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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第五章 記憶の鉤爪
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四  『リアルの戦争』

 亜紅里あぐりの言葉に叶渚かんなは眉間に皺を寄せ──


「……《グレン隊》の、構成員?」


 ──と、普段の叶渚からは想像もできないほど冷え冷えとした声を発した。


「ちょっと亜紅里、アンタ急に何言ってんの? 《グレン隊》の構成員なんかどうでもいいじゃん」


 翔太しょうたは片眉を上げて腕を組み、亜紅里の視線の先を辿って口を閉じる。

 翔太の正面に座っていた亜紅里は、気づいていた。それもそうだろう。自分に気づけて亜紅里に気づけないものはない。亜紅里は、バカなところもあるが聡い少女なのだ。


「私たちは知らなければならない。そうだろう?」


 亜紅里は天色の瞳で結希ゆうきを見、結希が肯定するを待った。それを見た叶渚は緊張を緩めて息を吐き、見栄を張るように腰に手を当てる。


「純粋に理由を聞かせてほしいところだけど、規則で禁止されているしやめておこうかな。……かしこまりました、ご主人様。詳細は後ほどあちらにて承ります」


 叶渚が手で指した場所は、《猫の家》の奥にある個室だった。喫茶店としては使用しない、なんでも屋専用の個室なのだろう。


「……よろしくお願いします」


 結希は会釈をし、正面に座っていた和夏わかなに見られていることに気づく。顔を上げると、和夏は緑色の瞳をまっすぐに結希に向けていた。


「和夏さん?」


「ユウ、あのね」


 らしくもない真面目そうな表情で、和夏は首に巻いていたマフラーの位置を正す。


「ど、どうしたんですか?」


 和夏は言いたいことははっきりと言葉にする女性だ。そういう、自由奔放で野性味を帯びた、穏やかな女性なのだと結希は知っている。

­­

「このパフェ、追加で注文してもいいかな?」


「…………どうぞ」


 やはり和夏は自由奔放な女性だ。結希が脱力する姿を気にも留めず、好奇心を隠しもせずにベルを鳴らす。

 結希はいない間に注がれていた水を飲み──


「…………お待たせいたしました、ご主人様」


 ──耐えられなくなって吹き出した。


「えっ!? ゆ、ユウ、大丈夫? シャツに水がかかってるよ……?」


「センパイ?! どうしたんですかセンパイ! しっかりしてください!」


「ゆうゆうやだぁ〜! 汚ったな〜い!」


「…………平気?」


「これが平気に見えますか?! 鈴歌れいかさん!」


 数秒間むせ続け、顔を上げると鈴歌が首を傾げる。

 黒を基調としたエプロンドレスに、中にはシンプルな白いシャツ。瞳と同じショッキングピンク色のネクタイに、マフィアを彷彿とさせるデザインの装飾。叶渚が装着しているのは小型の銃だったが、鈴歌が太腿に装着しているのはサバイバルナイフだった。


「あ、鈴姉れいねぇ。このパフェくださ〜い」


「…………かしこまり、お嬢様」


「じゃああたしはこの辺のケーキ全部がいいな〜」


「…………かしこまり、お嬢様」


「ちょっとちょっと! バカなの死ぬの?! ボクのセンパイの為にさっさと布巾持ってきてよ! メイドなんだからそれくらいできるでしょお?!」


「…………りょ、病弱お坊ちゃま」


 淡々と受け答えをした鈴歌は、一ヶ月前とは比べものにならないほど様になった姿で厨房へと戻っていく。相変わらずバニラの匂いを漂わせて、通り過ぎる度に男女問わず客が振り返る様子はどこからどう見ても《猫の家》のカリスマメイドだった。


「ちょっと待って。今アイツ、ボクのこと病弱お坊ちゃまって呼んだ?! 呼んだよね?!」


「呼んでないな」


「呼んでないよ〜」


「呼んでないねぇ」


 翔太は「センパイが言うなら」と甘えた声を出し、大人しく目の前のメニュー表を興味本位で眺め始める。その間に戻ってきた鈴歌は、持っていた布巾を畳んで首を傾げた。


「…………ご主人様、布巾」


「あ、ありがとうございます」


「…………拭く」


「はい?」


 直後に鈴歌は跪き、結希の濡れた白いシャツを拭う。


「ちょっ?! 大丈夫です鈴歌さん、自分でやれます!」


 身内に──しかも、血の繋がっていない姉に奉公させて喜ぶような趣味はない。得も言われぬ羞恥に顔を赤らめて鈴歌を止めると、彼女は瞳を潤ませて結希に懇願した。


「…………ボクはご主人様のメイド。だから、やらせて?」


「鈴歌さん?!」


「…………大丈夫。優しくするから」


 何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、今の鈴歌が普段の鈴歌でないことくらいわかる。これは、約一ヶ月前──夏祭りの日に現れた、イタズラ好きなあの鈴歌だ。あの日以来、定期的に結希を揶揄っては他の姉妹から怒りを買っている。


「自分でできますから!」


 鈴歌の手から布巾を奪い取ると、手を止めた鈴歌は涙目になりながら床にへたり込んだ。


「…………ご主人様は、ボクが嫌い?」


「普通にしてたら嫌いじゃないです」


「…………ひどい」


「どっちがですか」


 イタズラ好きな鈴歌から甘えん坊の鈴歌に代わると、押され気味だった形成はいとも容易く逆転する。結希は腰に手を当て、叱るように小言を言うと──


「…………じゃあ、ボクにお仕置き──して?」


 ──トドメの一言で押し切られた。


 風丸かぜまるも客観的に見て言っていたが、なんだかんだで結希は姉には頭が上がらないのだ。いっちょ前に説教を垂れたりもするが、最終的には勝てずに負けてしまう。


「じゃあ、お望み通りボクがお仕置きしてあげようか?」


「え〜、ゆうゆうのお仕置きならあたしもされた〜い!」


「…………どっちも却下」


 鈴歌は舌打ちをし、「…………ガード固すぎ。ほんとムリゲー。攻略本くらい売ってよバカ」と独りごちる。


「売りません」


 地獄耳の結希はぴしゃりと返答し、助け舟を出した翔太の頭を、犬を撫でるような感覚で撫でた。


「ふっふ〜ん。見たか干物女、これが正妻への扱いだよ。ボクってその辺のオンナより可愛いもんね〜」


「あぁっ、翔太ずるいっ! ゆうゆう、あたしのことは嫌いでもいいから二号さんにして! お願い!」


「どっちも却下」


 結希は翔太の頭を撫でるのを止め、長いため息をついた。

 今まで年下だと思っていたが、翔太は年上だ。セイサイという結希の知らない単語を知っていてもなんらおかしくない。亜紅里は元からおかしな日本語を使うから、翻訳するだけ体力の無駄だ。


「あははっ、相変わらずユウたちは面白いね〜。意味はよくわかんないけど、コントみたいでワタシ好きだなぁ」


「…………ダメ。ワカナまでこの戦争に入ってきたら、不確定要素過ぎて頭痛くなる。ワカナは今のままでいてほしい」


「えっ、戦争? 鈴姉、戦争してるの? どうして……?」


「…………ワカナ。リアルには、ゲームと違って負けられない戦いがいっぱいあるの」


 泣きそうになる和夏を優しく諭すように鈴歌は語るが──


「どの口がそれを言うんですか」


 ──つい最近まで引きこもっていたゲーム廃人の言葉には説得力の欠片もなかった。


「…………この口」


 鈴歌はぷるぷるの唇を人差し指で指してアピールするが、結希の視線は鈴歌にはなかった。


「お待たせいたしました、ご主人様〜。鈴歌、今度サボったら私、純粋に困っちゃうなぁ」


「…………サボってない。負けられない戦いの真っ只中」


「それはゲームの中だけでやってほしいな」


 鈴歌を一刀両断した叶渚は、テーブルの上に洋菓子が乗せられた皿を置く。


「うわぁ〜! センパイ、叶渚さんのビスコッティは本当に美味しいんですよ〜!」


「び、びす……?」


 さらに和夏が注文したパフェ、亜紅里が注文した小さなケーキの詰め合わせが並べられ、テーブルの上はちょっとした宝物のように輝き出した。


「では、ご主人様。魔法をかけさせていただきますね〜」


「あ、そういうのはいいから。ボク以外の人間がやったら逆にマズくなるでしょ〜?」


「もう、容赦ないなぁ翔太くん。ほんと、可愛いのは純粋に顔だけだよね」


「ふふんっ、正妻は顔と旦那に尽くす心が命だもんねぇ〜。その辺のオンナにこのボクが負けるわけないでしょ?」


 叶渚は「はいはい」と翔太をあしらい、右胸に手を当てる。


「では、ごゆっくり」


 叶渚の肘鉄を食らった鈴歌は彼女に倣い、右胸に手を当てて会釈をした。





「……で、翔太しょうたくんを無理矢理帰らせて、何をそんなに依頼したかったのかな?」


 奥の個室へと案内された結希ゆうき亜紅里あぐり、そして和夏わかな鈴歌れいかは、目の前のソファに深く沈む叶渚かんなをまっすぐに見つめる。和夏と鈴歌は状況を飲み込めていなかったが、結希が頼むと何も言わずに同席を了承してくれた。


「一応《グレン隊》には恩があるから、あんまり乗り気じゃないんだけどねぇ」


 叶渚はぼやき、依頼書を代表の結希に差し出して腕を組む。


「恩があるってことは、構成員を知ってるってことですか?」


 結希は思わず依頼書から顔を上げ、難しそうな表情をする叶渚に尋ねた。


「そもそも《グレン隊》は、二十人にも満たない少数派の愚連隊だったから……。下っ端は知らない子もいるけれど、幹部とは今でも交流があるかな」


 知り合いの幹部を思い出しているのか、やはり叶渚の表情は晴れない。知り合いを調べるということは、そういうことなのだろう。それが正しい反応なのだと結希は知り、僅かに視線を伏せた。


「……あの、叶渚さんが嫌なら別に全員じゃなくてもいいんです」


「え?」


紫苑しおんという名の少年について、調査してください」


 結希の申し出がそんなに意外だったのか、叶渚はまばたきをしながら口を半開きにさせる。


「し、紫苑くん? どうして結希くんがあの子のことを……」


「紫苑には、マギクの仲間なんじゃないかっていう疑いがかけられている。結希が依頼するのは当然だろ」


「えっ、どういうこと?」


「…………亜紅里、それ、本当?」


 亜紅里は首肯し、驚愕で目を見開く叶渚に向かって続けた。


「《十八名家じゅうはちめいか》の跡取り娘なら、わかるだろ? 私たちも遊びじゃないんだ」


 叶渚は和夏を一瞥し、何故か迷うように俯いた。そして意を決したように顔を上げ、《十八名家》次期頭首の顔を見せ──


「わかった。猫鷺ねこさぎ家の跡取りとして、恥じない仕事をするよ」


 ──同じく《十八名家》である、阿狐あぎつね家の次期頭首──亜紅里を見据えて返答した。


「…………リアルには、ゲームと違って負けられない戦いがいっぱいある」


 鈴歌は呟き、叶渚は同意するように笑みを零す。


「鈴歌も《猫の家》の従業員だから。協力、お願いしたいな」


「…………かしこまり」


 めんどくさいと言うかと思ったが、鈴歌はもう、結希の知っている鈴歌ではなかった。

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