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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第五章 記憶の鉤爪
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序幕 『運命の歯車』

挿絵(By みてみん)



 ──〝家族〟とは、なんだろう。



 そもそも人は何を基準に家族と呼ぶのだろう。

 血の繋がりだったら夫婦は家族じゃなくなる。住む家が同じならば、アパートに住む人たちはどうなるんだろう。



「……ふざけんなよ」


 呟いて、カラオケ大会のステージに立ったあいつを見上げた。そういえば、最後にあいつを見たのは二ヶ月前──町役場のステージで、ババァに敗北した時だったか。

 なんでそんなあいつがステージに立って、俺は暗闇からあいつを羨むように眺めているのだろう。


 これが、運命の違いか。

 選んだ家族の、違いか。


 目頭の辺りが熱くなって、口内で悪態をつく。

 もう見たくない。これ以上、何も、見たくない。


紫苑しおん


 俺を呼ぶ声に振り返ると、目深にフードを被ったはるが背後に立っていた。


「俺の後ろに立つんじゃねぇよ、クソ野郎」


「……ごめん」


 数歩下がり、春は元から酷かった猫背をさらに丸くさせる。

 そういうの、やめてくれよ。俺が悪いのはわかりきっているのに、お前の脆すぎる弱さにもイライラする。


「呼んでるのか?」


 春は頷き、カラオケ大会を見に集まった人混みを避けて俺の道を作った。

 お前がそんなことをしなくても、大体の奴は俺の見た目で避けてくるのに。ほんと、要領が悪いヤツ。


「春に〜ちゃ〜ん! 紫苑に〜ちゃ〜ん!」


 ため息をつくのと同時に、俺たちが通る道の先にいた少年が大きく手を振った。


「ね〜ちゃんとモモが待ってるよ! 早く行こうよ!」


 多翼たいきの声に春は顎を引き、俺は視線を逸らす。

 俺はお前の家族じゃないと、何度言えばわかるのか。まだ十一歳になったばかりの多翼だからこそ、今のうちから言い聞かせないといけないのに。


 多翼は何も話さない俺たちの顔をおっかなびっくりと覗き込み、やがてへらへらと笑みを作った。こんな俺たちが仮の家族で、こいつにも絶えない苦労をさせてしまっている。ある意味では、この悲劇の一番の被害者だろう。


「遅い」


「あっ、美歩みほね〜ちゃん!」


 途端に嬉しそうな表情になった多翼は、公園の外で待っていた美歩の元へと駆け寄った。美歩にしがみついていたモモが一瞬にして多翼に怯えるが、多翼はそれに気づいていないようだ。


「ババァはどこ行った」


「あの人と共に女狐のところに行っているはずだ。今夜は帰ってこないかもしれない」


 そうして沈黙が訪れる。

 公園で見たあいつの今の家族はどこの家よりも騒がしくしていたのに、俺たちの今の家族は六年経っても枯れたままだ。


「そんなことよりも報告を怠るな。その目でちゃんと見てきたんだろう? あたしたちの一番の敵である、忌々しいあの男を」


「あいつは何も気づいてねぇよ。……ったく、監視してるのがマジでアホらしくなってくる」


 それなのに、あいつは俺たちの中の誰よりも強い。

 あの日ババァが勝ったのはマグレだ。それくらい俺たちには戦力差がある。それを、ババァを含めたこいつらはわかっていない。


「ダメだ。あの人の為にも、紫苑兄さんはこれからも監視を続けろ」


「そんなにやる気ならお前が監視しろよ」


「バカなのか? 紫苑兄さんがこの中で一番適任だろう」


 俺は舌打ちをし、周りにいる奴らを見回す。

 同い年の春は引きこもりで、美歩は中学生、多翼とモモは小学生だ。あいつを嫌悪しているババァが拒絶するのなら、高校を停学している俺が適任なのは言葉に詰まるくらい正論だ。


「……めんどくせぇんだよ。つーか、なんでお前らはそんなにやる気なんだよ」


「あの人の為だからだ。紫苑兄さんも、あの人の為ならなんだってできるだろう?」


 できねぇからめんどくせぇんだよ。

 迷いのない、まっすぐな美歩の瞳がそれを言わせなかったが、俺は二年も前からそう思っていた。


 美歩はババァよりも忠誠心が高く、俺たちの中で唯一あの人との血縁がある。美歩にとってのあの人は大切な人と言っても過言ではないし、二年も前に亡くなった人たちの方が俺にとってはどれほど大切だったのかを説明しても、美歩はきっと理解しようとしないだろう。

 美歩は俺が何も言わなくなったのをいいことに、町内一大きな公園を睨みつけた。そして何を言うのかと思えば、また裏切り者の話だった。


「ついさっき、公園の中に女狐の娘がいるのを見た。あいつも裏切り者だ。恨みはないが、今なら殺れる。あんたらはどうする?」


「殺るな。つーかバカはお前だろ、女狐以外何も見えてなかったのか?」


「なんだと? なら聞くが、紫苑兄さんには一体何が見えていたんだ」


「──白院はくいんえぬ・ヒナギク」


 その疑問に答えたのは、意外なことに春だった。


「あいつ、亜紅里あぐりの護衛してる。崩すのは無理だ」


 フードの下の紫苑色の瞳は、美歩と同じくらいギラギラと光っている。まるで獣みたいだ。お前らは俺と違ってまっとうな道を歩んでいるはずなのに、どこかが歪に壊れている。


 俺たちは全員陰陽師おんみょうじの出だというのに、妖怪の血を引く忌まわしいあいつらよりも獣になってどうするんだ。

 視線を落とすと、不安になったのかモモが美歩の背中に隠れた。多翼は話の内容を理解していないらしく、大人しく口を明けて笑っている。


 あぁそうだ。こいつらも、立派に壊れた人間の一部だったんだ。


 どうして忘れていたんだろう。二年前まで愚連隊に所属していた俺が一番まともとか、どうなってんだよこの家の人間は。


 金髪を掻き毟り、舌打ちをして黙考した。

 もしかしたら、最初から向き合おうとしなかった罰なのかもしれない。それなら納得がいく。つーか、そうであってほしかった。


「これからは間宮結希まみやゆうきと共にあの家に住むらしいし、隙はねぇだろうな。つーか、亜紅里単体でもお前に勝ち目はねぇよ」


 俺があいつをフルネームで呼ぶと、全員から殺気が立った。

 愚連隊にいた時によく感じていたから、それを間違えるはずもなく。本職の連中にも引けを取らないそれに、一瞬だけ背筋が凍った。──刹那、誰かの腹の音が鳴った。


「ねぇ、美歩ね〜ちゃん! 僕、お腹空いちゃった!」


 口を開けて笑いながら、多翼が不意にそんなことを言う。俺と同じく殺気を敏感に感じ取ったのか、多翼のその一言で全員の殺気が上手く消え去った。


「そうだな。何か口に入れよう、幸い今日は食べ物に困らない」


「金には困ってんだよ。安いからって適当に買うんじゃねぇぞ」


「は〜いっ! 紫苑に〜ちゃん、お腹い〜っぱい食べようね!」


 人の話聞いてたのかお前は。が、そう言わせているのは俺たちだった。


 何気なく振り返ると、歌い終わったあいつが家族と一緒に晩飯を食っているところだった。誰かの手作りと大量に買った屋台飯が並んでいたあいつらの空間に、懐かしさを覚えるのは俺だけで。

 俺以外の奴らは、そんな空間があることさえ知らない連中ばかりだった。


 だからといって、俺がその空間を作れるはずもなく。


 今日もあいつとその周囲の環境を羨むだけ羨んで、恨みを糧に生きているこいつらと共に生きていく。

 俺がどんなに心の中で妖怪を恨んでも、こいつらはきっと悟らない。多分一生、気づかない。


「紫苑」


 そうやって鈴のように優しく俺を呼んだ春も、多分一生、気づかない。



「──馳せ参じたまえ、タマモ」



 俺が式神しきがみを呼ぶと、目の前に現れたタマモは翡翠色の瞳で俺を見上げた。


「お呼びでございますか、主君」


 中学生くらいの少女の容姿をしたタマモは、緑と黄緑を基調とした質素な和服から緑色に統一した浴衣を着ていた。周囲によく馴染むように、予め着替えていたのだろう。


「あいつ──間宮結希を、監視しろ」


「承知いたしました、主君」


 タマモは一礼し、すぐさま公園の中へと突き進んで行く。

 あいつは俺の式神だから、俺の思惑は充分にわかっているはずだ。それなのにタマモは、何も言わずに俺の指示に従ってくれている。


 そういう意味では俺もババァも、そして春も、陰陽師としては優れている方だった。


「タマモだけで、平気?」


「いらねぇよ、お前んとこのへっぽこ式神は」


「……ごめん」


「謝るなクソ野郎」


 双子なのに、ここまでも違う。

 あいつらの中にも双子がいたはずだが、俺たちと違って結構仲が良さそうだった。それさえも羨ましくて、そんな絆が喉から手が出るほど欲しくて、酷く吐き気がする。


「……カラオケ大会」


「はぁ?」


「カラオケ大会、俺たちも出たかったね」


 いや、どうやらそれだけは同じだったようだ。

 春はさっきまで見せていた野性の瞳を殺し、いつもの陰気臭い紫苑色の瞳でステージの方を名残惜しそうに眺めている。


「なんでだよ」


「優勝賞品、見た?」


「見てねぇ」


「離島の旅行券だって。俺たち、貧乏で、旅行もできなくて、俺と紫苑以外はバラバラだから」


 それは、俺たち双子はそうじゃないって言いたいのか。

 こんなにも価値観にズレがあるのに、それでもまだ随分と昔の絆を信じている。こいつは頭の中まで春一色だった。


「うぜえ」


「……あ、紫苑」


「兄貴面してんじゃねぇよ。俺はお前を兄貴だって認めてねぇ」


 耳朶につけたピアスに触れ、俺はあいつらの後を追う。

 鏡を見れば、春と変わらない容姿をした俺が紫苑色の瞳で俺を見る。が、幸いなことにうちには鏡がない。鏡を買う金さえ、あの人は稼げないのだ。


 再び間宮結希の方を見ると、間宮結希は笑っていた。


 俺と間宮結希には、決定的に違うものがある。

 運命が違えば、家族も違う。それでも、間宮結希のかつての名前を知っている俺たちからすると、見て見ぬフリができない程度には縁がある。


「……なんでお前、あいつらの家族になったんだよ」


 呟いて、むしゃくしゃした俺は大股で歩き出す。

 間宮結希が裏切らなかったら、あいつらは間宮結希を恨まなかっただろうか。そこまで黙考して、すぐさま否定し苦笑する。


 あいつらは、例え家族になろうと間宮結希を認めない。


 俺たちは、生まれたその瞬間から敵対する運命だったのだ。そういう運命の下に生まれてしまった、哀れな運命の歯車だったのだ。

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