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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第四章 真綿の首輪
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十五 『森の瘴気』

「ありがとな、紅葉くれは


 札を受け取ると、紅葉はふるふると首を横に振った。青い顔だ。さっきまでは化粧でよくわからなかったが、一度落ちてしまえば簡単にわかる。


「紅葉、火影ほかげ! 早く下りないと森に連れてかれちゃうよ? それとも一緒に行くの?」


 一人だけ鈴歌れいかから下りていたビャッコは首を傾げ、未熟な六代目の主を見上げた。


「姫様、ここは一旦引きましょう。妖怪も手強くなってきています。姫様のお力では、ここまでが限界でしょう」


 火影はそんな紅葉の身を案じ、彼女を引き止める。


「そんなのくぅだってわかってる! バカにしないで!」


 紅葉は苛立ちを込めて叫び、痛々しく充血した瞳で結希ゆうきを見つめた。


「にぃ、くぅね、絶対に強くなるから……! いつか絶対、にぃと一緒に戦えるように、誰よりも強くなるから! だから……っ、どこにも行かないでね!」


 その瞳から枯れない涙を流し、歯をきつく食いしばった。そして目元を擦って、離れた場所にいる火影の首元に抱きついた。

 目に焼きついて離れない紅葉のそれに息が止まり、結希はいつの間にかどこかに行ってしまった紅葉を視線で追いかける。


「紅葉!」


 火影が飛び立つ瞬間、紅葉は結希の方へと視線を向けた。


「強くなれ!」


 六年前、最愛の兄を亡くした彼女はその言葉に目を見開いて──強く、無理矢理笑いながら頷いた。


 同時に鈴歌も空高く舞い上がり、すぐさま百妖ひゃくおう家周辺に蔓延る森へと深く身を沈める。刹那、視界が濁った空気によって遮られた。


「ッ! ゲホゲホッ、なんじゃここは! 臭い?! 凄まじいほどの瘴気じゃぞ?!」


「あうぅぅ〜! 気持ち悪いでございますぅぅ〜!」


「…………こんなの、初めて」


 結希は口元を手で覆い、慎重に辺りを見回す。

 途中でろくろ首の半妖はんよう姿となった朱亜しゅあが視界に入ったが、結希は深く追求することなく片手に持っていた札を捲った。


「けほけほっ! それ、かなりの数でございますね……? 札作りの神童とはいえ、それほどの量をお作りになるのに一体何年かかったんでしょう……?」


「紅葉に時間は関係ないさ。あいつの中の時間は、多分六年前で止まっている」


 紅葉が結希を溺愛するのは、亡くした兄と結希を重ねているからだろう。だから記憶のない結希に兄の存在をひた隠しにし、亡くしたという事実さえ認めなかった。

 千羽せんばを亡くしたことを認め、町と家族を守れなかった従兄のるいを軽蔑し。逃げた陰陽師おんみょうじをゴミ呼ばわりして、彼女は今も過去にいる。……いや、それは最早過去の話だろうか。


「スザク」


「はいっ」


 その中の一枚をスザクに張りつけ、自分にも張りつける。途端に息苦しさが消え、二人は深く空気を吸い込んだ。


「朱亜ねぇと鈴歌さんは……」


「いや、わらわたちは大丈夫じゃ。不愉快には変わりないが、やはり半分妖怪じゃからかのぅ。慣れればたいしたことはない」


 そして人間姿に戻る鈴歌も、同意するように頷く。


「…………でも、よく見えない。それは困る」


「危険ですね。これほど濃い瘴気があるということは、その分妖怪がいるということですから」


「任せてください、結希様! 皆様は私がお守りいたします!」


「ほぅほぅ。頼もしいのぅ、スザクは。さすが結希の式神しきがみじゃなぁ」


 朱亜は子供扱いするようにスザクの頭を撫で、孫を見るかのような慈愛の瞳を緋色のそれに浮かべる。

 スザクは一瞬驚いたような顔をしたが、余程気持ちがよかったのか目を細めてそれを甘んじた。


「ただ、わらわも一応は戦闘員じゃ。肩を並べて戦おうぞ」


「…………シュア、あまり無理しないで」


「うむ? 無理はしておらんが?」


「…………してる。だって、シュアはうちの主戦力じゃない。元々はボクと同じ、特殊型で援護に特化した妖怪。日本刀はただの付け焼き刃だから」


 朱亜は一瞬眉を釣り上げたが、ぐっと堪えるように唾を飲み込んだ。


「…………だから、ユウキ。ボクたちは姉だから、キミを守る努力はする。けれど、あまり期待しないでほしい。本当ならシイカがいないと役に立たないゴミだけれど、キミを守る盾にならなれるから」


 淡々と語る鈴歌は、こんな時でも無表情だった。ただ、光のない瞳はやはり熱を帯びていて、彼女もまた百妖家の眷属なのだと強く物語っている。

 結希はそんな姉妹の瞳を知っていた。出逢ってまだ三ヶ月程度だが、それはよく理解している。


「盾になられたら俺も困りますよ」


 だから、呆れたように告げることができた。


「そんなことをしたら怒られます。ていうか、麻露ましろさんに確実に殺されます。それは俺を守ったことにはならないのでは?」


 すると、今度は鈴歌が唾を飲み込む。

 朱亜はおかしそうに笑い──


「どうやら、わらわたちは本当に厄介で頼もしい弟を持ったようじゃのぅ。生意気じゃけども、そんなところも最高に愛おしい。わらわはお主のこと、心の底から大好きじゃよ」


 ──大好きだと、死ぬ間際に大切な物を見つけることができた子供ように告げた。


「私も大好きでございますよ、結希様っ! 行きましょう前へ、共に敵陣へ! 明日が私たちを待っております!」


「なんだよそのテンション……。朱亜姉も、弟相手に何言ってるんですか」


 スザクはいつものことだが、朱亜のその言葉はあまりにも擽ったく。むず痒く、こそばゆく。自分が思っている以上に動揺していたのか、似たような単語しか出てこなかった。


「弟だから言える言葉もあるのじゃよ。さぁさ、スザクの言う通りさっさと動こうぞ。いつまでもこうしてはおれん」


「…………危険だけど、瘴気が強い方に行く? リスクを冒す価値は、あると思う」


「式神の家を探すのは不可能ですからね。もし何かあっても、間宮まみやの家に逃げれば大丈夫だと思います」


「はいっ! それは私が責任を持って案内いたしますっ!」


「なら、決まりですね」


 日本刀を腰に差したスザクと朱亜を先頭に、札を構えた結希と丸腰の鈴歌が後に続く。

 瘴気は斜面を上れば上るほど濃くなっており、木々の隙間から妖怪が見え隠れしている。が、何故か襲いかかってくることはなかった。


「変でございますね。……いえ、不気味と言った方が正しいのでしょうか?」


「手がかりもないしのぅ。困ったものじゃ、時間もあまりないじゃろう?」


「町にはまだ妖怪がいますし、夜になる気配もありません。このままだと消耗戦ですね」


「…………だから、ボクたち家族全員の命が、ボクたちにかかってる」


 沈黙が降りた。

 鈴歌の言葉に嘘はない。そして、希望もない。結希は身震いし、この胸騒ぎを掻き消す為に瞑目した。


 周辺にある半妖の力は鈴歌と朱亜のみ。町に範囲を広げるが、前に確認した通りの位置で全員が死力を尽くしていた。陰陽師は相変わらず駆け回り、それぞれに式神がいることもわかる。そして──


「ッ?!」


 ──結希は目を見開き、慌てて顔を上げた。


「スザク、警戒しろ! 前から正体不明の式神が来る!」


「はいっ! 承知いたしました、結希様っ!」


「なんじゃと?!」


「…………どこに?」


「まだ姿は見えませんが、確実にこっちに向かって来ています! カグラじゃない……別の家の式神です!」


 味方か敵かはわからないが、一度式神本人を見れば妖力で誰なのかが判断できる。つまり、向かって来ているのは結希の知らない式神だった。


「来ましたっ!」


 スザクは打刀の日本刀を構え、朱亜は抜刀し、鈴歌を後ろに下がらせた結希は結界を張る。が、いくら待ってもスザクと向こうの式神が激突することはなかった。


「……どうした、スザク」


「……それが、手招きしていらっしゃるのです」


「手招き?」


 何を馬鹿なことを言っているのか。そう思ったが、スザクは決して結希には嘘をつかない。

 スザクは数歩左に移動し、結希はそこで初めて相手の式神を視認した。


 中学生くらいの少女だった。顔はやはり、カグラと同じく暖簾のような黒い布で隠している。同じく黒い短髪に、緑と黄緑を基調とした質素な和服。だと言うのに要所要所で少女らしさを感じるのは、スザクと同じくパニエが入ったようにふんわりと広がる短いスカート型のそれだった。


「…………」


 スザクの言う通り、少女は無言で手招きをしている。

 それは結希の目的を把握した上でやっているのだろうか。疑問を抱いて結希は息を呑み、口を開いた。


阿狐頼あぎつねよりのところまで案内してくれるのか?」


「…………」


「なんじゃ、何が言いたいのじゃ」


「…………」


「…………行こう。罠だとしても、手がかりはあれしかない」


 鈴歌は一人、何を考えているのかあっさりと決断を下した。いや、何も考えていないからこそ──現状の打破しか望んでいない鈴歌だからこそ、できることなのかもしれない。


「わかりました、行きましょう」


「お主らがそう言うのなら、わらわにもスザクにも異論はないのぅ?」


「当然です! 私は地獄の底でもお供いたしますから!」


「……なんで俺が地獄に落ちる前提なんだよ」


 先行する少女の後をやはりスザクが先に追い、三人で後に続く。

 式神が案内するのだ。式神の半妖の千里せんりと同じく、すぐさま木々のない空間が姿を現す。


 そして木々の代わりに建っていたのは、ホラー映画によくありがちな洋館だった。


「なっ……?!」


「あっ、結希様! あの子がどこにもいらっしゃいません!」


 慌てて視線を全方向に回す。が、スザクの言う通り誰もおらず──残されたのは、やはり異様な雰囲気を纏った洋館だった。


「ここなのじゃな?」


「…………きっと、そう」


「後にも戻れますが、先に進むしか選択肢はなさそうですね。さすがに怪しすぎます」


「うぅ、なんだか怖いですぅ〜。ですが、大丈夫です! 結希様は、私が精一杯お守りいたしますっ!」


「怖がってるのはお前だけだぞ」


 いつまでも主張を変えないスザクに苦笑しながら、結希は前へ前へと足を踏み出す。

 目の前に構える洋館は黄昏時の色を纏い、来訪者を今か今かと待ち構えていた。

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