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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第四章 真綿の首輪
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十四 『点在する妖力』

 肩で息をすると、ドクンッと体中に張り巡らされた力が脈を打った。


「お待たせいたしました、結希ゆうき様!」


 そして目の前に姿を現したのは、スザクだった。


「スザク!」


「報告いたします! 麻露ましろ様と依檻いおり様、そして熾夏しいか様は職場付近で戦闘を開始いたしました! 和夏わかな様は椿つばき様と心春こはる様と合流した後に戦闘を開始、月夜つきよ様は幸茶羽ささは様と共に避難をしており、朱亜しゅあ様は現在車でこちらに向かわれております!」


 スザクは跪いたまま報告をし、疲れたのか肩で息をする。主とまったく同じ動作に失笑し、結希は慌ててわざと大きく頷いた。


「…………シュア、来てるの?」


「はいっ、鈴歌れいか様っ!」


 鈴歌はほっと息を吐き、力が抜けたようにその場に座り込む。同じく結希も朱亜の安否に安堵し、咳払いをして真面目に尋ねた。


「スザク、妖怪の攻撃は弱まらないのか?」


「はいっ。黄昏時に入ってから時間が経ちましたが、強くなる一方だと思われます。夜になる気配もありませんし、ここは元凶である者をどうにかしない限り……」


「明日は、来ないかもしれない」


 視線を向けると、亜紅里あぐりは眉間に皺を寄せていた。


「この町には幻術がかけられている。それを解かない限り、日が沈むことはきっとない。多分、幻術を唯一解除できる心春には相当な数の妖怪が群がっているはずだ」


「なら、体力が消耗して妖怪に喰われるのは時間の問題だね」


 ふうは足を組み直し、考え込むように唇に手を当てる。その言葉にリビングにいる誰もが沈黙し、誰もが息を呑んだ。


「いつまでもここにいるわけにはいかない、ということですね」


「でも君たち、その元凶がどこにいるのかわかっているのかい?」


 結希が口を開くと、真っ先に風が尋ね返した。結希の視線は亜紅里へと向くが、亜紅里は無言で首を横に振る。


「残念だが、私も阿狐頼あぎつねよりの居場所はわからない。お前の力を使った方が早いな」


「あぁ」


 結希は瞑目し、自分の中にある陰陽師おんみょうじの力で妖力を探った。

 すぐ近くにはスザクと亜紅里の妖力があり、範囲を広げると町中に妖力が点在しているのがわかる。


 麻露、依檻、熾夏、そして和夏と椿と心春は東西南北に綺麗に分かれ。朱亜の妖力が近づいてくる中、火影ほかげの妖力が紅葉くれはとビャッコと共にいるのを感じ。町に残っている陰陽師が疾走し。

 そして、微弱な妖力の他には何も感じなった。


「……亜紅里、阿狐頼の妖力は強いのか?」


「何を言っている、阿狐頼は私の産みの親だぞ。町中に幻術をかけるほどの妖力の持ち主が弱いわけあるか」


「なら、結論から言うとこの町に阿狐頼はいない」


「何? どうしてそんな結論が出た」


 その事実に驚いたのか、険しい顔つきの亜紅里は一歩手前に足を踏み出す。

 軽く片手を上げた結希はそんな亜紅里を制し、苦虫を噛み潰したような表情をした。


「家族以外で強力な妖力を持っている半妖はんようがいないんだよ。後は純粋な妖怪か、陰陽師か式神しきがみくらいだ」


 悔しそうに吐き出し、舌打ちをする一歩手前のように結希は苛立つ。


「そんなっ、そんなことが可能なのでございますか? 町外からこの町に妖術をかけるとなると、結界に阻まれてしまうはずですが……」


「不可能だね。可能なら、君たち陰陽師は正真正銘の無能集団だよ」


 見つけられないのなら、陰陽師の力はそこまで衰えたということだ。風や他の人間に無能というレッテルを貼られても、文句一つ言えない立場になるということだ。

 悔しさを噛み殺し、結希は再び妖力を探った。


 ──これ以上、陰陽師の歴史と名誉に傷をつけるわけにはいかない。


 それが自分たちの世代の使命だとも思っていた。が、頼が一向に見つからず、スザクが不安げに結希を見上げて涙を流した頃──


「…………フウ、違う。そんなこと、絶対にない」


 ──鈴歌の射るような鋭い視線が風を睨んだ。


「…………少なくともボクは、空を飛んでこの町から出れたことなんて、一度もない」


 光のない瞳が力強くなる。そして立ち上がり、風の目の前で仁王立ちをした。


 スザクが悲しそうに泣くのは、式神が主の心そのものだからだ。その涙はスザク本人の悲しみであると同時に、結希の心なのだ。


「なら、君はこの状況にどんな説明をつけるんだい?」


「…………そんなの、考えたってわからない。でも、陰陽師は、絶対弱くない」


 それを敏感に感じ取っていたのが、姉妹の中で一番繊細だと言われている鈴歌だった。風はそんな鈴歌を見て何故か微笑し、再び足を組み直した。


「そう。じゃあ、僕が考えてあげるよ。襲撃者が阿狐頼だというのは、サトリの半妖が言っていたのだから間違いはない。けど、その阿狐頼は町中にはいない。だからと言って、町外から妖術をかけることはできない。つまり、阿狐頼がいる場所は町内であって町内じゃない場所だ」


「町内であって町内じゃない? そんな場所、あるわけないだろ」


「…………地下都市、とか?」


「いえ、地下都市も町内です。結希様が見逃すはずありません」


 地下都市でないとするのなら、他にどこがあると言うのだろう。誰もが首を捻って黙考し、結希は再び瞑目した。


 結希が見ているものは妖力であって、町を見ているわけではない。

 暗くなる視界。陰陽師の血が感じ取る妖力。脳裏に浮かべた町の地図に、感じ取った妖力の位置を配置。そして結界で町を囲み、森の中から湧くように溢れ出す妖怪の多さに吐き気を覚えた。


「……森?」


 妖怪の根城であることから、立ち入りを禁止されている森。

 ただ禁止されているのではなく、入ったら最後神隠しに遭うという噂や土地神の怒りに触れるという噂まで流布されている。


 千年前から人気がなく、そんな森から妖怪が湧くのは当然のことで。何度も何度も町を確認した結希は、再び町内であって町内じゃない場所を考え口元を手で覆った。


「森、でございますか?」


「確かに森ならいてもおかしくはないが、森は町だろ? お前が気づけないわけがない」


「いや、確かに森には半妖の妖力がない。……けど、森はアレがある」


 まさかと思いスザクを見る。スザクは首を傾げ、すぐさま「あっ!」と声を上げた。


「式神の家でございますね!」


「そうだ、あそこは町内であって町内じゃない。隠れ家にだってなるはずだ」


「そうでございます! そうでございます!」


 確認し合い、勝手に確信する。そんな二人だけの世界を前に、三人だけが置いてけぼりにされていた。


「あっ! でも、どなたの家かわかりません! 式神の家ということは、カグラという方の家になるのでしょうか?」


 確かにスザクの言う通りだ。

 スザクは結希の家の式神であって、それ以外の家に行くことはできない。


「亜紅里、マギクの名字はわかるか?」


「そんなの聞いたこともない。そもそも、マギクという名も本名かどうか怪しいからな」


「なら、阿狐家と縁のある陰陽師の名は?」


「そんなの私が知るわけないだろう。私は産まれてすぐに親元から引き離され、今年になって阿狐家に戻された身だ」


 亜紅里は苛立たしげに答え、話の意図がわからないと言うように結希を睨んだ。


「…………わかった。フウとアグリはここにいて。三人でここを出て、途中でシュアを連れていく」


「わかった? 今ので何がわかったんだ」


「…………わからないことが、わかった。だから後は、森に行って考える。ここにいても仕方ない」


 姉妹の中で一番面倒くさがり屋や鈴歌は、半妖の姿だけでなく人間の姿もボロボロで。それでもいざという時に飛ぶ彼女の勇姿は何よりも美しかった。


「そうですね。行きましょう、今すぐに」


「…………うん」


「お供いたします、結希様! 鈴歌様!」


 鈴歌は頷き、スザクは笑う。亜紅里の静止も聞かずに三人で飛び出し、亜紅里が飛び乗らない内に鈴歌と共に上昇した。


「結希様、お靴です」


「あぁ。ありがとな」


 スザクが玄関から持ってきた靴を履き、百妖ひゃくおう家周辺に存在している森を見渡す。

 がくんと急に高度が下がったかと思えば、鈴歌が目指す先にいたのは走行する百妖家の車だった。


「紅葉、火影!?」


「ビャッコ!」


 その上に何故か乗っているビャッコと、空飛ぶ火影に抱きついたまま不慣れな九字くじを切る紅葉。妖怪は半妖を襲撃していると言うが、それは朱亜も例外ではなかった。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


「あっ! にぃっ!」


「ッ、いとこの人!」


 同じく九字を切り、車に群がろうとする妖怪を一気に消滅させる。


「スザク! 良かった、無事だったんだね!」


「はいっ、ビャッコ!」


 短刀を握り締めて激闘を繰り広げていたビャッコは、疲労しているものの無傷だった。結希がスザクの初代主ならば、紅葉が六代目の主だと言う歴戦の猛者、ビャッコの強さは計り知れない。

 少年の姿をしているが、未熟な紅葉を誰よりも傍で支えているビャッコのおかげで朱亜も無傷だった。


 地面に接触するかしないかの低高度で、一反木綿いったんもめんの鈴歌は車と並走する。車はさすがに無傷とは言えない状態だったが、察しのいい朱亜はなりふり構わず急ブレーキをかけて車を止めた。


「にぃっ! にぃっ!」


 どんなに化粧が落ちてしまっても、泣き止むことができない紅葉は結希を呼び続け。


『陰陽師だけが自己犠牲の塊でできてるんだからな』


 自分の見た目なんか気にせずに、素直に恐怖に泣きじゃくる紅葉を見て──結希は不意に、その言葉を思い出した。


「紅葉! 無事か?!」


「姫様は無傷です、いとこの人」


 火影は翼を広げて一反木綿の背中に降り立ち、自分の腕を振り払って結希の元へと駆け寄る紅葉を悲しそうな瞳で見送る。


「鈴歌! 結希! 何故ここに……亜紅里はどうしたのじゃ!」


 歪んだ扉を力ずくで開け、飛び出した朱亜を見て結希は安堵した。そして腕の中の紅葉の頭を撫で、スザクがビャッコに状況を説明しているのを聞いた朱亜が変化へんげするのを見守った。


「わっ?! 鈴歌、何をするのじゃ!」


 そんな朱亜の頭を体の先端で撫で、親愛を示す鈴歌は嬉しそうに揺れる。


「鈴歌さん、揺れてる場合じゃないですよ!」


「そうでございますよ! 朱亜様と合流できたことですし、早く森へ行きましょう!」


 結希とスザク、主従の二人に急かされる鈴歌が大人しく朱亜を待つと、紅葉は結希を静かに離した。


「にぃ、これを持ってって」


 そして、懐から数十枚の札を取り出し結希に託した。

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