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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第四章 真綿の首輪
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十六 『死ぬ時も、墓も』

 重厚な洋館の扉を開けると、目の前に広がっていたのは薄暗い巨大な玄関ホールだった。人気はなく、長年使われていなかったのか全体的に埃が蓄積している。


「……なんだか変でございますね。そもそも、式神しきがみの家は古来より日本家屋と決まっております。洋館だなんて滅茶苦茶です」


「確かにな。それに、生活感がないのも気になる」


「静かにするのじゃ二人とも。まったく、緊張感がないのぅ?」


「…………二人らしい」


 結希ゆうきは瞑目し、陰陽師おんみょうじの力でよりの居場所を探る。そして息を止め、正面にある扉を見据えた。


「スザク、お前が今回の戦闘の主力だ。朱亜姉しゅあねぇはスザクの援護、鈴歌れいかさんは俺の後ろで待機して、隙があったら攻撃してください」


「致し方なしじゃな。まったく、嵌められたみたいで嫌になる。主力の足を止め、結希と合流できたのは援護に特化したわらわたちのみ。その上この場所だと援軍も期待できそうにないな」


「…………きっと平気。ユウキが九字くじを切れればいい」


 いつにも増して明瞭な発音をし、鈴歌はスザクに目配せをする。それを見たスザクは大きく頷き──


「では、行きましょうっ!」


 ──直後に床を力強く踏み込んで疾走した。一瞬の間があり、構えた打刀の刃が扉を真っ二つに叩き斬る。刹那に目に刺さる絢爛豪華な光に思わず目を閉じ、結希は咄嗟に結界を張った。

 目を開け視界に入ったのは、そこら中につけられた豪勢なシャンデリア。そして、奥の天蓋ベットの上に鎮座した──銀色の毛並みを持つ、九尾の妖狐だった。


『随分ト乱暴ナ客人ダネ』


 妖狐は細い笑みを作り、九尾を重く持ち上げる。先陣を切っていたスザクは足を止め、静かに妖狐の動きを観察した。


『サテ、双子ノドッチガ裏切ッタノカナ。コンナコトヲ考エルノハ、〝シオン〟ノ方カナ?』


 ゆらゆらと九尾を動かして、妖狐は笑う。


『アァ、嫌ダネ。面倒ダ。全員ノ相手ヲスルノモ面倒ダ』


 敵意があるのかないのか、そんなことさえニヒルな笑いを浮かべる妖狐は読ませない。結希は眉間に皺を寄せ、先ほど探った妖力をもう一度確認した。

 目の前にある妖力は、確かに半妖はんようの妖力であって純粋な妖怪のものではない。つまり、目の前にいるのは──


「お前が阿狐あぎつね頼か」


 ──産まれて間もない我が娘を捨てた、亜紅里あぐりの母親だった。


『其方ニ隠シ事ヲシテモ無駄ダロウネ』


 妖狐は腰を上げ、天色の瞳で結希を見下ろす。



『──私ハ阿狐家ノ現頭首、阿狐頼ダ』



 そのまま再びニヒルな笑いを浮かべ、どこからともなく青い狐火を自分の周辺に出現させた。


『折角此処マデ来テ貰ッタンダ。其方ニハ今日、亜紅里ト共ニ死ンデ貰ウヨ』


 そして妖狐は亜紅里と同じ方法で狐火を飛ばし、すべてを結希の元へと誘導させた。


「ッ!」


 結希は歯を食いしばり、予め張っていた結界で狐火を阻んだ。

 鈍い音が結界越しでも伝わってくる。亜紅里の狐火とは比べ物にならないほどの衝撃に、耐えることはできたが──一瞬にして頭が朦朧とし、結希は息を呑んだ。


「貴様ッ、これ以上は黙って聞いていられぬぞ! 今なんと言ったのじゃ!」


「…………死なせない。ユウキも、アグリも」


 後ろにいた朱亜と鈴歌の声が、大部屋に響き渡る。


「結希様、ご無事でございますね?!」


 唯一目の前にいたスザクは振り返りたくて堪らないといった様子だったが、なんとか堪えて頼だけを見据えていた。


『五月蝿イネ。私ノ潜伏場所二侵入シタ其方ト、実ノ娘ヲ殺シテ何ガ悪イ。穀潰シ二用ハ無インダヨ』


「ッ、りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 咄嗟に切った九字は軌道が逸れたのか、妖狐は平然とした表情だった。


『何故怒ル。期待ヲ裏切ラレ、失望シタノハ私ノ方ダヨ』


 ベットから下り、妖狐は結希を舐め回すように見つめる。


『惨メダネ。其方ハ不良品ダッタノカナ。ナラバ、〝マギク〟ト組マセテイタノハ正解ダッタンダネ』


 そして、憐れむような瞳を見せた。それは、どこをどう見ても実の娘を平気で殺そうとする母親には見えず──


「スザクッ!」


「承知いたしましたっ!」


 ──結希は怒りと共にスザクを放った。

 スザクは床を破壊させ、疾風のように妖狐との間合いを詰める。大きく振りかぶり、修行に修行を重ねたスザクの一閃は光り輝くこの部屋においても鋭く光る。


 妖狐を容赦なく斬りつけて、血潮を撒き散らす──そんな様を予想していた結希は、何度目かの息を呑んだ。


『甘イ』


 妖狐が蜃気楼のように歪む。そしてまるで、今まで見ていた妖狐が幻だったかのように跡形もなく消えた。


「なっ、どこに消えたのじゃ!?」


「ッ、後ろです!」


 妖力を察知した結希が振り返ると、玄関ホールから疾走していた妖狐が限界まで口を開いた直後だった。


「下がれ!」


 一歩前に踏み込んだ朱亜は、抜刀した打刀を妖狐の顎に突き刺す。ぶっすりと深く、柄まで通った打刀の切っ先は、妖狐の口内で鋭利な輝きを纏いながら血に塗れた。


「──!?」


 溢れてくる血潮が朱亜の手から腕にまでかかり、朱亜はよろめきながら数歩後ずさる。刀は抜けなかったのか手元にはなく、首を横に振りながら低く唸る妖狐を呆然と見上げていた。


「朱亜姉!」


 結希は朱亜の腕を掴み、そのまま予想以上に軽かった彼女を後ろに投げる。スザクが抱き留めたの音で確認し、結希は感情のままに九字を切った。


「臨・兵・闘・者・皆・陣──」


『五月蝿イ』


 刀が顎に刺さっているにも関わらず、妖狐は狐火を出現させる。至近距離で発生した狐火の熱は熱く、自分が火達磨になって燃え尽きてしまう幻が結希の脳裏を支配した。


「──ッ!」


 自分ではない、息を呑む音がした。刹那に視界が暗くなり、黒一面の壁が目の前に立ち塞がる。


 目を閉じたわけでも、意識を失ったわけでもない。


 蠢く黒は見覚えがあり過ぎる黒で、結希が幻術から解放された時には何もかもが遅すぎた。


「鈴歌さんっ!」


 喉が違和感を感じるほど強く。頭が割れるほど、強く。


 結希が無理矢理絞り出した名前を持つ彼女は、体の一部が燃えていても冷静だった。


 結希の周囲を、結界のように包み込んで鈴歌は熱さに耐え忍んでいる。元々体には細やかな傷がついており、既に止まっていたはずの血が滲んでいる。

 出血する傷口は焼けただれているのに、鈴歌は痛みさえも耐え忍んで自らの体を動かした。やがて結希の退路を作り、力尽きたのか鈴歌は浮遊を止める。


 火達磨になっていく彼女を苦しめ、自らも苦しめようとする炎が目の前にあるというのに。結希は一歩も、鈴歌の傍から動けなかった。


『……邪魔ダヨ』


 布が引っ張られるような音がする。よく見れば、一反木綿いったんもめんの先端が妖狐の体に絡みついていた。


「結希様っ!」


 振り返ると、怒りで我を忘れた朱亜を取り押さえているスザクがいた。


「そちらは危険でございます! 早くお戻りくださいませ!」


「離すのじゃスザク! わらわはっ、わらわは彼奴を殺さないと気が済まぬ! 彼奴にとどめを刺せなかった自分が憎いのじゃ!」


「落ち着いてくださいませ朱亜様っ! あの方は半妖でございます! 殺せば朱亜様は人殺しですよ?!」


「それがどうしたと言うのじゃ! わらわたちは、死ぬ時も墓も一緒じゃと約束し合った仲なのじゃ! こんなことで……っ、こんなことで鈴歌だけを失うわけにはいかぬのじゃ!」


 それは、部外者の結希も覚えている。そんなに昔の話ではない、つい昨日の出来事だ。


 引きこもる二人と、滅多に会えない熾夏しいかたち三つ子が久しぶりに揃った昨日。疲れている熾夏に、日常会話として朱亜が放った一言だった。

 結希は三人の弟として、朦朧とした意識の中ソファで横になりながら聞いていた。昨日じゃなければ忘れていたが、それは朱亜にとって、とても大切な記憶だった。


「スザク、上だ!」


 天井を指差し、結希は紅葉くれはから貰った札を取り出す。


「承知いたしましたっ!」


 スザクは朱亜を取り押さえるのをやめ、主の指示のままに日本刀を真上へと投げた。ただ投げられたのではなく、狙いを定められた切っ先は天井に突き刺さり──大量の水漏れを引き起こして大部屋に降り注ぐ。

 結希は札を水に濡らせ、術を唱えた。滝のような勢いのある水は結希の札から飛び出し、鈴歌に直接水がかかる。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 直後の九字は妖狐へと切り、切られた妖狐は幻のように消え去った。


「そんなっ、また幻術でございますか?!」


 焦るスザクとは裏腹に、水に濡れて頭が冷えたのか、朱亜は髪を搔き上げながら冷静に周囲を観察する。同時に鈴歌の容態を確認し、水だけが荒れ狂う大部屋は再び静寂を取り戻した。


「結希、あの妖狐の存在自体が幻術だという可能性はないのかの?」


「それは有り得ません、半妖の妖力は確かに持っているんです。もしかしたら、常に幻術をかけている状態なのかもしれません」


 それはつまり、今も幻術がかけられている状態だとも言えた。だが、元々頼は町全体に幻術をかけている身だ。今更驚くことではないし、そもそも九尾の妖狐の姿自体が幻なのも明白である。

 結希はすぐさま大部屋全体に九字を切り、天蓋ベットの上に姿を現した人間の女性を見て息を止めた。


 女性はカグラのように顔を隠しており、無言で軽く手を振るう。着物の女性の姿が歪んだ直後に姿を見せたのは、銀色の九尾の妖狐だった。


『見抜クノガ遅イヨ。デモ、私ノ姿ヲ一瞬デモ暴イタ件ハ褒メテアゲヨウ』


 妖狐はまだ細い笑みを浮かべている。

 朱亜がつけた顎の傷はなく、彼女が使用した日本刀を咥えて機嫌良さそうに九尾を振っていた。


「お前ッ!」


『何故其方ガ怒ル。怒ルベキ相手ハ、自分ダロウ?』


 妖狐は九尾を振るのをやめ、何故か血がついた日本刀を天蓋ベットの上に置いた。


「……は?」


 空間が歪み、結希と妖狐の中間に立っていた朱亜とスザクが霞んでいく。

 まさか、そう思っても遅すぎた。


 朱亜とスザクは、共にまだ立っている。変わったところは見られないが、スザクが朱亜を見る目は違った。


「しゅ、朱亜様……!」


「わらわは姉じゃからな。鈴歌と同じく、弟を守るのは当然なのじゃ」


「ですがっ、お顔に大きな傷がございます!」


「こんなもの、勲章だと思えばいい。姉が格好悪い真似をすると、下が幻滅するからのぅ。じゃが結希、姉の前ではどんな醜態を晒しても良い。受け入れてやるから、お主の望む道を行け」


 朱亜はそう言い残し、血だらけの首を消した。

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