幕間 『地獄に咲く月』
夏の蒼穹が目に優しくなくて、ボクは視線を伏せる。
高い高い青空は、幾度となく飛んでいて。その先にある結界に、いつも窮屈さを感じていた。
あの結界は誰が張ったんだろう。邪魔で邪魔で苛立たしくて、ボクはずっと、新しい風が吹くのを待っていた。
「あれ、鈴歌じゃん。おーい!」
顔を上げると、陽陰学園の広大な芝生の上に桐也先輩が座っていた。
キラキラと太陽みたいに眩しい笑顔をボクだけに向けて、桐也先輩は周りにいた女子生徒から熱い視線を集めている。あれで無自覚なんだから、桐也先輩は本当に罪な人だ。
「夏休みなのに学校かー? 珍しいな、いつも三人一緒なのに」
「朱亜は古典の補習で、熾夏はバレーの試合です」
桐也先輩は学園長の甥で、同じ《十八名家》だから昔から顔は知っていた。けれど話したのは生徒会仲間になってからで、それまではこんな残念なイケメンだとは思いもしなかった。
「って、鈴歌! お前また生傷作ってんじゃん!」
「別に、いつものことじゃないですか」
桐也先輩は慌てて駆け寄って、ボクを芝生の上に座らせる。伸ばした足には血が滲んだ擦り傷が数箇所あって、桐也先輩は眉を下げた。
「ったく。何すれば生傷が絶えない体になるんだよ」
「空を飛ぶと、一反木綿が襲ってくるんです」
「はぁっ?! おまっ、半妖なんだからもうちょっと気をつけろよ! 俺はナミダちゃんじゃねぇから守れねぇんだぞ?!」
「声が大きいです。それと、勘違いしないでください。桐也先輩がボクを守るんじゃなくて、ボクが桐也先輩を守るんです。いい加減自分の立場を自覚してください」
桐也先輩は総大将を務める白院の人間だから、なんの力がなくても町の秘密を知っている。ボクが桐也先輩を守るのは、私情じゃなくて義務。桐也先輩が白院の眷属だからだ。
「それはそれ、これはこれだ。俺が男である限り、女は守る」
桐也先輩は、白院家が嫌いだと言っていた。と同時に綺麗事のような夢を語っていた。
「桐也先輩は、今でも同じ夢を見ているんですか?」
「おう。俺はこの町の制度に革命を起こす。《十八名家》の半妖や陰陽師だけじゃなくて、俺みたいな普通の人たちも戦えるようにするんだ」
あの時も今も、真剣な眼差しで。その輝くようなコバルトブルーの瞳を前にすると、ボクは何も言えなくなかった。
──それくらい優しいのか、それくらいバカなのか。
桐也先輩は常備している絆創膏をボクの足に貼って、ボクの頭を撫でる。半妖は傷の治りが早いって知っているのに、桐也先輩はそうしないと気が済まない人だった。
「そういえば、桐也先輩はこんな暑いところで何をしてたんですか?」
それが何故か擽ったくて、ボクは話題を変える。
「ん? 強いて言うなら生徒会の仕事だな」
「え、何かありましたっけ」
「いやいや、ちょー個人的なことだから。あぁもう、そんな心配そうな顔すんなって」
桐也先輩は、よく個人的な仕事を受け持つ人だった。雑用だから仕方ないのかもしれないけれど、桐也先輩を見ていると妙に不安になる。
「心配くらいします。また変なオンナ共に絡まれたらどうするつもりですか」
本人に自覚はないけれど、この人は恐ろしくモテる人だから──桐也先輩が雑用をしていると、大勢の女子生徒が放っておかなかった。
「変な女共て……。たまーにヤな言い方するよな、お前って」
「桐也先輩のせいです」
「俺のせい? なんで?」
「この無自覚モンスターめ」
だから勘違いするオンナが続出するんじゃん。バカなの死ぬの?
「で? 仕事ってなんなんです? ヒマだから手伝いますよ」
そうでもしないと、桐也先輩の仕事は仕事にならなかった。
ボクがいれば誰も近寄らない。それでボク一人が憎悪の視線に晒されるのなら、それでいいと思う。この人は、ボクがいないとまともに動けないから──。
「きーくんただいま〜!」
「──!」
それは、あまりにも唐突に起きた。
どこからともなく現れた金髪の少女は、あろうことか桐也先輩に抱きついて甘えている。ひっくり返った彼の胸板に顔を埋め、幸せそうに笑って──桐也先輩に、抱き締め返されていた。
「重っ! ちょっ、お前重くね?!」
「この子が重いわけねーだろクソが」
金髪の少女に続いて現れた少女は、桐也先輩を蹴って仁王立ちしている。たったそれだけで、ボクだけに向けられていた憎悪の視線はこの二人に向けられてしまった。
「痛いっ! 容赦ないなぁお前も!」
「き、桐也先輩?」
ボクは目の前で繰り広げられている光景が信じられなくて、ついつい声を震わせてしまう。
「あぁ、鈴歌は初めてだっけ? こいつらは俺の義妹の有愛と乾。今中三で、うちに学校見学しに来てんの。で、こいつは俺の後輩で同じ生徒会の鈴歌」
「こんにちは!」
「こんにちは」
桐也先輩から紹介された二人は、陽陰学園じゃない制服を着用していた。
「……あ、どうも」
頭を軽く下げ、ボクは改めてこの三人を見つめる。
「桐也先輩、仕事ってもしかして……」
「そうそう、この二人の付き添い。夏休みの宿題だっつってたから、ナミダちゃんと相談して俺が案内することになったワケ」
「きーくん、中庭って広いね! おっきい公園みたい!」
「予算の無駄じゃねぇの? ま、分家のお前に言っても仕方ねぇけどさ」
楽しそうに。仲良さそうに──。
桐也先輩がそんな笑顔を見せるのは、涙先輩の前だけだと思っていた。群がるオンナ共には絶対に見せない、勿論ボクも涙先輩と一緒にいる時にしか見たことがない──誰よりも優しい、あったかい笑顔。
「そういえば、涙先輩とは親友で義兄弟だって言ってましたね」
「あれ、俺そんなこと話したっけ?」
「話してましたよ。桐也先輩の口からちゃんと聞いてます」
覚えてないんだ。じゃあ、なんでボクは覚えてたんだろ。
苛立ちというよりも虚しさを覚える。いろんな感情がぐちゃぐちゃしていて、いっそカラっぽになった方が楽だと思う。
「マジか〜。ボケてんのかな、俺」
「桐也は最初っから馬鹿だっただろ」
「うわ、ひっで!」
こんな桐也先輩、見たことない。だからか胸がチクチクする。
多分ボクは、優越感に浸っていたんだろう。ボクたちを遠巻きに眺めているオンナ共が知らない桐也先輩を、ボクは知っているから──なのにそれは、勘違いだったらしい。
桐也先輩は本当に罪な人だ。
一番近くにいると思っていたボクでさえ、盛大に勘違いをしたオンナの一人だったのだ。
「じゃ、鈴歌。俺たちもう行くわ」
「…………そうですか」
「ん。お前、もう怪我すんじゃねぇぞ?」
優しげに笑って、桐也先輩は義妹の二人を連れて歩き出す。
優しい人。
……バカな人。
…………酷い人。
ボクは目元を強く擦って、夏の蒼穹を仰いだ。
*
生臭い、人の血の匂い。
吐き気がするほど気持ち悪かったのに、やがて慣れて無臭となる。
町役場には遺体ばかりが運ばれてきて、誰かの名前を呼ぶ声は止む気配もない。誰が誰かもわからないほど損壊されているのに、愛しい人ならわかるのだろう。むせび泣くような声が絶叫に変わるのも、ものの数分で慣れてしまった。
「いやぁぁあぁぁぁぁあぁぁあ!」
思わず視線を向けると、ぴくりとも動かない血塗れのまり姉といお姉が知らない人たちによって運ばれてきたところだった。
声を上げたのはかな姉で、駆け寄ることもできないままその場に泣き崩れている。
「……うそ」
隣で蹲っていた朱亜は、その光景を見て枯れた声を漏らす。
「……おねえ、ちゃん?」
先ほど救出された心春は、目を見開いて泣き腫らした顔を歪め──不意に、入口の方に視線を向けた。
「──!」
遅かったけれど、ボクはそんな心春の瞳を両手で覆う。
見ちゃダメだ。まだ幼い心春には、こんな地獄を見せられない。……見せていい、わけがない。
「朱亜、鈴歌」
そんなボクたちに声をかけたのは、目覚めた時にどこにもいなかった熾夏だった。彼女の安否に安堵して、顔を上げた刹那ボクは思考を放棄する。
「涙先輩をお願い。私は桐也先輩を……」
「先輩ッ!」
ボクは本能のままに、熾夏の脇に抱えられたその人を引きずり下ろす。あまりにも血なまぐさくて傍に来るまで気づかなかったけれど、この人はやっぱり桐也先輩だ。
だって今、こんなにも桐也先輩の匂いが──
「きりや……せんぱい?」
──濁ったコバルトブルーの瞳と、ボクはどうしても目が合わなかった。
「鈴歌、桐也先輩を返して。遺族に会わせなきゃ」
血で汚れた雪のような銀色の髪を撫で、ボクは腕の中の桐也先輩を見下ろす。
あったかい人だったのに、桐也先輩の体は冷たくて。抱き締めて温もりを分け与えようとしても、ムダだった。
「熾夏、もう、結構です」
しゃがみ込んだ涙先輩は、桐也先輩の顔に手を翳す。離れていった後で桐也先輩が目を閉ざしたことに気づき、ボクは相も変わらずキレイな桐也先輩の顔をこの目で見た。
「涙様! ご無事でしたか!」
「涙様! っ、末森?!」
「本庄!? どうしたその顔、そっちは何が?!」
「紅葉様が見つかった! 涙様、紅葉様は千羽様が亡くなったと仰っています! 今現場に向かっている者が腐敗した少年の遺体を回収したそうなので、確認をお願い致します!」
「千羽様が?! っ、涙様! こちらは結希様が意識不明の重体です! どうやら彼が百鬼夜行を迎撃したのは間違いないらしく、医者は今が峠だと仰っています! 彼の両親の安否はまだ確認できておりません!」
桐也先輩の頬に触れている間にも、焦燥の声は止まない。
心が擦り切れるような思いをしても、すべては終わってしまった後で。最愛の人の亡骸を見せられた直後、親しい家族の亡骸も見なければならない。
──この世界は、地獄だ。目に映るすべてが百鬼夜行の凄惨さを物語っている。
あんなにも大真面目に夢を語っていた桐也先輩を見捨てた世界が、憎い。憎くても憎み切れなくて、遣り切れなくて、虚しくて、とめどなく溢れ出す涙が痛い。
チクチクと胸を刺すこの感情の正体を今知ったって、もう、どうしようもないのに。ボクはもう、知らぬ間に咲いていたこの想いを伝えられないのに。
「涙先輩、何ボサッとしてるんですか。早く行かないと、そちらも手遅れになりますよ」
熾夏の叱責に反射的に立ち上がった涙先輩は、操り人形のようだった。屍のように歩を進め、二人の青年の後を弱々しく追う。
「二人とも」
視線を移すと、熾夏は悲愴に満ちた表情のままボクたちを見下ろしていた。
「桐也先輩に、〝さよなら〟しよう?」
言葉にした瞬間、堰を切ったように涙を流し始めた熾夏が現実を突きつけてくる。静かに泣いた熾夏は、不意に頬に触れて片目を見開いた。
「……あれ? 何、これ、こんなの私──」
落ち着いたと思っていた朱亜は何度目かの嗚咽を上げ、心春は泣く体力もないのか、ただそこにいるだけだった。
ボクは腕の中の桐也先輩を抱き寄せ、最初で最後の抱擁をする。
優しい人。
……バカな人。
…………酷い人。
そしてとても、好きだった人。
*
酷く惨めな気持ちになって、だけど涙はあの時に枯れたのかまったく出なくて。
ボクは顔を上げて、今日もそこに存在するであろう結界を見つめる。窮屈だって思ってたのに、今は不思議とそうは思わない。その理由は──
「鈴歌さん? 何してるんですか、こんなとこで」
──視線を移すと、浴衣姿のユウキが不思議そうな表情でボクを見下ろしていた。片手には屋台飯が入ったビニール袋を下げており、お使いの帰りだということが見て取れる。
「…………遅かったから、迎えに」
行こうと思っていたのに、途中で鼻緒が切れて挫折。町全体がお祭り騒ぎの中、誰の邪魔にもならないように道端の隅っこに座っていたのに──何故ユウキは、ボクを見つけることができたのだろう。
「あ、鼻緒が切れたんですか。おんぶ……はやめておきましょう。危険です」
「…………うん」
真顔のユウキに真顔で返し、改めて、表情豊かな子だと思う。
あの人が亡くなってから、あっという間に六年が経った。
ボクの周りにあった何もかもは唐突に変わっていったのに、ボクだけ部屋から出られなくて。生きる気力さえ湧かなくて、シュアから押しつけられたゲームばかりやって、たまたま見た深夜アニメに心を奪われ、まるで首輪がつけられた犬のようにその場から動かなくなった。
時間間隔も狂って、シイカが帰国した日も知らなくて、ある日突然叩き出された先で見たのがユウキだった。
リビングの光が異様に眩しくて、こんな子が来ることさえ聞かされていなかったボクは心臓が止まるかと思うくらい驚いた。まったく似てないのに、どこかあの人と通ずるものがあるような気がして目が離せなかった。
例えるなら、あの人は太陽でユウキは月のようだった。
「──かさん。……鈴歌さん!」
「…………え?」
「いやだから、応急処置。できましたよって」
いつの間にかしゃがんでボクの足元を弄っていたユウキは、立ち上がって手を差し伸ばす。視線を落とすと、確かに鼻緒は直っていた。
「…………あ、りがと」
自然と出てきた感謝の言葉に自分自身が驚き、手を取って立ち上がる。
「鼻緒って切れたら結構キツいですよね。うち、家系がアレなんで和服とかよく着るんですけど、その度に紅葉の鼻緒が切れて大騒ぎになるんですよ」
おかしそうに笑って、ユウキはボクの歩幅に合わせて歩き出す。
初対面の頃のユウキからは想像さえできなかったけれど、ユウキは慣れれば結構笑うし、年相応にバカみたいなことも話す。陰陽師だって言うけれど、彼だって普通の男子高校生なのだ。
「…………痛そう」
「あれはめちゃくちゃ痛がってましたね。だからか紅葉、ここ最近は和服を着たがらないんですよ」
ユウキの話を相槌を打ちながら聞く。最近はよく昔の話をしてくれるから、心を開いてくれたみたいで嬉しい。
ユウキ、クレハ、ユウキ、クレハ──。ずっと、その名前をどこかで聞いていたような気がしていた。そして、さっきようやく思い出せた。
──ユウキは、マリ姉を助けただけじゃない。百鬼夜行を止め、この町を救った人なのだ。
あの人は夢を叶えられなかったけれど、普通の人を守る為にずっと避難を呼びかけていた。あの時あの人のあの行動が、町の人を救ったと思っていた。
あの人とユウキが似ていたのは、そういうどうしようもない優しくてバカなところだった。
「あっ、結兄と鈴姉帰ってきた!」
「遅い! アンタら何してたのよ! ことと次第によっちゃあ殴るから歯ぁ食いしばれ!」
「それはもう殴る前提じゃな」
「やめなさい、愛果。そこに池があるでしょう? 沈めてしまいなさい」
「ひぃっ?! さ、最近のかな姉なんか怖いよ……!」
春になれば花見ができる桜の木の下で、レジャーシートを広げたボクたち家族は宴会のようなものをやっている。
もちろん他にも人はいて、公園に設置されたイベント用のステージを囲みながら同じく宴会をして騒いでいた。
「カラオケ大会もう始まってるよ〜! あ、いお姉〜、お酒なくなったぁ〜」
「はいは〜い! あははっ、しぃ〜ちゃん飲み過ぎぃ〜!」
「んっ、何をする! それは私の酒だぞ! 返せ依檻!」
「ちょっ……! なんで俺がいない間にでき上がっちゃってるんですかあんたらは!」
ユウキは大慌てで三人の手から酒を奪い、抗議を上げながら伸びてくる手を何度もあしらう。
「ねぇねぇわか姉! わか姉もあと少ししたらあぁなるの?!」
「えぇ〜、どうだろ? お酒って、すっご〜く苦そうだよね」
「酒臭いヤツがこれ以上増えるのは勘弁だから。下僕、そのまま誰にも渡さないこと。むしろ姉さんとささの為に今すぐ捨てて」
「…………ユウキ、パス」
ユウキはちらりとボクを見て、ササハの願いも虚しくお酒を手渡す。ボクはそのまま地面に置き、酔っ払いに向かって首を横に振った。
「…………ダメ。これはもう、マリ姉のもの」
ボクがそう言うと、全員が車椅子に乗ったマリ姉に視線を移す。マリ姉の前に置かれたお酒は全部飲みかけだけど、これでもう誰も手は出せないはずだ。
「あははぁっ、まりちゃんのものなら仕方ないわねぇ」
「まり姉〜、美味しい? 美味しいぃ〜? ふふふふふふっ!」
あ、でも、酔っ払いがマリ姉に絡み出した。
『続きまして、エントリーナンバー九番──』
「んん? おい、次からうちの番だぞ。順番決めろぉ!」
「出番の前から飲んでたんですか?! ぶっ飛ばしますよ?!」
ユウキはぎょっと目を見開き、この中で唯一まともな年長者のカナ姉を見るけれど──
「出場者で勝手に決めてください。そもそも、わたくしはプロなので出られないんですよ」
──一刀両断。最近のカナ姉はユウキに厳しいというか──
「そもそも、ぶっ飛ばされる対象に結希くんも含まれてますからね」
「それもそうね。結希、アンタいつまでも逃げられると思ってんの?」
──うん、修羅場だ。
その原因はわかってるし、その原因を作ったのは完全にボクだ。視線を感じてそれを辿ると、シュアがにやけながらボクを見つめていた。不意に肩を組まれて振り向くと、シイカがにんまりと笑っている。
この感じ、覚えてる。
百鬼夜行が起こる前、何があっても三人一緒だったあの頃の感覚だ。
二人の悪巧みに気づいたボクもにやっと笑い、両手でガードしながら後ずさりするユウキに忍び寄る。
「…………ユウキ、行っちゃダメ」
「そうじゃぞ、結希。わらわたちを置いてどこに行くのじゃ〜?」
「行かせないよぉ〜、弟クン。私たちを捨てるなんて言わないよね〜?」
「はぁっ?! ちょっ、何やってんですか!」
ボクに続いて抱きついたシュアとシイカは、怒りに震えるカナ姉とアイカ、そして呆気に取られた表情のコハルを見ていたずらっ子のように笑う。
「なぁるほどねぇ〜」
「これはこれは。薄々そうじゃろうとは思うとったが、ここまでじゃったとは」
「でっ、出たぁー! 三つ子のタチの悪いイタズラ! いお姉、あれなんとかしろよ! いお姉でしょあれ教えたの!」
「あっはっはっはっはっ! さすが私の妹! 最高に面白いわよ!」
イオ姉は止める気がないらしく、げらげらと笑っている。けれど、イオ姉が笑う度にカナ姉とアイカの頬が引きつっているのも確かで。
「…………やば」
「あらら。そういえばあの二人、いお姉のイラズラ被害者ツートップじゃない」
「ここは逃げた方が良さそうじゃな」
三人で顔を見合わせ、抱きついたままのユウキを引きずりながらステージの方へと遠ざかった。
『続きまして、エントリーナンバー十番の方! どうぞ!』
「はいは〜い!」
真っ先にステージに上がったシイカは、四人分のマイクをボクたちに回し──
『今日という今日はぶっ殺す! いお姉、逃げんじゃないわよ!』
『やはり貴方は有害です! 沈めます! 逃げないでください!』
──爆発した二人をステージから見下ろしてシュアと共に哄笑した。
「結局あんたらは何がしたかったんですか」
「…………秘密」
ユウキは困惑気味だったけれど、あまり知りたくなかったのか追及はしなかった。
「…………ねぇ」
顔を上げると、月夜と結界が広がっている。けれど、窮屈じゃないって思えたのはユウキが陰陽師だったからだ。
「はい?」
「…………家族になってくれて、ありがとう」
ボクには誰にも言っていない夢がある。
あの人ほど偉くはないけれど、どうしても叶えたい夢がある。
「…………これからも、ボクが絶対に守るから──」
だから傍で見ていてほしい。
ボクたちに命を与えてくれたユウキがいる限り、ボクたち家族は何度でも息を吹き返すから。
「──…………だから、ボクから離れないで」
優しい人。バカな人。ちょっと酷い人。
そして、いつの間にか好きになった人。




