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(一)コンビニ

(登場人物)


 広志(二十歳) Fランク大学文学部の二年生、オカルト研究会所属

 鏡花(十六歳) 広志の妹、県立高校2年生。ヤンキー

 美佐子(四十三歳)広志の母、元看護士

 敏明 (四十歳)広志の父、平凡なサラリーマン

 秀男(七十一歳)隣家の主人、通称ヒデ爺

 富子(七十五歳)隣家の奥さん、通称おトミさん

 照元(二十六歳)読みは「しょうげん」練石寺の和尚


(一)コンビニ


 俺の名はヒロシ。 十二月下旬の寒い日。

 俺は東京都内から長野県のA市にある実家に帰省するため、

 バイクで暗い夜道をひたすら走っていた。


 既に夜七時過ぎ。

 小春日和だった日中に比べ、気温は急激に下がっている。

 山の中を縫うように作られた県道は、標高が高く、道の両脇は

 雑木林が続き、林間からは冷たい風が染み出てくる。

 都心よりもはるかに寒い。

 既に摂氏十度を下回っているだろう。

 防寒対策は十分にしていたが、それでも指先や足先、

 身体の方まですっかり冷えきっていた。


 それにしても蛇のように曲がりくねったこの山道、

 実に酷いものだ。路面はあまり補修されていないのか、

 ヒビ割れやギャップ、うねりが多く、あまり良い道ではない。

 ぶっちゃけかなり走りにくい。神経を使う。

 高速道路のほうがよかったかな?

 しかし俺は貧乏学生……贅沢はできない。

 通行料金は高いし、帰省ラッシュで渋滞するし

 とにかくロクなことが無い。

 なので実家に帰るときは、いつもこの県道を使うようにしている。

 

 途中、道の左脇にコンビニを見つけた。

 あれ? こんなところにコンビニあったっけ?

 四ヶ月前、八月のお盆に帰省したときにもこの場所を通ったけど、

 そのときは影も形も無かったのに。

 つい最近できたのだろうか……?

 ちょっと驚いたけど、とにかく寒かったので、ひと休みして

 身体を暖めよう思い、スピードを緩めてコンビニの駐車場に

 ふらふらと入っていった。


 まだ建物が新しい。開店したばかりのようだ。

 壁は真っ白、窓ガラスもピカピカで汚れなど全く無い。

 店の左右にはダンプやトレーラーでも駐車できるような、

 やたらと大きな駐車場があった。

 まだ舗装したばかりで、アスファルトが黒々としている。

 トラックの運ちゃんたちを相手に商売するつもりかな?

 しかし駐車場には一台の車も止まってない。

 トラックどころか普通車すら居ない有様だ。

 ガラーンとしている。強い風が吹いた。

 アスファルトの上の落ち葉がガサガサと滑ってゆく。

 もともとこの道は交通量が少ない。

 こんなへんぴなところに店を構えても、

 あまり儲からないだろう……スグに潰れそうだなと思った。

 

 店の周囲は暗い雑木林が広がっている。

 ちょっと離れたところには集落があり、民家の灯りが

 ぽつぽつと見えるが、ここ一帯はとても静かで人の気配が

 まるで感じられない。

 そんな寂しげな場所に、このコンビニは一軒だけ、

 ぽつんと建っている。なんだか不自然だった。

 周囲があまりに暗いので店が一際明るく感じる。

 

 店の入り口のすぐそばにバイクを停めて、ヘルメットと

 手袋を外して店内に入った。

 新しい建物に特有のペンキ臭さが鼻を突いた。

 床はピカピカ、天井のLED照明はやけに明るく、

 暖房もガンガンに効いている。

 

 夜の山道というのは日常とは違って、なんだか異世界のようだ。

 そんな中をずっと一人で走っていると、どこか不安や心細さを

 感じたりする。

 しかし、こうして明るく暖かいコンビニに入って、

 店内をウロウロしながら棚に陳列されている日用品や雑誌、

 弁当や飲み物やカップラーメンやスナック菓子など、

 普段見慣れたものを見ていたら、先ほどまで抱いていた不安など

 一気に消し飛んでしまった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 レジのほうからガラガラとした声が聞こえた。

 ちらりと見ると、七十歳ぐらいの男性店員がいた。

 ダルそうな眠そうな顔をながら、レジの下から分厚いファイルを

 取り出してペラペラとめくっている。

 年齢や雰囲気からして、たぶんココの店長だろう。

 

 俺はしばらく店内を物色したあと、缶入りのホット

 カフェオレを一本買った。


 店の入り口の脇には、ちょっとした飲食スペースがある。

 白い長テーブルと丸椅子が六個ほど並べられている。

 テーブルの脇にはお湯が満タンに入った電気ポットが二つ、

 きちんと備えられていた。

 小腹が空いてたし、どうせならカップラーメンでも買えば

 良かったなー。

 

 椅子に座り、カフェオレの缶を開けて飲んだ。

 熱い、甘い、そしてちょっと苦い。

 胃の中がジーンと暖まる。

 天井のエアコンから吹いてくる温風とあいまって、

 なんだか生き返った心地がする。

  

 俺はカフェオレを飲みながら、なんとなく店内をボーッと

 見回していた。


 それにしてもぜんぜん客が来ない。

 いるのは俺と店長の二人だけだ。

 こんな山奥だし、しょうがねえか。


 やがて店長は、分厚いファイルをめくりながら

 店の奥へと消えていった。

 店内は俺一人。シーンと静まりかえっている。

 まるで貸し切り状態。

 ありえねえ……レジに人居ねえとかマジありえねえ。

 万引き余裕じゃね?

 日本酒とかウィスキーとかチューハイとか蟹缶とか

 ビーフジャーキーとか牛タンスライスとかサラミとか

 チーズ鱈とか柿ピーとかポテチとかパクってトンズラ

 しようかな……

 そんなヨコシマなことを考えていたその時だった。

 

 ピロロン、ピロロ~ン


 軽やかな電子音が鳴り響き、自動ドアが開いた。

 あれ、客が来たのかな? だが誰も入って来ない。


 ピロロン、ピロロ~ン


 また電子音。ドアが開いた。だが客は入って来ない。

 何だ? ドアのセンサーが壊れてるのかな?


 ピロロン、ピロロ~ン


 しばらくの間、開いたり閉まったりを繰り返していた。

 

 すると、何かが焦げるような臭いが漂ってきた。

 木や植物が燃えて炭になるような臭い。

 そして肉が焼けるような臭い。


 あ、ヤバい、何か来てる。

 昔から俺には霊感があった。だから分かった。

 何か得体の知れないモノが店に入って来たのを。


 バチンッ!


 突然、なにかが弾けるような音がして、

 目の前が真っ暗になった。


 停電? 血の気が引いた。

 

 真っ暗な店内をパタパタと誰かが走り回っている。

 さっきの店長の足音じゃない。

 もっと軽い感じの足音。


「んんん……んんん……」


 闇の中で何かが唸るような声が聞こえた。

 地の底から響いてくるような低音。 


 丸椅子から転げ落ちた。

 ああ、ヤバい。これヤバい。

 大学のオカルト研究会の遠征合宿などで霊体験は

 たくさんしてきた。でもコイツは格別だ。

 おぼろげではなく、ハッキリと霊体の存在を感じる。

 霊体が明確であればあるほど、現世への恨みが強い。

 つまり怨霊だ。こういうのが一番ヤバい。

 人に危害を加えたりする。絶対に会いたくない手合いである。

 

 逃げたいけど足が震えて動けない。俺はテーブルの下に隠れた。

 

 パタパタとした軽い足音は、いったん店の奥のほうに

 遠ざかり、しばらくするとまたこっちに戻ってきた。

 テーブルの下で震えながら頭を抱えて目を閉じた。

 マジかよ、洒落になってねえ。

 パタパタという足音は、やがてペタリ、ペタリ、という

 ゆっくりとしたものに変わり、近づいてきた。 


 ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたっ……。


 俺のすぐそばで足音が止まった。

 俺のすぐそばに何かが立っている。

 俺のすぐそばで焦げるような臭いがする。


 おそるおそる目を開けた。

 窓から入り込む僅かな月明かりのなかで、俺は見てしまった。

 小さな足だった。木炭のように真っ黒な足。

 靴は履いていない。足首、ふくらはぎもやはり黒い。


 俺は、ゆっくりと、視線を、上げた。


 一メートルぐらいの痩せた子供が立っていた。

 ワンピースのような白い服を着ている。

 顔は黒く、髪も真っ黒。肩まで伸びている。


 丸いビー玉のような双眸だけが赤く光っている。

 鼻孔から荒い鼻息が聞こえる。 

 上下の唇は糸のようなもので縫い合わされている。


 炭のような真っ黒な手が伸びてきた。

 手のひらが俺の頬に触れた。氷のように冷たい。


 闇の中で二つの赤い眼が、ジッと俺を見ている。

 刺すような視線だ。


「んんん……んんん……」


 口を開けられないかわりに、喉のあたりから、

 低く唸るような声を発している。


 少女の顔は本当に黒い。

 炭よりも漆よりも暗くて濃い黒だ。

 見ている者を吸い込んでしまいそうなほどの黒だ。


 少女は顔をさらに近づけてきた。

 俺のすぐ目の前に、二つの赤い光がある。 


 恐怖が限界に達し、俺は叫び声をあげた。

 覚えているのはそこまでだった。




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