ちも以前に比べると少し大人びている。でも竹鶴は相変わらず手にしゃもじを持っていることは変わらなかった。
「ローヤルは執務室に居ますですか?」
「ああ、おるぞい。いつものように書類とにらめっこをしておるわ」
「そうですか」
「はて、その奥の二人はどこかで……? のお!アインザックウォルフではないか!」
竹鶴姫はハーパーへそう言う。
「お久しぶりです、鳥井竹鶴姫様。ご機嫌麗しゅうようで」
「お主も健勝だったか?」
「ええ、おかげさまで」
「ところで……お主は誰じゃ?」
俺を見て竹鶴姫は首を傾げる。
「ワイルド=ターキーです」
ジムさんがそう答えると、竹鶴姫は俺をまじまじと見つめ、目を丸くする。
「久しぶりだな、竹鶴」
「ほぉーお主があのワイルド=ターキー……もしや少し老けたか?」
「姫様ッ!」
突然、響さんが割って入った。
「なんじゃ響、うっさいのぉ」
「幾ら旧知の仲とは言え、そのような物言いはいけませんぞ姫様!」
「全くお主は相変わらずこまい男じゃのぉ~。妾は事実を申したまでぞ?」
「それはそうかもしれませんが、しかし久方ぶりの再会なのでもう少し柔和な表現をですな……」
「分かった!わかったわい!ええっと……久しぶりじゃのワイルド=ターキー、少し年喰ったか?」
「変わっておりません!」
「ああもう、うっさわい!山崎、白州、軍議の時間じゃ。あのようは阿呆は放っておいて妾達は行くぞい!」
「「ははっ!!」」
山崎と白州は俺たちへ会釈をして竹鶴へ続く。
「またなアインザックウォルフ、ワイルド!」
竹鶴はそういって俺たちとは逆方向へ歩き出し、
「ひ、姫様ぁ!置いて行かないくださいぃ~!!」
慌てて響は竹鶴姫を追う。
二年経とうと、竹鶴姫が少し身体的に成長した以外は特に変わっていないと思う俺だった。
暫く廊下を歩くと、その突き当たりにある扉の前にはまたしても銃を構えた男が立っているのがみえた。
しかしそいつはジムさんの姿を認めるなり、銃を下げる。
「お帰りなさいませ頭。ボスに御用ですか?」
「そうです。ローヤルに面会です」
ジムさんがそう答えると門番は扉をノックする。
「ボス!頭が面会の方をお連れしやした!」
『入れ』
扉の向こうから鋭い返答が帰ってくる。
ジムさんに変わって、警備をしていた男が扉を開く。
広い執務室の奥には立派な紫檀製の執務机があった。大きな二枚のガラス窓を背に、黒いスーツを羽織った、刃物のような印象を受ける男が書類を眺めていたが、すぐさま顔を上げる。
「お帰りジム。その後ろにいる方々は?」
「私の旧友です」
一足早くハーパーが一歩前へ出る。
「お忙しいところご面会の機会を与えてくださり光栄至極に存じます。私はハーパー=アインザックウォルフと申します」
「ほぅ、アインザックウォルフ!君が?」
「はい。以前は四代目当主を致しておりました」
「ロングネックは残念だったね。あと少しプラチナの侵攻が遅ければ俺たちが向かえたんだけどね」
「いえ、仕方ありません。そのお言葉を頂戴できただけで十分でございます。ドン・ローヤル」
「で、君は?」
ローヤルはまるで品定めをするような視線を俺へ向けてきた。
「ワイルド=ターキーだ」
「……そうか。よろしく、ワイルド=ターキー」
―――妙な間があったのは俺の思い過ごしだろうか?
「ローヤル、この二人は武器を持ってますがサント・リーでの行動の自由を許してやってほしいのです」
ジムさんがそういうと、
「ああ、良いよ。ジムの旧友なら警戒する必要は無いからね。ワイルド君、ハーパー君、手荒い歓迎をしてしまってすまなかったね。何分俺がやっていることがことだけに、その辺りは厳しくしないといけなくてね。部下には伝えておくのでこれからは安心して過ごしてくれたまえ」
「ありがとうございます、ドン・ローヤル」
俺に代わってハーパーが礼をいった。
こういう時ハーパーがいると助かると感じる。
「こうしてお会いできたのも何かの縁。一つお伺いしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
ハーパーがそう言う。
「何かな?」
ローヤルはさらりと応答する。
「私たちはプラチナを追って、ここに何か情報がないかと思いここまで参りました。もしよろしければ何か情報があればお教え頂きたく思っております」
「俺がサント・リーを束ねてるからかい?」
「そうです。提供して頂ければそれ相応のお礼はさせていただきます」
ハーパーはそう言ってベストのポケットから幾つかの宝石を取り出す。
旅に出る前にハーパーが万が一に備えてと、持ってきた泣けなしの宝石類だった。
「アインザックウォルフが持参したものだ。相当高価なものなんだろうね?」
「はい。これ一粒で300万ペセの価値があります」
「しかし申し訳ないが、その宝石の価値に見合うような情報は何もないんだよ。俺はプラチナが今、西海岸で暴れまわっていること以外はわからないし、むしろ俺たちの方が何か情報がないかって思ってるところなんだよ」
さらりとローヤルはそう返してくる。
―――本心が読めない。
それが俺の感じるローヤル=リザーブという男の印象だった。
ここは反プラチナを掲げる組織の中心だ。何も無いはずがない。
「そんな訳無いだろ?」
俺がそう言うとローヤルの視線が俺へ傾いてくる。
「どうしてだい?」
「ここは反プラチナの中心だ。そんなお前たちがその程度の情報しか持っていないのはおかしいと思うんだがな」
「そんなこと言われても知らないものは知らないんだ」
「金か?」
「そう思うかい?」
「質問を質問で返すな」
「喰えない男だね、君は」
少しローヤルが苛立っているようにみえる。
―――このまま感情を逆なで続ければあるいは……
「本当に私たちは何も知らないのですよ、ワイルド」
すると突然、ジムさんが割って入ってきた。
「ローヤルの言うとおり、むしろなにか知っていることがあればこっちの方が知りたい位なのです……それよりもワイルドはお酒好きですか?」
ジムさんが突然、そう問いかけてくる。
「…………ええ、まぁそれなりに」
「だったらこれから飲みに行こうです!ここで再会できたのもなにかの縁!20歳の誕生日を祝わせて欲しいのです!」
ジムさんがそう言うと、
「それは名案だジム。そういうことなら早速宴の準備をさせよう」
と、言ってローヤルは執務机から立ち上がるが、
「いや、宴はいらないのです。私はワイルドと二人きりで飲みたいのです」
「そうかい。それは残念だな」
ジムさんに断られたローヤルは再び席へ着く。
「良いですよねワイルド?」
「……そうですね。ジムさんがそう言ってくれたんです。甘えさせてもらいます」
「ワイルド様!!」
俺がジムさんへそう受け答えるとハーパーが口を挟んできた。
「飲みに行くなんて、そんな時間はないのではありませんか!?ここに何も情報が無いのなら一刻も早くプラチナのいる西海岸へ……」
俺はハーパーの声を聞かず、背を向けた。
「適当な宿を見繕っておいてくれ。場所は……そうだなここの外で警備をしてた門番の男にでも伝えといてくれ」
「ですねぇ。なら表にデュワーズって男がいるです。そいつに言付けしとけば良いです」「だそうだ、ハーパー。忘れんなよ?」
「ですから!!」
不満げなハーパーは視線を外し、ジムさんへ向き直る。
「行きましょう、ジムさん」
「はいです!」
俺とジムさんは歩き出す。
「で、でしたら私も!!」
ハーパーも付いて来ようとするが、
「今日は私とワイルドの二人の時間なのです。ですよねワイルド?」
「ええ。ジムさんの言うとおりです。ハーパー、デュワーズだぞ?くれぐれも頼んだぞ?」
「あ、ちょ、ワイルド様ぁ!?」
俺はハーパーはローヤルの執務室に置いて、ジムさんと出かけるのだった。