(五)森の中で
(五)森の中で
あっという間に薙沢町のコンビニ到着した。
ヒデ爺の運転が乱暴だったせいでクルマは右に左に揺れまくり。
俺たち家族四人はすっかり車酔いして、コンビニに着いた途端、
駐車場脇の茂みに行って横並びになってゲーゲー吐いた。
そんな俺たちを後目に、おトミさんとヒデ爺はそれぞれ
スコップを担いで、意気揚々とコンビニの裏に広がる暗い森の
中に何の迷いも躊躇も無くガサガサと入り込んで行った。
てっきりコンビニの店長を絞め上げて何かを吐かせるのかと
思っていただけに、この二人の行動は意外だった。
いったい何を考えてるんだろう。
しばらくすると駐車場にもう一台、銀色の大きなセダンが
静かに滑り込んできた。ドイツの高級車、BMWだった。
エンジンが止まると、中から墨染めの僧袴を纏った若い
僧侶が出てきた。昨夜、俺と父の御祓いをしてくれた
練石寺の照元さんだろう。
おトミさんに呼ばれて来たようだ。
その時、コンビニ裏にある森の中から、スコップを肩に
担いだおトミさんが姿を現した。
顔や手足に泥が盛大に付いていている。
老婆は法師の姿を見つけるとニヤリと笑った。
「おう照元、突然すまんの。例の少女を見つけたぞ」
こうして俺たち一家と照元さんは、おトミさんに
先導されて森の奥深くに入っていった。
五分ほど歩いたところにヒデ爺がスコップを持って
立っていた。
足下には掘り返された黒土がこんもりと積まれている。
「ああ、照元さん、お呼び立てして申し訳ない」
ヒデ爺はぺこりと頭を下げた。
「いえ、お二人の頼みとあっては、無下にすることは
できませんので……ところで、そこに御遺体が
あるのですか?」
「そうじゃ、随分と深い所に埋められておったわい」
ヒデ爺はタオルで額を拭いながら答えた。
しかし、どうやって遺体が埋められたこの場所を
特定したんだろう? 謎だった。
「どうじゃ、アタシの霊感もまだ捨てたもんじゃないじゃろ?」
老婆はドヤ顔をしながら胸を張った。
なるほど……昔、おトミさんは神社の巫女さんだったからな。
今は引退して、もう御祓いなんかは出来ないそうだけど、
霊力のほうはまだまだ健在で、霊を探知する能力も衰えてはいない
ようだ。遺体の場所を特定するぐらい朝飯前なのだろう。
掘った穴を皆でのぞき込む。かなり大きい。そして深い。
縦横二メートル、深さも二メートルぐらいある。
おトミさんとヒデ爺の二人だけでこれだけの穴を掘ったのか。
しかもこんな短時間に。マジか。すげえわ。人間重機か。
黒々とした穴の中に白骨死体があった。
頭蓋も骨格も小さい。少女のものだと一目で分かった。
手足の骨なんか、ちょっと力を入れると簡単に折れて
しまいそうなほど細い。
こんな小さな子供に、ホント酷いことをするもんだなぁ。
なんだか気が滅入ってきた。
「あ、アンタら、なにをしとるんだ!」
突然、後ろの方で声がした。聞き覚えのある声だ。
あわてて振り返ると、コンビニの老店長だった。
顔が青ざめている。
一同の視線が集まると店長はたじろぎ、一歩後ろに下がった。
突然、照元さんが店長の方にすっと近付き、静かに言った。
「勝手に入り込んでしまって申し訳ありません。
私はA市にある練石寺の住職、照元と申します」
若い法師は、店長に向かって合掌しながら一礼した。
「ぼ、坊さんがいったい何のようだ?
ここは私の土地だ、私有地だ、出て行ってくれ!」
店長は叫んだ。ひどく狼狽している。
「落ち着いて下さい。実は……」
照元さんは極めて冷静に事の次第を語った。
埋められている少女は怨霊となっており、人に危害を加える
恐れがあること、少女を弔い成仏させる必要があること、
などを簡潔に語った。さすが法師様、話が上手い。
うろたえていた店長は落ち着きを取り戻したようで、
照元さんに少女が埋められた経緯について聞かれると、
観念した様子で淡々と昔のことを語り始めた。
要約するとこんな感じだ。
五十年前、この老夫婦のあいだに娘が生まれた。
その娘は四歳になっても言葉を覚えず、奇行が目立ち、
精神の異常は明らかだった。閉鎖的で相互監視の厳しい
村社会において、この障がい児の存在は他の村人たちにも
すぐに知れ渡った。やがてこの夫婦の家に村長がやってきて、
娘を殺すよう命じた。現在であれば、先天的な精神障がい者
として精神病院に隔離するのだが、当時の村人は精神病の事
など知らず、未だに祟りや憑き物、妖怪といった心霊的なものを
盲信していたのだ。こうして夫婦は泣く泣く自分の娘を
殺すことになった。村人達に暴行され、口を糸で縫われ、
穴の中に放り込まれ、生きながらに焼き殺された少女……
さぞ怖かっただろう。苦しかっただろう。
そりゃ怨霊になって出てくるわけだよな。
店長は、どうか死体のことは口外しないで欲しいと懇願してきた。
すると、おトミさんが口を開いた。
「安心せい、警察にタレ込むつもりは無いし、
アンタたちのことをとやかく言うつもりもないよ。
なにしろ五十年も前のことじゃからな」
「あなたも村の掟に従わざるを得なかったのでしょう。
ご自身のお子さんを手に掛けて、さぞお辛かったはずです。
責めたりするつもりはありません。
ですがこのままお嬢様を放置するのはあまり危険です。
供養し、成仏させなねばなりません。
どうか拙僧に任せて頂けませんか?
お嬢様の御遺骨は錬石寺でお預かりして、
無縁仏として供養致しますので」
照元さんがそう提案すると、店長は家内と相談したいと言ってから
店へ戻り、そして十分後、奥さんを連れて再び森の中にやってきた。
店長も奥さんも照元さんへ深々と頭を下げて、どうか娘を成仏させて
やって下さいと頼んだ。
分かりました、と照元さんは静かに言い、そして俺たちに向かって
一礼した。
「皆様も、どうか一緒にこのお嬢様のご冥福をお祈り下さい」
一同は皆、穴の淵に並んで、中に横たわる少女の遺骨に向かって
合掌し、目を閉じた。照元さんが数珠を手にして読経し始める。
刹那、木々の間から日が差し込んできて、暗かった森の中が徐々に
明るくなっていった。
読経が終わると、少女の白骨は皆で手分けして照元さんが
持ってきた黒い骨壺に納めた。掘った穴も皆で協力して元通り
埋めると、俺達は森を出て再びコンビニの駐車場に戻ってきた。
照元さんは骨壷をBMWのトランクに納めてから、
店長とその奥さんに一礼し、運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。
俺の家族、おトミさんとヒデ爺、コンビニの老夫婦は、
照元さんの車が町のほうへ走り去ってゆくのをを静かに見守った。
その後、老夫婦は俺達に怖い思いをさせてすまなかったと
謝罪し、お詫びに米と餅とトイレットペーパーをくれた。
なんだかかえって申し訳ない気持ちになった。
話はこれで終わり。
もう少女の怨霊は出てこないだろう。
いい気分で、そして安心して正月を迎えられそうだ。