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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第五章 記憶の鉤爪
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三  『《グレン隊》』

 結希ゆうきが久しぶりに訪れた雑居ビル地区は、相変わらず駅前と変わらない賑わいを見せていた。


「ボクこの地区嫌いなんだけど、叶渚かんなさんがボク好みのデザートをたくさん考案してくれるんですよ〜」


「ワタシ、《猫の家》初めてだから楽しみだなぁ」


「あたしもあたしも! この辺来たことないんだよねぇ〜」


 翔太しょうたは忌々しそうに和夏わかな亜紅里あぐりを見、バカにしたように鼻を鳴らす。


「アンタらを呼んだ覚えはないんだけど? ボクはセンパイだけを誘ってるのにさぁ」


「なんでよつれないなぁ。あたしは翔太ともマブダチになりた〜い!」


「ちょっ、ウザいウザいウザいウザぁい! ボクはマブダチなんていらないから! やだ、センパイっ! ボクを助けて〜!」


 亜紅里に背後から抱きつかれた翔太は、何度も何度も藻掻きながら結希に助けを乞うた。それを見ていた結希はため息をつき、亜紅里の後頭部にチョップする。


「いたぁ!」


「落ち着け」


 結希は改めて亜紅里を見下ろし、彼女の表面下の危うさに頭を悩ませた。

 亜紅里は他人の感情に聡い。他人が嫌がることもそれぞれで理解しているが、あえてやるのは結希だけだ。それを翔太にやるということは、変わった環境に適応できずに混乱しているのだろう。


「はぁい」


 亜紅里は口をすぼめて不満そうな表情をし、手を後ろで組んだ。


「あれ? ねぇユウ、あそこにいるのって……」


 和夏が指差した方向を見ると、雑居ビルの一つから忙しなく出入りをする金髪の女性がいた。


「アリアさん……?」


「あ、やっぱりユウの知り合いだよね?」


「うげっ」


 亜紅里は顔を顰め、結希の後ろに隠れる。やがて再び出てきたアリアは結希に気づき、西洋人形のような童顔を綻ばせた。


「ゆうくん!」


「お久しぶりです、アリアさん」


「久しぶり〜。どうしたの? こんな町の端っこで」


 アリアは首を傾げ、着ていたジャージについた埃を払う。

 同じく結希に引っついていた翔太は眉間に皺を寄せ、アリアを邪険にした。


「《猫の家》でセンパイとお茶するの。わかったらそんな小汚い姿でこっちに来ないでよ、野良犬風情の腰巾着が」


「あ、翔太! うわ〜、懐かしい〜! おっきくなったねぇ」


「はぁ?! ちょっと、四歳差のくせに何様のつもり?! このポンコツガイジン!」


 知り合いなのかいつものように馴れ馴れしいアリアは、翔太の頭を無遠慮に撫でる。そんなアリアのはしゃぎ声が聞こえたのか、中から誰かが出てきた。


「アリア、そこでサボって何して……」


 染められた金髪を掻き毟っていた少年は、紫苑色の瞳を見開いて固まる。振り向いたアリアは少年に向かって微笑みかけ、結希を手で指した。


「あ、ごめんごめん。知り合いなの」


「は? 知り合い? その男が?」


「そうそう。ゆうくんだよ」


 少年は結希を見据え、何故か数歩後ずさる。

 幼さの残るその表情には戸惑いが刻まれていたが、すぐさまフードを目深に被って中へと戻っていった。


「んあ? どうした紫苑しおん、サボってんじゃねぇーぞ……って、なんだよアリアもサボってんのかよ」


「ごめんはるか、サボってないからちょっと待ってて」


 アリアは不貞腐れたように言い、出てきた青年は持っていたテーブルを下ろす。


「すみません、公務中でした?」


「あははっ、まさか。《カラス隊》はこんなことしないよ〜。今日は《ハリボテの家》──このビルの大掃除の日なの」


「半年に一回のな。つーか、誰だよそのクソガキ共。おれらのこと知らねぇの?」


「ん〜……。知らないっていうか、間宮まみや結希と亜紅里と翔太と和夏だよ」


 旧姓で紹介された刹那、遥の表情が固まる。そして結希の瞳をまじまじと見、翔太へと視線を下ろして「ヴェッ!?」と謎の声を上げた。


「あの間宮結希がなんでコイツ連れてんだよ!」


「はぁ……? って、アンタまさかあの時のカツアゲクソ野郎?! ちょっと、ボクのセンパイに近寄らないでよね! バカと貧乏が感染っちゃう!」


「バカと貧乏ってなんだよ! 今のおれは《カラス隊》の隊員だ! 公務員だぞゴラァ!」


 ジャージの袖を捲り、巻き舌で凄んだ遥に怯んだ翔太は亜紅里の後ろに隠れた。そして何が起こったのかわからないと言うような表情で遥を見上げ、悔しそうに歯ぎしりした。


「ちょっとちょっと、何やってんの遥。カタギに手ぇ出したら俺が隊長にシバかれんのわかってるだろ? 俺ももう三十路なんだし、もうちょっと落ち着いてくれよ〜」


「ッ、冬馬とうま!? ちがっ、これはその……!」


「違くねぇだろ。俺らはもう《グレン隊》じゃねぇんだからさぁ」


 新たに出てきて遥の頭を叩いた男性は、ムシトリスミレのような菫色の瞳を細めた。先ほどの少年と同じく染められた金色の髪は、彼よりも綺麗に輝いている。


「君たちごめんな、こいつら元ヤンだから怖かったろ」


「冬馬には言われたくないよ。でも、ほんとになんかごめんね? 紫苑もさっき態度悪かったし……。ねぇ、紫苑今何してる?」


「そういや自分の部屋にこもってるって宗太そうたが愚痴ってたな」


「なんでだよ。あいつそんな陰キャじゃねぇだろ」


 《ハリボテの家》から出てきた三人は紫苑と呼ばれた少年に違和感を覚えたらしく、首を傾げてそれぞれ原因を推測し合う。

 結希は視線を上げ、窓のない《ハリボテの家》を眺めた。


(……紫苑?)


 その名前を聞いたのは、一ヶ月くらい前だろうか。

 まさかと、けれど疑わずにはいられずに結希は瞑目し──


「センパイ、もうこんなヤツらほっといて行きましょうよ〜」


 ──翔太に引っ張られて我に返った。


「あ、ごめんねゆうくん。放ったらかしにして。《猫の家》に行くんだっけ?」


「そうですけど……」


「じゃあちょっと待ってて。アイラ〜、私の財布持ってきて〜!」


 《ハリボテの家》に向かって声をかけたアリアは、しばらくして出てきた少女に礼を言う。アイラと呼ばれた中学生くらいの少女は、光の加減で輝き方が違う白髪を持ち──独特の真朱色の瞳で、まっすぐにアリアを見上げた。


「あ、アイラだ」


 今までずっと空を見上げていた和夏は、その時になって初めてアイラを視認する。アイラも和夏へと視線を移し、わずかに顎を引いた。


「ワカナ。久しぶり」


「知り合いですか? 和夏さん」


「うん。この子、レイの従妹だよ」


「えっ、麗夜れいやさんの?!」


 麗夜の一族は、彼を残して全滅したはずだ。親族なんているわけがない。そう聞いていたが──


「そうそう。骸路成愛来ろろなりアイラ。麗夜の従妹だけど、一族には名を連ねてないよ」


 ──結希の混乱を察したのか細やかな説明をしたアリアは、財布からクーポン券を取り出した。


「これあげる。叶渚さんに見せれば全メニュー無料だよ〜」


「そんなの貰っていいんですか?」


「いいから黙って貰っとけよ。こいつ、《猫の家》のモデルになったメイドだから顔パス普通に効くし」


「確かに。ここにいるメンツのほとんどは《カラス隊》だから、誰も行く暇がなくて持て余してるんだよなぁ」


 遥はひらひらと手を振り、睦見むつみは喉の奥で笑いながら腕を組む。


「んじゃ、そろそろ紫苑の様子見に行くか〜」


「シオンなら、すぐそこで盗み聞きしてたけど」


「はぁ?! ったく、何がしたいんだよあいつ」


 ぶつくさと文句を言いながら戻っていく遥と、彼に引きづられていくアイラ。睦見は未だに後ろに隠れている亜紅里を見、「今度悪さをしたら問答無用で死刑だからな?」と唇を舐めた。


「もう。悪い顔してるよ〜? 冬馬」


 睦見は笑いながら逃げるように去り、アリアは視線が《ハリボテの家》に釘付けされている結希にクーポン券を握らせる。


「はいっ。じゃあまたね、ゆうくん」


「あ、ありがとうございます」


 礼を言っている間に戻っていったアリアの、「こら紫苑! ゆうくんたちに失礼でしょ?!」という叱咤に驚いて──


「もう行った? あいつら行った?」


 ──怯えながら出てきた亜紅里に意識を引っ張られた。


「お前ほんと《カラス隊》苦手なのな」


「生理的にムリ! ていうかあいつら、《カラス隊》は《カラス隊》でもヤバめの《カラス隊》だからヤダ! 一番ヤバめなのは隊長だけどっ!」


「あんなのただの野良犬風情の腰巾着じゃん。怖がってるのがバカバカしいっ」


「うんうん。あの人たち、すっごくいい人だよ?」


 翔太は強がっているように見えるが、和夏は本心で言っているように見えた。結希は再び《ハリボテの家》を一瞥し、《猫の家》へと引っ張る翔太についていく。


「アンタバカなの? アイツらだよ、二年前までこの辺りを締めてた愚連隊は」


「でも、独りぼっちになったレイを支援していたのもあの人たちだよ? アイラを育てられないレイの代わりに、今でも面倒を見てくれてるし」


「どっちでもいいよ! 悪くても良くても、あたしはぜっったいにガン飛ばしながら監視してたあいつらのこと忘れないんだからぁ!」


 六年以上前の記憶がなく、世間にも疎かった結希が《グレン隊》の存在を知っていたわけもなく。ただ不意に、《カラス隊》の構成員の中に元暴力団員がいるという発言を思い出した。


「あ、センパイ! つきましたよ〜」


 視線を上げると、《猫の家》が入っている雑居ビルが聳え立っている。エレベーターに乗り、降りればそこにメイド喫茶兼なんでも屋の《猫の家》があった。


「お帰りなさいませ、ご主人様〜。って、翔太くんと結希くん?」


 すぐさま出てきた叶渚は目を見開き、視線を二人の後ろに向ける。刹那、緑色の猫目が揺れた。


「……えっ、と、今日は女の子を連れてるんだ〜。意外だなぁ、お姉さん純粋に泣いちゃうかも」


 目元を拭い、叶渚は急に鼻を啜る。


「えっ、猫鷺ねこさぎさん?! 大丈夫ですか?」


「どうしたのユウ、この人泣かせちゃった?」


 緑色の猫目を見開き前に出てきた和夏は、目の前で啜り泣く叶渚を視認して口を開けた。


「……あれ? なんか、懐かしい匂いがする。なんだろこれ」


「あ、あはは。そうみたい。常連さんによく言われるから〜」


 笑顔を取り繕い、叶渚は笑う。和夏の目は、どうしても見れない。

 和夏の視線を避ける叶渚に痺れを切らしたのか、翔太は頬を膨らませて腕を組んだ。


「叶渚さん、マジ泣きするのはいいけど早く通してよね。メニューはボクが入院してる時によくくれるアレにしてよ」


「あっ、ごめんね。アレでいいなら任せて、翔太。翔太は本当に美味しそうに食べてくれるから、純粋に作るのはりきっちゃうな〜」


 叶渚が席に案内する間、無言で辺りを見回していた亜紅里を連れて結希は歩く。


「ちょちょ?! どったのゆうゆう、何かあった?」


「お前も来い」


「なんで?!」


 《猫の家》の壁際、そこに掲げられた黒板には金額が書いてある。それを確認した結希は翔太と和夏が通された座席につき、叶渚を呼び止めた。


「依頼を一つお願いできますか?」


「かしこまりました〜。さっきちょっと黒板見てたよね? どういった種類の依頼かな?」


「種類は調査で、対象は──」


 亜紅里を一瞥すると、亜紅里は気づかぬフリをしていたのか一瞬にして真顔になる。


「──《グレン隊》の構成員だろ?」


 そうして結希の思惑の核心をついた。

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