ChapterⅢ:ハイボール牧場の決闘 ②
「なんか、静かだね……」
「ああ」
思わずアーリィの言葉に同意してしまう程、
ハイボール牧場の近くは閑散としていた
閑散、というよりも人っ子一人見当たらないのはどうしてだろう?
それにどこか空気が張り詰めているような気がしてならない。
俺は気持ちを引き締め、道を行く。
「伏せるッ!」
「おっ!?」
「きゃっ!?」
突然後ろにいたローゼズが、
俺とアーリィを押し倒した。
刹那、俺達の上を物凄いスピードで何かが過ぎり、
木の幹へ真っ黒な穴を開ける。
銃痕だった。
しかも口径が大きいライフルのもの。
何故急に銃撃を受けたのか検討もつかない。
しかしさっきの銃撃は明らかに人を狙ったものだ。
「引き返そう。なんかやばそうだ」
俺の提案にローゼズもアーリィも同意する。
だが新しい気配が俺の肌を撫でた。
「避けろっ!」
俺の号令の下、ローゼズとアーリィは散る。
数発のライフルの炸裂音が響き、
地面の小石を粉々に砕く。
「きゃっ!」
アーリィの短い悲鳴が聞こえた。
何故かアーリィの身体が地面へ沈み始めていた。
「ッ!?」
すかさずローゼズがアーリィの手を掴むが、
彼女までもが地面の沈降に巻き込まれる。
「ローゼズッ!」
急いで俺はローゼズの手を取った。
そして腰にくくりつけていた縄を、
近くの太い木の枝へ飛ばす。
「ぎゃぁぁぁ~! 死んじゃうぅ~!」
間一髪アーリィは落とし穴の底へ落ちずに済んでいた。
穴の底には悪臭を放つ、
無数の茶色い何が敷き詰められている。
馬糞だった。
「や、やだぁ! 味噌糞まみれは嫌だよぉ~ッ!」
「こ、こらアーリィ! ジタバタすんじゃねぇ! 本当に落ちたいのか!?」
アーリィは半べそを掻いている。
しかし幸い、縄はしっかりと太い木の枝にしっかりと巻きついていた。
――このままゆっくり這い上がれば!
刹那、何かが俺へ向かって投げつけられた。
ライフルの炸裂音が響いたかと思うと、
俺へ投げつけられた小袋が破裂し、
細かな砂があたり一面を覆った。
「ごほっ、げほっ! な、なんだよこれ!?」
視界がほぼ封じられ、
砂の息苦しさは俺から這い上がる力を奪い去る。
そんな視界の中、前の木の間から一瞬煌めきが見えた。
葉の間からライフルの銃口が伸び、俺に狙いを定めている。
その時ローゼズが掴んでいた俺の手を離した。
「ローゼズッ!?」
「いやぁー! ローゼズさんのバカぁぁぁッ!」
ローゼズは手を離した刹那、
空いた左腕で素早くビーンズメーカーを抜いた。
目にも止まらぬスピードでハンマーを何度もコックし、
引き金引き、シリンダーに装填されていた全ての豆を放つ。
「痛っ!」
砂煙の向こうからそんな声が聞こえ、
木の上から何かが落っこちる。
ローゼズはアーリィが馬糞の底へ落ちる寸前、壁を蹴った。
再び飛んだ彼女はビーンズメーカーをホルスターへ収め、
俺へ手を伸ばす。
俺は訳がわからないまま、
ローゼズの腕を再び取り元の体勢に戻るのだった。
「無茶しやがって」
「んー……臭い、早く上げる」
しかし超人的な芸当を見せたローゼズ本人は、
涼しげな表情のままそう云う。
アーリィはショックのためか軽く失神していた。
殺気はもうない。
俺はゆっくりと縄を伝って、馬糞の落とし穴から這い上がった。
這い上がった先にはレバーコック式のライフル銃を携えた、
ショートカットの小さな女が仰向けに倒れ込んでいた。
たぶん、こいつがさっきから俺たちを狙っていたんだろう。
革のジャケットの下からは割と大きめな胸が存在感を主張している。
ロングスカートに、ブーツと少し大人びた服を着ているが、
身長が小さく、幼さの残る顔立ちだから、
どうみてもコイツは子供だろうと思う。
狙われたとはいえ、
子供をこのまま放置するのは良くないと思った俺は彼女へ歩み寄った。
「ううっ……」
少女はどうやら木から落ちた衝撃で気を失っているらしい。
また撃たれても困ると思った俺はそっと彼女の手からライフルを奪い、
ローゼズへ渡す。
「おーい、大丈夫か?」
「……あっ!?」
頬を数回軽く叩くと、
少女は意識を取り戻す。
慌てて起き上がり、そしてライフルを探し始める。
「ライフルは預からせて貰ってるぜ」
「クッ……これ以上先には行かせないです!」
少女は立ち上がり、
その場で腕を開いて仁王立ちをした。
「大切な馬たちは命をかけても私が守るです! ゴールデンプロミスには屈しないのです!」
どうやら盛大に勘違いをされているらしい。
「アーリィ、出番だぞぉ」
「馬糞、げっふん、ばっふんふん……ああ……あはは、ばっふん、げっふん……あはは……」
アーリィはまだ放心状態だった。
とりあえず、用があるのはアーリィ自身じゃないんで、
放心状態のアイツを引きずって少女の前へ連れてくる。
そして無いに等しい胸元を見せた。
「こいつ保安官な。まぁ、候補だけど。で、」
次いで俺はローゼズから預かっていた、
金貨入りの袋を見せた。
「俺たちはゴールデンプロミスじゃなくて、馬を買いに来た保安官候補殿の愉快な仲間たちって訳」
「わわっ!」
突然、少女は金貨入りに袋を見て目の色が変わった。
口元には盛大な笑顔が浮かび、
目にはおそらく満載の金貨しか写っていない様子。
「理解したか?」
「お客様だったのですね、すみませんでしたです……」
どうやら理解してくれたらしく少女は頭を下げた。
「でもすみませんです。実は今、馬を売ることができないのです」
「もしかしてこの罠が関係しているのか?」
俺がそう聞くと、少女は頷いた。
「ここで話もあれです。続きは家で話します……あっ、自己紹介が遅れましたです。私、ハイボール牧場のジム=ビームと申しますです!」
俺たちはハイボール牧場の【ジム】の後について、
ハイボール牧場を目指していた。
直線上には既にハイボール牧場の母屋と囲いが見えるが、
ジムは直進せずに蛇行を繰り返しながら歩き続ける。
「そこ落とし穴です! 危ないです!」
「ひやっ!」
アーリィはさっき落とし穴に落ちかけたことが、
相当応えているのか常に半べそを掻きながら続いている。
そんなこんなを繰り返し、
ようやく俺たちはハイボール牧場にたどり着いたのだった。
ハイボール牧場は近くで見ると、
より圧巻な佇まいであった。
立派な母屋の脇にはそれ以上に立派な馬屋や牛舎があり、
更にその奥には広大な原っぱがあって、
馬や牛が自由に歩き回っていた。
「ただいまです! お客様ご案内したです!」
母屋の扉を開けジムがそう叫ぶと、
「金づるだぁ!」
「ひさし振りの金だぁ!」
「売れー売りつけろー!」
三人のジムによく似た男の子達が家の奥から飛び出してくると、
口々になにやらあまりよろしくない言葉を自由に叫んだ。
「ダメです! お客様にそんなこと言うのは良くないです!」
ジムは慌てて三人の口を塞ごうと手を伸ばすが、
「捕まえてみなぁ!」
「お姉ちゃん、いつもお客が来たら"金づる"っていってるじゃん!」
「金づる金づる!」
「だ、黙るです!」
「くぉらー! お前らァ!」
轟のような声が聞こえてきた途端、
三人の男の子達の動きが止まった。
家の奥からガタイの良い男性が現れ、
三人の男の子達の襟首を、熊のような大きな手で掴む。
捕まってしまってはもうどうしようも無いのか、
三人の男の子達は一斉に口を塞ぎ、しょげてしまった。
「なんかわかる、すごくわかる!」
捕まりしょげている男の子達を眺めながらアーリィは一人頷いていた。
「弟たちが失礼しましたです。とりあえずここへどうぞです」
ジムに促され、俺たちは三人がけのソファーに並んで座る。
すると、すかさずこれまたジムによく似た女性現れて、
慣れた手つきでお茶をテーブルへ置いた。
「ありがとです、お母さん」
「お父さん、いつまでお客様を放っておくつもりですか?」
「お、おう」
ジムのお袋さんが鋭くそう言うと、
三人の息子たちへ説教をしていたジムの親父さんは、
息子たちの襟首から手を離すと、
姿勢をピシッとさせ、若干小走りで俺達の下へ向かってきた。
ジムのお袋さんはにっこりと笑顔を浮かべ、静かに席を外した。
ビーム家の力関係がわかった気がする俺だった。
「紹介が遅れましたです。当牧場の主で私のお父さんのフレッド・ビームです」
ジムに紹介され俺たちは会釈をする。
「先程は息子たちがすいやせんでした。いや、息子たちの言葉はホンの冗談ですから気にせんでくだせえ」
「気にしてませんから」
「すいやせん。えっと……」
「こちらこそ名乗らずすみません。俺はワイルド=ターキーって言います。こっちがモルトタウンの保安官候補アーリィ=タイムズ、あとフォア・ローゼズです」
「ご丁寧にありがとうございやす。で、ワイルドさんうちのジムから今の牧場のことは未だ聞いてませんよね?」
「細かくは。俺たち、馬を買いに来たんですけど、どうして売れないんですか?」
「ワイルドさん、ここ最近ゴールデンプロミスの連中が牧場を荒らしまわっているってご存知ありやせんか?」
「ゴールデンプロミスが?」
「へい。このアランビアック付近でも既に五件もやられてやす。んで、ついこの間コレがうちに投げ込まれたんでやす」
フレッドさんがジムへ指で合図を送ると、
彼女は一本の矢と細かく折りたたまれた紙を差し出してきた。
「警告。
東方鎖国鳥居藩が藩主の姫君 竹鶴様の命により、
この地にて生類庇護の令に則り、
貴殿らの牧場よりの家畜の開放を命じる。
期限は三日後までの明朝とする。
この命が受け入れられない場合は、
我が盟友マッカラン殿の同志と共に、
ハイボール牧場より強制的に家畜の開放をさせて貰う。
御貴殿の賢明なる判断を期待する。
東方鎖国鳥居藩御庭番頭目、響 九十郎」
東方鎖国と言えばアンダルシアンより遥か東にある島国のことだ。
そんな異国の人間がどうしてゴールデンプロミスと組み、
牧場を荒らしまわっているのか、皆目検討もつかない。
「生類庇護の令って、東方鎖国の法律じゃない……」
アーリィは呆れ気味にため息をついた。
「なんだその生類なんたらの令って?」
「生類庇護の令。東方鎖国の鳥居っていう領主が収める国は家畜っていう存在を許さないんだって。それだけじゃなくて、犬や猫なんかも粗末に扱った人間はみんな厳罰に処せられるんだって。動物を大切に扱うのを奨励するのは良いんだけど、行き過ぎた法律だってお父さん呆れてたよ」
「そういうことなので、今は牧場を守るのが先決で馬を販売することができないのです。申し訳ありません……」
「えっ? もしかして戦う気なんですか……?」
アーリィは訝しげにジムへ問いかける。
俺も、アーリィと同様の意見だった。
おそらくこのハイボール牧場にジムと親父さんのフレッドさん、
そしてお袋さん以外の大人以外がいる様子はない。
ジムの弟たちは戦力とは到底言えない年齢だ。
「勿論です! ハイボール牧場は私たちビーム家がアンダルシアンに入植してから七代続けてこの土地を守ってきましたところです! ここは私たちにとって大切な土地です! だからゴールデンプロミスなんかに屈して、ここを明け渡す事なんて絶対ありえないのです!」
「明日の朝がぁ奴らの提示してきた期限でございやす。ですんでワイルドさん方、悪いことは言いやせん。お諦めになって早くここからお逃げくだせぇ」
お袋さんも同じ思いなのか、
真っ直ぐな瞳の色を湛えている。
その覚悟には微塵も揺らぎを感じない。
ジムたちの話を聞いて俺の気持ちは固まり始めていた。
先祖代々の土地を自分たちの手で守りたい、
という想いに心を打たれたというのもある。
馬が必要という事情もある。
加えて相手がお袋を殺したマッカランの手先、
ゴールデンプロミスならば尚のこと。
俺の気持ちは一つに固まる。
「もし良ければなんですが……俺に防衛の手伝いをさせて貰えませんか?」
ジムは俺の言葉を聞いて身を乗り出してきた。
「えっ? そ、そんなお願いできないです! ワイルドさんたちはお客様です! 提案は嬉しいですがお客様に迷惑をかけるわけには行かないです!」
「だったらこうしましょう。俺は防衛を手伝います。そして成功の暁には馬を売ってください。今、俺はどうしてもすぐに馬が必要なんです」
「なぁ~に一人でやる気満々になってるの?」
俺の横でアーリィが頬を含まらせ、
不満げにそういった。
「だって俺がそうしたいって思っただけで……」
アーリィはジムさんたちへ向き直り、
「ジムさん、フレッドさんどうでしょう? 私たちは馬が必要です。それも一日も早くにです。私たちは早く馬を売ってもらうため、逆にジムさん達は私たちへ馬を販売するために協力してこの牧場を守る。皆さんとあたし達の利害は一致していると思いますけどどうでしょうか?」
普段はおっちょこちょいでドジだが、
いざという時にはさすが保安官候補のアーリィだった。
「お父さんどうしますか?」
ジムさんは牧場主のフレッドさんへ問いかけた。
困惑の表情を浮かべるフレッドさんは、
脇にいた奥さんへ視線を投げかける。
奥さんは小さくだが、力強く首を縦に振った。
するとフレッドさんの表情から困惑が消えた。
「……わかりやした。ワイルドさんのご提案、是非受けさせていただきやす。ただし条件がありやす。牧場の防衛はあくまで私たちビーム家の事情でございやす。ですんで、もし、万が一の時は私たちを見捨ててくだせぇ」
「ならそうならないようにするまでのことです。ねっ、ワッド?」
「あ、ああ……」
しかし一つ気がかりがあった。
この話を始めてからローゼズがずっと一人黙り込んでいたことだ。
本当はローゼズのように強力な賞金稼ぎが手伝ってくれれば良いが、
未だ彼女からは何の反応も返ってきてはいない。
「ローゼズ、お前はどうする?」
「……わたしも協力する」
「本当か!?」
コクリ。
「でもひとつ条件。みんながわたしの言うとおりにしてくれるなら協力する」
ローゼズの言葉に再び、
フレッドさんとジムさんは困惑の表情を浮かべた。
しかしローゼズが加わってくれるのなら百人力。
俺は、
「安心してください。このフォア・ローゼズは、俺の故郷のモルトタウンに押し入ってきた十数人のゴールデンプロミスを一人でやっつけたんです。さっき、皆さんの仕掛けた罠から守ってくれたのもコイツです。コイツの力は俺が保証します!」
俺の言葉が決め手になったのか、
もうそれ以上誰も困惑の表情を浮かべたり、
異議を唱えたりする人は誰もいなかった。
「紙とペン」
ローゼズがそうボソリと呟く。
手際よく奥さんがローゼズへ紙とペンを渡した。
ローゼズはペンを片手に机へ向かって、
上半身を屈め素早く何かを書き綴ってゆく。
しばらく筆音が続き、
それが止むと、ローゼズは記入を終えた紙をフレッドさんの前へ突き出した。
「……これは……」
フレッドさんが思わずそう漏らし、口を噤む。
気になった俺とアーリィ、ジム、
そして奥さんもまたローゼズの書いたものに目を通した。
防衛に関する手法と必要な物資が紙に羅列されていた。
既存の罠の除去、
ローゼズのビーンズメーカーを主軸とした戦闘方法、
といったローゼズらしい【不殺の意思】が盛り込まれた提案書に、
フレッドさんや俺も閉口するしかなかった。
「ローゼズ、さすがにこれは無茶なんじゃないか?」
相手は凶悪なゴールデンプロミス。
しかも牧場を襲うということはモルトタウンに現れた連中よりも、
遥かに人数は多い筈。
皆殺しは勿論避けるが、それでもハイボール牧場を守り、
俺たちに一切被害を出さないと考えれば、
多少の敵側の死者は出ざるを得ないと俺は思う。
しかし俺の問いにローゼズは答えず、
彼女はまっすぐと俺やフレッドさんを見据えたまま微動だにしなかった。
「わたしは誰も殺さない」
誰もがローゼズの眼差しを受け、
まるで身体が石になったかのように動かない。
沈黙が流れるがやがて、
「お父さん、私はローゼズさんの案に賛成するです!」
沈黙を破ったのはジムだった。
なし崩し的にローゼズの案が承認されたが、
俺の胸の中には小さなしこりが残った。